第十三話
神殿から出てきた、私たちの姿を見て、里長のもとに、数人の里人が詰め寄る。
「里長!これは一体、何が起こっているのですか!」
「里長っ、どうしてこんなことになっているのですか!?」
恐怖におびえた表情の彼らに、里長は詳細を告げることはなかった。
里長たちは、賢明なことに第四の魔のことは里人には話そうとしていなかった。
里長の息子は何か言いたそうにしていたが、それでも里長の言葉に従って、口を閉ざしていた。
水獣を見て詰め寄ってくる里人たちに、清泉の巫女がすべてなんとかする、そう言って納得のいかない里人たちを家に押し返していた。里人たちは、正装姿の“清泉の巫女”である私を見て、しぶしぶながらも帰って行った。
そして、神事会議はそのままうやむやに終わった。
私たちは、ノーマンディールに留め置かれることとなった。
私は、水獣をおさめ、ノーマンディールに水を戻し、第四の魔の封印を再びなすために。
里長たちは、私がジェムナンド山の小屋に帰ることを許すはずなかった。
聖騎士たちも、そのままノーマンディールに留め置かれた。里長たちは、侮蔑に満ちた表情で、彼らがここにとどまり、自分たちが引き起こしたその罪を、自分の目で確かめろ、と言った。無言を保っていた彼らに、私は、いずれ力を貸してほしい、そのためにここにとどまってほしい、と重ねてお願いした。
里長は民への対応のために、姿を消した。その後、私は聖騎士たちに向かって口を開いた。
「おそらく、里人が暴動を起こすと思われます」
私は、彼らを見ながら言った。
「その時に人々を抑止する力になってほしいのです」
そう言う私に、聖騎士たちはお互いの顔を見合わせる。そして細身の男が私の言葉に答えた。
「あなた方の里長の言う罪を犯した愚かな私たちに、抑止力となれ、と?」
「‥‥‥人々が暴動を起こした時に、聖騎士の正装でたちはばかれば、それだけで人々の気持ちも若干収まるのではないでしょうか」
このあたりで聖騎士を見ることはない。
それでも、書物などで見る聖騎士の勇敢な行動、あるいは精悍な姿などは、子供の絵物語で一度はだれもがみたことがあるだろう。
そんな憧れと、尊敬を受ける聖騎士である彼らの姿を見れば、里の民たちの高ぶった心も、多少冷静さを取り戻すのではないかと考えたのだ。
「暴徒と化した里人に対して、いずれ冷静になった時に後悔のないように、彼らを抑えてほしいのです」
そう言って、私は面紗をとった。“神の目”である必要は、もうない。
自らの目で、彼ら一人一人の目をはっきりと見て、頭を下げた。
もちろん、暴徒と化した里人を抑えることなど、三人だけではかなり無謀なことだろう。
しかも、この暴動の原因が彼らだと知れ渡ったときに、里人たちの怒りの矛先は、聖騎士たちに向かう。
そんな彼らが自分たちの行く手を遮ったとき、里人たちは怒りのままに、彼らに攻撃を加えるかもしれない。聖騎士たちに、命にかかわるようなことが起こるかもしれない。
そんな、理不尽なお願いをしていることは分かっていた。
私のおこがましい願いに対して、団長は「分かった」と答え、熊のように大きな体の男は、うなずいてくれた。細身の男は、私に向かって片目をつむって、微笑んで、「できるだけ、力になれるようにします」と言ってくれた。
そうして私は、聖騎士たちと別れ、神殿で一人考える。
いずれにしても、早急に動かなければならない。
井戸が枯れた原因は何なのか。
水獣をオーガ・リーから退去させるにはどうすればいいのか。
そして、ノーマンディールが、再び水の恩恵を受けるにはどうすればいいのだろうか。
『何かあったら、きっと助けてあげるから』、そう言ってくれた、あの小人族を思い出す。
思い出して、彼から天界のことを聞くために、召喚した。
「天界では、今すごく水の精霊がざわついているんだ。何が起こっているかは、わからない。精霊は、小人属とはあまり接点がないから」
そう言いながらも、彼は心配そうに、私を見る。そして、何かに気付いたように、どことなく落ち着かないように、あたりをキョロキョロとみる。
「‥‥‥巫女さん、ここはどうしてこんなに混沌としているんだい?」
「混沌?」
「そう、怒りと、恐怖、そして祈願と、混乱、いろいろな感情がまじりあってるみたいだ」
そう言って、青い顔で私にしがみつく。
彼をすぐにここから天界に返さないと、と思いながらも一番聞きたかった水獣のことを尋ねた。
「水獣がここに、現れたのだけれども、何か知っていることがある?」
「水獣が?水獣は、水の女神の使いなのに、なんでこんなところに‥‥‥?」
そういう彼の言葉に、かつて天に上った水獣は、水の女神の使役獣になったのだと知る。
そして、彼は、水獣は水の女神以外の神々に膝を屈することはしない、と付け加えた。
不安そうにあたりを見やる、平生とは異なる彼の調子に私は、難しいなながらも微笑んで、彼を見送った。
水の精霊は、なぜざわついているのだろうか。
第四の魔がノーマンディールの水脈を枯らしたことが原因なのだろうか?
それとも、別の原因があるのだろうか。
そして、水獣は水の女神だけの使役獣なのに、なぜノーマンディールを襲おうとするのだろうか。
第四の魔に操られているのだとしたら、まさか長い時の中で、第四の魔は女神の力を上回るようなったのだろうか。
わからない。
今の私にできることは何か。
清泉の巫女として、水枯れの原因を探り、女神の使徒を抑えること。
水の精霊の異変の原因を知り、それを正すことができれば、水枯れはおさまるだろう。
しかし、異変はどうして起こったのか、それを知るすべはない。
そして、水獣を抑えることなど、私にはできはしない。腕力もなければ、猟師としての知恵もない。ノーマンディールの蓄えられた水が枯れるまでという、限られた時間の中で、私はこの問題を解決しなければならない。
私にできること。
それは、召喚。
ノーマンディール始まって以来の、力。
清泉の巫女として任命されることとなった、その力を使えばいい。
そして、水の女神を召喚ができれば、問題も解決するのではないだろうか。
しかし。
そんなことできるのだろうか。
召喚としては、確かに女神の影を呼び出したことがある。
しかし、それは影であり、本体ではない。
今までで一番の召喚の力を持つ、ともてはやされた私ではあるが、女神を召喚することができるか、自信はない。召喚に成功しても、私の話を聞いてくれるかどうか、はっきり言って分からない。
それでも、わずかな望みをかけて、召喚を行うことしか道はないのではないか。
そうしなければ里人は乾いて死んでしまう。
水が完全に枯れてしまうまでにこの地を去るという選択肢もあるが、どこからこの地を去るというのか。
幼きもの、年老いたものを連れだって、不可侵の森を超えるというのか、天山を超えるというのか。
それこそ不可能だ。
水の女神の召喚。
それが、今の私に行うことができることではないだろうか。




