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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
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15.君の声

 だいぶ落ち着いてきた。辺りが何故か砂にまみれて後片付けに追われ、訓練どころではない。

 ところで俺は一匹の羊を捕まえた。何故か攻撃してこないけど、美味しそうだ。天羊は消えてしまったが、こいつはなんか違うからきっといける。なんて、根拠の無いことを考えながら歩く。

 片付けなんて面倒だから、人のいない方、いない方へ歩いていき、ジノを見つけた。

「ジノー! 見てみて!」

「え?」

「羊捕まえた!」

 すると、元々あまり良くないようだった顔色をもっと悪くして俺を見つめたジノは、ゆっくり近付いてきて指をくいくいっと曲げる。

「あの、それ友達のペットだから、食われると困る」

「……友達? いんのかよ」

「当たり前だ。お前たちではないけど」

「へぇ。こっちに逃げてきたのか」

「…………」

「食えない?」

「やめろ」

 慌てて羊をぶんどられた。折角のごちそうが遠退いた。

「俺の肉……」

「第一、使い魔だから食えないぞ」

「え。それを先に言えよ!」

「……」

 微かに笑みを浮かべたジノは、すぐに眉をひそめて目を逸らしてきた。妙に静かで、元々無口な方ではあるが暗い雰囲気を滲み出させていた。何か考え込んでいるようにも見える。

 俺は聞くべきか悩んだが、無理に聞き出すのも嫌いだ。教えてくれるのを待とうとも思うが、教えてくれる事はないだろうとも思える。

「……ジノ」

「なんだ」

「…………牢獄の、刑罰執行部隊は、どうなってるんだ?」

 あえて違う話をしたが、後悔しか残らなかった。俺が黄昏と脱走してそのあとを知らない。二人して旅をしていたからかなり前のことだ。まだ、王家が支配していた頃だった。

 ジノは、何も言わずに俺の足元辺りを凝視している。

「俺は、お前を知っていたんだ。ライラック」

「何言ってんだ? 初対面だっただろ」

「……お前にとっては。すぐにお前だと確信は持てなかったけどな」

「向こうで、会っていたのかよ」

「あのあと、数人は脱走した」

 まるで話をそらすように、ジノは告げた。

 その後どうしたかを言ってはくれなかったが、俺が体験したような目に遭ってると考える事はできた。別に、彼らに対して情はない。俺を散々馬鹿にしていたし。

 突然、ジノの手が目の前にのびてきた。何かを握りこんでいる。

「話して、馬鹿騒ぎして、お前らと関わって、情が移ってしまった」

「ジノは、もしかして王国の……」

「赤髪の魔術師の事は、謝りたいと思った」

「……は? 何いってんの、……ジノ」

「すまない。許しは、欲しくない」

 受け取った物は、鈴だった。黄昏がいつもつけていた、潰れて音の響かない鈴だった。

 ジノは、もう行ってしまった。


××××××


 ライラックは追ってはこなかった。彼はなかなか気遣いができて、周りを見ている。それが、差別されてきたが為の護身術だとしても、俺は彼をいい奴だと思った。

 今は、その優しさが辛いけど。

「……馬鹿か。追ってきて、止めてもらいたいのか? そんなのは」

 今更すぎる。

 それならば、早く気づいて仲間に引き込む位の事をしてもらいたかった。俺のことは仲間だと思っていたらしいが。

「ここか」

 ゼシカは、治療も上手くいって、今は寝ていると教えられた。相当疲労しているだろうから、まだ当分起きないだろう。

「……喉、ね。俺にそれを頼むなんて」

 俺は生かしておくよう、手を抜く事が出来るほど器用ではない。それを分かっていて、あの言葉を選んだロイゼンは、俺に選択する余地を与えてくれている。例え、殺し損ねていても、声さえ奪えていれば大丈夫なように。

