4.支え
ぐったりした俺は、寮の自室に戻るなりベッドに倒れ込んだ。体が重くて読書も勉強もやる気が起こらない。
「ゼシカ、今日もか?」
俺はルームメイトのジノに軽く頷き、ため息を吐いた。
あれから、二日経った。陣魔術で試合場を滅茶苦茶にしてしまった俺は、魔力の量を調べる為に散々陣魔術を使わされ、しかし俺の魔術は尽きる事なく、訓練の時間が終わった。
(……まさかとは思っていたけれど、俺、かなり魔力があるらしいな)
手のひらサイズの魔法陣で、普通の魔術が使えることも分かった。
ジノは、俺にコップ一杯の水を差し出してベッドに座った。
「あれから先輩とはどうだ」
『ご飯の度に来ます』
「そうか」
水を飲み干すと、ジノは俺の手からコップを取り、言った。
「無理はするな。あと、ヴィクトル先輩、紹介してくれ」
真顔で言うな。
ジノ・ハウプスは、革命後のロテリアからの亡命者だ。一つ下に妹がいるが、すこぶる心配だと言うことで、一年留年している。一度二人でいる所を見たが、顔さえ似ていなければ、恋人同士ではないか、と思うくらいに仲が良い。
ともかく、彼はロテリアの裏切り者であり、シャルルでは間者ではないかと疑われ、同じように裏切り者と言われるヴィクトル先輩に前々から興味があったということだ。名字を聞いていなかった為、タウフェニスの事だとは、とうとう本人に会うまで気付かなかった。
「シャワー、浴びてこい」
兄だからか、妙に面倒見が良い。うるさいくらいに、良い。
子供扱いしないで頂きたい。
仕方ないので、俺はベッドから起き上がり、銃をジノに渡した。ロテリア出身だからかは分からないが、ジノは銃に詳しかった。たまに整備して貰っていた。
「ゼシカ」
「……?」
「……魔力は、どうなんだ」
クラスも違うから、あまり話す機会もないが、こいつは友達だと思っている。
『よく分からないが、手のひらサイズの魔法陣で、陣魔術を使える』
「そうか。……お前は凄いな」
ジノは追い払うように、俺を共有浴場に向かわせた。部屋から出た俺は、長い廊下を歩き始める。今は春だが、夜はまだ肌寒いものがある。途中、クラスメイトとすれ違うが、互いに特に反応もせず、浴場に辿り着いた。
誰もいないようだ。
「…………」
鏡の前でヘアバンドを取る。前髪を上げてみれば、額の傷は痛々しく痕に残っているのが分かる。
人には見られたくない、敗北者の印。
(明日は、ゆっくりしたいなぁ)
折角の休日なのだ。遅くまで寝て、部屋から出たくない。食事もパンをかじる位で良いだろう。
ジノは、いつもの事ながら、外出届けでも出して、妹とデートだろうか。
そんなことを考えながら、俺は風呂に浸かることにした。
××××××
『さて、今日一日、取り敢えず魔力を出し続けてみようか』
休日朝早くに呼び起こされた俺は、先生の言葉を思い出しながら、朝食を食べていた。
(……理不尽だ)
こっちは一日中寝ていられる程、疲労困憊だと言うのに。
食堂のおじさんが、コーヒーとカフェオレとココアを持って現れる。俺のところにはコーヒーが置かれた。雰囲気からのイメージなのか、ブラックだ。確かに甘過ぎるのは辛いけど、苦いのはもっと辛い。
つまり、ブラックは飲めない。
「なぁ、ライラック。僕ココアが好きなん。交換したって!」
「ん。俺もココア飲まねーから、やる。でも、……ブラックのコーヒーが良い」
何故お前たちがいる。
