対吸血鬼戦闘
自分の行動に悔いたことはあるか?
自分の言動に嫌悪したことはあるか?
自分の態度に辟易したことはあるか?
おれ、的場 善路の人生、二十六年。
そんなこと一つもなかった。
ガキだったんだ。二十六年も生きてきて、『謙虚』って意味を知らなかった。
『あの事件』が起きるまでは。
今?
今は違うさ。身に染みた。
で、今回が、記念すべき二度目の『悔い』と『嫌悪』と『辟易』だ。
「何だ……このでたらめな幼女はよぉ?!!」
右手で銃剣のグリップを強く握った。
件のレミリア・スカーレット嬢を基点とし、空気が、紅蓮の色を纏い、渦巻いている。
俺は直感的にその場から大きく退いた。
何故かって? 彼女はとても怒っているように見えるからだ。そうとも、これはマジでヤバイやつだ。
「貴様、マトバとか言ったわね……」
スカーレットはややうつむいたまま、表情を見せずにそう言った。
「いい加減頭に来たわ。人間風情が……」
……どうやら、彼女の翼を触ったのが決定打になったようらしい。
いや、どうしようかこれ?
似たような場面にあの『鬼』とのいさかいがあったが、今頼れるのは俺自身のみだ。ここに博麗はいない。
「ちょうどいい機会だ。俺の力試させてもらう!」
自衛隊に入隊して七年間。俺はヒトを殺める術を磨いてきた。
そんな中で、ただ一つの疑問があった。
不謹慎なハナシ、俺はどのくらい強いのかって、疑問。
正直なトコロ、そう思ってるのは俺だけじゃ無いはずだという、確証。
他の自衛官だって、……いや、格闘家やどこぞの傭兵だって。とにかく、自分を鍛えている男なら、一度はそう考えるはずだ。
「来いよ、やってやる」
未知の相手への不安、恐怖。
それを上回る興奮、好奇心。
ーーそれらの感情は……
「っ!?」
圧倒的な力量差によって打ち砕かれた。
俺は今まさに戦おうと、両拳を構えた瞬間、眼前の吸血鬼は飛んだ。
比喩じゃない、ホントに飛んだんだ。
奴は十メートルはあろうという距離をたった『一歩』で埋め、俺の腹に拳を叩きこんできた。
「……っ……かっ?!?!」
俺はそのまま後ろの壁まで吹っ飛ばされると、無様な悲鳴と共に崩れ落ちた。
「何? 勢いがいいのは、威勢だけ? あれだけいきり立っておいて? はぁ……、見てるこっちが恥ずかしいじゃない……」
うぜぇ……。
早急に起き上がる。
体の節々が異様な悲鳴を上げ、奴の拳を喰らった腹部には力が入らない。
だが、内臓の損傷、骨折等の洒落にならない損傷は負っていないようだ。
流石、防弾チョッキ二型と、セラミックプレート。
糞重いが、44マグナム弾どころか、7.62ミリ小銃弾をも防ぐその性能は本物だった。
「うるせぇ、ガキだ」
俺は全力の強がりでそう吐き捨てると、床に唾をはいた。
「あら、平気なの? 意外とタフなのかしら?」
「……そう言うお前こそ柔いな。腕、ヤバいんじゃねーの?」
まぁ、レベルⅢの防弾チョッキをブン殴ったんだ。 前の妖怪みたいに、彼女の腕はぐちゃぐちゃに壊れている。
手首から五指の骨が突きだし、床を赤く染めている。
だが、スカーレットはたいして焦ることはなく、
「あぁ、これ? 貴方なかなかいい防具をもってるのね」
そう言って、無造作に指の骨を『元に戻し始めた』。
謁見の間に、白子をかき混ぜるような音が響く。
「ほら、戻った。これでどうかしら?」
そう言って、手首を俺に見せた時には腕は傷跡すらない、人形のように白い腕がそこにあった。
「……化け物」
「ありがとう、人間」
無理だ。理解した。こいつは素手でどうこうできる相手じゃない!!
