2.猫と戦場
その時、俺の回りから全てが吹き飛んだ。
血塗れのゼシカと俺を残して、地面の石さえ砕けた。
「ぜ、しか……?」
その目は何も見ていない、その耳は何も聞いていない、その口は何も喋らない。
虚ろなゼシカは視線を少し動かして、
再び、魔術が爆発した。
××××××
兵団の中心に火柱がたった。一瞬のことですぐに消えたが、そこにいた人たちはいなくなって、代わりに人位の炭があった。
「あっぶな……」
「ヘルガ!」
彼女のすぐ後ろにいた人が黒になっていた。
ものすごい幸運だった。
「アリスティ、ヘンリーに離脱した方がって」
私は頷くと少し前を狂ったように槍を振るうヘンリーの側へ寄った。
すぐに私と分かったらしい。
「離脱した方が良い」
「ああ、そのつもりだ。アリスティ。音笛の矢を上げろ」
聞こえない場合もある。だが、空耳でも聞いたなら、ロテリア兵側に離脱となっている。
それから、前に進まなくなっても。
「撹乱だからな。十分だろう」
「了解」
私は真っ直ぐ空へと矢を向け、そのあと少しだけ傾けて放った。ヒュルヒュルと甲高い音をたてて上っていき、目をそらす。
ヘルガの下へ戻り、急いで離脱する。
敵が近すぎるので、乱射可能なマシンガンというものを撃ちまくって進む。凄い音に、熱。玉がつきる頃には、ロテリア兵と合流していた。
「はあ、助かった……」
「このまま戦場からも離脱するよ」
その時戦争の中心で爆音が響いた。
はじめは何か分からなかった。だが、大地を揺らすような落雷が目の前に落ち、魔術だと分かる。
無意識に体が震える。
「嘘……あんなにいたのに……」
私たちと彼の間にいたロテリア兵は、みんな倒れ、絶望するような光景が広がっていた。
「……なんで」
はるか遠くにいるようなものだったのに、誰か分かってしまう。
ずっと会いたかった人。
探すことを諦めていたあの人。
「アリスティ! 早く!」
目が、あったような気がした。
「死にたくないでしょ!」
それより何より、側にいきたくて。
「離脱だ、アリスティ」
しかし側に行くどころか、その場にとどまることすら叶わない。それから何の音も聞こえず、彼が魔術を使うのをやめたのが分かった。
最後に見た彼は、どうやら倒れ込んだようだった。
頭がいたい。
私のせいで傷付いた彼は、結局まだ救われないのか。一人で逃げずに意地でも一緒に逃げていたら、何かが変わったのか。
「アリスティ……もしかして」
ヘルガの言葉に首を横に振ったが、伝わったか分からない。
結局三分の一は戻らなかった。
×××××
ゼシカは何か呟いた後気絶しやがったし、周りは敵がいなくなったから逃げやすくはなったけれど、ものすごい注目を浴びている。
なんたって最初の一撃は味方もろとも吹き飛ばしたから。
「ライラック! 何があったんや」
「話は後だろ。しんがり任せて良いか」
「おう、任されたで!」
ロテリア兵に囲まれていたはずのヴィクトルが来てくれたところで俺はゼシカを担ぎ上げた。
全力の撤退を始める。
正直、俺より体の大きいこいつは重くて動きにくい。そして面倒だ。
それでも、見捨てる気にはならないし、止めるやつがいたら蹴飛ばしても良い位だった。
「おいヴィクトル! なに考えてんだ!」
「こいつらを学園まで連れてくんや」
「ふざけんな! 戦力なんだから!」
「……こいつらの邪魔したら覚悟せえ」
それを最後に、ヴィクトルの声はしなくなった。
逆に、シャルル兵たちは道を開けてくれて、戦場を抜けた。
ゼシカはどうするべきか。
このまま学園へ連れ帰っても、味方をかなり殺したという事実は変わらない。もしかしたら、処罰されるかもしれないし、牢屋から出られないかもしれない。
「…………というか、ここどこだよ」
来たところと景色が違う。こんな近くに川などあっただろうか。
はしっこから出てきたらしい。
どうしよう、どうしよう、焦るばかりで答えがでない。
オリガがいれば回復出来るが、学園、もしくは別の場所に保護されているかもしれない。
その上、こんな仲間を刺すような場所にいたくない。
「やあ、少年。ここは危ないぞ」
背後からの声に武器を握る。
「ま、待ってくれって! そいつ! その死にかけを見せてくれ」
「…………」
振り返ると、どうにもただ者ならない雰囲気の、大荷物なおじさんがいた。
そして間抜け面だ。
「どうにも見覚えが……ああ! あいつか! 嬢ちゃんの従者の!」
「あんただれ?」
すると、おじさんは背負っていた荷物を軽く背負い直して、にっと笑った。