ライラックの所に来たココアをヴィクトル先輩に、ヴィクトル先輩の所に来たカフェオレが俺に、俺の所に来たコーヒーがライラックにと強制的に移動させられた。
「あ、ゼシカおはようさん」
「……今更じゃねーの?」
「挨拶は大事や……大事だよ。ライラックも」
俺はココアを片手に笑顔なヴィクトル先輩を不思議な気分で見ていた。学園一の男がココアを飲んで、幸せに浸っている。逆に十三、四歳にしか見えないライラックがブラックを飲んでいるのも、何とも言い難い。
二人を見ていると、自分が何とも平凡で、無難な男な気がして仕方がない。
「肉」
隣で何か声がした。
「肉。にーくー! 肉が食べたいー!」
「朝から駄目やで。なぁゼシカ」
何故俺に振る。
しかしライラックは気に入らなかったらしく、俺を指さしてぎゃあぎゃあ喚いている。耳障りだ。
「こいつだって、ベーコン食ってるぞっ! ズルい!」
俺は無言で、と言うか話せない訳だが、ライラックにベーコンの載った皿を押し付けた。瞬間、奴の目が煌めく。
「な、何だよ。いらないのかよ。……仕方ないから食ってやる」
『要らないなら返してください』
「自分で押し付けたんじゃねーか! 誰が返すかよぉっ!」
言うや否や、まとめて口に放り込み、ライラックは思わずと言ったように顔を綻ばせた。別に取らないし、ゆっくり食べればいいのに。
何故、ライラックの朝食にベーコンが無かったのかは分からないが、よく見ればヴィクトル先輩の所にはある。
というか、肉に毒を盛られれば呆気なくやられそうだな、こいつ。
「昨日ちょっと肉食い過ぎただけで抜きとか、鬼じゃねーのっ!? お前ばっかりズルいだろっ」
俺ではなく、逆側のヴィクトル先輩のでも見たらどうだ。ベーコンは勿論、ソーセージまであるが。
理不尽な目に合い続けている俺は、そうそうに食べ終わり、席を立った。一緒にいる義理はない。彼らといると、余計に理不尽な目に合いそうだ。
「え? もう行くん……行くのか?」
「…………」
俺は二人を一瞥し、食器を片付ける為に席を離れた。一言、訛りは別に直さなくて良い、と言ってやりたい気もする。直してる方が、目立つし違和感がある。
「なぁ、僕、嫌われとるん?」
「知らねー」
嫌われてると思うならば、放っておいて欲しい。自分を嫌っている人の所に行くなんて、馬鹿がすることだ。そんな事したって、傷付くだけなのに。
俺は二人から逃げるように訓練場へ急いた。
××××××
意識が朦朧としてくる。
引きずられるように、力が抜ける。
魔術にせず、魔力のみを出すというのは、より体力を奪われる。
「先生! ゼシカが死にそうやんか!」
どうして、一級の奴が、三級の俺に構うのだろうか。同情だとしたら、止めて欲しい。そんな目で俺を見るなら、まだ差別視された方が幾分か、ましだ。
「限界を把握したいと、言うものだから……」
「ゼシカも自分が限界やって、気付いとるやろ。そんな状態で魔術なんて使えん」
「…………」
声も、見た目も、ヘンリーに似ているのに、どうしてこうまで違うのか。
いや、違わない。ヴィクトル先輩も分かっているはずだ。無意識に手心を加えるくらいには自分は強くて、そこらの奴には負けないと。
俺は、負けてるわけにはいかない。足掻く為の多少の無理も必要ではないのか。
「あんた、バッカじゃねーの」
その疑問に答えるように届いた言葉は痛みを伴った。主に顎に。
(ぐぁっ……!?)