はは。笑えてくる。彼女の言う通りだ。
あれほど粋がって、勝手に自分の力を過信して、それがこのザマだ。格好悪いにもほどがある。
……だが、腹が立つ。ムカつく。激しく気に食わない。
なあ、吸血鬼。俺がどれだけ厳しい訓練を積んできたか知ってるか? 知らないだろう。
ハイポートでゲロ吐いたことあるか? 障害走でぶっ倒れたことあるか? 今までまったく接点の無かった赤の他人に、泣くまで怒鳴りつけられたことあるか? 無いだろう。
……種族の壁ってのがあって、俺はお前に劣るかもしれんが、絶対に屈さないぞ。
「わ、悪かった、ミス・スカーレット。……非礼を詫びるよ」
俺はそう言いながら、さりげなくスカーレットに背を向け、ズボンに差し込んでいたリベレーターを抜き、実包を装填する。
その言葉に、彼女視線は敵からゴミを見るようなモノへと変わる。
「あらら、随分と可愛らしいのね。……で? 今更何を詫びるって?」
俺はスカーレットからの問いをあえて無視し、距離を詰める。
そうやって勝手に見下してろ、化け物。
方法なんてくそ食らえ。俺はお前にやられっぱってのが気に食わない。こっからは、喧嘩でも戦闘でもない、戦争ってやり方で、お前に報いてやる。
一歩、また一歩と奴に近づく。心の内を悟られぬよう、慎重に、慎重に。彼女に対する、偽りの畏怖と恐怖を発しながら。
そして、ついに距離は一足長。蹴れば届く位置にまで詰まり、俺は足を止めた。
「なんとか言ったらどうなの? 何を詫びるの? さぁ、さぁ、さぁ。さもないと、死ぬ時間が少し早まるわよ」
何がさぁさぁさぁだ。新教の教官みたいにねちっこい奴だな。
「そうだな……」
自然な動作で、それこそ腕時計でも見るかのような動きでリベレーターを抜く。そして――
「とりあえず、鉛はどうだ?」
俺はスカーレットに銃口を向け、笑いながら発砲した。
Izayoi,s side_
……………………
……………………………
「お嬢様っ!!」
油断していた。完全に虚を突かれた。
謁見の間全体に、重々しい銃声の残響が反芻する。
それに伴い、レミリアの頭は破裂した水ヨーヨーの如く弾けとんだ。
レミリアの体が崩れ落ち、件の外来人の全体が見えてくる。
その右手に持つものは――
「銃!?」
迷彩服に小銃を持っていることから軍人なのは承知している。一応、銃撃にも警戒していた。
だが、それまでだ。
本当に撃ってくるとは思ってなかったし、撃つ隙も与えないつもりだった。だがその結果、『小銃のみ』にしか注意を向けていなかった。自分の能力を過信し、ボディチェックをかまけていた。
これは『ミス』というより『必然』だろう。弾幕勝負が幅を利かせるこの幻想卿で、咲夜もレミリアも『軍人』の扱いにあまりにもなれていなかった。
「っ!? 待て、的場!!」
善路に目を向けると、身を翻し、後方のドアまで駆け出していた。
咲夜は声を荒げ、追撃しようと懐中時計に手を伸ばす。
しかし、 善路は咲夜に銃口を指向すると、
「ばぁぁんっ!!」
放たれたのは弾丸ではなく、ただの口鉄砲だった。
しかし、咲夜にはあの銃声とともに刻まれていたのだ。レミリアの脳漿が爆ぜる光景が……。
その結果、反射的に身を硬くしてしまい善路の逃走を許す事になった。
咲夜は慌てて再び懐中時計を手にした、その時、
「待ちなさい、咲夜。……あの外来人やってくれるわね」
倒れていた咲夜の主人が、床に落ちた自分の脳漿を握りつぶしながら立ち上がった。
…………………………
……………………………………
Matoba,s side
「はぁ、はぁ。やってやったぞ、クソッたれ」
俺は荒い息を吐きながらそう呟いた。
右手でのリベレーターからまだなお感じる、反動の残感。銃声。そして、あの光景。