「カノープスだ。行商人さ」
怪しすぎる。
取り敢えず俺は後ずさりし、逃げる体制をとった。
「え、いや待った! 薬草もあるし医術も嗜んでる! ちょいっと見せてけ!」
「なんかしようとしたら、首がとぶからな」
「はいはい」
しばらく歩いて岩影にゼシカを寝かす。
カノープスとか言うおじさんは脇腹付近の傷を見て驚いた。
「火傷……じゃあねえな、刺し傷か。自分で焼いたのか?」
「そうらしいぞ」
「……だが、ちゃんと治療すべきだな。どうだ、俺達の所へ来ないか」
「…………」
彼はそう言いながらも手際よく応急処置をしていく。
「俺はいいんだ。それよりこいつを連れ帰ったら、下手したら死ぬ」
「……じゃあ、もらってって良いんだな?」
「こいつの名前、分かるか」
「今が偽名じゃなけりゃな」
そういって、少しだけ微笑んだ。
どうにも胡散臭いやつだが、他に手はない。その上、相当の手練れだから、ゼシカに用があるなら俺を殺した方が早いが、全くそんな素振りを見せない。
「ギルドの名前は?」
「《ベルネッド》だ」
「……え、まじ? 双剣のペンダントは?」
「なんだい、俺らのこと知ってんのか」
差し出されたペンダントは確かに本物だった。
「こいつ、白き森のゼシカ・メフィルスだろ? 全く、アイスティーについてなくて良いのかよ」
「は?」
飲み物の名前だよな、でもそういう何かなのか。全く理解できないが、声には何の含みもないように思える。
だんだん警戒心が薄れているのを感じた。
彼らは依頼に忠実だ。絶対に裏切らないが、依頼終了後に敵側に依頼を受ければそっちにもつく。つまり、仲間内で敵味方に分かれることもある。
そして、重複して依頼は受けない。
「これで、依頼を受けてくれ」
ジノのゴーグルだ。特注で、この世に一つの品。
「……いいぜ。受けよう。ただし治療までだ。そのあとはゼシカの意思に委ねる」
「頼んだぞ」
「いけ、チビ助」
「うるせ」
こうするしかなかった。
俺では誰か一人すら守る力はない。半獣で、まだ小さくて、身寄りもない。
そしてたった一人の恩人でさえ、守れなくて。
今の俺は自由だった。
何にも捕らわれず、何者にも指図されない。
いこうと思えばどこへでも行ける。
だけど、
「……黄昏、どうすれば良いんだよ」
自分で選択したことなんて、一度もなかった。
××××××
ヴィクトルの所へ戻ると、ごますりのように削りあっていた両国の兵は比例するように減っていた。ちらほらと生きているが、死体の方が多い気もする。
「ライラック」
「このままじゃ、みんな死ぬ」
「……ここは捨てて、次の防衛線に全火力を注ぐって、いっとったわ」
「へぇ」
「死守せえって」
「……」
「無理やな、撤退や。僕にしんがりは任せとき」
俺は最後尾にいたこの軍団を率いる軍の幹部のもとへ行った。
だが、いるはずのそいつがいない。
どいつもこいつも、この国は腐っていやがる。
「おい! 撤退の合図をしろ!」
「いえしかし、命令が」
「いいから! 死にたいのかよ!」
彼は答えなかった。
鉄仮面にようにピクリとも表情が変わらない。
どこかに合図の魔方陣があるはずだ。それを魔術師のやつらに渡さなければいけない。
「もう、ほとんど残っていないじゃないですか」
「…………」
「戻って、何の意味があるのですか」
「…………」
「そろそろ、陣魔術が発動するかと。タウフェニスを連れて逃げてください。馬ならまだ残っています」
「…………は?」
その時、彼は初めて不敵な、というより自虐的に笑い声をあげた。
確かに馬は側にあと五頭ほどいる。
「あんたは」
「あんなところに、戻るなんてごめんです」
そう言って、自らの胸と喉に短剣を突き刺した。
心臓が一瞬止まってそれから早鐘をつきだした。息が苦しい。酸素が入ってこない。
ガタガタ震える体を押さえつけ、ヴィクトルを呼びに走り出す。
聞きたくない。
何も、聞きたくないんだ。
目の前に広がる誰かだった名残を心の外に閉め出して、ヴィクトルのもとへ走った。
「ライラック?」
「早く……行こう」
「え? なんやなんや、どないしてん」
「いいから! 戻るぞ! 言われたんだよ!」
「わかった、わかったから説明を……」
「そんな時間ねえよ!」
「……………」
早く逃げないと、追い付かれる。逃げ切れない、逃げ切れない、早く早く早く。
また、離れるなんて嫌だ。また間に合わないなんて、嫌だ。
俺のせいで、失うなんて。
俺なんかに、優しくしたから。
俺にそんな価値はないのに。




