満足度の話
「俺…なんでモテないんすかね…」
それは独り言みたいな愚痴だった。
しかし、本当に一人だったら口に出ないような、いわゆる弱音だ。
オシャレげな、女性にも入りやすいというコンセプトの元に全国展開されている居酒屋チェーンの個室に、野郎が二人顔を突き合わせている。
ちなみに、モーホーではない。
というか、初対面である。
俺は二十歳そこそこの若造で、相手は、若く見えるが…40代だろうか。
名前は確か、境田だったか。
「んー?でも、普通にモテてるんじゃん?」
境田は枝豆をつまみながら、興味なさげに言う。
「枝豆>俺なんすね」
「おいしいよねぇ、枝豆」
俺はさっさと自分のビールを消化する。
本当なら、差し向かいには『最近ちょっと気になっていた娘』が座るはずだったのである。なにが悲しくて小奇麗なおっさんと呑まねばならないのか…。
やっとのことで約束を取り付け、彼女の気に入りそうな店を探し、予約したというのに、ドタキャンとは…。
『なんで?』と彼女に問うと、『え~だってなんか本気っぽくてなんかヤダ』ってなんだよ。
『○○くんって顔がちょっとイケているから、遊ぶのはいいんだけど…彼氏はちょっと無理かなあ』
思い出すだけでちょっと泣けてくる。
「泣いてんの?」
「……」
目ざといおじさんである。
「別に。ところでいいんですか?戻らなくて」
「ああ、いいよいいよ。まあ、向こうは向こうで僕がいない方が気が楽でしょ」
歌うように軽やかに、境田はことも無げに言う。
境田は、どうやら同じ店の大部屋で開かれている飲み会の参加者らしく、そこから抜け出してきたらしい。
たまたまのぞいた個室で、男が一人でちびちびやっているのが面白かったから、という理由で境田は勝手に上がりこんできたのだ。
「いやあ、君。ずいぶんと陰気くさいね。二枚目に磨きをかけようとしているんなら失敗だよ」と。
余計なお世話である。
「しかし、なにが悪いんだろうねえ」
境田は半笑いである。テーブルにひじをつき、チューリップみたいにした手に顎を乗せている。非常に気持ちが悪い。
境田のビジュアルが、というより、境田の年齢の男性が同じようにしたら同じように気持ち悪いと思う。だれがなんと言おうと、だ。
知ってか知らずか、当人はそのままの姿勢でウフフと不気味に笑う。
「俺だって気をつけてんですよ、これでも。身だしなみには気をつけて、流行ものもチェックして…、がんばってんすよ」
「ふーん、つまんないねえ」
若者の主張をばっさりである。二の句もつげない。
「そういや、お客様は神様って言うけどさあ」
絶句していると境田は、ころり、と話題を変えた。
「どうしてだと思う?」
「はあ?」
俺の戸惑いを無視し、境田は続ける。
「1万種類以上の商品を常にそろえる大型量販店と町の雑貨屋さん…どちらがお客さんにとって品揃え豊富か?」
「そりゃあ、でかい店の方じゃないっすか」
「単純に考えればそうだね」
あっさりと境田は肯定する。
「単純に考えない場合、もあるんですか?」
「あるよ。例えば、お客さんの欲しいものがちょうど無い場合とかね。売り切れちゃったのか、そもそも扱いがないのか」
「ん?」
「つまりさ、『欲しいときに欲しいものが無い』ってのはそれだけでダメなんだよ。他に何千何万と商品がそろっていても、そのお客さんにとってその店は品揃えの悪い店だ。そういう自己中心的な考えが尊重されるから神様だ、と僕は思う」
「なんの話っすか?」
「だからさ」
境田は笑う。
「君は無難な品揃えのわりに肝心なものがないんだろうなあ」
ぐうの音も出ない。
「超失礼っすね」
「まあ、他人だし」
顔には出てないが境田は酔っているのかもしれない。これが素だったら殴ってやる。
「そもそも既成の枠に収まりすぎだ。そこが面白くない」
「え?」
「だからさ、君は『恋人にしたい』というより『いっしょに遊びたい』という枠にズッポシだ、と言っているんだよ。その格好はなんだい?コンビニで売っている男性向けファッション雑誌をペラペラめくったらみつかりそうだよねえ。アレンジも無難だ」
「……え~…」
「君という個人の価値は作られているんだよ、君以外の人間に。今日、君をフッた彼女みたいな人達にね。まあ、かわいそうとは思わないよ。それでいいという人だっているんだろうしね。まあ、それに不満ならなにかアクションを起こすことだね。今より悪くなることも覚悟の上で…」
俺は無言で卓上のベルを鳴らす。どうせ店員はすぐに来ない。
「今日は酔いたいんで…付き合ってもらえますか?」
「んー、いいよ」
境田は軽い感じで応えた。
まさかまさか読んでいただいた方々へ。
ありがとうございました。
境田さんに悪気はありません。でも、いい気味とも思っていません。
無責任な酔っ払いです。