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無音の魔術師  作者: 芹沢桐花
第一章 白き森
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4.嫌いだ

 あの後、夕食だと呼ばれ、時間も無くなってしまったため、朝起きてから片付けることになった。

 前と同じように、机の上に植物の鉢、うさぎの置物を置く。

「何でうさぎ?」

「何か文句ありますか」

「無いけど……好きなの?」

「好きですよ。奴らは健気ですから。猫とは違って」

「……そ…そう」

「それに、か弱い。猫とは違って」

 俺は木彫りのうさぎを指で撫でる。別に良い思い出など無い。ただ、俺が小さいときに父がくれたという、思い出とも呼べない事実があるだけだ。

 きっと、ただの愛着なのだろう。

 アリスティは、俺の部屋を見回した。

「本ばかりだね」

「ええ、まあ。つまらない奴なので」

「そういう意味じゃないからっ」

「分かってますよ」

 この部屋は広いので全部が全部上手く収まりきり、倉庫にならなかったのがありがたい。

 しかし、棚の上から下までをぎっしり本で埋めてしまったのを見ると、苦笑が零れる。これだけの量を持っていた自分にも驚くが、これを持って来た人にも驚く。

 あと少し本が残っていたはずだ。取りに行こうとドアを開けると、そこにはメリアがいた。手には本を乗せている。

「これで最後です」

「……? ありがとうございます」

「では、私はこれで」

 メリアは俺に本を押しつけると、部屋を出ていこうとする。

 何故かメリアが冷たい気がしてならないのだ。いつもは、うざったい位だと言うのに。

 メリアは奥様、つまりアリスティの母の侍女だ。

「メリア、どうしたんですか」

「…………」

「ゼシカ」

 アリスティは、俺の手から本を取ると奥の本棚まで持っていった。

「メリア、もう下がって良いよ」

 視線すら向けず、アリスティはそう言い放った。メリアは一礼すると、無言で出て行った。

 俺は、本棚に本を入れようと奮闘するアリスティを眺めていた。

 しばらくして、諦めたらしく俺の方を向いた。

「私がね、頼んだのよ」

「冷たくしろと?」

「親しくしないでって。兄様の嫌がらせは、私の親しい人にまで降りかかるから」

 だったら何故俺は側に置くのですか。

 俺の中に生まれた疑問は、言葉になることを拒んだ。


「でも、やっぱり少し寂しいね」


そう、彼女は笑った。


××××××


 数日後の夜、丁度誰もいない廊下で、とうとうゼシカちゃんと会ってしまった。

 あんな態度をしておいて、どう接すれば良いのかを悩んでいる。

「メリア」

「な、何よ」

「仕事は上がりですか」

 しかし私の悩みとは裏腹に、彼の態度には露ほどの変化も見当たらなかった。

「ソフィア様ももう寝たし、一通り見て回ったら寝るわ」

 ゼシカちゃんはまだ終わりではないらしい。手には何かの植物を持っている。

「俺も一応終わっています」

「え、終わっているの?」

「これは趣味です。冬でも咲く植物の種類を調べていました」

 そう言われてみれば、ゼシカちゃんは小さい頃から毒に興味があるようだった。そこから派生して来たのだろうか。

「……仕事、慣れた?」

「それなりに」

「アリスティ様とは、上手く仕えていけそうなの?」

「……まあ、一応」

 煮え切らない。ゼシカちゃんは、少し不満そうに呟いた。その様子が可愛いと思ってしまったのは秘密だ。

「ゼシカちゃんはアリスティ様を、どう思ってるのよ」

「どう、と言われましても」

「好きなの?」

「……何故」

 ゼシカちゃんは顔をしかめた。聞かれたくない内容だったのか。もしくは、質問責めが嫌なのか。

「正直、嫌い寄りかも知れません。憎くはありませんが」

「……しっかり仕えなさいよ。苦手だからって手は抜くな」

 私は、アリスティ様が彼に一目惚れしたのを知っている。あの子は、人見知りなのではなく、意識的に人を遠ざけているだけだ。傷つけないように。

 そんなアリスティ様が、それでも一緒にいたいと思ったのが、ゼシカちゃんだ。

 しかし、ゼシカちゃんにそんな事は分かっていないだろう。

「問題無いです。俺は有能なので」

「妙にイラッとくる。このナルシスト」

「黙れ馬鹿が。自己陶酔ではありません。事実ですから」

