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第十八話 

 そうして。


 私はそう言って、一呼吸を置いた。

 膝に抱えた孫は神妙な顔で私を見上げる。

「そうして、どうなったの?巫女は天に昇って行ったの?」

 心配そうに問う孫を抱えなおし、つるつるの額に口づけ、安心させるように微笑みながら私は続けた。


「巫女が天界に連れていかれようとしたときに、聖騎士の一人が声を上げて、巫女を天界に連れ帰らないでくれ、って女神様にお願いしたの。女神様は、最初はいやだ、って言ったのだけれども、聖騎士の必死のお願いに心が折れて、彼女の傷を治して聖騎士のもとに戻してあげたの。聖騎士がなぜそんなお願いをしたのか、それは―――」


「それは、その聖騎士が清泉の巫女に一目ぼれしたからなんだよ」


 そう続け、私の肩に手をのせるのは、私の夫。

 私と同じく、もう大分年を取ってしまっていて、顔には年輪を重ねた跡がある。永く剣を握っていたその掌も、今ではしわだらけだ。けれど、その誠実な瞳は、出会ったころのままだった。

 彼は、私が孫に語っている話を、いつのまにかに聞いていたらしい。


 あのあと、どういうわけか目が覚めて、呆然とする私の目に、最初に映ったのは彼だった。

 自分がどうして彼の膝の上で抱かれているのか、どうして彼が私の顔をのぞきこんでいるのか、まったく分からず、悲鳴を上げた。

 そんな私を見ても、柔らかな微笑みを浮かべて、落ち着くまで、それでもそばに寄り添うことを、彼はやめなかった。

 少し落ち着いた私は、彼の口から、私が意識を失った後の顛末を聞かされた。

 女神が見事に降臨したこと、井戸の水が戻ったこと、水獣は天に帰ったこと、そして、私が天界に連れて行かれそうになったこと。

 その一つ一つを、ゆっくりと私に話してくれた。

 そうして、やっとその言葉の内容が私の中で理解されていっても、彼は私のそばから離れなかった。

 話の最中にも、そしてその後にも、ぽつぽつと語られるのは、私への愛の言葉。

 突然のことに私の頭の中には、その言葉だけは全く理解できなかった。

 なぜ。

 なぜこの人は私を『大事な人』などと呼ぶのだろうか。

 なぜ、この人は私に『愛してる』なんてつぶやくのだろうか。

 混乱した状態のまま、時は流れていった。

 医師に許可を得て、怪我を得てから初めて、あの泉に訪れた。泉までの道は、人々が踏みしめた跡がある。そして、ところどころ、侵入した里人たちが踏み荒らした跡も残ってた。なんとも言えない気持でそれらを見ながら、清泉についた。


 そこにあったのは、大きなくぼみだった。

 大き過ぎる水獣が、小さな泉にその身を置いたことによってか、あの騒動の後、泉は枯れた。

 水が枯れてできた大きなくぼみに降り積もる枯れ葉の姿を、私はさびしい思いで見つめていた。その時も、彼は付き添ってくれた。

 泉のあった場所のほとりにある美しい薔薇も、泉が枯れてしばらくしてから花をしぼませた。

 おそらく女神の恩恵で、その命を長らえ、美しく咲き誇っていたのだろう。しかし、女神の寝所である泉が枯れたために、薔薇もその姿をただの野薔薇に変えたのだ。

 おそらく、やがてまた薔薇は咲くことは来るだろう。

 しかし、その姿は今までとは異なったものだと思う。


 もう清泉の巫女はいらない。

 私が長らく守っていた場所の、その変わり果てた姿を見て、私は決心した。

 相変わらず私のそばに寄り添って、微笑んでいてくれる彼は、あのときも『私のそばにいてくれるだけでいいんです』と、甘い言葉を私にささやいていた。

 その言葉で、今度は私が彼に寄り添うこととなった。

 人の世界に生きることは7年ぶりで、不安なところもあったが、彼と寄り添っていれば安心できた。そして、皇国の中心地、私には想像もできなかった都心部で彼と寄り添い生きることとなった。

 私は、そこで彼の妻となり、子供を産んだ。

 最初は、聖騎士として、時に争いで体に傷を残す彼の姿に、心を冷やしたこともあった。

 しかし、彼との生活はだいたいが穏やかだった。

 もう何十年も連れ添って、彼も年齢を重ね、仕事は体力的にも無理になってきたために、皇国の都市の端にある、ノーマンディールではない小さな村に住まうようになった。子らは成人し、孫もできた。

 そんな子たちにも、孫たちにも、私たち夫婦のなれ初めでもある、このおとぎ話のような話はとても好評なのだ。


「一目ぼれ?」

「そう、面紗を脱いだ彼女の姿を一目見て、聖騎士は『これは自分の運命のひとだ』と感じたんだ」

「ふーん」

 まだ年若い孫には彼の言うことが理解できなかったようだ。

 それでも、考え入る孫の頭上で夫は私に向かい、子供のように片眼をつむる。

 この人は、もう。


「それで、本当に第四の魔はもういないの?」

 そう心配する孫を安心させるように、私はもう一度かれのぴかぴかの額に口づける。

「そうね、もうこの世にはいないのよ」

 なーんだ、安心したようにつぶやく。

「さあ、お母さんが帰ってくる馬車の音がするわ。出迎えに行ってあげましょうか」

 はーい、と返事して満面の笑みで母親を迎えに、孫は扉を開ける。

 その後ろ姿を、私は微笑みを浮かべて見送る。


「それでその巫女はどうなったのでしょうね?」

 彼が私の座った椅子のそばに寄り添い、そして私のしわしわの額に口づけて、聞いた。

 私はにっこりと彼に向かって微笑んで、いつものように、こういった。



「そして、その巫女は、聖騎士のもとで幸せに暮らしました」


これで、清泉の巫女の物語は終了となります。

ここまでお読みいただきました皆様、ありがとうございました。

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