第十四話
水の女神の召喚。
それを導き出した私に里長は乾いた、そして侮蔑に満ちた笑みを浮かべる。
「本当に、あなたに女神が召喚できるのというのか」
問いかける声もどこか中傷めいている。
私の行おうとしていることが、やはり骨董無形と感じられたのだろう。
「それは、やってみないとわかりません。けれども私にできることで思いつくことは、これしかないのです」
私にできること。
私が唯一誇れる力。
それが召喚の力である。
今ここで召喚の力を使わないというのなら、どこでその力を発揮するのか。
そう告げる私に、里長の息子までもさげすむような表情で見る。
「もしそれが成功しなければ?」
「女神が召喚できなければ、ということですか」
それは考えた。
もし、召喚術をおこなっても水の女神を召喚することができなければ‥‥‥
召喚といっても、方法は簡単だ。
召喚の対象者に対しての供物を祭壇に捧げ、そして召喚のために真言をとなえるのだ。
もちろん、一度召喚して、心安くそれを受け入れてくれる相手には、そこまで正式な方法はとらずとも、相手の名前を呼ぶだけで、その声を聞いて駆けつけてくれる。
現にたびたび召喚している小人は、その名を呼ぶだけで、すぐに現れてくれるのだ。
しかし、女神のような高位の存在を召喚するのは、非常に難しく、召喚されたという事実も数えるほどに少ないとされる。
召喚の教本にいわく、より低位のものを召喚するのであれば、真言による強制力が働き、ある程度の召喚は修練により容易く可能となる。しかし、より高位の存在を召喚するに当たっては、真言の強制力は全く無意味だ。召喚の真言を唱える者の、魂の高潔さ、誠実さが必要となってくる。これらは、魂の汚れを落とすために身体と、精神にも及ぶ厳しい修練で、ある程度は磨くことができるが、そのほとんどは、本人自身の素質である、という。
一度女神の影を呼び出したことのある私であれば、ある程度の素質もあるのではないか。
もちろん、女神を呼び出せなかった場合、それは回りくどいやり方になるが、天界で今まで召喚したことがある者たちに声をかけ、彼らから女神さまに声をかけていただくことも考えた。
「召喚できなければ。そして、召喚できても女神が人間に力を貸すことを拒んだら、ということだ」
「召喚できなければ何度でも召喚するまでです。ほかの種族の方々に声を届けてもらうことも考えています。そして女神が人間に力を貸すことを拒んだら……」
女神の怒りを買っているのであれば、その時は。
「それは話を聞いてもらうまで頑張ります」
ジェムナンド山の聖域。
その頂にある薔薇と泉は、神々に捧げられた供物。
そこに、守護者以外のものが足を踏み入れた。
そして捧げられた供物を手折った。
それに対する報復がこれであるのであれば、甘んじて受けなければいけないことだろう。
そして、それが原因で第四の魔が解放されたというのであれば、それも人間たちの罪だろう。
謝って許してもらえる、そんな軽い罪ではないだろう。
‥‥‥だけど、本当にそうだろうか?
捧げものの薔薇を一本手折ったことがどれほどの罪だろう。
こう考えるのは、不遜なことだとは思う。
しかし、考えることをやめることができなかった。
捧げられた供物を手折ったのは、神々を守る聖騎士。
彼らは、厳粛にして、敬虔な神の教え子でもあり、人間の世界で神々を守る、優れた騎士でもある。その騎士が、神々のために薔薇を手折ったのだ。
それは、信心深い彼らの行動の現れだと思う。
美しい薔薇を、聖域にある供物だと知らずとはいえ、手折ってしまったのは彼らの罪だ。しかし、その薔薇は私利私欲にまみれたものが、何かの目的で使うために手折ったのではない。美しい薔薇の花を、神々に献上したい、その目を楽しませたい、そう思い、手折ったのだ。
そこには何のよこしまな心も含まれていなかったのに。
まさしく、純粋な気持ちでしかなかったのに。
聖騎が手折った薔薇は、返してもらった。
薔薇は大事に、水で満たされた布で根元を包まれていた。
自分たちの荷物とは別に、大事に保管されていた。
その扱いにも、捧げものであることが現れている。
そして、手折ってもまだなお、みずみずしく咲き誇る薔薇の花。
そんな神聖なる薔薇を、もう一度水の女神に捧げなおすことで、怒りを納めてくれることをお願いしようと思ったのだ。
もちろん、その上に第四の魔を封印しなおしてほしい、などとお願いすることは虫が良すぎることかもしれない。
それでも、関係のないノーマンディールの民を巻き込むことだけは、どうか許してもらいたい。
信仰心高い、ノーマンディールの民を守っていただきたい。
そう伝えることくらいしか、私にできることはないのだ。
そして、それがいま私にとって出来うるすべてのことであるのではないだろうか。
「“頑張ります”!?頑張ってどうにかなるものなのか?」
里長の息子が罵倒するように私に詰め寄る。
自分たちでは何もできないことがもどかしいのか、それとも、私の詰めの甘さが彼を苛立たせるのかわからない。
「では、それ以外に何がありますか」
私は逆に彼に聞いた。
話を聞いてもらうしかない。
もう、それしか道はないのだから。
私たち人間に、水のなくなるという脅威から逃れることは不可能だ。
水がなくなれば、人間は生きていけないのだから。
それなのに、大地の水が枯れた。水獣が水を得ることを許さない。このままではおおそらく、天から雨が降ることもなくなるだろう。
そして、もしかしたら人類最悪の魔が復活したかもしれない。
そのいずれに対しても、人間の力はあまりにも無力だ。
何もできず、このまま手をこまねいているだけではいけない。
そう考え、水の女神を召喚することに至った。
その女神が、私の言葉に耳を傾けてくれることがなければ‥‥‥そう考えると恐ろしいが、それならもうなりふり構わず、女神に現状を訴えることしか残っていないのではないか。
たとえそれが、アウルスリールには匹敵しないが、私の命をささげることとなっても。
はっきりとは言わないものの、その決意に気付いたのか、里長の息子は口を閉ざす。
二人に向かって、私は静かに言った。
「明日、召喚術を執り行います」




