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無音の魔術師  作者: 芹沢桐花
第一章 白き森
3/63

3.新しい生活

「ゼシカー、歯を食いしばって」

「え?」

「えいっ! ……と」

「ぶっ」

 すっかり暗くなった道を、馬で揺られながら通る。今までの人生の大半を過ごしてきた場所は、もう見えなくなっていた。

「アリスティ、どうしてゼシカの馬に乗るんだよぉ」

「だって、こっちの方が広いし」

「あー、確かに」

 イヴァン様が太っているというわけではない。ただ、エルフにしては大柄だと思う。見た目だけは威厳があって、良い。

 中身は微妙に残念だが。

「ゼシカも酷いし」

「申し訳ありません」

 今アリスティは、俺の後ろに乗っている。イヴァン様の後ろにいたが、まさに今、飛び移ってきたのだ。

 お陰で馬の背に顔面をぶつけた。 それに、俺の後ろだって、余り広くはない。今日初めて出会った男の後ろの方が、絶対に居心地悪いはずだ。

「ね、何持ってきたの?」

 俺がそんな事を考えているなどとは夢にも思っていないだろうアリスティは、俺の鞄を叩く。俺は鼻の頭をさすりながら答えた。

「ノートです」

「何の?」

 面倒な人だ。

「……今まで調べた草花や、本の内容などを書き留めてあります」

 俺の唯一の趣味だ。ハーブや毒を調べたり集めたりしていた。

 本当は集めた物や本など、全部持って来たかったが、部屋を倉庫にしてしまう程の量だ。馬車でもない限り不可能だ。

 騒がしかったアリスティが少し黙った。このまま口を開くな、とか思ったとしても叶わぬ願いだろう。小さく振り返ると、彼女の瞳がきらりと煌めいた。

 俺は即刻、前を向き直す。

「じゃあ、……」

「嫌です」

「まだ何も言ってない」

「見せませんよ」

「ケチ。何で分かったの?」

 その顔を見れば誰でも分かる。アリスティの顔はある意味雄弁なのだろう。言葉より、分かりやすい気がする。

 不満そうに俺の背中に頭突きするアリスティに、小さなため息が出た。

 そんな俺の首筋に、冷たい何かが当たった。


「あ、雪」


 アリスティの呟きで、俺やイヴァン様、他の使用人たちも空を見上げた。雪は少しずつ降る量を増やしていく。

「これなら明日には積もるかもな」

「本当っ!? 雪合戦しようよっ」

 ガキだな。

 メリアの話を信じるならば、確か俺の二つ下だから十五歳のはずだ。

 そういえば、さっきまで近くにいたメリアがいない。

「ね、ゼシカもやろうよ!」

「耳元で叫ばないで下さい」

「肯定したら止める」

「……」

 冷水をかけられるよりは、厚着して雪と戯れる方がマシか。

「分かりました。が、他の使用人とは違って手加減は出来ませんよ」

「やったぁっ!」

 楽しくわいわいしない、という意味だったのだが、そんな皮肉は通じないらしい。つまりは単純馬鹿なのだろう。

 小さく息を飲む音がした。少しして、アリスティは身を乗り出すと、俺の顔を見つめた。

「危なっかしい人ですね」

「ゼシカって、笑わないの?」

「笑いますよ。仕事ですから」

 一度、落としてやろうか。

 そんな事を考えながら、結局俺は彼女を後ろに押し戻した。

 しんしんと降り注ぐ雪は音や気配をも吸い込んでいくようで、俺の背中に触れないようにするアリスティの様子は、全く分からない。

「ひゃあっ!」

「落ちそうなら、しっかり掴まって下さい。服が破ける」

 取り敢えず、バランスがとりにくいのは分かった。


××××××


 彼女と周りの人の関係は、まるで博物館の宝石と遠巻きに眺めている者のようだった。大切に守られ、しかし彼女と彼らには空間を裂く壁がある。


 アサラベル家に来て一週間。それぐらいのことは嫌でも見えてくる。

「失礼します、ゼシカです」

「ん? 入れ」

 また、ここでの仕事には慣れてきたが、度胸と運試しのような日々には疲れを感じる。食後は使用人も混ぜた全員で三個に一個は辛子入りのデザートを食べさせられるし、屋根の上で雪下ろしをするときは目隠しだ。落ちた時は下で待機している奴が魔術で助けるから大丈夫だが。

 そして、イヴァン様だ。

「便りが来ていたので届けに来ました」

「助かる」

 俺はイヴァン様の机に書類の束を置く。紙ばかりでごちゃごちゃした机の上には、他に本も沢山積んである。そろそろ雪崩が起きそうだが、良いのだろうか。


「なぁ、ゼシカ」


 さて、ここからが戦いだ。

「何ですか」

「ここでの生活には慣れたか」

「一応は」

「他の使用人とは仲良く出来ているか」

「皆さん良くしてくれます」

 ほとんど男だから楽だ。

「そうか、良かった」

 これで終わりなら問題はない。少し心配性な優しい人で終わる。終わらないから問題なのだが。

 どうしてかイヴァン様は、俺を質問責めにしたがる。確かに俺が小さい頃からの知り合いではあるのだが、下手な苛めよりもストレスが溜まるというのが、救いようのないところだ。