ぶっちゃけちょっと吐きそうだか、……とにかく、今は逃げろ。全力で逃げろ。
なぜなら……
「マトバァァァァァァ!! 何処だぁっ!!」
「っ!? マジか、復活速すぎだろ!」
屋敷に全体をとんでもない声量の怒声が支配する。
この声は、恐らく先ほど俺が『射殺』した吸血鬼、レミリア・スカーレットのものだろう。
クソ。
あの化けもんの逆鱗に触れる前に、思い出しとけばよかった。
ここは『紅魔館』だ。森近から聞いてたが、大分初めのほうに言われたので忘れていた。
主要メンバーは五名。名前は忘れたが門番と、ぱ…………何とかノーレッジとか言う魔法使い。
そして、さっきのメイド長『十六夜 咲……夜?』だっけ? ホストみてぇな名前だな……。
そして館主、レミリア・スカーレットと……、はて? あと一人誰だっけ? 確か、一番ヤバいって話してたようた……
「マトバァ!」
「おふぅ?!」
また、スカーレットに名を呼ばれ俺は身震いする。
「覚悟しておけ! 咲夜や配下は使わん!! 私直々に踏み倒してくれるわ、ゲスが!!」
……直々に踏み倒しに来るらしい。
「……どーも」
俺は多少の反骨精神を忘れないために、ものすごい小声でそう呟くと、走るスピードを速めた。
俺、彼女らと戦う気はさらさらありません。
吸血鬼と魔法使いと妖怪を誰がまともに相手するか、バーカ。
で、森近の話しじゃあの『メイド長』は時間を操れるって話しじゃないか。……妖怪と大差ねーぜ。
とは言うものの、逆に考えれば、それほどの戦力を有する化け物連中を撒いて、人里までたどり着かなければならないと言うことだ。
……大丈夫か? いや、全然大丈夫じゃない。お腹いたい。
……兎に角、脱出だ。この紅魔館から逃げ出さないことには、何も始まらない。
「……?!! って、あぶねぇ!!」
「きゃぁ!?」
丁字路を左折しようとして、対面からきた妖精とぶつかりそうになり、爪先を踏ん張って何とか衝突を避ける。
「うぇぁ、ご、ごめんね!」
俺は簡潔に謝罪すると、再び走り出した。
「……待てよ」
よく考えれば、今のは結構マズイのではないだろうか?
確かに、スカーレットは『配下は使わない』と言っていた。しかし、それを信用するのはお門違いだろう。
……つまり、この館の主要メンバーどころか、そこら辺の妖精メイドにすら見つかるのはマズイ。
だが、この広大な敷地、相手方の人員数……。
誰にも見付からずにこっそり紅魔館を抜け出すことは不可能だ。
「どうするか……。兎に角、ボーッとするのが一番良くない。逃げるか隠れるかしないと……」
俺は小走りでそんなことを考えていると、階段が見えてきた。
そして反対側の通路から話し声か……。
ちっ、降りるしかないか。
落ち着け。まず、現状を確認してみよう。
『状況付与』
俺、的場 善路は紅魔館の館内にて半隔離状態である。
当面の行動は紅魔館からの脱出に全力をそそぐ。
爾後は、要すれば当日中に『人里』まで前進すること。
『敵勢力』
レミリア・スカーレット、十六夜 咲夜を中心とする紅魔館全員。
レミリア・スカーレットは俺を鋭意捜索中である。
総員高い戦闘力を有する為、戦闘は適切ではない。
『被我の人員』
的場 善路、一名。
『装備、装具』
弾帯、弾倉四つ、携帯エンピ、水筒、救急品、背納、鉄帽、防弾チョッキ、雑納。
『武器』
八九式小銃、銃剣、リベレーター。
『弾薬』
45ACP三発、三種類のホローポイント弾。
「ちょっと厳しいかな?」
俺は眉間に皺を寄せながら、リベレーターの弾薬を再装填しようと薬室を解放するも、空薬莢が撃発の熱膨張で薬室内に張り付いてしまっている。
「……なんだこれ? どーやって空薬莢退けるんだ?」
俺はぶつくさ文句を呟きながら階段を降りて行った。
……しかし、この階段、やけに長いな。