第二十五話
ラーヴァナの脳裏では雨が降り、耐えなく雷が鳴り響く。かっと天を貫く稲妻の眩しい光の中、そこがあの枯れた土地であることに気がついた。
しかしラーヴァナの記憶と違うのは、そこが緑に溢れていることだ。緑の木々が降る雨を受け、それを吸い込んだ下草も木々も豊潤に水を孕んでいる。ときおり響く雷は優しい音楽のようだ。これは、ラーヴァナの知っている現実ではない。
目の前には大きくせり出した枝が何本も見え、平たい大きな緑の葉を無数につけている。それは枯れていたあの大木の枝に違いない。しかしいくら視線を動かしても、木の幹は見えない。これは、ラーヴァナ自身があの大木になっているからではないかと考えた。
視界の向こうに人影が現れた。スーリヤだ。一度見た、白い馬に乗っている。彼は全身を雨に濡らし大きく息を切らしながら駆け寄ってくる。彼は赤い眼をつり上げて、こちらを睨みつけた。
「東方天スラーディパの誠の姿が、まさか、このようなものであったとは」
スーリヤは憎々しげに表情を歪めている。なおも苦しそうに何度も息を吐き、激しく肩で息をしている。そのさまは、サーラメーヤがこれ以上は踏み込めないと苦しそうに告げたときの様子に似ていると思った。
「動くことも話すこともできぬ、図体ばかりの大きな、木。アスマティの夜に現れるあの女は、幻影に過ぎなかったのですね。そんな幻影に踊らされて、私もまたずいぶんと愚かしい真似を繰り返したものです……」
スーリヤの口調は話しかけるスラーディパを侮るものではあったが、同時にどこか悲痛なものがある。彼は口を噤み、唇を噛み、濃い金髪の先から雨が滝のように滴るのにも構わず、なおも強い視線で睨みつけてきた。
「アマラーヴァティに入ることのできるのは、東方天の眷属である雨と雷だけ。アマラーヴァティは禁足の地である、などと。それはその真の姿を暴かれまいとしてのことですか」
スーリヤは歯を食い縛った。心底悔しそうに、それでいて悲しそうに、あの尊大な男がこのような表情をすることなど、ラーヴァナにはあまりに意外だった。
「世界を統べる東方天の真の姿が、カーラを告げる者の本体が、年振りた木であるなどと……私たちも侮られたものです。このようなものを東方天と崇め、その告げを後生大事に、疑うこともなく従って……!」
スーリヤが手をかざした。彼の手のひらからは稲妻よりも眩しい光が溢れ出し、視界を奪った。
あたりが真っ白に塗りつぶされる。何も見えず、同時のその熱に焼かれるように体内の水分がどんどん蒸発していくのが感じられた。からからに乾いていく感触は耐え難く、ラーヴァナは呻きを上げた。しかし枝先の葉がばさばさと音を立てて落ちただけで、呻きは声にならない。ただ、干上がっていく苦しみに耐えるだけだ。
「あれが、東方天だと。皆の崇敬を集めるスラーディパだ。私の放つ光をかわすこともできず、なすすべもなく枯れていくだけなのに」
スーリヤの憎々しげな声が神経に直接響くようで、ラーヴァナは呻いた。
「見なさい、雨も雷も恐れをなして去って行ってしまった。あなたを守ることも忘れてね」
再びスーリヤは手をかざした。そこから溢れるなおも眩しく強い光線に、残ったわずかな水気もなくなり、スーリヤの声もが遠くなっていく。
「これはあなたが教えてくれたことですが、今では私の方が力は上ということになりますね。私は、東方天さえをも滅ぼすことのできる、天界で最上のデーヴァだと……」
水もなく乾き死ぬということは、こういうことなのか。ラーヴァナは身悶えたが、手を動かすことも足を動かすこともできない。
スーリヤの高笑いを耳にしながら、遠くなっていく意識をたぐり寄せることもできなくなり、やがて何もかもが消えていった。