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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第一章 白き森
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16.罪と戒めの印

一応、残酷な描写に注意。

 やがて空から視線を、アリスティが走り去っていった方向に向け、暫く眺めた後、俺は逃げてきた方向に向き直った。それでも溢れ出る記憶は止まらない。

 ここ数ヶ月、面倒な事が多く、時の流れが、まるで閃光のようだ。つい最近、アサラベル家に来たような気がする。

 そこまで考えて、俺は口元がひきつるのを感じた。

 昔のことを考えるなんて、年寄りか、死にかけの軍人ぐらいなものではないか。


「俺は死にかけか……」

 軍人では無いけれど。


 どうやら、必ず無事で再び会える、と思えるほど俺の頭はおめでたくは造られていないらしい。

 最後に騙したような形で別れてしまったが、面倒がいなくなって清々したというものだ。だから、この喪失感は錯覚だ。

 切れていた息も整ってくる。

「よぉ、色男。お嬢様はどこに隠したんだぁ?」

「辺りを探せっ!」

 意外と言うか、思ったより時間がかかって兵士たちが追いついてきた。木の影を探したり、岩影を探したりと、無駄なことをしてくれる。このまま見当違いの場所に探しに行って欲しい。そんな願いは、彼らには欠片も届かない訳だが。

「取り敢えず、あんただけでも殺しておくか」

「良いんですかぁ? 非戦闘員をいたぶるなんて趣味悪いですってば」

 そうだ。俺は戦闘訓練など受けたことなど無い。一方、相手は訓練された、いわゆる戦争兵器。

「汝舞い……っ」

 全力で魔力を込めるに限る。手を抜こうなどと考えた途端、俺は死にかけから、死人に昇格だ。

 兵士たちは、軍人と言うよりは、山賊か何かの様に気分の悪い笑みを浮かべ、剣を抜く。

 声を抑えるのは、何の魔術か分からないようにする為。もっと簡単な呪文があればいいのに。

「……我が魂を前に灰と帰すだろう」

 前方に突き出した手のひらの前に、巨大な魔法陣が展開された。微かに動きが鈍る兵士を視界に捉えつつ、思い切り薙ぎ払うように炎を放つ。

「な、使用人じゃねぇのかよっ……」

 驚愕した声が届くが、俺だって動揺している。炎が予想以上に強すぎる。俺なんかの力で何故、こんな事になるんだ。

 ふと、部屋で陣魔術を使った時に、水が勢いよく吹き出た事を思い出す。

 木に燃え移り、辺りは炎に包まれた。余計な事を考えている場合では無い。これでは、冗談抜きで森が無くなる。俺は慌てて水の魔術を発動させた。

「汝落ち、我が荒波に藻屑と消えよっ」

 やはり炎と同じく、水は奴らを巻き込み、まるで蛇のようにうねりながら、炎を飲み込んでいく。

「ぅ、ぐっ……!?」

 魔力が制御出来ない。

 このままでは暴走させた挙げ句、体力がすぐ尽きるのが目に見えている。

 俺に切りかかってくる兵士を、暴走した魔術が、無慈悲に吹き飛ばす。水の弾丸が四方八方に飛び散った。魔力が無理に引きずり出される感覚。

 体力だけが奪われていくのに、魔力は次々に溢れていく。必死で魔力を制御使用とするたびに、全身が痛む。

「……くっ」

 良いではないか。今、彼女を追わせる訳には行かない。


