16.前夜
皆でひとつの薪を囲んでいる。空には光が散りばめられ、月が見下ろしていた。
「来る」
「え?」
「明日は、向こうから来る。バリケードを確認し、早めに寝ろ。見張りはやっておく」
ヘンリーは立ち上がると、外套を羽織直した。すると立ち上がって彼を止める影があった。
「あなたは休んでください」
「クリストバル?」
「僕が見張っときますんで、寝てください」
「な、じゃあ俺も行く」
ベルンハルトまで立ち上がって行ってしまった。本当に仲の良い兄弟だなと思った。残された私達は、しばらく話していたが、途中でヘンリーが団員の様子を見に行くとかで、ヘルガと、二人きりになった。
「あ、はは……女の子二人で話すのも久し振りかもね」
「うん。……明日、か」
「……あのさ、アリスティは向こうに知り合いでもいるの?」
「え」
ヘルガは、微かに微笑んで言った。
「戦いの前は、いつもテンション低いし」
「誰でもそうでしょ」
「いやいや。逆だってば! 普通上がるもんよ!? 今だって騒いでる団員をなだめにいってるでしょ、団長」
ぱちぱちと木が燃える。
やがて、おもむろに口を開いた。
「ロイゼン、どうなったの」
「……あ」
すっかり忘れていたが、ヘンリーも何も言わないくらいだから、大丈夫な気もする。だんだん夜も深くなり、ヘルガは大きなあくびをした。
「そろそろ寝ない?」
「もう少し、起きてるよ。おやすみ、ヘルガ」
「早く寝なよ? おやすみ」
正直、ヘルガには戦場にいっては欲しくない。彼女は武器を使うのが苦手だ。一対一ならば、強いだろう。それも下手に武器を使うやつよりも。だが、戦場ではどうだ。遠距離攻撃の出来ない彼女は前に出るしかない。しかも剣を使うのは下手だ。もし勝てると思って剣を手放せば、横から別の敵が来たとき、自らを守れない。
ヘルガは、強い。でもそれは、集団では使えない強さだ。
「団長は?」
「来てないけど、どうしたの」
「第一兵団の女がロイゼンをつれてきた」
「……ヘンリーなら、向こうで団員をなだめてる」
「…………そうか。じゃあ取り敢えず副団長連れてくるからここにいろ」
ベルンハルトがつれてきた子は、薄い金髪の女の子だった。着ている服はワンピースで、とても兵士には見えないが、その首にはゴーグルがかけられ、手には袖無し外套を持ってる辺りからロテリア人なのは分かる。
「第一兵団副団長補佐、ミキナ・ハプノスです」
「……久し振りだね、アリスティさん」
どこか元気の無いロイゼンは、地べたに座るとため息をついた。
「えっと、ありがとう。ミキナさん」
「いえ。……あなたは?」
「私? 私は、アリスティ・アサラベルです」
「…………」
黙り込んでしまった。
やがてロイゼンは近くの家に入っていき、出てこない。きっと寝たのだろう。ミキナはしばらく落ち着きの無い様子で辺りを見ていたが結局何もせず、再び馬に乗って、行ってしまった。また一人だ。
一人は嫌いではないが、嫌なことも思い出してしまう。あの頃の思い出とか。
首元に手を持っていき、触れる髪がないのに気付いてそっと落とした。
「良かったのか?」
「え?」
「髪、切り落として」
「…………」
ヘンリーは、焚き火を挟んで私の正面に腰を下ろした。辺りは静かで、皆眠ってしまったのが分かる。
「髪は、すぐ伸びるから」
「確かにブロンドは目立つ。しかし、それも外套を羽織り、フードを被れば問題はなかった」
彼は、切り落とした理由を聞いてるのか、もしくは切らなくて良かったのにと責めているのか。
「ゼシカは、来るのかな」
「さあな。だが、恐らくは。ミキナといったか? あいつから聞いた話では、声を取り戻したらしい」
ミキナは、ゼシカを知っているのか。
「……忘れなくていい」
「え?」
「お前はあいつを狙わなくていい。俺が始末する。お前は、他をやれ」
ヘンリーは、そう言うと、私をじっと見つめてきた。息が詰まりそうだ。炎が彼を赤く照らし、燃えているように見えた。
赤い瞳。ゼシカと私を殺そうとした彼。
恐怖はもう無かった。それどころか信頼すら抱いていた。
「…………」
だが、今の彼の瞳には優しさも同情もない、ただ殺意と嫌悪の色で染まっていた。
××××××
軍服は、あらかじめ配布されていた。素材は悪いが、形は一級の生徒と変わり無い。色は暗い茶色。ほとんど黒かもしれない。汚れが目立たなくていいと思う。