「俺が手元を狂わせるはずが無いのだって分かっているだろうに」

 ドアの向こうは薄暗く、人はいなかった。カーテンが閉められており、窓の外からは、学生たちの声が鈍く響く。その楽しげな声が恨めしい。

「最後に、お前の声を聞きたかった」

 静かに近付くと、死んだように眠ったゼシカがいる。眠っている彼は、僅かに幼く見えた。微かに胸元が上下していることで生きているのが分かる。


「死んでいれば、良かったのに」


 そうすれば、俺が手を下さなくても。

 心とは裏腹に、抜いたナイフを振りかぶって狂いも躊躇もなく降り下ろした。

 そのはずだった。

 降り下ろしたはずのナイフは宙で止まり、それなのに錆び付いた臭いが鼻をつく。

「っぐ……」

 浮遊感が走り、肺から空気が抜けて声がでなかった。

 起き上がろうとした時、先端が輝く何かが真っ直ぐに飛んできて、壁に縫い付けられたようだった。

 単に俺の動く意志が貫かれて粉砕しただけかもしれない。

「言ったやろ? 消すって」

「…………」

 赤色と、暗く濁った瞳が目の前に浮かぶ。

 飲み下したくなる熱いものが溢れてきて、飲み込まないままに声を絞りだす。

「き……て、くれると……」

「…………」

 最後に聞こえた先輩の声を、もう単語として理解できなかった。


××××××


 物凄い音がしたのだろう。直ぐに皆が来た気配がした。じわじわと痛みの広がる手のひらも、皆の声も、凄く遠く聞こえた。

 目の前に、生きていない人間があった。

「い、いやぁああああ!! 嘘よ! お兄ちゃっ! お兄ちゃんっ!」

「…………」

 ひどく目が乾いていた。閉じることもできずにそれを見つめ続けた。ミキナは、そんな俺を見上げた。

 どんな目でも耐えれると思った。

「………………」

「……え」

 そこには、憎しみの色はなく、ただ同情するような二つの視線があるだけだった。

 ミキナは、ジノと部屋を出ていった。

「ヴィクトル……俺、どうしたら……」

 ライラックは俺を見上げて、酷く動揺していた。俺の所為だ、と繰り返し呟いて、彼もまた他の部屋に移された。

「こんな時になんだが、お前に状況を聞いている場合ではないんだ。明日にでも出兵するよう命令が来ている」

「攻めてきてるんですか」

「ああ。もう国境沿いの村や町は占領されたらしい」

「いつですか」

「そうだな。ゼシカの弟君は、戦場を羊に紛れて抜けてきたという。自らの民にため黙っていたらしいがな。ガキが」

「……エルフが、いるんですね」

 例え俺がただの友達殺しだとしても、この国を裏切らないなら使いたい駒だということか。

「……お、れは……行かせて、頂ける、ん、ですか」

 その声に振り返ると、体を起こしたゼシカがいた。今のはゼシカの声ということか。予想していたより少し高めだ。

「ぜ、ゼシカ!? もう大丈夫なん? 痛いとこは? 喉乾いとらん?」

「あ、え……その」

 まるで状況が理解できていない様子で辺りを見回し、血溜まりを見て、俺を見て、表情を変えた。

「……手のひら、切れてますね。刃でも掴んだんですか」

「なんか変な感じやんなぁ……ゼシカが喋っとるのは分かる。でも、ゼシカが喋っとる気がせぇへん」

「えっと」

「別に不愉快とかゆう訳やあらへん!」

「……」

 黙ってしまった。変な気分ではあるが、彼の声は不快ではない。むしろ、魔力を乗せてるのではと思いたくなるほどに、なんと言うか、好感が抱けた。

 ベッドから降りたゼシカは、俺を困ったように見上げ、睨んだ。

「……別に、根掘り葉掘り聞こうってわけではないですが、その不穏な雰囲気、どうにか出来ませんか」

「なんや、不穏て」

「オーラですか?」

「オーラ?」

「ええ。悪い言い方をすれば、あなたの兄を思い出します」

「あ……そうなん」

 そうかもしれない。俺は、友人を殺したから。ゼシカはどんな目で俺を見るだろう。ミキナのような同情か、ライラックのような動揺か。

 すごく、怖い。

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