1.そのためには
もう、引き返せないところまで来てしまった。私の中にはいつもあの人がいて、それが全てだった。
「前方、敵兵団だ」
「規模は」
「本格的にぶつかる気だろう。相当の規模、援軍がなければ死ぬ」
「そろそろ抜けた方が良いんじゃない?」
「そうだな。後は彼らに任せて、役割を果たそう」
ため息が聞こえた。
「こら、ため息ばかりつくもんじゃないよ」
「分かってるよ。兄さん」
元奴隷の彼らも嫌そうな態度を見せつつも、戦場になるだろう地を見据えている。
「…………」
ヘンリーはそんな彼らを見て、どこか不満げに歩き出す。
「行くぞ」
彼は知らない。思っている以上に私たちが信頼を寄せていることを。
厳しさの影に隠れきらなかった甘さも、受け入れていることを。
××××××
背後には、何十万のシャルル兵。
村はぼろぼろで、何年も前に滅んだような家が並んでいる。
俺は仲間たちを守る壁だ、敵の攻撃をさえぎる盾だ。まわりには、もともと数少ないハーフエルフ。
ずっと、理不尽だと思ってきた。しかし、結局は誰かがやるべきことで、それが俺らだっただけだ。
魔術師達の魔術、戦士達の怒号。炎や水や風までも吹き荒れる。
「おいエルフ! 敵の魔術が届いてるだろうが!」
「この野蛮人め!」
「ヴィクトルじゃね……? あそこ、凄い悲鳴だ……」
魔術師の作る障壁の中から矢と魔術が飛んでくる。その前にはそれぞれの得物を持った兵士たち、そしてハーフエルフ。
俺は晴天の下にある大地へと、雷を落としていく。
「奴だ!」
「エルフの森にいた悪魔だ!」
「化け物!」
何も聞こえない。
ああ、ここまで来てしまった。仲間をとるか、彼女をとるか、自分に答えを出すこともできずに。
何も考えなければ、楽なのに。
だんだん、意識が白濁としていくようだった。何も考えられない。
「お前、一人で十分だろ? 化け物が」
「俺は魔術が下手なんですよ」
冷やかしてくるうるさい味方は、鼻で笑ってやった。
「巻き込まれていいのなら、喜んで暴れてやりますが」
もちろん良いわけない。
彼はそのまま慌てて俺のそばから離れていった。
敵の数は少ないものの、ここにいるエルフが多いからか、魔術攻撃が多い。
基本的に、シャルル人は少なからず魔力を持っている。加えて魔道具が発達しているため、魔術師以外の魔力を変換できない人なども魔術を使うことができる。
ただ、例外はいる。
まず魔力がないライラック、どうやら不器用な上に興味がないらしいヴィクトル先輩。
「汝悔い、我の罰を、自らの罪に受けよ!」
味方を巻き込まないよう、魔術は敵の真ん中に発動させる。変に手加減も要らないから楽で良い。
護身用に拳銃も握っておくが、命中率は中の下だ。
「それ、……おっと、ロテリア製だろ?」
「当たる確率はっ?」
「………………」
目の前に剣を持った敵兵たちが突っ込んでくる。その影にかくれて弓兵もいた。
俺は引き金を引いた。
「矢に気を付けろ!」
「な……」
隣のやつが俺をかばって剣を交えた隙に前へ踏み出し、陣魔術を放つ。
「な、詠唱無しだと!?」
とおくで叫び声が聞こえた。
瞬間、火の壁が生まれ、矢は燃えて鉄製の矢じりのみが雨のようにその場に降り注いだ。
少し痛いが、刺さるよりはましだろう。
「五発中三発だったな!」
「はっ、運が良かっただけだろう」
誉めてるのか貶しているのかいまいち分からないやつらだ。
俺は彼らの影にそっと回り、急いでリロードする。
「百発中の三発かもしれないしなぁ!」
「なら、せいぜい背後にはお気をつけを」
シャルル帝国にハーフエルフは思ったより多く、俺の周りは彼らばかりだ。
だからだろうか、同じ仲間として初対面でありながら、上手くやっていると思う。
「ゼシカー!」
その時だった。
聞き覚えのある声が届く。俺は敵から目をそらさないまま、その声に耳を傾ける。
「こっちになんかスゲーの来る!」
「猫! はっきり言ってください!」
「だーかーらー! 化けもんみたいなの来てるんだよ!」
確かに悲鳴が大きくなっていた。
だが、それを言うなら先輩のいる方も同じ状態だった。
「赤髪と金髪がいんだよ!」
首を絞められたような気がした。
××××××
まだどちらにも戦況は傾いていないように見えた。離れたところで身を隠している私たちは、息をひそめたまま出るタイミングを計っている。
「……厄介なのは、魔術師と、半獣、弓兵だ。ただ、魔術師は防御が低め、弓兵は間合いにさえ入ればこっちのものだ」
