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第十六話

 人々は驚愕した表情を浮かべ、私と水獣を見る。

 ここまで近くに水獣を見ると、その姿はまさに異形。

 うごめく水のうねり。流れる水の勢い。流れ落ちる水滴とは言えない滴の量に、あたりは徐々に水の濃厚な湿気に包まれていく。


 里人たちは祭壇の前で、神言をとなえる私をみる。

 私の意識は、もうすでに過ぎた集中のためか、真言を唱える私と、周りを注意深く見守る二つに分かれてしまっているようだ。周りの状況が、さっきよりもいやに正確にわかるように感じた。


「れんびんと、じひを希い、ちいさきわれらにそのひとすじのひかり、道をしめし、そのおおきなこころもってわれのこえを、あわれにおぼしめしいただきたくおそれおおくももうしあげます」


 泉の近くの祭壇の近くで、熱心に、切実に、真言を唱える私の姿。

 そしてその小さな泉の中から現れた、水獣を、里人たちは見る。

 水獣の瞳にあるのは、怒り。


「お前が諸悪の根源かっ!」


 里人たちの怒りが沸騰する。

 里人たちも、もうすでに正気を失っているような状態だ。

 何を言っているのだろうか。

 諸悪の根源?

 わたしが?

 私が?


「お前が人を呪うために、水獣をけしかけたのか?井戸を枯らしたのかっ!?」


 人を呪う?

 水獣を、私がけしかけた?

 井戸を枯らせた?

 何を言っているのだろうか。

 私のせいなのか。

 今起こっているのは、すべて私のせいだというのか。


 ‥‥‥したくもない清泉の巫女をさせておいて、いざ事が起こったら私のせいにして、挙句の先に私がすべての根源だとでもいうのか。

 あまりのことに、思わず怒りが込み上げてくる。

 真言を奉じるその口を閉ざしてしまいたくなる。しかし、切実に神に呼び掛けるために真言を唱えるもう一人の私を止めることはできなかった。


「そうではないっ!!」

 そう叫ぶのは聖騎士の団長だ。

 彼らには私は、召喚を行うことを伝えていた。そして、もし仮に暴動が起きた時の保障として境界の巫女とともにジェムナンド山のふもとで待機してもらっていたのだ。


「巫女殿は、この現状を憂えて、何とかならないかと、力を貸してくださっているのだ。聖域を侵したわれらの乱れを正すために」

「我々が、この禁足地を侵してしまった。あまつさえ、この地で神にささげられた薔薇の花を手折ってしまったのだ。すべては、われらの責任なのだ!」


 そう言い群衆に向かう。

 聖騎士たちの瞳には、誠実さが見える。

 

「そなたたちは、この聖域に踏み入ってはならないのではないか!?それなのに、大挙としてこの聖域を破り‥‥‥それでよいのか!!」


 聖騎士の言葉に、私の怒りは、まるで違うものに変わる。

 分かってくれている人もいる。

 ここは聖域なのに。

 侵してはならない、禁足地なのに。

 長く長く、ここを信仰してきた里人たちは、容易にここに踏み入れた。

 その目に狂気を浮かべながら。

 この気持ちは、‥‥‥失意?

 守るべきものを、里人たちはすでに忘れてしまったのだろうか。

 これまで培ってきた、敬虔な神への祈りを、里人たちは失ってしまったのだろうか。

 それなら、私は何のために神に祈りをささげているというのだろうか。


「ふしてねがい、ちにはいしてねがいます。このちいさきみにはさわり、けがれ、うたがい、あやまち、とがありて、めがみさま、てんなるかたにはわざわいなるみとなるべきものか。ただ、このこころかなわずとも、てんなるかた、みずのめがみさま。そのひろきあつきいつくしみのこころ、このちにすまうわれら、そのちいさきみたまに、きよきこころになだめゆるしたまいたく、このこうじょうをもって、わがことのはをはいしけんじょういたします」


 一度中断してしまえば初めからやり直しだ。

 もう口を閉ざしてしまえばいいのに、中断して、里人たちを問い詰めてやればいいのに、そう思う自分もいた。しかし、真言を唱える私は、ひたすらに女神に呼び掛けていた。

 真摯に、切に、心から。


 里人たちは、聖騎士たちの言葉に耳を貸さない。

 すでに、狂気にとらわれてしまった彼らに、正当な聖騎士たちの言葉は耳に入ってきていないようだ。

 私が、水を枯らせ、水獣を呼んだ、そんな妄執に彼らは取りつかれてしまった。その狂乱が、あたりに不穏な空気をもたらしていく。


「巫女が、その女がすべて悪いのだっ!!」

 そう一人の男が叫び、それがあたりに次第に広がっていく。

「その女さえいなければ、こんなことにならなかったはずだ!」

「こいつが、ノーマンディールを滅ぼそうとしているのだ!」

「こいつが、我々を呪ったのだ!」

 里人たちの暴言は続く。

 そして、その錯乱状態が最高潮に達したときに、一人の男が、私に向かって農具を投げた。

 刃の付いた、農具を。


「巫女殿っ!」

 聖騎士が叫ぶように声をあげて私の注意を引こうとする。

 そして、細身の男が私を農具から守ろうとするかのように走り寄ろうとする。

 しかし、聖騎士のその声が上がった瞬間に、私の真言が終わる。


「どうかどうか、みずのめがみさま。そのおおきなじひのこころわれらにおあたえください」


 そして。


 一瞬の間をおいて、あたりに光があふれる。

 急に現れた、強すぎる光。あまりのまぶしさに、みんな目を閉じる。

 わたしも。

 それなのに、目を閉じた私には、いろいろなものが見えていた。

 私に向かって飛んでくる農具。

 あれは、もうさけきれない。

 もうすぐあの刃が私を切り裂くだろう。

 そして、その里人の動きを引き金に、水獣が尾を振り上げた。

 その先端は、ノーマンディールを含めた、里人たちの方向。

 私には、それを止めることはもうできない。

 あの尾は、すべてをなぎ払ってしまうだろう。

 里人も、ノーマンディールすべても。

 何が起こったかわからず、あふれだした光に恐怖する里人たち。

 そして、私に向かう刃をどうにかしようとする聖騎士たち。


 そして、体に受ける衝撃。

 軽くはない衝撃。それなのに、痛みはない。

 衝撃に私の体は天を向いて倒れていく。

 自然と意識が閉じるその瞬間に、目のはしをかすめる光。

 それは先ほどあふれだした光とはまた違う、暖かさに満ちた光だ。


 召喚は成功したのか?

 それとも。

 そして再び眼の閉じる最後に見たものは。


 木々の間から姿をあらわした満月。


 ああ―――



 もう満月だ。

 今日は、ノーマンディールは、満月祭なのに‥‥‥


一部文章の誤りあり、訂正いたしました。

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