顎に下から殴られたのか、舌を噛んだ。思わず口を押さえてしゃがみ込む。
「うぉぉ、耳がぁぁぁ……」
頭の耳を撫でるライラックが目の前に映る。どうやら頭突きだったらしい。
「君たち、……大丈夫か?」
「丈夫だし大丈夫、ですよ?」
「何故疑問文にしたんだ……」
頭上で先生と先輩が何やら話している間に、俺はなんとか痛みから復活した。まだ涙目なライラックは、立ち上がった俺を見上げて叫んだ。
「弱い奴には弱いなりの戦い方があるだろっ! 俺やヴィクトルみたいに物心ついた時から武器握ってる奴に、付け焼き刃なんかで適うかよ。バカじゃねーの、バーカ!」
(……分かってる。分かってるけど)
俺はライラックの頭に手刀を振り下ろした。
「ふぎゃっ」
(こいつ、うるさい)
変な声を上げ、涙目で見上げてくる。妙に気まずくて目を逸らした俺は、重い体を引きずるように訓練場を出ようとして、腕を掴まれた。振り返ると、ヴィクトル先輩が俺を見ていた。
真っ直ぐな視線は苦手だ。
「もっと、人を頼れ」
その腕を振り払えば、苦笑したヴィクトル先輩が、肩を貸すように支えてくる。何故、どう見ても好意の欠片も見せない俺に良くしてくれるのだろうか。今の俺に、優しさはやはり、不安だった。
「ライラックも、支えたって」
「……ふん」
左隣で、小さな体が俺を支える。
「次は無いからな。次は転がして運んでやる」
「ダメやで」
「うっ……じゃ、じゃあ、せめて引きずってやる」
それではあまり変わらないが。
上手くいかないものだな、とため息を吐き、少しだけ彼らに体を預けた。
××××××
ノックをすると、すぐに返事があった。ドアを開けると、丁度開けようとしていたらしい彼と目が合う。
「僕に何の用? アリスティ・アサラベル嬢」
「……普通に呼んでよ。なんか、変」
「そう? じゃあアリスティさん」
ロイゼンは、私を室内に招き入れると、ソファーに座らせた。自らは向かいのソファーに座り、膝上の綿花とかいう羊のような生き物を撫でていた。
「こいつは使い魔。魔術で造られた魔力の塊みたいなものだ。理論上は」
「質問があるの」
「どうぞ」
ロイゼンはにこにこしながら私を眺めている。彼は前の王族の血を引きながらも、ロテリアの軍人たちに慕われている。それは持ち前の人懐っこさのようなものの所為だと思っている。ルドニーク様との橋渡し役でもある彼は、上層部の者から一兵卒にまで関わる。
「どうして、猶予に半年も与えるの? 準備期間になっちゃうよ」
「ん、それね。上層部から頼まれたんだよ。研究にかかるらしい」
「研究?」
「あ、これはまだ内緒」
流れからして、戦争関連の研究であるのは定かだ。暫く沈黙が続き、話は終わりかと思った私は、立ち上がろうとして止められた。
「あと、この時間を使って情報収集」
「半年もあれば変わるよ」
「内部からも、崩せたらいいなと」
ロイゼンは机の上にあった封筒を開け始める。
確かにロイゼンは人望があるようだが、私は少し苦手だった。その目で見つめられると、まるで全てを見透かされた気分になる。
「それは、手紙だよね」
「シャルルにいる親友から」
つまり、間者。スパイだ。
ロイゼンがどこか楽しそうに手紙を呼んでいて、気まずい私は、部屋の中を見渡した。シンプルで、必要な物以外は何もない感じだ。机のみが書類の束に埋もれ、別空間の様になっている。
「へぇ……、魔力が、ね……。アリスティさん、聞いても良い?」
「え? いいけど」
「ゼシカ・メフィルスって、ヘンリーが言ってた奴だよね?」
ゼシカ。
その名前を聞いた時、泣きたくなった。何故なら、その手紙に書いてあるという事はつまり、そう言うことだからだ。
私は、頷いた。しかし、ロイゼンは私の言葉を待っていた。俯いたまま、声を絞り出す。
「……そう。ヘンリーの、言ってた人」
ロイゼンは、ため息を吐く。
「泣けば? 僕はルドニークと話してくるから」
ドアが閉まる音がして、静寂が身を包んだ。涙腺がゆるむのを感じながら、唇を噛み締めた。
泣かない。私はゼシカを過去に追いやったのだから。
「…………」
まだ、迎えを待っている自分が、酷く醜く、浅ましく感じた。