「団長、半獣は?」
「一人では相手にするな。数こそいないに等しいが、その戦力は一般兵の何倍、いや、何十倍にもなる」
ベルンハルトが緊張した面持ちで小さく呟いた。だが辺りが妙に静かなため、ヘンリーにはしっかり届いたらしい。
「あんたとどっちが強いんだよ」
「……さあ。まあただ強いだけで俺は倒せないが」
「そうかよ」
弟の態度にクリストバルはため息をついている。
私は、ふぅっ、と息をはいて弓と矢の点検を始めた。何度も確認したから大丈夫なのは分かっているが、絶対など存在しない。さらに言うなら何かしていないと落ち着かないので、点検が目的ではない点検だ。
「…………準備は良いか。四回目の合図で出る」
「今は何回なの?」
「あと一回だ」
それを聞いて、最後の確認をする。
「ヘルガ、本当に来るの?」
「当たり前じゃん! アリスティをむさ苦しい男どもの中には置いていけないね」
良い人だ。
友人のために戦場までも行く、派手に屈折した美しき友情だ。いや、もしかしたら戦場に行くための理由にされているだけなのかもしれない。
それでも、いいけれど。
「私がいなかったら?」
「……今まで通り、本気で戦場まで行こうとはしなかったかな。最終的には行くことになるだろうけど、義務付けられるまでは安全圏に燻った燃えかすだったよ」
「……燃えかす」
確かに、燃えた瞬間があったということか。
「そう」
それ以上は語らなかった。
ただ、小さく、笑う。
それを目にして、誰もなにも言わなかった。
「行くぞ。四回目の合図だ」
振り返ったヘンリーは、私を睨み付ける。それは恨み辛みでない、怒りでもない、私への確認だった。
そして私は答えなかった。
××××××
彼らが通りすぎたのはそれからすぐだった。
シャルル兵の合間を縫うように蹴散らし、だがあまり人数は多くなくて、先頭の槍使いが道を切り開いていった。
ヴィクトル先輩にそっくりな容姿。
赤髪の化け物、俺の敵、越えるべき壁、ヘンリー・タウフェニスだ。
「一発叩き込め!」
誰かの声がした。目の前にいる敵に魔術を叩き込んでいた俺は 、誰が誰に向けた叫びか分からないまま、俺はシャルル兵の群れを横切る異分子の中心に無意識に魔術を発動させた。
もしかしたら、味方も巻き込んだかも知れない。予想外の火力で俺への苦情が聞こえる。その本人は俺が犯人だとは知らないだろうけれど。
「ったく誰だよ! 髪が焦げちまっただろうが!」
仕方なしに水をぶっかけてやった。
「おい、ゼシカ」
「なんですか。ここは危ないですよ」
「……ヴィクトルがヤバイ。ちょっと来いよ」
「は? いや、抜けるわけには」
「ロテリア兵に囲まれてる」
「………………」
あの人は何をやっているんだ。
「分かりました」
背後から、ふざけんな! と悪態をつく声が聞こえたが、無視をして先輩のいるだろう方向へ向かう。
その時だった。強く腕を引かれて、一瞬冷たいものが腹部を貫いた。
「え」
口から血が零れた。
「ちょうど良いとこに壁があったもんだ」
腕を掴んでいたのはシャルルの兵士だ。横から見える袖口は、俺と同じ軍服のものだ。脇腹を押さえると、ドロっとしたものが触れた。
目の前は驚いたロテリア兵士。その首に剣が降り下ろされた。
「お、おいっ! なんで!」
「ははっ……なんだい猫ちゃん」
「仲間だろ! おいゼシカ!」
このまま倒れれば、死ぬ。俺に気をとられているライラックもそうだ。
俺は全身に魔力を走らせ、体を無理やり制御した上で傷口は焼いて止血した。深くはないと思う。
「お、おい」
「………………」
意識が飛びそうだった。周りは敵しかいなかった。ライラックは、魔力と電気でばちばちしているだろう俺を支えている。
倒れるわけにはいかない。
死なないために、死なせないために、守るために、負けないために、生きるために、何をすれば良い。
敵しかいなかった。
周りには敵しかいない。そう、全てが敵だった。
だったら、選択肢はひとつだ。
生き残るための唯一の手段。
いなくなれば良い。消せば良い。簡単な話だ。
殺せば良い。
殺すしかない。死なないために、殺すしかない。
このままでは、守れない。守らないといけない。何をしても、何があっても、何を捨ててでも、守らないといけない。
ためらいはなかったが、何も聞こえなかった。何も考えられなかった。
「………………」
体がバラバラになると思った。
もう、俺はバラバラになったと思った。




