13.笑顔の男
「なんか、足音しないか?」
「足音というより、地響きやろ」
「地響きというより、地震」
「…………」
朝、大体の生徒がいつも通り、朝の訓練の準備をしている時だった。
地面は揺れ、皆が動揺している中、俺はオリガと共に、医務室にいた。白い家具ばかりが揃った部屋と言うのも、ある意味不気味な気がするのだが。
それでもって、普通に話し声が聞こえると言うことはつまり、そういうことだ。
「君たち、訓練の時間ではないか?」
「先生。それよりも地響きですよ! 地震やない気がするんです」
「俺はよくわかんねーけど」
すると、オリガがポツリと呟いた。
「もしかしたら……怒らせた天羊かもしれないぞ……」
「天羊って、食えんのか?」
「魔物の一種やな。泉狼とかと一緒」
「もふもふだぞ」
「羊やもんな」
俺は額の呪いを解きに来たのだが、会話が途切れるのはまだ先のようだ。声がでないと、会話にも混ざれない。別に混ざりたい訳ではないが、話が進まなくて面倒だ。
先生もどう見ても困っているが、こいつらは気にする様子もない。ため息を吐くと、俺は窓の外を見て、愕然とした。
「ゼシカ、どうしたん?」
彼らも近付いてきて、黙りこんでしまった。
何故か、ライラックのみは目を輝かせていたけど。
「敵襲か?」
「いや、羊って騒いどるで」
「俺、行ってくる! 肉だし!」
「ちょ、待てって。あーもう、僕も行って来るんで、こいつらのこと頼みます」
かくして嵐は去った。
とか思ったけれど、天羊が来ていて大変らしいし、俺の呪いは解けてないし、何も解決していない。
オリガは、黙ったままだ。
「取り敢えず、ゼシカ君の魔力を空っぽにすることから始めましょう」
(…………は?)
「どうやら、あなたの魔力で外からの魔力、魔術干渉を相殺しているそうですね。彼の話を信じるならば」
先生は、笑顔で俺に言った。
その笑顔には、優しさがほとんど感じられなかった。
この人、怖い。
「てなわけで、ちょうど天羊が来ましたので」
俺の両肩に手を置き、見つめてくる。時計の針の音と自分の心臓の音が、嫌なくらいに響いていた。外の声も聞こえないくらいの、圧力。
「限界まで魔力を削れ」
何よりも、楽しそうな先生が、とても怖い。
××××××
何やら、綿花にそっくりな生き物が学園内に雪崩れ込んできた。正体は天羊なのはもちろん知っている。
「これ、倒すんですか? お兄ちゃん」
「ミキナは手を出さなくていい。俺がやろう」
「……私ばかり、楽してませんか。甘やかさなくてもいいのに」
「こんな時くらいしか、甘やかせない」
もう、そろそろ動き出したはず。そしたら俺達も遊んでいる訳にはいかないのだ。
ミキナには、出来る限り普通の学園生活を体験させたかったから、都合がよかった。
「それに、か弱い妹キャラで通してるんだから、疑われる真似はすべきではない」
「名前で気付かれなかったのは奇跡ですけどね」
全く笑えない話だ。
取り敢えずは、天羊を狩る。運が良ければ見つけられるだろう。
親友を。
立場的にも必死に探さなければ行けないのだが、なぜこうなった。あいつは馬鹿か。敵地に現れて、何をしたいんだ。第一、なぜいつも後始末やとばっちりを受けなければならないんだ。
「……面倒」
ミキナは俺を見て、くすくす笑っていた。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
部屋を出ると、一段と騒がしかった。まるでお祭り騒ぎだ。何だかんだ楽しそうに天羊と戦っている彼らに、微かに嫌悪感を抱きつつ、俺は人のいないような場所を探した。
「…………」
本当に、人のいない建物の影。暗い中で、赤色に出会った。
無惨に切り捨てられた天羊が魔力の光となって消えていった。
誰がやったのか。
この人だ。
「ああ、ジノ。ここらは狩り終えたで」
「先輩」
「……何や? 言いたいことあるなら、聞いたるで」
見なくても、俺だと見抜いた。振り返った彼の目には、いつもの感情が抜け落ちていて、不気味だ。
そう、不気味だとしかいえない。そして、この表情の方が、彼らしいと、思ってしまった。
「……ん? ああ! ごめんなぁ。殺気、消してなかったわ。ちっとばかし疲れて、余裕無かったわぁ」
「先輩は、気付いてる。違うか」
すると、微かに目を見開いた後、小さく笑い声をあげて、言った。
「僕とライラック、ゼシカ、ミキナ、それにジノ。いつからか一緒にいる。それなりに、楽しかった。違うか?」
「……」
「裏切り者と亡命者と、ハーフエルフって、すごい組み合わせやんなぁ」
「何が言いたい」
光は完全に消えた。
笑顔のこの男は、一体何を見ているのか。
彼は、笑みを絶やさない。
「裏切ってもええ。この国を滅ぼしてもええ。ただ、こっち側の奴らを傷付けるなら」
近付いてくる彼に、身動きが取れない。まるで、動き方を忘れたかのように、固まって動かない。
場違いな笑顔で、誰にでも向ける笑顔で、赤色の男は俺を見て、頭に手を置いて、言葉を吐き出した。
「消すからな」
××××××
手合わせだけなら、僕はどこまでも楽しめた。
所詮はゲームだと割りきって、皆を強くする手助けだと言い聞かせれば、途端に戦いが愛しいと思えた。
それでしか、みんなと繋がる術は無かった。
「ジノ、びびらせてもうたわ。あれぐらいで折れる奴ともちゃうけどなぁ」
殺せ、と命じられれば、あの恨みが蘇る。殺す相手に手加減が出来ない。
そのせいで、羊が見るも無惨なことになっていたのだが、仕方ない。
天羊相手にお祭り騒ぎをしている大切な奴らを眺めつつ、ライラックを探す。あの子の事だから、絶対食おうとしているはずだから直ちに止めないとヤバい。消えるなら丸かじり、とかしそうだ。
「あ、そこのお嬢さん。お尋ねしたいことがあるんだよね」
建物の角のところにいる奴、見たことがない。服も制服ではないらしい。帽子をかぶっていて影で顔は見えない。
「て言うか、君可愛いね。剣を使うの? だったら今度手合わせ願おうかなぁ」
もろ誰かをナンパしている。
関わりたくないけど、気になるので近付いてみた。なんか、聞き覚えのある声がくぐもっているものの、聞こえてくる。
「赤髪の男知らない?」
「知ってはいるけど、答える義理はないわ」
あ、イリーナだった。と言うか、距離が近い。怪しい男だ。赤髪の男を探していると言うことは、あまりいい内容ではない。
僕がこの男の背後に立つと、イリーナは顔をひきつらせた。
「知り合いの弟なんだ」
「僕の兄が、何や?」
「…………わぁ、そっくり」
「ありがとう。僕は君を知らないんやけど?」
この男、気に食わない。




