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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
32/63

8.誕生日

 彼女といた時は、色々なものを感情のまま受け止めていたと思う。一秒一秒の風景が刻み込まれていくようだった。

 学園に来てからの日々は、余りに早く過ぎてしまった。自分のことにいっぱいいっぱいで、色々なものを淡々と受け止めていたと思う。多くの時間、その風景から目を背けて、自分の中に引きこもっていたのかもしれない。

 でも、それももう、終わりにしよう。


××××××


 体が揺れている。

 気分が悪くなりそうだ。

「おいっ、起きろー!」

 ライラックの声がするなんて、きっと気のせいだ。最悪な夢だ。

 どうせなら、ハーブが沢山な夢とか図書室に行く夢とかがいいのに。

「ゼシカ、起きたって」

「……」

 目を開くとやはりライラックがいた。よろよろと手を伸ばして、ピクピク動く耳を掴んだ。

(……もふもふ)

「ひぎゃぁあっ! 耳は触るなよっ」

「……?」

 夢は黙ってろ。

「ゼシカ、起きたん……か?」

 でも、なんだか眠い。俺はあくびをすると、また目を閉じた。

「ゼシカは朝に弱いんだ。起こすなら、やりたくないけど」

 やけにリアルな夢だ。だが、正直男に囲まれた夢なんて嫌だ。

「……ゼシカ、このままだと襲うぞ?」

「~~っ!?」

 低い声が響いて、俺は拳を振り下ろした。しかし受け止められたらしい。最悪な目覚めだ。

「な? 起きた。こいつ、意外と純情なんだ」

「お兄ちゃん、格好いいです!」

 完全に目が覚めてしまった。

 起き上がると、ジノは勿論、ライラック、ヴィクトル、ジノの妹のミキナまでいた。

「ハッピーバースデー! ゼシカ!」

「誕生日おめでとう」

「お、おめでとう!」

「おめでとうございます」

 せめて、何を言うか打ち合わせをしておいたらどうなのか。しかし、引きこもっていた俺の心を、彼らは日だまりに引っ張り出した。

「……」

 こんな時は、どんな顔をすればいいのだろうか。ゼシカという男は、どんな顔をするだろうか。

「ゼシカ?」

 これを言うために朝早く部屋に押し掛けて、俺を無理矢理起こしただなんて、全く呆れて言葉もない。ため息を付いた俺は、仕方がないから、四人を見上げた。

(感謝、してる)

 苦手な笑みを俺が浮かべる気になったのは、お前らの所為だ。

「ぜ、ゼシカが笑った……」

「うひゃああっ! なんや、笑顔かわえぇわぁっ!」

「て言うかお前何で上裸なんだよっ!」

「み、ミキナ……見るな」

「ふふっ、どうしてですか?」

「もう一回笑ったって! な?」

 すこぶるうるさい。

 お望み通り笑顔を浮かべた俺は、彼らの頭上に青い魔法陣を生み出す。ミキナ以外の、水を被った野郎共は着替えのため、一回部屋に帰る羽目になった。

 いい気味だ。


××××××


 誕生日を祝うには、親族と貴族たちを呼び、一族の長を呼び、ご馳走を沢山用意する。

 そういう認識しか持ってはいなかった。いつしか俺はそんな誕生日の準備をする側に回っていたし。

 朝はみんなで食堂に行き、パンを食べた後、外出届を出して学園と同じ皇帝内の港街ナーシサスに行き、西大陸の文化が混じった伝統料理をたべ、お土産やらを買いまくり、学園に帰った頃は夕食時だった。