 ならば、このまま力に任せて敵を薙ぎ払い、焼き尽くしてしまえば。


「おいっ……、素人相手に何してる。早く殺っちまうぞっ」

「でもこいつ、きちがいな魔術使いやがるんだ」

「暴走してるだけだっ! 自分で力すらも制御できない奴に引けを取るなど、恥を知れっ」

 怖いくせに、強がって。

 兵士なんて、殺して死ぬのが仕事だから、弱みを見せられないのだろう。

 ともかく、向こうは殺す気で来ている。俺も殺す気で行ったとしても、不思議はない。

 その時、目の前に赤が見えた。赤というよりは朱に近いそれは髪だった。長髪が、低い位置で束ねられている。

 馬鹿なのか、真っ直ぐに俺に向かってくる。こんな暴走した魔術を近くで食らったら人は死ぬだけなのに。

「え?」

 それは一瞬の事だった。

 制御しきれない魔力が、まるでショートしたかのように俺の中で暴れ回る。途端に魔術が止まってしまった。

「あんた……化け物だな」

 驚いた俺の耳元で、その言葉は音になった。

 理解に一瞬遅れた。つまり、一瞬動けなくなった。

「なっ」

 身を捩って避けるが、振られた槍の切っ先が俺の喉を切り裂く。鋭い痛みと共に、鮮血が散った。

 槍の刃は勢いに乗り、赤髪の側で鈍く光った。振り下ろすまでに、魔術を放つ暇はある。

「汝舞いっ……!?」

 しかし、赤髪は前にあった右足を引き、左半身を前に出した。そのまま石突きを突き出す。

「ぐ、はぁっ……!」

 ねじ込むような突きを腹に受け、吹き飛ばされる。

 雪が、首の傷口に触れ、染みる。ほんのりと赤くなった雪の上に、口内に込み上げた胃液を吐き出す。

口から喉にかけて、気持ち悪いくらいにヒリヒリと痛い。

「けほっ……ごほっ、ぅぐ」

 無言の圧力を頭上に感じた。殺される、という恐怖心。俺はこの男に殺されるんだ。喉を突かれ、腸を掻き回され、血反吐を吐きながら、無様に。

 それは、自らの理性をも吹き飛ばすに値するほど巨大な感情だった。


 死にたくない。


 そう祈って、生にしがみつこうとするのは卑しいことだろうか。

「あぁ、……面倒くさい」

 吹っ切れたかのように、清々しい声が出た。

 きっとあのお人好しは、卑しくなんか無いよ、当たり前だ、としつこく言ってくるだろう。そんな彼女の表情を思い浮かべ、不思議と、恐怖が消えていた。

 俺は立ち上がると、二丁の拳銃を取り出す。使ったことはないから、打撃物としてしか使えないだろう。

 実力差に加え、経験の差もある。上手く立ち回ろうとしても、防ぐことすらままならないだろう。

「死にたいのか? 化け物」

「ハッ……馬鹿にしやがって」


 首からどくどくと溢れる。俺の生が、流れていく。


 アリスティがこじ開けた箱の隙間から流れ込んでくる苦しみや、絶望と諦めの感情。誰か、また箱を閉じて欲しい。

 わざわざ苦しむなんて、馬鹿だ。

 だけど、この苦しみだけしか、俺とアリスティが一緒にいた形跡がない。


「一撃、喰らわせてやる」


 何故か高揚し、口角が上がるのを感じた。気が狂ったのかもしれない。

「やれるならば、やればいい」

 俺がアリスティが逃げる時間稼ぎになるなら、無謀な戦いだって受けて立とう。

 身の丈より小さな槍を持つ赤髪の男は、周りの兵士以上に戦い慣れているように見える。口を挟む兵士はいなかった。必要無いと思ったのか、単に巻き込まれたくなかったのか、距離を置いている。

