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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
34/63

10.あの日の傷跡

 頭が痛い。気分も悪い。

 起き上がるのも怠くて、俺は天井を見上げた。

 いつもより高い天井。

 当たり前だ。床で寝ていたのだから。

「……うにぁ」

 隣で、猫が鳴いた。

 目を閉じて寝てると、釣り目だ。なおさら猫みたい。

 昨日の夜、途中から記憶が飛んでいた。どうやら酒を飲んでしまったらしい。

「大丈夫か」

 ジノの声だった。

 そう言えばジノはもう成人だ。童顔の所為で、昨日まで年下だと思っていた。

「俺が、飲ませた、のは覚えている」

 無理やり起き上がると、同じように頭を押さえていたジノを見る。すると、彼と目があった。

「……ゼシカ」

「……?」

「聞いても良いか」

 何を、と問いかけようとして、その術がないことに気付いた。部屋を見回すと、ライラックとミキナが気持ち良さそうに寝ている。

 俺は頷いた。これならどんな話でも、聞かれることも無いはずだから。

 ジノは立ち上がると、部屋の隅にあるベッドに座った。手招きするので、クラクラする頭を押さえつつ、彼の隣に座る。

「お前さ、ハーフエルフだよな」

 今更な問いに頷く。確認とはいえ、わざわざ聞くなんて、いつものジノらしくない。

「……何故、ここにいるんだ」

 その問いに、俺は固まった。ジノが何を聞きたいのかがまるで分からない。

「何故、エルフのお前が仲間を裏切ってここにいるんだ」

「…………」

 何を言わせようとしているのか。

 俺がここにいる理由か。

 俺が向こうにいない理由か。

「悪い言い方をすると、エルフは国境、つまり常に戦場に近い場所にいる。家族が心配ではないのか」

 つまりジノは、心配してくれているのだろうか。

 だが、俺にとっては、考えないようにしていた一つだ。成り行きでここにいるとしても、選択したことに変わりはない。

(それに、向こうは家族なんて思っていないだろうし)

「手に入れた魔法陣で魔術を使って、家族も殺せるのか」

「…………」

 答えは出ている、つもりだった。

 なのに、頷くことはできなかった。

「……無神経に聞き過ぎた。でも、大切なことだから考えて欲しい」

 ジノは、下を向いた。視線の先には彼の妹がいる。きっとジノには、家族を守ることが、答えなのだろう。

「考えた上でもし、向こうに行きたかったら、俺に言って欲しい。何とかする」

(何とか……って、どうして)

「……大丈夫。亡命者でも伝手はある」

 ジノは珍しく笑みを浮かべると、俺の頬に軽くキスをした。

「……っ!?」

「ロテリア式の挨拶だ。本当は両頬にする。元々は親しいもの同士の挨拶だったらしいが、今は信頼を意味する」

 シャルルに、というかエルフにそんな風習はない。俺は頬を手で押さえると、彼を睨み付けた。

「政治家や、軍人、王族は、この挨拶で信用信頼を表すんだ。だが俺はどうにも苦手で」

 ジノが自らのことを語るのは、これが初めてではないだろうか。

(俺だって、話したことはないのに)

「小さい頃、王子に迫られたんだ。付き合いが悪い、評判も悪い、無愛想だ、キスしろって。一時期、王子は男色家だとか噂が広まって大変だったな」

 ジノは、見た目だけなら可愛いからな、などと思った。別に俺の好みではない。当たり前だが。

「…………」

「あ……悪い。まぁ、彼にはもう会えないだろうな」

 王族、と言うことは、革命で殺されているのではないだろうか。ジノがいつシャルルに来たのかは知らないが、その王子と会うことは、不可能なのだろう。

 俺は、立ち上がると部屋を出た。ジノは俺を止めはしなかった。


××××××


 ゼシカが出て行って、すぐ俺も立ち上がった。

 彼は、甘いと思う。このまま周りに流されようとしている。

「お兄ちゃん。ゼシカさんはどうするのでしょうか」

「……出来れば、俺に助けを求めて欲しいが」

 そして、家族の下へ行けばいい。

 ミキナは起き上がると、ライラックにかかっているタオルケットをかけ直した。

 外は明るくなってきた様だが、カーテンの閉まったこの部屋は薄暗かった。

「信用させておいて、意地悪です」

「……知ってる」

 それでも、やっと出来た彼の居場所を、俺は守りたかった。

 笑顔の裏に押し殺した孤独を知っているから、二度と闇の中に引きこもらないように。例え、他の何かを裏切るとしても。

「お兄ちゃんは本当に彼が大切なんですね。ちょっと妬けますよ」

「な、あいつはただの親友だ」

「つまり、お兄ちゃんに、ただの親友と言わせる程の人なんでしょ?」

 あいつを闇に堕とす原因は、排除しなければいけないのだ。

 この、俺が。


××××××


 浴場から出ていつもの食堂に行くと、ヴィクトル先輩が手招きした。

「ゼシカ、前に喉怪我したって、言うとったよな」

 急に何の話だろうか。

 俺は一応頷いた。

「その傷、浅かったやろ」

 何故、分かるのか。いつの怪我とも言っていない。何で怪我したのかも言っていない。

 彼は、何を知っているのか。

「え? ちょ、待ってぇな! 殺意怖いから落ちついたって、な?」

 何故か俺にココアを押し付けて、わたわたとしている。

(いつもの先輩だ)

 別人でも無いらしい。

 周りは、俺が騒いでいるのには既に慣れているらしく、見向きもしない。

「その……、悪かった。額の傷、見てもうたわ」

「…………」

 どうやら俺が何かを隠しているのには気が付いていたらしい。

 情けない。

 こんな傷を見られるなんて、自分が恥ずかしい。

「で、その傷、治したいと思わへん?」

(え?)

