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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
28/63

5.体力不足

 定期連絡は通常通り行われた。シャルルからの手紙は三通だ。勿論、シャルル内のロテリア兵を経由して来る為、見られることも、まず無い。

「ヴィクトルくん、頑張ってるみたいだよ。ね、ヘンリー」

「……あいつは、知らない」

「他に情報はないのか?」

 ロイゼンは、手紙を見ながら流暢に話していく。俺たちも一応後で目を通すが、やはりロイゼンは簡潔にまとめるから、分かり易い。

「無事に軍に入り込めたみたい。まだ、あまり働きかけは出来ないみたいだけどね。あとは、魔力の凄い奴が現れたって」

「魔力?」

 現れた、というか、奴しかいない。ルドニークは知らないから仕方ないが、自分の魔力も制御出来ない未熟者。

 正直、敵になるとは思えない。

「なんか、体を鍛えさせるって考えがあるね。体力でねじ伏せる気かな」

「奴は、声が出ないはずだ」

「知ってる奴なのか」

「一戦交えた」

「彼、陣魔術が使えるらしい」

 殺すべきだったかもしれない。ロテリアと、ロイゼンの敵になるなら、なりふり構わず、殺せば良かった。

 ロイゼンは、俺を見てため息を吐いた。顔を上げれば、少し困ったように笑っている。

「あの時、僕らロテリアがエルフを一人でも殺していたら、仲間にはなってくれなかっただろうね。そう思えば、リューリクを殺してくれたエルフには感謝したいよ」

 そして、ロイゼンはルドニークを見た。へらへらとした空気が引っ込み、表情が凍り付く。

「ルドニーク、半年ってのさ、何とか短く出来ないかな?」

「何故?」

 彼は、この三人でいる時しか、この表情をしない。

 ルドニークは流石に共犯者なだけあって慣れているようだが、実のところ、俺はあまり慣れない。

「あいつら、降伏する気、更々無いよ」

 そう言って笑ったロイゼンは、実は現状を楽しんでるのでは、と思う。


××××××


 俺は今、学園内の武器屋のじいさんに質問責めにされていた。速書きは辛い。読めないと文句を言われるし、遅いと文句を言われる。

 俺、何かしましたか。

「ふむ。字が汚いのは元々か」

「……」

「まぁよい。だいたい分かった」

 どうして俺の事情を根掘り葉掘り聞かれなければいけない。しかも、ただのじいさんに。

 彼は、ニコッと笑っていった。

「入れ墨、入れようか。アネッサみたいに」

(…………は!?)

「どこに入れる? やはり背中かな?」

 入れる事は決定事項ですか。

 しかし、背中に入れたら一つだけしか魔術を使えない。出来れば多くの魔術を使いたい。手のひらサイズの魔法陣で構わないから、せめてそう頼もう。

「……良いのか? そんなに小さくて、普通に魔術使えるのか」

 頷く。多分、大丈夫だ。

 じいさんは考えながら、店の奥に行ってしまった。

「…………」

 俺はどうすれば良いんだ。

 しばらく店の前でうろうろしていると、ヴィクトル先輩とジノが来た。紹介したら、意外と仲良くなったらしい。

「お? ゼシカ、何しとるん?」

「ベルネッドさんに用事か」

 暇です。助けて、とは言えない。

 しばらく、と言ったが、三十分は経った気がする。

「魔法陣、彫ってくれるらしいぞ。……お友達か?」

「ども、じいちゃん。また今度武器見せたって下さい」

「ヴィクトルか。そっちのは?」

 ジノは、やはりいつもの無表情を貼り付けて、ベルネッドとかいうじいさんを見ている。

(……ベルネッド?)

 妙に、聞き覚えがあるような。

「ジノ・ハプノスです」

 一言、じいさんに言って、ジノは俺を見た。辛そうな表情だ。まるで、彼の心が滲み出ているかのようだった。動揺と、冷めたような色が混ざった瞳だった。


「俺は、入れ墨は反対だ」


「え? 格好いいやんか」

 何となく、空気が重くなりかけた時の一言。出来れば、あなたはそのままのお気楽な性格でいて下さい、と思った。

「出来れば、止めるべきだ。だが、……ゼシカが決めたなら、もう言わない」

 そう言って、ジノは去っていった。

 ジノは、優しいと思う。だから、かけるべき言葉が見つからない自分に、心底腹が立つ。俺の周りには、優しい人しかいないのだろうか。

 優しくされるのは、やはり苦手だ。返せるものなど有りはしないのに、受け取るだけ受け取るなんて、俺には苦痛でしかない。


××××××


 午後が訓練だったのが、月水金は一日中訓練に変わった。勿論、火木も午後は訓練だが。取り敢えずは、ひたすら走れと言われた。

「…………」

「ゼシカ、大丈夫か? 無理せんでええよ」

「何甘いこと言ってんだよ。こいつ、体力だけでカバーさせるんだろ」

 周りには、疲れ果てて座り込んでいる生徒たち。彼らも体力が無いわけではないのだ。ただ、この二人が化け物なだけ。特にライラックは、半獣だからかまだ元気で走り回っている。

