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第二十七話 最終話

『天空叙事詩――地に落ちた天の星』



 乾いた空気はそよぎ、頬を打つ。焼けつく熱さにラーヴァナは目覚めた。

 目を開くと真っ青な空が見えた。注ぐ太陽の光が眩しい。自分が固いものの上に横になっていると気がついたラーヴァナは起きあがり、あたりを見回す。

 ここは、焼けつく太陽の日差しと煤けた岩ばかりの場所だ。ラーヴァナは立ち上がった。

 いつからここに横たわっていたのかはわからない。ただ、自分のなすべきことは何なのかということだけはわかっている。ここを下り、ランカー国の王都に向かう。果たして国はどのようになっているのか、それを見定めるために歩を進めなければならない。

「ラーヴァナ様」

 声がする。トリナヴァルタの声だ。ヤクシャになったという彼の声が、ラーヴァナを招くように虚空から聞こえる。

 流されるまま、一歩前に踏み出したラーヴァナは、背後の気配に振り返った。視線の先、盛り上がった岩の影に誰かがいる。長い黒い髪が見えた。それに大きく心臓が鳴った。

「……誰だ」

 そっと足をそちらに向ける。ラーヴァナの声が聞こえなかったのか、岩陰からわずかに覗く髪の束は風にふわりと揺れただけで、返事らしきものは聞こえなかった。

 最初は警戒して、ゆっくりと歩いた。やがてラーヴァナの歩幅は大きくなり、その岩陰に駆け寄った。そしてそこにあった姿に驚いて硬直した。

 そこには女がいた。地面に直接座り込み、ラーヴァナを驚いたように見上げている。年のころはラーヴァナよりもひとつふたつ若いほど、見えた髪は彼女の膝を覆い地面に溢れ綾な模様を作るほどに長い。彼女はランカー国の大抵の者がそうであるように浅黒い肌を持ち、黒い目、黒い髪をしている。ただその容姿には、どこかしら覚えがあった。

「お前……」

 ラーヴァナは、背を押されるように彼女にもう一歩近づいた。彼女は恐れるように身を引いたが、しかし立ち上がることができないのか下半身は地面に腰を下ろしたままだ。

「ティールタか?」

 ばかな。そんなはずはない、そのようなことがあり得るはずがない。しかし肌の色や目の色が違っても、彼女の顔はどこかティールタに似ていた。

「……ティールタ?」

 彼女は、ラーヴァナの言葉を繰り返した。

「それが、わたくしの名前なの?」

 不安げな、弱々しい声で彼女はそう言った。ラーヴァナは首を横に振った。

「お前が私の知り人に似ているので、そう言っただけだ」

 声も、やはりティールタに似ていると感じられるのだ。彼女もラーヴァナに見覚えがないかと捜すように、じっと見つめてくる。

「お前は、なぜこのようなところにいる」

「わからないわ」

 不安な顔をして、彼女は言った。

「気づいたらここにいたの。どこから来たのかも、なぜここにいるのかも。わからないわ」

 彼女は纏うものを持ってはいたが、それは白い長い布を体中に巻きつけたような、服の形をなしてはいないものだった。それに長い髪が、飾りのようにまとわっている。

「あなたは、知っていて? わたくしがなぜここにいるのか、どこに行くべきなのかを」

 じっと、黒い瞳に見つめられた。その目の色は確かに黒かったが、太陽の光を真っ直ぐに浴びるとかなり薄い色であることがわかる。彼女が少し目を眇めると、それが青く見えたのは気のせいだっただろうか。そしてその色の目にはっきりとティールタの姿を見たのも、またラーヴァナの錯覚であっただろうか。

「……知っている」

 ラーヴァナが言うと、彼女は驚いた顔をした。手を差し伸べると、なぜラーヴァナがそのようなことをするのかわからなかったようだ。ややあって、怖ず怖ずと差し出された細い指先をラーヴァナは握り、彼女を立たせた。

「私はお前を知っている。お前が行こうとしていた場所も、知っている」

「……なぜ?」

 彼女は裸足だった。ラーヴァナは自分の肩掛けをふたつに裂き、彼女の裸足の足をそれぞれにくるんだ。靴とするにはあまりに頼りないが、その足が直接岩を踏むよりはずっとましだろう。

「私こそ、聞きたい。お前はアプサラスとして生きることを望んでいたのではないのか。なぜ人間界に。なぜ、その姿で……」

 ラーヴァナに手を取られた彼女は、つぶやくラーヴァナを見上げて不思議そうな顔をしている。黒髪も陽光に輝き、見る角度に寄れば亜麻色にも見えた。

「それとも、私とランカー国に行くことを望んだか」

「……?」

 彼女は、ただただ不思議そうな顔をしているばかりだ。ラーヴァナは微笑んだ。彼女も、つられるように微笑んだ。その笑みは、ラーヴァナの心を安らかにさせた。

「お前には、同行を許そう。特別の慈悲でな」

「まぁ、それはどういうこと?」

 ラーヴァナの物言いに憤慨したように女は言った。その口調、その表情にラーヴァナは苦笑し、そして確信する。

 青く澄みきった空を仰いだ。体が覚えている、故国の懐かしい空気を存分に吸い込む。そしてラーヴァナはティールタの手を取って、王都に向かうべく足を踏み出した。


(終)


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