 それは、疑問ではなく質問だった。選択肢だった。

「呪いさえ解ければな、傷も完全とはいかないが良くなるはずや」


『呪い?』


 この額のは、呪いだったのか。そう言えばリューリクが何かを言っていた気もするが、良く覚えていない。

 ベルの話では治癒魔術が効かなくて大変だったという。呪いだったのなら、理由も分かる。

「僕は呪いの解き方を知っとる。声を取り戻したいと思わへんか?」

 俺は反射的に頷いて、動揺した。俺は、この傷を失ってもいいのだろうか。

「どないしたん?」

 ヴィクトル先輩は俺の答えを待ちながら、カフェオレを飲んで少し固まった。砂糖が足りなかったらしい。


『あの日を、忘れそうで怖い。皆でいると、思い出さない時がある。薄れていきそうで、不安になる』


「……平気や。傷はな、そう簡単に癒えてはくれん。自分が治す気が無いなら、余計治らん」

 俺の目を真っ直ぐに見据える紫の瞳が、彼の真剣さを伝えてくる。

「安心し。傷なんか無くても、ゼシカは苦しめられるで。……ん? ちょっと言葉が変やった」

 苦笑いを浮かべたヴィクトル先輩は、俺の頭に手を置いた。ぐりぐりと撫でてくるのが、鬱陶しい。子供扱いは、しないで欲しい。


「苦しみに負けないくらい、僕らといると楽しいって思わせたるからな」


 苦しい位に泣きたくなって、俺は俯くと唇を噛み締めた。どうして優しくしてくれるのだろう。

 不安になる。

「あー! ゼシカ、まだ酔ってんのか? ……泣いてんの?」

「ライラック、しぃー、やで」

「何だよ。怪我か? 二日酔い?」

「……それは僕や」

「マジで?」

 ライラックが来て、騒がしくなって、余計に顔が上げられない。

 するとライラックは叫んだ。

「おい、こいつ今二日酔いで苦しんでんだから、じろじろ見るなよ! バカっ」

 馬鹿は余計だ。

 しかし、ライラックはそれ以上俺に何か聞くことはなく、隣に座って朝食を食べ始めた。

「二人のミートボール、食って良いだろ? 二日酔いだもんな!」

 それが目的か。この猫野郎め。

 ヴィクトル先輩の笑い声が聞こえて、ライラックはやはりうるさくて。

 居心地が良すぎるのだ。

「……ん?」


『呪い、解きたいです』


「了解やで」

 その声で、微笑んでいるのが伝わった。良い兄、というのは彼みたいな存在なのだろうか。俺は、自分が良い兄では無かった自信はあるけれど。

「え? 呪い? 悪魔の!?」

「悪魔は……、ちゃうと思うで」

「ちぇ、つまんねー」

「不謹慎なやっちゃなぁ! このっ」

「ひぎゃあああっ! 耳はやめろっ」

「うぉぉっ、気持ちええなぁ! もふもふやぁ」

 ただ、少し変な人だ。悪く言えば、変人だろうか。俯いた俺の頭上で、何かが繰り広げられている。

 変態までは、いかないと思う。多分。


××××××


 呪いを解くには、治癒魔術の得意な魔術師が数人必要らしい。雇うのも簡単ではないので、代わりに雑用を引き受けることになった。

「で、何を手伝うんだ?」

 ライラックが何故か、寮の俺の部屋の机の上に座って俺を見下ろして言う。

「沢山あるんやろ?」

 だから、何故いるのだ。

 先生に話した後、何を手伝うか話していた頃には二人はいなかったのに、帰ってきたら何かいる。

 二人は黙って俺を見て答えを待っている。なんだか、どうでも良くなってきた。


『図書室の本棚の整理、壊れた机の修理、外のベンチ作り、草取り、壁のペンキ塗り、研究材料の採取、皇族の双子の話し相手、蜂の巣の駆除』


「…………何やそれ」

「多すぎねぇの? 俺だったらやらないぜ!」

 この程度なら、白き森でやっていたので苦ではない。強いて言うならば、皇族の双子は苦手だ。特に男の方。

「先生も鬼やなぁ。ここぞとばかりに、ためまくった貯金を押し付けとるし」

 貯金ではなく、借金だ。だが、そこまで多くはないと思う。俺的には、もっと山のような仕事を任されて、寝る間もなくなるかと思っていたから。

 ライラックは、窓の外を眺めている。興味がなくなったのだろう。

「……呪い、か」

「ライラック?」

「あ、何でもないんだからな!」

「……?」

 やけに慌てた様子のライラックが気になった。

「あんた、日曜大工出来んのかよ」

 むしろ好きだ。

 頷くと、二人が目を丸くした。お前たちは、一体俺を何だと思っているんだ。

 きっと、何だとも思っていないか。



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