 ちなみに俺は、最初にへばった。

(……ライラック並には無理だが、周りの奴らにもついてけないのは、むかつく)

 俺は、体力が足りない。戦闘においても未熟者だ。一年生の時、訓練を始めて筋力もそれなりには付いたが、戦争、と考えればまだまだだろう。

「しゃあない、ゼシカも、もうちょい頑張ったって」

 俺は自らの魔力を制御できない。だから、技術ではなく体力で抑えつければいい、と言われたのだ。

 俺は全体の体力の向上を目指して、再び走り出した。結局、走る以外のことをしていない。

「ヴィクトルー! ちょっと手合わせ頼んでも良いか?」

「ええよー」

 ヴィクトル先輩は、俺に合わせてくれているのかずっと走っているけれど、呼ばれたら槍を持って飛んでいく。

「ただいまー」

 しかも、早い。

「ヴィクトル先輩ー、俺とも頼んでいいですかー!」

「今行くでー」

 そして、戻ってきても暫くしてお呼びがかかる。西に東に奔走しているというのに、すこぶる楽しそうだ。

「ヴィクトル、すげぇよな」

 ライラックは、ふと呟いた。正直、俺は会話できる余力がない。頭が痛いのは、脱水症状だろうか。

「痛っ、痛いからっ! ゼシカ!」

「……?」

「魔力がばちばちしてるからっ」

(あ、魔術も使ってないのに)

 意識すると、魔力の放出は止まった。そして、俺は転んだ。顔面から。

 急に体が重くなった気がした。

「うわぁーっ! 急に転ぶなよ馬鹿ぁっ。びっくりしただろ!」

「ゼシカくん、大丈夫か」

 近くにいた先生までやってきた。額はヘアバンドのお陰で無事だが、鼻の頭と頬が擦れた。先生は塗り薬を俺に差し出して、苦笑した。

「魔力で体力を補っていたみたいだな」

「せんせー、それは何だ?」

「つまり、ガス欠だから別の物を使うか、という状態」

 ガス欠とは何なのか。ガスと言うと、燃料として使う液体だったか。いや、気体だった気もする。

「あー、分かるけど、せんせーって、ロテリア人?」

「え?」

「シャルルではあんまり通じないぞー」

 ライラック、先生には敬語を使えよ。座っていた俺はよろよろと立ち上がる。取り敢えず、邪魔にならない所に行かないといけない。

「あんたさ、午前中はもう止めとけ。持たないぞ」

 言うや否や、ライラックは俺を担ぎ上げて日陰に投げ捨てた。痛い。

 やってみてよく分かったが、やはり訓練はかなり辛い。

(……ロテリアもこんな感じかな)

 ロテリア兵たちは、辛い訓練を乗り越えてきたからこそ、軍人としての誇りを持っていたのかもしれない。アリスティも、辛い思いをしているのだろうか。

「俺は行くからな。肉でチャラにしてやる。感謝しろよっ」

 ライラックは、走っていった。ひたすら走っている。みんな、ロテリアと戦う為に訓練している。俺も戦う術を手に入れ、ロテリアと戦うのだろう。

 アリスティと、戦うのだろう。

「……っ……」

 その時浮かんだ、俺の曖昧な本音と妙な切なさに、俺は呆然とした。

 もしかしたら俺は、アリスティと会いたいが為にシャルル兵として戦おうとしているのかもしれない。


××××××


「ねぇ、ヘンリー。もし空を飛べたら何をしたい?」

「唐突だな」

「まあね」

 俺は考えてみた。まず、飛べたらと言うのがどのように、という問題がある。俺単独で、羽でも生えて飛べるのか、何か道具を使って飛ぶのかによっても違う。

「……取り敢えず、飛べるなら飛び回るだろうな」

「そう。だけど、実際に飛べたら、飛ぶ、という目的なんて忘れるだろうね」

 ヘンリーは何を言いたいのだろうか。

「空を飛んだら、自由にどこまでも行けるよ。障害物もない。敵兵もない。国境なんて無意味になる。簡単に敵地に入り込め、攻撃だって出来る」

「……もしかして、研究って」

「向こうが気付く前に、ドラゴンでも味方につける前に、僕たちは、空から攻め込む術を手に入れたい」

 国境のない大空。平和の象徴の空を戦争に利用しようということか。間違い無く、他国は対抗技術が無い。

 それに、天空の覇者ドラゴンなんて、とうの昔に死に絶えた筈だ。

「天を制する者は、世界を制する、ってね。あ、まだ皆には内緒ね」

 そう言ったロイゼンは、綿花に手紙らしき物を括り付け、窓から投げた。丸い毛玉のような羊みたいな使い魔は、勢い良く飛んでいった。

「……な、何しているんだ?」

 すると、ロイゼンは珍しく心底嬉しそうに顔をほころばせた。


「親友にラブレターを、ね」




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