断章.強くて甘い女の子
明日は、出兵だ。
戦場へ行くんだ。
あぁ、でも彼女は連れていけない。
どうすればいい。僕はどうすれば彼女を止められるんだ。
あいつのことだ。些細なことでは止められない。再起不能にしなければ止められない。戦う術を奪わなければ止められない。
彼女は強い。だけど、とても弱い。
犬死にするのは、目に見えていた。
だったら、死なないように。
××××××
「手合わせ? もう出兵だってのに?」
「まあ、戦前の準備運動みたいなもんや。気分乗らへんし」
「いいよ」
「え、ほんまに!?」
「……………私で良ければ」
私は表情を変えずに言うと、歩き出す。先生を探さなければいけないが、暇な先生なんているわけ無い。いざとなったら諦めてもらうしかないだろうが、ヴィクトルの目を見て、出来ればそうならないことを願っていた。
「どこいくん?」
「だから先生を……!」
「教師はいらん。二人だけで行こうや」
「…………どういうつもり。何をしたいの?」
ヴィクトルは微笑むと私の手を掴んで歩き始めた。すれ違う生徒たちが冷やかすのも相手にせず、外に向かっていく。
「ヴィクトル! ねえってば!」
「……イリーナは、僕を殺す気でかかってこい。僕は、君を使い物にならんくらい打ちのめすつもりやから」
「そんなこと言っていいわけ? 逃げるかもよ?」
しかしヴィクトルは何も言わなかった。
何も言わずに歩き続ける。
思わず、溜め息を吐く。私が勝負から逃げない性格なのはよく知っているらしい。
潰れてしまいそうだ。
××××××
ただ、傷付けたくない女の子だった。
傷付きそうな女の子だった。
出会って、分かった。彼女は、優しすぎた。
負けず嫌いで、すぐ怒る。いつも明るくて眩しい。彼女の側は温かくて、隣にいれなくても、心地良い。
心地良くて、辛かった。
「…………」
「ねぇ」
「………………」
「ねぇってば!」
「………なに、うるさい」
「君、どうしたの?」
「何が」
「君が」
「…………」
「…………」
初めはしつこい奴だと思った。1人でいる僕に話しかけては、反応の薄い僕に文句を言う。
「でね、そこに先生が来てさ!」
「……へぇ」
「ちゃんと聞いてんの?」
ある日、噂で彼女が虐められてると聞いた。少し語弊がある。正しくは、僕のせいで傷付けられた。
勿論、すぐに会いに行った。
傷だらけだった。やり返さなかったと聞いていた。僕を見ると、笑顔を浮かべた。
「そっちから来るなんて、明日は雪かな」
「夏に降るわけ無いやろ」
「何よ、夢がない」
「………………」
「な、何。じろじろ見て」
「いい加減しつこいんや。付きまとうのやめろ」
「……へえ、あんたって優しいんだね」
「君は、甘過ぎ」
「私は強いの。だから甘くする余裕があるのよ。君とは違ってね」
初めは、彼女の方が強かった。
でも一年くらいで僕が追い抜いた。その頃には僕も学園に馴染んでいて、イリーナとも余りつるまなくなっていた。
イリーナは、強かった。優しさを強さと言うのなら。
背中を任せられる、安心感のある女の子。
身をもって誰かの背中を守ってしまいそうな、女の子。
××××××
「…………」
こんなに泣いた彼女は初めて見た。
僕は、間違っている。
押し付けた額が熱い。イリーナは、こんなに小さかっただろうか。
これでは、ただのか弱い女の子みたいだ。
「……馬鹿、じゃないの」
血が抜けた彼女の顔は白い。早く治療しなければいけないのに。
二人の息が、空いた空間に貯まっていくようだ。熱くて仕方ない。
「責めてくれ」
「責、めた……よ? 馬鹿、って」
間違いだって、良いと思ったのに。やっと責められると思ったのに。
優しすぎる。それは強さなのか、弱さなのか。
痛みに歪んだ笑顔に、僕は泣きたくなった。
「ヴィクトルが、泣くのは……許さない、から」
「…………」
資格がない、ではなく、後悔するな、と言っているのだ。イリーナは、僕に。後悔しないなんて、無理に決まってるのにだ。
くすぐったいような笑い声の後、今にも消えそうな声で、だけど私は、と聞こえた。
「君の、隣に……」
ずっと知っていたのに。
それでも、間違いの方を選択したんだ。
本心のまま、責めてくれればいいのに。
××××××
私は君の、隣に立ちたい。
あれは、いつの告白だっただろうか。




