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第一話

はじめまして。初投稿になります。

つたない文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。


 

 それは三日月の夜のとばりが下りるころだった。


 あたりにはずっしりとした木々が立ち並ぶ。だが、鬱々とした気配はなく、荘厳と真直ぐに、その幹を天へ伸ばしている。その幹は太く、枝は高い部分でその葉を広げる。


 頭上では巨木たちの梢が揺れ、その隙間から黄金からまばゆい橙、そして赤、紫、紺と目まぐるしく移り変わっていった天空が見える。今わずかに紫を残す紺色がのぞいている。


 夜の闇が、徐々に迫りくる時刻だ。


 足元では短い下生えが風に吹かれて、がさがさとなっている。

 遠くでほのかに光る白いものは夜中にしか咲かない月光草の花だ。巨木に巻きつくように蔦を絡ませ、ちょうど今の時期は、仄明るく光る純白の花弁を開く。

 そして、甘くかすかな薔薇の香り。

 虫が盛んに音を奏で、遠くで鳥の静かな鳴き声がする。

 まさに夜が始まろうとする時刻だ。

 いつもと変わらない、穏やかな夜。


 だが。

 何かが絶対に違う。


 違和感に、私はその原因を探ろうとした。


 いつもとは違う。

 けれどその違いがはっきりとは判らない。

 どこか懐かしいような、けれどあってはならない気配。


 不愉快でないながらも、なんともいえない異物感に私は落ち着かなかった。

 そんな感じをこの身に覚えてから、家の中で落ち着くことなどできず、私は燈のないカンテラを持ち、石造りの小屋に背をながくもたせ掛けて、じっと周囲を眺めていた。そして、見渡してその原因を探ろうとながらく目を凝らしていたが、結局いままで何が原因かを知ることはできなかった。

 だからといって、覚えた違和感が減っていくこともなかった。やはりこのままではらちが明かない。原因を調べるためにも、私は小屋から背を離した。そして、非自然的な音を立てながら、山の頂へと向かう。


 もともと私の住まう小屋は、山の頂からわずかに降りたところにある。通いなれた道を、もう暗くなってきた道をたどる。私が毎日通るちょうど人一人分ほど下生えの踏みしめられた道をたどる。


 だんだんと薔薇のにおいが濃くなる。そして耳に聞こえてきたのは、わずかな水の音。50歩ほど歩いた時点で目的地に着いた。そこで私は、ぐるりと見渡す。


 もうあたりはすっかり暗くなっており、あまり遠くまで見渡すことができない。思い出したように持っていたカンテラの燈をつけて改めて見渡した。


 目の前にはカンテラの光を映し、きらきらと水面を輝かせる小さな泉がある。小さなといっても、その広さは大人10人が手をつないで輪になってくらいの大きさだろうか。その中心の水の湧き出る小さなさざ波が、カンテラの光を映しきらめいている。さらさらと、清涼な水の流れ出る心地よい音がする。

 泉の周囲から巨木たちは一線を引いて立っているようであり、今は暗くはっきりとはみえないが、緑の背の低い小さな野草が泉を取り囲み、身を乗り出すよう赤い薔薇が泉の半周にわたり咲き誇っているのだ。カンテラのわずかな光に、暗いながらも大きく花弁を開いた花が映し出される。におい立つ薔薇の香りは、さわやかに甘い。聞こえてくる水の音は清らかだ。

 泉と薔薇のおかげでここは少しだけ空が開いている。見える空はすっかり暗くなっており、宝石のような星が煌煌と光り始めている。


 私はもう一歩、泉に近寄り見渡す。


 泉と、水面に映ったカンテラ、薔薇、そして星をいただく空、周りを囲む泰然とした巨木たち。


 いつもと変わらない美しい景色。


 しかし、この身にある感覚は。


 絶対的な違和感。

 漠然とした異質感。


 ここは禁足地。

 足を踏み入れることができるのは、巫女であり、聖域の守護者である私だけ。

 それ以外のものはこの地にたどりつくことはできない。

 踏み入ることは許されていない。 


 今まで守護者以外の他者の侵入を許したことはない。


 美しい聖域を守ること、それははるか昔からの決まり。


 ジェムナンド山の山頂にある、泉のわきに咲き誇る大輪の薔薇たちを守るために、里で定められた掟なのだ。

 その花々は神々の恩恵。神々の息吹にふかれて、その花弁は深紅で、艶やか。そしてその香りは、甘やかで癒しだ。

 この薔薇の咲き誇る泉を含めて、ジェムナンド山の山頂は神々にささげられた聖なる場所であり、その神聖さを保つためにも、それをたたえる巫女しか足を踏み入れることが許されていない。


 そう、ここには私以外のだれも立ち入ることができない聖域。


 立ち入ることが許されていない神域。


 まさか、そんな。

 だけど。


 心が乱される。



 誰かが、ここに、踏み込んだ?


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