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第六話

 聖騎士の侵入を許し、薔薇が手折られたという出来事があり、里長から清泉に第四の魔が封じられているという、衝撃の事実を聞いた。

 その翌日、朝早くに改めて聖域を訪れて、手折られた薔薇の枝を見つけた。

 信じられないような気持で、枝を見つめる。

 しかし、幸いなことに、その場所から不快な感じは認められなかった。昨日と同じ、感じられるのは違和感であり、穢れた感じは認められなかった。そして、泉周辺を調べてみたが、それ以外に侵入者を認めるような明確な変化は認められなかった。足跡も、草木の乱れも。


 夕刻、再度境界の巫女から、呼びかけの鐘が鳴った。

 それからいつものように、ジェムナンド山の決められた道を、いつもより時間をかけて回り、変化がないことを確認していた私は、響き渡った鐘の音に、里で何かあったのかと、驚いて山道を下った。

 立っていたのは、里長たちだった。

 彼らは厳しい表情を浮かべていた。


「なにかありました?」

 そう聞く私に里長は、否と答えた。

「里は、今の時点では変わりはない。あなたは?」

 変わりない、その一言にほっとする。

「ジェムナンド山はいつもと変わらないです。薔薇の花の手折られた部分を探しますが、はっきりしませんし、泉も変わりません。よどみもありませんし、水の流れも特に変わらないです」

 そう答える私に、里長は一応はうなずく。

 しかし里長の息子は、表情を険しくして言う。

「なにかあるでしょう?あなたはその異変に気付いていないのでは?」

 その声には、さげすむような響きがある。

 しかし、私の答えは変わらない。里長の息子としっかりと目を合わせながら答えた。

「変化はありません」


 そうして、毎日境界の巫女の所で里長たちが待ち構え、わずかな時間ではあるが、聖域の変化について、里の出来事について、話しあう時間を持つようになった。

 ノーマンディールでの変化は、今のところ特になく、何も魔による被害はないことが私に伝えられた。足止めされている聖騎士たちは不平をいっているものの、ノーマンディールの風の神殿に脅迫状が届いており、近日中に神殿に火を放たれる危険がある、との里長の偽りごとに、神殿に使える騎士として看過するわけもいかず、神殿を守るために、神殿へ泊りこむようになり、次なる情報を待ち構えるようになった。そんな様子を里長の息子は、侮蔑に満ちた眼差しで語る。


 私は、穢れはないか、異変はないか、そう尋ねる里長たちに、毎日同じことを答える。

 何も変わりはありません、と。

 そう告げると、うろんな目で二人にみられるが、それが真実なのだから仕方がない。

 何も起こっていないのは事実だ。

 そして、その話し合いの際には、必ず境界の巫女たちは席を外す。

 最初のうちは、ほとんど姿を見かけなかった。しかし、大体里長の来る時間が決まってきたために、その時間近くになると、私は山を下りはじめ、境界の巫女の詰め所近くにあらかじめ訪れるようにした。そうすると、鐘を鳴らす境界の巫女の姿を、時々みかけるようになった。

 その表情は硬く、どことなくおびえた感じがあった。

 第四の魔のことを話したのかと疑問に思ったのだが、里長は表情のないまま、否と答えた。


「境界の巫女たちには知らせない。あれらは、自分たちの失態で侵入者を許してしまい、そのせいで我々が叱責に来ると思っているのだ」


 なるほど。

 境界の巫女たちは侵入者は神域に入ることを許してしまった。しかも、その数刻前には、猟師すらも見逃していたのだ。

 自分たちの仕事である“侵入者を防ぐこと”、それを全うできていなかった彼女たちは、いつ罷免されるか、叱責を食らうか、何らかの罰を受けるのか、不安になっているのだろう。

 しかも、いつもは境界の巫女の詰所に、私を訪れる者などいない。それなのにこのところ毎日私を訪れる者がいるのだ。ましてやそれが、里長ともなれば彼女らも、事の重大さにおびえているのだろう。

 いつもは山からほとんど下りてこない私が、このところ毎日一定の時間になれば里長たちと密議を行っているのだから、不安をあおっていることは押して測るべきだ。


 それでも、この数日間私たちの話し合いでは、とりたてて話すべきことはなかった。

 聖域はいつもと同じく、湧き出でる水も清らかで、咲き誇る薔薇も美しかった。

 夜になればいつもと同じく、虫たちが音楽を奏で、時折小動物が、小さく草木を揺らす。

 いつもと変わらない毎日が続いた。


 そうして、それは里でも同じことだった。

 里での出来事も特に変わりはないということだった。

 神殿で異変が起きたり、不審な者を見たり、異常な死が起こったりすることはなかった。


 何も起こらないのではないか。

 ジェムナンド山の神域に第四の魔が封じられているという里長の言葉は、昔話によくおこなわれる真実を隠すための偽りと比喩を含めた伝承であったのではないか。つまるところ、里長たちの誤解ではないか、と私はひそかに思っていた。

 やはり、あの泉には何もいないではないか。

 単なる美しい薔薇の咲き誇る、清らかな泉ではないのだろうか。

 あの聖域が、魔を封じたものだとは‥‥‥何かの間違いではないのだろうか。

 そう思っていた。

 そうあってほしい、と思っていたのかもしれない。


 それがある日。


「井戸が枯れた」

 毎日の報告の中で、里長が開口一番に重く告げた。

 夏が過ぎて、秋に入ろうとする今の時期、井戸が枯れるなんでことはまずない。しかも、つい最近まで、長雨が降り続いていたというのに。


 侵入者を許して6日目、それが異変の始まりだった。


 その後、毎日のように里の井戸が枯れていった。

 まず、カザンの井戸、そしてシェラの井戸、エセの井戸、ルナの井戸、ジャカの井戸、と次々とノーマンディールの井戸が枯れていった。

 そして報告とともに、里長の息子があるとき恐怖に満ちた声で呟く。


 次々と、ジェムナンド山の、清泉の近くの泉から順に枯れている、と。


 そして今日、里で最後の一番ジェムナンド山から遠い井戸であるアーリアの井戸が枯れた。

 これで里のすべての主要な井戸が枯れたことになる、と里長がいう。

 押しつぶされそうな不安が心に押しかかる。


 魔が。


 第四の魔が復活した…?


 火を操る魔が、水脈を閉ざしているというのか?


 封印は解かれてしまった……?


「巫女殿」

 里長の鋭い声が私にかけられる。

 その表情はかたく、その傍らにいる息子は、色濃く恐怖の表情を表していた。

「この危機的状況に対し、早急に対応をお願いしたい」

 死人が出る前に。

 そうつむぐ里長の言葉に私は言葉を失った。


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