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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
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断章.強くて甘い女の子

 明日は、出兵だ。

 戦場へ行くんだ。

 あぁ、でも彼女は連れていけない。

 どうすればいい。僕はどうすれば彼女を止められるんだ。

 あいつのことだ。些細なことでは止められない。再起不能にしなければ止められない。戦う術を奪わなければ止められない。

 彼女は強い。だけど、とても弱い。

 犬死にするのは、目に見えていた。

 だったら、死なないように。


××××××


「手合わせ? もう出兵だってのに?」

「まあ、戦前の準備運動みたいなもんや。気分乗らへんし」

「いいよ」

「え、ほんまに!?」

「……………私で良ければ」

 私は表情を変えずに言うと、歩き出す。先生を探さなければいけないが、暇な先生なんているわけ無い。いざとなったら諦めてもらうしかないだろうが、ヴィクトルの目を見て、出来ればそうならないことを願っていた。

「どこいくん?」

「だから先生を……!」

「教師はいらん。二人だけで行こうや」

「…………どういうつもり。何をしたいの?」

 ヴィクトルは微笑むと私の手を掴んで歩き始めた。すれ違う生徒たちが冷やかすのも相手にせず、外に向かっていく。

「ヴィクトル! ねえってば!」

「……イリーナは、僕を殺す気でかかってこい。僕は、君を使い物にならんくらい打ちのめすつもりやから」

「そんなこと言っていいわけ? 逃げるかもよ?」

 しかしヴィクトルは何も言わなかった。

 何も言わずに歩き続ける。

 思わず、溜め息を吐く。私が勝負から逃げない性格なのはよく知っているらしい。

 潰れてしまいそうだ。


××××××


 ただ、傷付けたくない女の子だった。

 傷付きそうな女の子だった。

 出会って、分かった。彼女は、優しすぎた。

 負けず嫌いで、すぐ怒る。いつも明るくて眩しい。彼女の側は温かくて、隣にいれなくても、心地良い。

 心地良くて、辛かった。


「…………」

「ねぇ」

「………………」

「ねぇってば!」

「………なに、うるさい」

「君、どうしたの?」

「何が」

「君が」

「…………」

「…………」


 初めはしつこい奴だと思った。1人でいる僕に話しかけては、反応の薄い僕に文句を言う。


「でね、そこに先生が来てさ!」

「……へぇ」

「ちゃんと聞いてんの?」


 ある日、噂で彼女が虐められてると聞いた。少し語弊がある。正しくは、僕のせいで傷付けられた。

 勿論、すぐに会いに行った。

 傷だらけだった。やり返さなかったと聞いていた。僕を見ると、笑顔を浮かべた。


「そっちから来るなんて、明日は雪かな」

「夏に降るわけ無いやろ」

「何よ、夢がない」

「………………」

「な、何。じろじろ見て」

「いい加減しつこいんや。付きまとうのやめろ」

「……へえ、あんたって優しいんだね」

「君は、甘過ぎ」

「私は強いの。だから甘くする余裕があるのよ。君とは違ってね」


 初めは、彼女の方が強かった。

 でも一年くらいで僕が追い抜いた。その頃には僕も学園に馴染んでいて、イリーナとも余りつるまなくなっていた。

 イリーナは、強かった。優しさを強さと言うのなら。

 背中を任せられる、安心感のある女の子。

 身をもって誰かの背中を守ってしまいそうな、女の子。


××××××


「…………」

 こんなに泣いた彼女は初めて見た。

 僕は、間違っている。

 押し付けた額が熱い。イリーナは、こんなに小さかっただろうか。

 これでは、ただのか弱い女の子みたいだ。

「……馬鹿、じゃないの」

 血が抜けた彼女の顔は白い。早く治療しなければいけないのに。

 二人の息が、空いた空間に貯まっていくようだ。熱くて仕方ない。

「責めてくれ」

「責、めた……よ? 馬鹿、って」

 間違いだって、良いと思ったのに。やっと責められると思ったのに。

 優しすぎる。それは強さなのか、弱さなのか。

 痛みに歪んだ笑顔に、僕は泣きたくなった。

「ヴィクトルが、泣くのは……許さない、から」

「…………」

 資格がない、ではなく、後悔するな、と言っているのだ。イリーナは、僕に。後悔しないなんて、無理に決まってるのにだ。

 くすぐったいような笑い声の後、今にも消えそうな声で、だけど私は、と聞こえた。

「君の、隣に……」

 ずっと知っていたのに。

 それでも、間違いの方を選択したんだ。

 本心のまま、責めてくれればいいのに。


××××××


 私は君の、隣に立ちたい。


 あれは、いつの告白だっただろうか。



 

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