表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第一章 白き森
18/63

15.逃走

 屋敷内を走っていると、アリスティを見つけた。呆然と一点を見つめていた彼女は、俺を見ても動かない。

 その表情は固い。

「ゼシカ……」

「とりあえず逃げましょう」

 彼女に近付くと、爪先に何かが当たった。見下ろすと、無造作に投げ捨てられたかのような弓と矢があった。行商人から買った物だ。

 真っ青なアリスティを見て、自分まで血の気が引いていく。

 慌てて彼女が見ていた方向を向くと、男が二人倒れていた。両方が手に武器を持っていたのが見て取れる。気絶しているのか、矢が刺さっているが息はしていた。

「わ、……私……人、を……」

「アリスティ、逃げますよ」

 彼女を狙ってきたと言うことはつまり、すぐに次の敵が来る。今、ここに俺とアリスティしかいないのが不思議な位だ。

「私はっ……」

 いつもなら、困ったように笑うはず。しかし、声を震わせ、足に根が生えてるかのようにビクともしない姿に、無償に腹が立ってきた。

 誰の為に逃げようとしてるのか、理解して欲しい。


「アリスティっ、いい加減にしろっ!」

「……っ!」


 動こうとしない彼女の手首を捻り上げ、怒鳴りつけた後で、後悔した。

 人を射たんだ。動揺するのは当たり前だ。その上急かして脅したのでは、本末転倒ではないか。

 メリアの事で気が立っていたが、彼女を言い訳にはしたくない。

「ごめん……なさいっ……私が、悪いんだっ……」

 身を竦ませ、固くなったアリスティの体をそっと抱き寄せる。早く逃げたいが、このままでは逃げられるものも、逃げられない。背中に回した手のひらで、出来るだけ優しく、子供を宥めるかのように叩く。

