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第十二話

 水獣が現れたという報告に、もちろん神事会議は中途終了となった。そのまま、私たちはオーガ・リーに向かおうと、神殿を出た。もちろん聖騎士たちも同行した。


 水獣とは、これもまた、伝えられた伝説の話に出現する聖なる獣だ。

 水獣は、もとはオーガ・リーに住まう、ただの獣ではあったといわれている。そのあまりの巨大な体躯と、獣にしては非常に高い知性のせいで、オーガ・リーの岸に住む住民たちが川で行う漁猟に対して、ひどく妨害するようになった。

 ある時には漁師の船をひっくり返し、ある時には川に仕掛けられた罠を、根こそぎ薙ぎ払い下流へと押し流した。それは自分の住まう川で行う残虐を許さなかったのか、それとも自分の領土を荒らされたくなかったのかは、わからない。ただ、だんだんとその攻撃は過剰となり、人間が川に近づくだけで、人間に攻撃を与えるようになったのだ。

 水獣は倒すには強大すぎ、共存するにはあまりにも野蛮すぎた。

 ほとほと困った人間たちは、みなオーガ・リーから去り、離れたところで暮らすようになっていった。そうすると、水獣はさらに大きくなっていった。大河であるオーガ・リーでさえ、水獣を横たえるには小さくなりつつあった。はみ出た水獣の尾が上げる水しぶきは、時折遠くの山に跳ね、大洪水を引き起こした。オーガ・リーから離れた場所にも水獣の被害が及ぶこととなった。

 いよいよ人間たちもオーガ・リーが見えなくなるまで遠ざかり、水獣がおとなしくなるか、どこか遠くに行ってしまうまで、辛抱強く待った。あるいはもう二度とオーガ・リーの恩恵にはあずかれないかもしれないと思いながらも、生活していた。

 しかし、あるとき、水獣は天界に召し上げられたのだ。それが寿命だったからなのか、あまりにも人の世に異質な姿だったからなのかは、わからない。オーガ・リーから巨大な水柱が立ったと思うと、水獣は体全体に水をまとい、まるで巨大な蛇のような姿を浮き上がらせ、そうして天へ昇って行き、見えなくなったという。

 水獣はそれ以後、水の塊でできた蛇の姿として描かれる。

 水をまとったその姿ゆえに、水の女神が慈悲の心を持って、水獣には住みにくく、居心地の悪い世界から、自由に暮らせる天界への道を作ったのだと、伝説は推測している。


 その、水獣が、オーガ・リーに出現したという。

 なぜ?

 どうして?

 信じられないながらも神殿を出て、空を見上げて、思考が一瞬止まる。

 目の前にある、姿。

 そして姿は、まさしく伝承で描かれた姿そのものだ。

 ジェムナンド山よりも高い背。 

 その体は、水だ。

 蛇のような形をした、細長い体躯。その体を形作るのが、波打つ水だ。まるで、川の流れが、そのまま意思を持って動き始めたような、そんな姿をしており、流れる水のうねりが、遠くからでも見えるほど、その流れは激しい。体からは、時折滝のように水が流れ落ちる。時折、その尾をくねらせている。

 眼光は赤く、鋭くノーマンディール(こちら)を睨む。


 そんな獣を前に、私たちは声を失う。

「なんだ。これは‥‥‥」

 独り言のようにつぶやいたのは、聖騎士の団長だった。


 オーガ・リーまで行かずとも、神殿を出た時点で、オーガ・リーの方角に水獣の姿を確認することができた。目の前に突然出現した水の獣の姿を前に、里人は恐怖し、悲鳴を上げて逃げ惑う。そんな中、私たちは呆然と水の獣を見ていた。

 聖騎士たちも、剣に手をやることなく、呆然と見上げる。


「やはり、第四の魔は、復活‥‥‥」

 呆然自失のようにつぶやいたのは、里長の息子だった。


 彼は、聖騎士に詰め寄る。

「あんたたちがっ、知らずとはいえ聖域を汚すから、第四の魔は復活してしまったんだ!だから、自分を封じた水の女神の眷属を使って、人間を滅ぼそうとしているんだっ!!」

 衝動に駆られたように、里長の息子は、団長につかみかかろうとする。

 振りかざしたこぶしを難なく、団長はかわす。

「このっ!」

 憤りを、不安をぶつけるように、手を上げようと、里長の息子はがむしゃらに拳を振り上げた。しかし、鍛えられた騎士たちにかなうはずもない。熊のような体躯の聖騎士が、里長の息子をなんなく後ろからとらえ、その攻撃を封じる。


「この、畜生!お前たちのせいで!」

 それでもなお、罵詈雑言で聖騎士たちを罵倒する息子を見て、里長は声を上げる。

「やめないか」

「でも、父さんっ!こいつらが聖域を侵したから‥‥‥!」

 唇をかみしめて、悔しそうな表情を浮かべて彼は父を見る。

 聖騎士たちは、無表情で、無言だ。

「やめないか、そんなことしてもあの水獣はどうにもならない」

 そう言い、里長は厳しい表情で私に向かう。

「清泉の巫女よ。これはあなたの責務だ。水獣をおさめ、ノーマンディールに水を戻し、第四の魔の封印を!」


 そんなこと言われても‥‥‥、私はとっさにそう思った。

 厳しい表情を浮かべて、里長親子は私を見る。

 里長たちが言うように、本当に第四の魔が復活したのだろうか。

 里長の息子が言うように、第四の魔が、水獣を操っているのだろうか。

 伝説の水獣の姿を見ても、それが真実だとは思えなかった。


 なぜか。

 もう直感としか言いようがない。しかし、その直感だけで他人に信じてもらうことは、非常に難しいだろう。

 井戸が枯れ、水獣が現れた。

 もちろんそれは、里長の息子が言うとおり、火を操る第四の魔が水脈を枯渇させ、どういうわけか水獣を操っている可能性は考えられなくもない。


 しかし、本当に第四の魔の行いだろうか。

 伝説では、第四の魔は非常に残虐で、すべてのものをその業火を持って焼き払い、喰らおうとしたのだ。そんな第四の魔が、こんな姑息なともいえる行動に出るのだろうか。もちろん、言い伝えのほうが間違っていて、第四の魔は思ったより姑息で、じわりじわりと人間を苦しめるのが好きなのかもしれない。

 しかし、火の魔物は、そんな間接的な方法で、攻撃するのだろうか。


  いずれにしても、井戸が枯れたこととで、里では水が手に入らなくなった。

 そして、オーガ・リーに現れた水獣のせいで、近くにある水源も使えなくなった。

 これは人間にとっては、非常に効果的な攻撃だ。人間には、水が不可欠なものだからだ。

 人々は恐怖した。

 里には、今はそれぞれの家のかめに蓄えられた水しか存在しない。

 今ある蓄えられた水がなくなったら、自分たちはどうなるのだろうか。

 そんな恐怖が、里中に広がっているようであった。

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