「馬鹿ってなによ」

 ゼシカちゃんは自分の指を眺めている。彼はいつからかは分からないが、余り感情が表情に出ない。


 まるで、冷たく他人を拒絶するように、凍り付いている。


 言葉にはでるが。

 逆にアリスティ様は、山の天気みたいに表情がころころと変わる。

 だが、私が見ていない所ではどうなのかは、分からない。

「アリスティは……あなたと話したがっていますよ」

 呼び捨てなんだ。

 少なくとも、アリスティ様は、ゼシカちゃんが猫をかぶる必要が無い人、ということなのだろう。

「うん。知ってる」

「夜のうちだけでも、話せる機会を設けたらいかがですか」

「………」

「ま、俺には関係ない話ですが」

 そう言いながら、興味も無く、面倒くさそうな事に首を突っ込んでくる。

 アリスティ以上にお人好しなのかもしれない。

 もしくは、嫌い寄り、ではなく距離感が分からないだけなのかもしれない。

 少なくとも、彼の言動から、嫌いという感情は見えなかった。

「じゃあ、少し考えとく」

 ゼシカちゃんは、やはり無表情だ。


××××××


 朝日が雪に反射して、より一層の輝きをもって辺りを照らしていた。

 俺は、馬車が来たな、とか思いながらも目は向けずに庭掃除をしていた。

 掃除と言っても、雪によって覆われているため、特に掃き掃除などはない。片付け程度だ。

 屋根の上からは、スリリングな雪下ろしを楽しんでいる使用人たちの声がする。


「エミル、おかえりーっ!」


 すると屋敷からアリスティが飛び出してきた。


「おねーちゃんっ」


 そう言えば妹もいるという話を聞いていたような気がする。

 エミル、と呼ばれた少女はニコニコしながらアリスティに駆け寄る。笑い方が少しアリスティに似ていた。

 しかし彼女とは違い、肩上で切り揃えられた髪。瞳や髪の色は同じだけれど。

「私ね、弓が上手になったよ」

「じゃあ、教えて欲しいな」

「どうしよっかな」

 何故か、オリガを思い出した。今頃どうしているだろうか。

 約束を破った俺を、どう思っているだろうか。

「あ、ゼシカっ!」

「何ですか」

「私の妹」

 それはいくら何でも簡潔すぎだろう。まあ、確かに分かりやすい紹介だ。

「エミル・アサラベルです。よろしくね、おにーちゃん」


××××××


 アリスティの部屋まで来た俺は、持ってきたお茶とお菓子をテーブルに置く。

「おにーちゃん、イケメンだね。どこで落としてきたの?」

「……イケメンなどではありませんよ」

「えー、じゃあ、可愛い顔?」

「……」

 嬉しくない。

「ん……? 連れてきただけだよ」

 こっちはこっちで問題だろう。

 エミル・アサラベル。

“子供に必要なのは、勉学である。”がモットーの、帝国立アスパティ市学園初等部に在学中の児童だ。

 町一つを丸々学園としてあるらしい。

「でね、レグルスとリースが実は皇子様と皇女様だったの」

「確か中等部に入ったらパーティー組むとか、約束した、双子ちゃんだよね」

「うん!」

「なんか、凄い人と知り合いだなぁ」

 エミル様は、一年に一度帰ってくるらしい。いつもは独りぼっちで、少し情けなくて、馬鹿なアリスティが、姉の顔をしていた。

「……へぇ」

「ん? 何か言った?」

「別に、何も」

 こんな風にも笑えるんだ。


××××××


 数日後、エミル様は学園に帰って行った。毎回のお茶会に付き合わされたのは言うまでもない。

「どんどん大きくなってくなぁ」

「まだ子供ですからね」

 アリスティは小さく笑う。その笑顔に違和感があったが、それが何なのか、俺には分からなかった。

「私がね、無理やり学園にぶち込んできたんだ」

「……はい?」

「兄様たちから遠ざけたくて」

 どうして、自分が苦しむ環境を作るのだろうか。


 一人で笑うアリスティは、作り笑いの俺に少し、似ている。


「あのね」

「はい」

「私ね、あの子の為なら、人だって傷つけられる」

 彼女は時折、曖昧に笑う。まるで何かを諦めたような笑顔で、俺はその笑顔が嫌いだった。

 しかしそうは思っても、アリスティの為に俺が動くことはない。


「そんな顔しないで。ゼシカには、関係ないから」


 その言葉が、何故か突き刺さって抜けない。


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