「アリスティとはどうだ」

「どう、とは?」

「仲良くやっているか」

「……あの、質問の意図が」

 圧迫面接を受けているかのような感覚。目が本気ですから、本当に俺の意見を欲しているのだ。この子煩悩は。

 こんなんだから、子供が言うことを聞かないんだ。特に長男次男。

 逃げたい。

「……どうだ?」

「仲良くしてくれます」

 一方的に。

「可愛いだろう」

「え……あ、はい」

「惚れたか」

「それは俺に聞くことではありません」

「そうか? 引き止めて悪かった」

 答えにくいことを聞かないでくれ。

 俺は頭を下げると、彼の部屋を出た。アリスティの従者である俺だが、その前にこの屋敷の使用人だ。イヴァン様は、養子にしても良いと言ってはくれたが、俺は貴族に戻るつもりは更々無い。

 ともかく、屋敷のためにする事も多く、彼女も構ってあげないといじけるので、面倒くさい。


 良いところと言えば、メフィルス家にいた時よりは使い走りにされてないことだろうか。


××××××


 夕暮れから、完全な夜が来るまでの約一時間。それが俺の時間。


 先程花壇で見つけた種を部屋に持ち帰り、小箱に入れる。後は暇なので、ノートを見直していた。ハーブティーを飲みたいが、茶葉もハーブもメフィルス家だ。


「……汝舞い、我が魂を前に灰と帰すだろう」


 ランタンの中に小さな炎の球を入れる。油断して魔力を込め過ぎると、ランタンに攻撃してしまうので注意が必要だ。

『普通にノックすれば良いですよ』

 ドアの向こうから声がした。

『わ、分かってる』

『いつも通りに僕がしましょうか?』

『レオは黙ってて』

『はぁ、では仕事があるので僕はもう、行きますね』

『うん』

 ドアを開けても良いだろうか。物凄く気になるのだが。

 声も丸聞こえだし。

「……」

 しかし、いつアリスティがドアをノックできるか、待っているのも面白いかも知れない。



 ただノックをすればいい。

 私は目の前に立ち塞がる大いなる敵、ドアを見つめ、拳を握りしめた。ノックなんて、父様の部屋に入る時にしかしたことがない。

「ドアは話しかけてこないから大丈夫。叩いたって、大丈夫。……多分」

 いつまでも困っている訳にはいかない。精一杯の勇気を拳に込め、私はドアを叩いた。

「……」

 しかし、小さい。弱すぎたのだ。これでは廊下の足音と間違われてしまう。

「よ、よし……もう一回」

 勇気は振り絞ってしまったから、きっと干からびている。一滴くらいしか残っていない。

「十秒休憩」

 冷たい床に座り込み、充電を始める。

 目の前にいてくれるなら、なんとか話は出来るのに。ゼシカは一見、物静かで無口な印象を持たせるが、しっかり答えてくれる事を知っているから。

 背中に感じる、通りすがりの使用人の目が少し不快だ。そろそろ立たなくては。

 すると、急にドアが開いた。

「どうかしましたか」

「あれ? ノック聞こえたの?」

 ゼシカは小さく頷くと、黙ったまま訝しむように私を見る。そして、手を差し出した。

「何故、座り込んでいるのですか。はしたない」

「だ、誰の所為よっ」

 私はその手を借りずに勢い良く立ち上がる。彼の手に触れるなんて、照れくさくて無理だ。

 ゼシカは手をおろすと、少し大袈裟なため息を吐いた。

「あなたの所為ですが」

「……ですよね」

 淡々と言われると、妙に自分が情けなくなる。もう少し感情を込めればいいのに。深緑の瞳は、私なんかに数ミリの心でさえ読み取らせてはくれない。

「ゼシカ」

「はい」

「荷物の乗った馬車が来たよ」

「それが何か」

「その、……ゼシカの荷物」

 父様がヨハンさんに頼んでいたと、私も今日知った。

「……」

 ゼシカは再び黙り、微動だにしない。私が彼の目の前で手を振ると、はっとした顔で私を見た。

「何故?」

「へ?」

「いえ、取りに行けと言うことですか」

「と、言うことですよ」

「……」

 ゼシカはそのまま部屋を出ると、私が歩き出すのを待ってから後をついてくる。

 外はもう暗く、廊下には明かりがついているがやはり、薄暗い。おまけに夜は余計に冷えるので、室内温度を上げているとは言え、薄ら寒い。

 ゼシカはずっと無言だ。思うのだが、ゼシカはどうやら私をあまり好きでは無い気がする。妙にくっついてきて鬱陶しい犬と接する人みたいになっているから。

 だから、勘違いしてはいけない。

「先程、馬車は帰ってきましたが」

「きっと玄関にある」

「希望的観測ですね」

 いつか、少しでも仲良くなってくれるだろうか。

 それこそ、希望的観測だ。


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