「すみません。あなたは悪くない。自分を守ってくれて、良かった」

 作り笑いを浮かべる余裕も無い女の子に辛く当たるなんて、酷い奴だな。

 そう心の中で自分を罵倒しつつ、彼女の手を引いて歩き出す。

「殺されるかと、思った……」

「大丈夫です。俺がいますから」

 俺は、守るつもりなのか。

 自分よりも他人を優先出来るのか。

「私は大丈夫。もう、大丈夫だから」

 仕事だから。そう割り切っていないと、何かが怖い。


「だから私の為に、無理しないで」


 心の奥底で、見捨てないで、と何かが泣いた。


××××××


 今日が吹雪でなくて良かった、と思う反面、吹雪なら見つかりにくかっただろうに、とも思う。

「ゼシカは、上手くアリスティを連れ出したようだな」

「えぇ、そうですね」

 俺は、彼らが逃げ去った森の方を一瞥し、再び前を向く。屋敷内で足音が響く。外で待ち伏せている俺は、傍らの妻に笑いかける。

「お前は逃げないのか」

「どうしてですか?」

 きょとんとした顔で首を傾げられると、緊迫感が薄れる。まぁ、そこがソフィアの良いところでもあるのだが。

 武器である弓を構える。

「危ないぞ」

「大丈夫ですよ。信頼してますから」

「……責任重大だな」

 思わず苦笑で顔がひきつった。いざと成れば自らの身を守る術が彼女にはあるが、やはり守りたいと思うのが男心か。

「こっちに逃げたぞっ」

 窓から這いだしてくる人間共を射抜いた。次々と地面に落ちていく。

「ぐわぁああっ! か、痒いぃっ」

「当たり前だ。そういう毒だからな」

 それでも立ち上がる者は足を射抜く。狩りをやれば、まず外さない程の実力は有るつもりだ。

「くそっ……」

「死にたくなければ転がっていろ」

 屈強な兵士共が、痒みで転がる様子はかなり滑稽だ。

 何人転がった頃だろうか。

 二階の窓から勢い良く飛び出す人影を見つけた。

「……っ!」

 慌てて矢を放つが、槍で弾かれた。まさか二階から出る奴がいる訳無いと思い込んでいた俺の失態だ。

「逃げた二人も終わりだな」

「何?」

 未だに痒そうに、そして痛そうに体を掻いたり抑えたりしながら、一人の兵士が笑みを浮かべた。

「ヘンリーが行けば、あっという間に追いつかれる」

「そのヘンリーとは何者だ」

 焦りのようなものが吹き出してくる。ゼシカは使用人だ。戦う術を学んだことなど無い筈だ。あって精々護身術位だろう。

 俺の動揺を読んだかのように、兵士は早口に捲し立てる。

「ヘンリー・タウフェニスだよ。シャルル人なら知らないはずがないだろ? 裏切り騎士の一族だ」

 タウフェニス家。シャルル帝国の伯爵家、代々当主が騎士団長を務めていたが、二年前、突然ロテリア王国側に寝返ったと聞いている。

 シャルルとロテリアは、停戦、休戦中でも、互いを敵国と見做していた。騎士団が一時期起動しなくなり、軍内が荒れたという噂も届いていた。

「あれは次男だよ。現在タウフェニス家で最強だとか言われている。少し冷めているのが玉に瑕だけどなぁ」

 ここで敵の足止めをせずに共に行くべきだったのだろうか。

「リューリクは何をしているんだ」

 賢い奴と思っていたのに。何かをしていると気付いた時点で止めるべきだった。

 メリアとあの赤髪が楽しそうに話しているのを見て、警戒が薄れたのは事実。

 だが、アサラベル家の当主として、多大な失態、罪だ。 

「あなた、あれ」

「ん?」

 言われた通り、兵士が出て来なくなった窓の中を見る。赤く染まった息子がこちらを見ていた。

「セイくんではありませんか?」

「アレクセイ、何があったんだっ!?」

 しかし、彼は微かに笑って歩き去っていった。

「まさか、アレクセイまで」

 考えられることだ。彼とリューリクはほぼ常に一緒にいた。結託している可能性だってある。

 子供を疑うことしかできないなんて、アサラベル家当主以前に、父親として失格だろう。

「アレクセイは、さっきまでお前といたんだろう?」

「はい」

「なら、信じよう」

 これが、これ以上誰かを疑いたくないという、己の利己的な感情だということを、ソフィアには隠した。


××××××


 覚悟を決めたと言っても、この状況は最悪としか言いようがない。続く雪の道の所為で、足跡が残ってしまっている。

 時々追い付いてきた兵士には、魔術をぶち込み近寄らせないようにするが、それでも飛んでくる弾丸に、少なからず傷を負わされていた。

 このままでは、追いつかれるのも時間の問題だ。追っ手の足が途絶えた所を見計らって、俺は前を走らせているアリスティを呼ぶ。

「少し、良いですか」

「え?」

 彼女が唐突に振り返り、立ち止まる。ぶつかりそうになり、慌てて両足に力を込めた。確かに呼んだが、呼び止めたつもりは無かった。止まっている場合では無いというのに。

 普段なら彼女のこの行動に辟易していただろうが、生憎、今の俺に余裕はない。

「先に行って下さい」

「え、でも、ゼシカは?」

「ここで粗方止めておきます」

 アリスティは、俺の袖を掴んで、引っ張った。

「それじゃ、ゼシカが危ないでしょっ」

 危ない所ではない。下手したら、この世から、おさらばだ。

 俺はため息を吐ききると、袖を引く彼女の手を、掴んで剥がした。


「面倒くさい。必ず迎えに行きますから、先に行って下さい」


「……嫌、だよ。私だって戦える」

 だとしても、逃げて欲しかった。

 俺は、独りになりたかったのだろうか。それとも、目の前で失うのが嫌なだけなのだろうか。

「エミル様に、会わなければいけません。俺か、アリスティが。同じように逃げれば、会えない可能性が上がります」

「でも」

 もう、時間が無い。


 俺はアリスティの頬を両手で包み込み、額に額をくっつけた。


 思い出したかのように、彼女の顔が熱くなっていく。

「命を狙われているのは、あなただけです。俺は、あなたに死んで欲しくない」

「……っ……ゼシカも、死なないで」

 アリスティは、俺から逃げるように身を引くと、また走り出した。

 白い光が降ってくる。いつの間にか黒い雲が、空を隠していた。もう、雪が溶けるばかりだと思っていたのに。この雪が、彼女の足跡を消してくれたら良いと思う。

 空を見上げ、何となく、出会った日を思い出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