断章.馬鹿に吹き込んだ馬鹿なこと
「アリスティ様」
「何?」
「ゼシカとは上手くいってますか?」
「上手く? まぁ、警戒心は持たれてないと思うけど」
「好きなんですよね?」
「……っ! けほっ、ちょっと……」
「いい方法があります」
「……ん?」
「夜這いなさってはいかがですか? 相手も男ですし」
「…………」
「アリスティ様?」
「夜這いって、何」
「……まぁ取りあえず、同じベッドで寝ることですかね」
「ふぅん」
「……ホントに知らないんだ」
「何?」
「い、いえ。では、今夜にでも。行ってらっしゃい」
「え、……うん」
××××××
夜、誰かが部屋に来る気配を感じた。
「いないの?」
灯りは、机の上のランプ一つのみ、つけている。俺は微かに上半身をあげ、机に近付く人影を見やった。
アリスティのようだ。というか、あそこにある草は、確か。
彼女は近づくと、その赤い実に手を伸ばした。俺は慌てて起き上がると、その手首を掴み、長い髪を後ろに引いた。
「いったぁっ!」
「それ、毒ですよ」
ふわりと、石鹸の匂い。いつも以上に、彼女の体はホカホカしていて、湯を浴びた後だとわかった。
「……えっ?」
思わず欠伸が出た。俺は寝起きに弱い。頭がふわふわして、思考回路が狂う。
「全く……寝ていたのに」
アリスティは、何か言おうとしていた。ただ、言葉になっていないが。
挙動不審だ。
不法侵入だから不審者か。
「う、えを……着てよっ……」
「…………」
確かに俺は今、上半身裸だ。しかしこれは不可抗力だ。寝間着を持っていないから、仕事着のワイシャツを着るわけにもいかず、今に至る。
それに、どんな格好で寝ようが、俺の自由だ。
「ありませんし」
「え?」
「持っていませんから」
「ととっ、と、兎に角、離れっ……」
左肩を掴んでいた左手を、右肩にまわす。彼女を抱きしめる形になった。
石鹸の香りに包まれる。思わず、左腕に力を込めた。
「俺に、……なんの用ですか」
「いっ……!」
声を抑え、耳元で呟く。
「眠いんですから、ウジウジせず、答えて下さい」
「寝れなくて、その、だから……っ」
こっちはせっかく寝てたのに起こされたんだが。しかし、わたわたしているアリスティは面白い。
「……っ!」
ため息をつくと、アリスティは驚いたように体を震わせた。気付かれないように顔をのぞき込む。夜でも分かるぐらい、夕日みたいな赤に染まっていた。
「よく眠れる方法、を、聞きたくて」
「ハーブはどうですか。持って行きましょう。部屋で戻っていて下さい」
上着を羽織る。
確か、ベランダに冬でも育つやつを育てていたはずだ。
「待って、どこに行くの」
「? 少し摘んできます」
「私も行く」
「嫌です。めんどくさい」
「…………」
何故に、泣きそうな顔ですか。
俺は溜息を付く。
「……俺が悪者みたいですね。じゃあ、ここで待っていて下さい」
××××××
薬草をとって部屋に戻ると、俺は上着を再び脱ぎ、椅子にかけた。彼女は俺のベッドで横になっていた。何故、というのは取りあえず置いておく。
「…………」
近づくと、呼吸のみが耳に届く。アリスティはシーツを握りしめていた。引き剥がすのに苦労しそうだ。
「眠い」
しかし、顔をのぞき込むと、俺は息をのんだ。
その顔が、涙に濡れていた。初めて見た彼女の涙。
「……ん……ぅ」
アリスティが小さく身じろいだ。ワンピース型の夜間着が少し捲れ上がって、脚が際どい所まで見えていた。
「…………っ……」
思わず、喉が鳴る。
こうなったら最後、ボタンが二つも開けられた胸元にも、視線が吸い寄せられる。無理やり逸らせば、太ももが見えるし。
俺は顔をひきつらせた。何だかんだ言って、自分も男だ。
「……なんて言うか、いい体してますよね」
年相応ではあるけれど。
夜間着というのは何ともいえない危うさがある。夜間着の裾を直してやり、彼女を再び見た。
「……ゼシ、カ……」
「……っ!」
壊れかけた堤防を、俺の全精神力をもって塞ぐ。眠気も助け船を出してくれた。
「迷惑な、人です……ね」
ベッドに倒れ込むと、バニラのような甘い香りが広がった。まだ涙に濡れた顔。なんだか、泣かしたみたいで気分が悪い。
重い体に何故か鞭をふるい、腕を伸ばして、目元を拭う。
「……だ、め……それは……」
「……寝言?」
「……まだ……どくみ、し……てな…」
「毒味は、……俺の仕事ですよ、アリスティ……」
溜め息とともに、つい口元がが綻ぶ。
それを最後に、俺は睡眠欲に負けた。
******
目を覚ますと、目の前に眠ったゼシカがいた。うつ伏せで、顔のみを私の方に向けている。
「……可愛い」
やはり上半身は何も着ていない。
彼の頬をつつく。
「……ん……ぅ……」
そういえば、何故私は彼のベッドで寝ているのだろうか。夜這いとかで、来たけど、結局夜は同じベッドで寝ていたのか。
夜は暗くてあまりわからなかったが、ゼシカは意外にいい体つきをしている。筋肉のバランスが良いというか。
その時、ゼシカが目を開いた。
「…………」
「あ、おはよう……」
「……む……ぅ」
「あの、ゼシカ?」
しかし、ゼシカは何やら謎の言葉を残し、目を閉じた。正直に言おう。好きな男の子の寝顔とか、美味しすぎる。
今のは無し、ということで。
「……あ……れ?」
「またまたおはよー」
「……聞いて、も、良いですか」
「ん?」
「実際、……あなたは俺に、何をして欲しかったんですか…」
私には咄嗟に質問が理解できなかった。ただ、寝ぼけ眼のゼシカも、私が答えないのを不思議そうに見ている。
「………」
「その、夜這い、とかを」
「……なぁっ……!?」
瞬間、ゼシカの顔から眠気が弾き飛ぶ。こんなゼシカは初めて見た。顔が真っ赤で、可愛いかも。
「意味、……わかってんですか」
「? 一緒におやすみする」
「……馬鹿ですか」
再びうとうとしだしたゼシカは、手を伸ばしたゼシカは私の髪を触る。そのまま黙ったまま。
しばらくして、ゼシカは呟いた。
「………襲って欲しかったんですか」
「なっ! 馬鹿ゼシカぁっ!」
恥ずかしさの大波に呑まれ、私は海の藻屑と化した。
ゼシカは頬をひきつらせると、私の体を引き寄せ、囁く。きっと寝ぼけてるんだ。ゼシカの胸板とか、鎖骨とか見えちゃって、心臓が苦しい。
「……誰ですか。あなたみたいな馬鹿が要らんことを、俺という馬鹿にさせるよう吹き込んだ馬鹿は」
馬鹿に根を持ってる。怖いんだけど。
「……あの、メリアが」
「へぇ、……馬鹿に馬鹿を吹き込んだのはやはり馬鹿。……納得です。……どうやって落とし前をつけていただくか……」
馬鹿馬鹿ばかりで酷いことばになっている。物騒な話の流れだ。
「…………」
「………………」
「……アリスティ」
「はい?」
「抱き寄せたままですが、……よろしいのですか」
「え? ……っ!」
ゼシカは欠伸をすると、まだ充分の寝ぼけ眼で笑う。
「よろしいのですね」
寝起きのゼシカは少し色っぽかった。




