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第二話

 ぼんやりと眺めていた私の耳に、静かに澄んだ鐘の音がした。その音は緩やかで長く響く。

 これは境界の巫女からの呼びかけだ。


 こんな夜中に……?


 私はもう一度あたりを見渡したが、相変わらず、違和感の原因はわからなかった。一度小さなため息をつき、ゆっくりと山を下りる。

 このジェムナンド山は、もともと人を拒む山だ。それというのも、この山は四方を人の侵入を拒むような自然に囲まれているからだ。


 東北は、魔が住まうとされる不可侵の森に囲まれる。もちろん不可侵の森は、小さなものであればこの大陸にはいくつかある。しかし、このジェムナンド山を囲む不可侵の森は、この世界で一番大きなものだ。その果ては、誰も測量したことがないために、正確にはわかっていない。そんな未開な、広大な森が見渡す限り、遠くまで広がっている。

 また、西は世界一の大河、オーガ・リーに囲まれる。オーガ・リーは、水量も、川幅も、長さも世界一だ。大きすぎるその川の対岸は、ジェムナンド山からも見ることができない。そして、川の中心部の荒れ狂う奔流が、オーガ・リーを横切ることを困難にしている。

 唯一、南には人の住まうノーマンディールと呼ばれる里がある。しかし、そのさらに南には、常に頂上に雪をいただく天山である、ディール・セーラ山脈が、人の行き来を拒んでいた。


 皇国の辺境、そして大陸の辺境の、さらに人の行き来を拒む雄大な自然に囲まれたノーマンディールは、小さな集落であり、特別な特産地もないこの地を、訪れる人、尋ねる人はほとんどない。

 里人たちは、自然の脅威をつねにおそれ、そして同時に畏怖の気持ちをもって、神々に自分たちの生命を感謝する。そうして里人たちは、自然と自分たちの住まう環境や、それをもたらした神に対する強い信仰を抱いてきたのだ。


 人の行き来の少ないノーマンディルだからこそ、里人以外にはほとんど知られていない場所がある。

 自然の脅威に囲まれ、不可侵の森に境なす神山と称される、ジェムナンド山の頂にある聖域だ。


 ここは、はるか昔に天上の神々が、この地に種を落とされ、それが開花したといわれる美しい薔薇が咲き誇る場所だ。その証拠に、その薔薇は下界よりも早く花開き、下界の花の時期が終わっても、長く咲き誇るのだ。人為によらぬはずであるのに、薔薇は毎年変わらず時期早くに花弁を開き、そして長く咲き誇る。その花弁は甘いにおいを放ち、その花弁は目に鮮やかな深紅だ。


 神々に祝福された、長き命を持つ神聖な薔薇、その称賛は見れば直ちに納得するだろう。

 それほど美しい花なのだ。


 しかし、その花をめでることができるのは一人だけだ。


 薔薇が咲く聖域は、絶対的な禁足地であり、そこに立つことができるものは“清泉の巫女”たる、私だけなのだから。


 それでもノーマンディールの民たちが、そのあでやかな薔薇の存在を知っているのは、歴代の清泉の巫女が、この地のことを書き記し、美しく描写したからだ。

 私もその手記を読んで知っていた。この地に訪れて、この薔薇を見て、その記述の正確さに驚き、さらに正確に模写された薔薇よりも、格段に美しい花を見て、聖域たるゆえんを身をもって感じた。


 代々の清泉の巫女は、美しい薔薇が乱されぬように、聖域から少し下ったところに専用の小屋を構え、守護する。守護するといっても、薔薇に対して何らかの人為を加えることはない。ジェムナンド山の定められた道を回り、侵入者がいないことを確認し、聖域をただただ見守り、そして人為が及ばぬようにするのだ。

 聖域を清いままでささげることで、神々の祝福がそれを守護するノーマンディールにも訪れると信じられているのだ。


 聖域を守るために、清泉の巫女とともに山全体を神域とし、無用な侵入を監視するのが“境界の巫女”だ。詰所には常に4、5人の巫女がいて、通行者を監視し、人が迷い込み踏み入れることがないようにする。境界の巫女の詰め所は、東西南北の四か所に存在する。

 もともとジェムナンド山に通じる、整備された道としては、ノーマンディールからの道しかない。それ以外の道には自然の壁が立ち並ぶ。しかし、ジェムナンド山の残り三方の境界部分の、まさか人が踏み込むとは考えられない不可侵の森付近の東北、そしてオーガ・リーからほど近い西にも、境界の巫女を配置され、時折迷いくる猟師などの侵入を防いでいる。


 その境界の巫女でさえ、ジェムナンド山に踏み入ることは許されていない。

 それほどまでに厳粛に守られている聖域なのだ。

 そのために境界の巫女が、私に言づけたいことがあるときには、鐘をならす。

 その鐘が響くことは、まれなことだ。ほとんどが境界の巫女が止めることのできなかった、侵入者がいた時である。そんなとき境界の巫女は、切迫した感じで、至急を私に知らせるために、短く、強く、鐘を鳴らす。

 長く響く鐘の音は、切迫した事態を伝えない。今の鐘の音は、緩やかな響きだ。


 なぜ、こんな夜中に…?


 まさか宵闇がはじまったこの時分に、猟師が迷い込むなどということはないだろう。この緩やかな響きからも、そうではないと感じられる。

 それなのに、境界の巫女が私に呼びかけているのだ。


 疑問を抱きながら、山道を下り、いったん小屋に戻り、家から面紗を取り出してまとう。

 清泉の巫女は任期中、人に姿をさらさない。これも昔からの決まり事だ。清泉の巫女は、この山を守護している間は、その身は人間ではないと、いわれる。そのため、他人にその顔を晒し、その正体を示すことは神々に対しての不義理と考えられている。あまつその視線を“人間”に、むけることは、神々の目を“人間”に向けるものとされ、忌ごととされるからだ。

 私は小屋を出て、先ほどとは反対に山を下りる。

 ジェムナンド山の私の住まう小屋から境界の巫女の住まう詰所までの道自体は、複雑に分岐があり、行き止まり、あるいは逆戻りする偽物の道が複数ある。もし仮に、悪意ある侵入者が神域を侵そうと、境界の巫女の監視を潜り抜けても、安易には禁足地にはたどりつけなくなっている。

 そんな複雑な道も私にとっては、7年も通いなれた道であり、特に問題はない。


 遠くに、境界の巫女の詰所の光が見えてきた。


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