 果たしてこれは誕生日のパーティーなのだろうか、それともああいうのは、エルフだけなのだろうか、と思えてきた。

「僕はケーキと酒、持ってきたで」

「豚肉、鶏肉、牛肉、山羊の肉と……」

「いっぱいのお菓子ですよ」

「みんな、おかえり」

 焼き肉の準備をしていたジノは、ミキナの荷物を受け取る。というか、肉ばかりだが野菜はないのだろうか。

「こら、ライラック。野菜もって言ったやろ」

「も、持ってきたし! 玉ねぎ、ねぎ、キャベツ、レタス、きゅうり、トマト、大根とか」

「あまり、焼けそうにないですね……」

「だ、だって、分からねえもん」

 二人部屋に五人が騒いでいて、狭くないわけはないが、今日一日で、このメンバーが当たり前になってしまった辺り、自分の順応性の高さに笑える。

「ほな、焼くでー」

「野菜から焼け」

「ほいほい」

 あと、ジノがヴィクトル先輩にタメ口になった。元々、口下手らしい彼は、気を許すと口が悪くなるようだ。

「えー! 肉は? 肉が先だろっ、むしろ肉だけ焼けよっ!」

 こいつは元々、馴れ馴れしい。

「焼きながら酒飲むと危ないし、全部焼くで。それまで食わんといてな。食ったら絞めたるで」

「…………」

 一瞬、冷気が俺たちの間をすり抜けた。時折覗く、彼の一面が本性ではないか、と疑うこともある。

「で、では、待ってる間に腕相撲でもしませんか?」

「やるやるっ! ゼシカ勝負だぜっ」

 何故、腕相撲なんだ。

 だが売られた喧嘩は買う。俺とライラックは床に伏すと、手を握りあった。別に友好の握手ではない。

「行くぞ……はいっ」

「合図分かりづらいぞ!」

「頑張って下さい!」

 ライラックの手のひらは俺のものより小さかった。しかし腕は、同じか、彼の方が長いかもしれない。ライラックは腕が長いのだ。

「いっ! 痛い痛い痛い! 握力ばかり強すぎだろぉっ」

「…………」

「腕動かせっ! 男に手を握られてもうれしくねぇよ!」

「はははっ! 大丈夫やって。僕もやったる」

「ヴィクトルの方が怖えよっ」

「私もやりたいですっ」

 話をしてるくせに、びくともしない。やはり、武器を振り回すだけあって腕力は強いらしい。

「い、いた、痛い痛いっ! よっしゃあ、俺の勝ち! ……って、痛いから!」

 呆気なく負けた。悔しいから手を強く握りしめてみた。やはり振り払われる。熱い手のひら。俯いて、手のひらを見つめる。

 俺に握られて、熱くなった彼女の手を、思い出したのは、彼の手が同じくらいに小さかったからだろうか。

「……」

 彼女の側に、俺がいなくて良かったのかもしれない。いつも自分より俺の事ばかりで、馬鹿で、笑顔ばかりで。

「ゼシカ」

 ヴィクトル先輩に呼ばれ、俺は顔を上げた。

「今は、目の前の事を楽しまんともったいないで」

 先輩の視線を追えば、ミキナとライラックが腕相撲をやっていた。ジノもライラックの耳をつついたりしながらミキナを手伝っている。

「おーい、全部焼いたでー」

「肉っ!」

「野菜から食うべきだ」

「お兄ちゃんも肉取ってるくせに」

 なんだか、ただのどんちゃん騒ぎの開始だ。騒がしいのは苦手だが、どうやら嫌いではないらしい。

(……たまには良いかもな)

「ゼシカぁ!? キャベツだけかよ! 肉食え肉!」

 皿の上に、肉がどんどん乗せられていく。量が多すぎる。


××××××


 開始から二時間、いや、三時間は過ぎただろうか。

 ヴィクトルは酒を飲み始め、ジノも飲み始め、ゼシカが飲まされ、俺とミキナは酔っ払い三人組に囲まれていた。

 というか、俺がやばい。

「うぎゃあああっ! ゼシカが壊れたっ、ヴィクトル助けろぉ!」

 俺を撫でてニコニコしながら、お菓子を無理矢理食べさせようとしてくる。少しなら良いけど、甘いものはあまり食べれないのに。

 すると、抱きついてきた。

「ひいぃっ、だ、誰だよ! ゼシカに酒飲ませたのはぁ!」

「この俺だ」

「ジィノォォ!」

 仁王立ちで名乗るジノを睨み上げる。彼もおかしくなっている。ゼシカは完全に酔っぱらって、また飲みだした酒はぶんどった。

「ヴィクトルー!」

「りょーかい! 一番、ヴィクトル・タウフェニス! 脱ぎます!」

「ちげぇよっ」

「ゼシカさん、かわいいー。ほら、クッキーですよ」

 ミキナはゼシカを餌付け始めた。こんな時真っ先に飛んでくる彼女の兄貴とは言うと。

「二番、ジノ・ハプノス。歌います」

「良いから助けろ!」

 こいつも酒に飲まれてた。

 すると、あくびをしたゼシカまでシャツを脱ぎ出し、寝てしまった。俺に抱きついたまま。

「って、離しやがれっ!」

 何故、隣の部屋の人たちはうるさいとか言ってこないんだ。むしろ来てくれ。そして助けろ。

「僕も歌うでーー」

「負けないぞ」

 結局、ヴィクトルと、まさかのジノが騒いでいるのにゼシカは一度も起きることはなかった。


××××××


 部屋の電気は消されており、床で寝てしまった僕たちの上には薄い布団や、タオルなどがかけられていた。

「仲ええなぁ」

 隣には、ゼシカとライラックは一緒に寝ていた。ゼシカのヘアバンドは首もとにずれていて、口元は見えないが、気持ち良さそうに眠っていた。

 ミキナもジノの側で寝ていた。そういえば、僕の服はどこだろう。女の子のいる中で、全裸にならなかったのが唯一の救いだが、脱ぎ癖はやはり直らない。

「ヘアバンド、ない方が可愛いやんか……ん?」

 ゼシカの前髪をあげ、額を見る。

「え……、これって」

 彼の額には、火傷の痕があった。焼き痕の模様には見覚えがある。それは、魔術師から呪文を唱える術を奪い、治癒や蘇生などの体の内側に作用する魔術を受け付けなくするもの。タウフェニス家のエルフ封じの呪いだった。

「あぁ……あいつがやったんやな。そうなん。だから、ゼシカは声を失っとったんやな」

 いつも、ヘアバンドをしていたのは、この傷を隠すため。彼の声がでないのは、僕の兄貴たちの所為。

 ゼシカは出会った頃、僕を警戒して、殺気を放っていた頃があった。つまり、父か、兄貴に出会っているという事だ。

「嫌われとっても、当たり前やないか」

 思ったより、かすれた声が出た。思わず笑ってしまう。

 彼は、激しい人見知りだとばかり思っていたのに。

「僕の大事な奴を傷付けたあいつは……殺さなあかんなぁ」

 僕にとって、家族とは大切なものではない。大切なものを壊した、消すべき相手でしか、ない。

 僕は、ゼシカのヘアバンドを、額まで上げておいた。


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