第十話
私たちが攻撃するものではないことを知り、聖騎士たちは里長の方へ向き直る。
「虚言をのべて、我々をこの地にひきとめたのは、何用なのだ、理由を述べよ!」
里長に向かって中央の男がいう。
「それはこれから、あの者が述べます」
そう言い、里長はこちらを見る。
その言葉に、三人の聖騎士たちは睨むように、もう一度こちらを見る。
私は、そんな彼らに見られながらも足を止めない。
面紗をしたまま、一礼して神殿の中に入り、神事を行うために、祭壇の前で膝をかがめ、略式の祈りの言葉を唱える。そして祭壇でともされていた火を、神殿の四隅の高い位置に置いてあるろうそくに分けて、燈をともす。その挙動を目で追いながら、聖騎士たちは里長に言う。
「巫女ではないか」
「ええ、この者はジェムナンド山の山頂の清泉の巫女です」
「‥‥‥ジェムナンド山。‥‥ああ、あの不可侵の森の脇にある。しかし、なんだって」
「団長」
里長に向かって話していた男をそう呼び、彼の左に控えていた細身の男が口を開く。
「それはあの薔薇のことについてではないですか」
薔薇の花。
彼の言葉に、一瞬手が止まりそうになる。
本当に彼らは薔薇を手折ったというのか。
手折られた枝を見た自分でさえ、彼の言葉は衝撃的であった。
聖騎士たちの視線を感じながらも、神殿の四隅に燈をともし終え、もう一度祭壇の前に向かう。祭壇の正面の床に膝をついて無言の祈りをささげ、祭壇の中央にある豪奢な金銀で装飾された扉を細く開いた。 その奥は小さな部屋がある。そしてその部屋には、水の女神の銅像がひっそりとたたずんでいるのだ。しかし、この細く明けた扉からは全くのぞき見ることはできない。
そのくらい細く開けられた扉の奥から、わずかな風が神殿へと入り込み、その風は、祭壇から作られた風の通路をたどり、四方のろうそくの明かりを吹き消すことなく、神殿の中をらせん状に吹き抜ける。らせん状の風は、その通り道に付けられた鈴を鳴らしながら、屋根の際に上がり、天井から外へと吹き抜ける。その高低を付けた鈴の音が、吹き抜ける風によりまるで神々の言葉のように神殿に響き渡る。
この仕掛けは神殿であれば、どこでもあるはずだ。風により吹き鳴らされた鈴の音は、神々の言葉である、と言われている。この鈴の音の響きは、神事会議のみならず、正式な礼拝や祭祀、儀式などの際には欠かせないものである。
しかし、神殿の中をめぐって、鈴の音が響き渡るという大がかりなものは、皇国にはあまりないらしい。たいてい多くが、神殿の祭壇から、その真正面にある神殿の出入り口へと向かう一直線の風の動きが、その通路にある鈴を鳴らす程度であるといわれている。
慣れ親しんだ私たちノーマンディールの民である私たちには、なんてことはない仕掛けではあるが、聖騎士たちにとっては、やはり珍しいものなのだろう。あたりに鳴り響きだした鈴の音に、心動かされたように、風の動きを、鈴の動きを、目で追っていく。
どうして、このノーマンディールの神殿は違うのか。
それは、自然に囲まれたノーマンディールの土地柄ともいえる。山と川に囲まれた風の谷であることと、そして自然とともに生きていたノーマンディールの民の知恵によるところも大きい、と神殿長が言っていた。ノーマンディールの民の、その信仰心の強さ、実直さ、敬虔な心が、このような美しい鈴の音を響き渡らせる神殿を作ったのだろう、と神殿長は続けた。 そう思い出しながら、神殿長がいないことに気付いた。
ここには三人の聖騎士と、里長、記録官の姿をした里長の息子、そして私しかいない。
そう思った時に、神殿の奥の扉がたたかれる。
そして、入ってきたのは、黒衣に銀の帯を締めた神殿長だ。黒衣に、銀の帯。この装いは、さまざまな神事にまつわる裁判を取り扱う審判者の装いだ。難関の国選の試験に受かったものだけしか装うことはできないものだ。神殿長がそのような装いをしている姿を見て、そんな資格を持っていたのか、と驚いた。
神殿長は、その鋭く、意志の強いまなざしを持って聖騎士たちを見やる。しかし、その奥にはまぎれもなく恐怖の感情が浮き沈みしている。
‥‥‥おそらく里長は、神殿長には真実を述べたのだろう。
神殿長の表情から、私は感じ取った。
審判者と記録官、そして巫女。
その姿だけで、何らかの神事裁判が行われることは聖騎士たちにもわかったようだ。
そしてその裁判で裁かれるのが、自分たちだということも。
いぶかしむように団長と呼ばれた男が私に向かって問う。
「‥‥‥何事だ」
かたい声で問う彼に私は答えた。
「今から神事会議を行います」
団長は、さらに問いを重ねる。
「だから、なぜ神事会議など‥‥‥」
「それをこれから説明します。よろしければ着席をお願いします」
私がそう言うと、しぶしぶといった感じで聖騎士たちは、礼拝に使っている座席に間を置いて着席した。それと同時に里長も少し離れた座席に腰を下ろす。
私は祭壇の前に向かい、そして審判長がいつもの神殿長の座席に、そして記録官である里長の息子がその下位に設けられた座席に着いたことを確認して口を開いた。
「神事会議がどういうものであるかは、もちろんご存知ですよね」
「‥‥‥ああ」
神事会議は、神殿の裁判に相当する。あらゆる神殿の決まりに反する行為を行ったものの咎をあらわにし、その罪を宣告するものだ。神殿に仕える聖騎士が神事会議にかけられることは、最も不名誉なことだろう。
会議という名が付いているもの、実際は裁判に等しい。罪の断罪は神殿に使える者が行う。それは巫女であり、神官であり、神殿に使える聖職者であれば、誰でも行うことできる。しかし、断罪するもの、されるもの、その二者だけであれば、断罪するものが私怨をこめて、やみくもに罰を与えてしまう可能性がある。そのために、審判者が存在する。審判者はその名の通り、その断罪が適切なものかを審判するもので、断罪を行うことはない。ただし、二者の意見を聞いて、最終の判決は審判者が行う。
‥‥‥しかし、今回その役割が正しく果されるかは、非常に疑わしいが。
聖騎士たちは、なぜ自分たちが神事会議に掛けられているのか、まったくわからないままに、神妙な面持ちで私を見る。
「では、始めさせていただきます」