「ライラック」
「…………?」
「着替えないんですか」
振り返ったライラックは、目を見開いて俺を見た。そう言えば彼も俺の声を聞くのは初めてなのか。
しばらく見られて妙に居心地悪い。
「ゼシカ? え?」
「何ですか」
「あんたの声? 似合わなっ」
「やかましい」
声変わりはしているのにあまり低くないのは気にしている部分だ。高い声を出せば、ハスキーな女性の声くらいには聞こえるかもしれない。
ライラックの手には、ジノのゴーグルがあった。
「取り敢えず集合まで半刻程度だから、支度は早く済ませてください。うすのろ猫」
「あ? 分かってるし。先に行ってれば良いだろ!」
ジノは、ヴィクトル先輩に殺された。それを聞いた時、俺は一体どんな顔をしたのだろう。それを知っているのは、先輩だけだ。
今でも思い出す、先輩の表情。
あまり驚かなかったし、助けてくれたことには感謝の気持ちもあった。
意味のわからない喪失感に似た何かが俺の中にある。
「ゼシカ」
「まだなにか?」
「はぁ? あんたが勝手に来たんだろ!」
「いや、だから何ですか」
「あー、そうだった。配置、どこだよ」
「分からないんですか?」
配置は、戦闘形式と身分による。例えば、遠距離攻撃系の魔術師や弓兵は後方、剣などの得物持ちは前方。また、身分が高い者は中心、低い者は外側に配置することが多い。あくまでも傾向だが。
「あー、あんた魔術師だからなぁ。俺とヴィクトルは前だよなぁ。でもヴィクトルは身分高いか」
「……先輩は敵を切り崩す役らしいので、いつも前では無いらしいですね」
「へぇ」
ライラックは首にゴーグルをかけ、軍靴を履き、しっかり縛った。
背が低い彼に軍服は不釣り合いだった。似合ってないわけではなく、どこか痛々しい。
「もうヘッドバンドは着けねえのか?」
「邪魔ですから」
「良いだろ。魔術師だし」
「…………」
皮肉ったらしい言い方にも何故か腹は立たなかった。ただ、これからの事を考えないようしている自分を見つめて、現実逃避なんて無意味だろ、と現実から逃避していた。
「あなたが何を勘違いしているのかは分かりませんが」
「勘違い?」
本当にまるで分かっていない。ライラックだって半獣というはぐれものだというのに、あまりに疎い。もしくは自分と他人という区切りしかしていないのだろうか。
「俺は、ハーフエルフですが」
それだけで充分だろう。同じはぐれものなのだから。
××××××
窓から、中庭に集まりつつある学生、今は兵士と呼ぶべきだろうが、とにかく彼らを眺めながらため息を吐く。
「レグルス、何をぼーっとしてるのよ」
「いや、何人死ぬかなって」
「そんなこと言うもんじゃないわ」
「聞いてきたのはどっちだよ」
結局、戦いになってしまった。父一人の命で済んだものを、結局国民何百もの命を払うことになってしまった。父が嫌いなわけではない。理屈と数の問題だ。
「レグルスはどうするの」
リースは、じっと見つめてきた。不安げな表情だ。当たり前だろう。双子の片割れなのだから。
「俺たちは王族の警護らしい」
「つまり、私達も警護の対象なんだ」
「仕方ないだろ、何だって俺らは……」
しかし、そのあとの言葉は悲鳴にも似た叫び声によって止められた。窓の外が騒がしい。
「なんの騒ぎよ!」
ヒステリック気味に言い捨てたリースを放置して俺は急いで立ち上がると部屋を飛び出た。
聞き間違えでなければ、こう言っていた。
『仲間を斬りやがった、あの裏切り者め』
外に出ると、血塗れの男と、横抱きにされた女の子が同じように血塗れになって、そこにいた。
ぐったりとして意識の無い少女はどう見ても血を無くしすぎて顔色が悪かった。利き腕であるだろう右腕は傷にまみれ、変な方向に曲がっていた。
これでは剣も握れない。
「軍人としてもう使えないだろうが……本人が知ったらどうするつもりだ」
「あぁ、戦わせたくは無かったんや。例え恨まれてもな。彼女にあそこは似合わんやろ」
「友人を殺すだけでは足りなかったのか?」
「もう、何も怖くないんや。それにまだ、殺しとらんで? イリーナは、俺を許さんやろなぁ」
変なやつだとは思っていたが、イカれてしまったらしい。
「僕はイカれとる。殺すなら殺してもええわ」
その目を見て、気づいてしまった。こいつは、自分が何をしたか分かっていて、全部背負っている。
救いようもない。