「……っ」

 赤髪は地面を蹴った。驚く事に、泉狼よりも遥かに威圧感があり、その所為か、余計に速く見える。

 弾丸のように突き出された矛先を避けると、下から石突きの部分が迫ってくる。

 それを銃二丁で何とか防ごうとしたが受けきれずに、顎を殴り上げられる。

「ぁがっ」

 地面が揺れる。違う、俺が揺れているんだ。

 続いて左横から迫って来た切っ先を身を引いて交わしたが、再び首に当たる。

 喉は無事だ。声は出る。

「汝悔いっ」

 しゃがみ込むと、瞬間に二度、頭上で空を切る音が聞こえた。

「らぁああっ!」

 三度目は振り下ろされた。

 それに合わせ、俺は地面を蹴った。後ろではなく前へ。長い得物なら、近い間合いでは当たらない。詰まるところの、時間稼ぎだ。

「な……」

「我の罰を、自らの罪に受けよっ」

 殴りかかった俺を足で払いのけるが、魔法陣は、彼の真下に現れた。


 地面から天への落雷。


「ぐぁああっ……!」

「一発……、当たったな」

 喉を押さえるが、治癒魔術をかける余裕も無く、彼を見上げる。血さえ止まってくれれば完治しなくても良い。

 辛うじて膝をつかなかった赤髪は、俺を見た。その瞳には、先程まで無かった怒りと、濃くなった殺意とが、混ざり合っていた。

「舐めるな。……雑魚が」

 旋風の如く回転し、俺を殴りつける槍は、さながらいつかの行商人が話していた棒術のようだった。

 手加減、されていたらしい。

 当たり前か。

 一般的非戦闘員に本気を出す戦士など聞いたこともない。

「っあ……」

 首の後ろを殴られ、全身の力が抜けた。体が動かない。

 死ぬのか。

 意識を失っている間に、殺されるのかもしれない。

 それなら苦しくないかもな、などと頭の片隅で考えていた事も、やがて意識の外に放り出された。


××××××


 パチパチと、弾ける音。

 起き上がろうと力を込めるようとするが、まるで力が入らない。その上激しい頭痛と吐き気に襲われる。

 頭痛に利くハーブがあったはずだ。

 目を開くと、沢山の足が見えた。ハーブとか考えている場合ではない状況だと、遅れて気付く。

「…………」

 まだ生きている。

 どうやらあの後、俺は無様にも敵前に供え上げられたらしい。

 痛い目に合うのは目に見えているが、死んでいない事に安心したのも確かだ。

「目を覚ましたようだな。ゼシカ」

 雪が積もっているのに何故か温かい。視線を上げると、薪がくべられているのが分かった。赤の光がちらちら揺れ、照らされた、あの赤髪と隣には声の主、リューリクがいた。

 正統の金髪も朱の色のように見える。

「ヘンリー、こいつ殺さねぇのかよっ」

「仲間が、何人も重傷にされて、死んだ奴だっている。こんな化け物、生かしといちゃ、まずいだろっ!?」

 化け物。そういえば先程もそんな声が聞こえた。

 言い得て妙だ。暴走した魔術で、あわよくば殺し尽くそうなどと、考えてしまったのだから。

 人を殺すなんて、最低なことなのに。

 俺なんかが、奪って良いものなど、何一つとして存在しないはずだというのに。何故か、罪悪感が沸き起こらない。それに、罪悪感を感じた。

「リューリクの考えだ。魔術が脅威ならば、魔術を使えない状態にすればいいと」

 ヘンリーなどと呼ばれていた赤髪は、あくまで冷め切った声音で、仲間たちに告げる。それでも兵士たちは、俺に対しての殺意を隠そうともしない。

「生きて絶望すればいい。生かされたことと、無能な自分に」

 本当に救えない男だな。アレクセイが可愛く見えるくらいに、腐っている。

 兵士が、リューリクに何かを渡すのが見えた。先が真っ赤に熱せられ、湯気が出ていた。同時に他の兵士たちは、俺を引き上げると、四方を固める。彼らが微かに震えているのは、俺への怒りからか、もしくは恐怖からか。

 リューリクは俺に冷水をかける。花瓶の腐った水ではないだけ、ましだとか、現実逃避も甚だしい。どうやら俺は、怖いようだ。

 痛いのも、苦しいのも、死ぬのだって、嫌だ。散々傷付けて、言う資格があるのかは、分からないけれど、人とは、そんなものだろう。

 前髪を掴み上げられると、近くに見える顔に吐き気がした。

「最後に言いたい言葉は?」

 勝ち誇って醜い表情に、打撃を与えてやりたい気分になる。俺はしかし、あえて鼻で笑って見せた。


「……穀潰しの癖に、笑わせんなよ。この売国奴が」


「な、んだとっ……!」

 ただでさえ醜い表情が、醜く歪む。いい気味だ。

 どこか、負け惜しみめいた俺の言葉でも動揺するくらいには自覚があったらしい。少しは、救いようがあるだろうか。いや、分かっていてやるなら、より質が悪いかもしれない。

「この、卑しい混血めっ!」

 鈍い赤の、熱を放つそれが、めり込むほどの力で、額に押し付けられた。

「ぅ、ぐぁぁああっ……!」

 焦げた匂い。

 熱と水蒸気に焼かれていく。

 鋭い痛みは、まるで頭にナイフを突き刺されているかのようだ。

「っあ……」

 唐突に、俺の声が消えた。空気は抜けていくのに、声にならない。

 とうとう、喉も壊れたのだろうか。

 焼き印は、俺の罪を示しているかのようであり、何かの戒めかのようでもあった。


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