I got it
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Matoba's side_
「ちょっと待って!! どうしたんですか!?」
俺は適当に一人つかまえると、そう質問する。
彼らは何かから逃げている。
俺はそう直感した。
十六夜と口論している最中、窓に目を向けるといきなり人の流れが速くなった。
誰もかれもが、一定の方向に走って行き、時折元来た道を振り返っている。
その表情は余裕がなく、彼らは確実に極度の興奮状態にあった。
「うるさい手を放せ! 妖怪が出たんだ、アンタも逃げろ!!」
俺が肩に手を掛けると、彼はそれを乱暴に振り払った。
そのまま走り去ろうとする村人を強引に引き止め、その恐怖に濁った目を覗き込んだ。
……彼からすれば、大変ウザイ行動だっただろうが、仕方ない。
戦術において、情報はある意味技術よりも大切だ。
「はぁ、妖怪!? この人里にですか!?」
「放せって鬱陶しい! そうだよ、この先の通りだ!」
「自警団に連絡は!?」
「…………そ、それも込みで俺は現場から離れてんだ!! いいから退け! ぶっ殺すぞ!!!!」
彼は激昂し俺の腹を殴った。
「……っ!」
完全に不意を突かれた俺は、腹部を庇いながら数歩後退する。
その隙に彼は走り出し、路地を左折して姿を消した。
「そうか、電話……。連絡手段すらないのか……!」
特定の連絡端末がない。
さっきの男が本当に自警団に要請を出すか不明だが、どちらにせよ出動は当分先だろう。
そして、『自警団』と言うワードに嫌なことを思い出した。
『名前は大層なものだけど、結局はボランティア』
いつだったか……。十六夜の言葉だ。
そしてその次が、竜二の十六夜への対応。
なんか、当店をご利用いただき云々ってやつ。
まぁ大体想像はついていたが、この会話から察するに、自警団は完全に市民団体。専門家ではない。
つまり戦闘能力含め、自警団の力量は……不明。
俺は一瞬で自警団を戦力から除外し、虚空を睨みつける。
この場で、戦闘の知識があって、現状を打破できる者。
それは……。
「クソ。分かったよ……、行きゃいいんだろ!! ……おい、十六夜、フランさんはまだか!? 頼む手を貸してくれ!!」
俺は旅館の中に引き返すと、声を張り上げた。
……は、いいが、それから少しして下に降りて来たのは十六夜だけだった。
「おぉぉぉいっ! フランさんは!?」
俺の切羽詰まった声に、彼女は大変嫌そうに顔をしかめた。
「うるさいわね。妹様ならご就寝中よ。邪魔したら……分かってるわよね?」
「はぁ!? まだ昼だぞ。お子様が今頃オネンネしてんじゃねーよ!」
「……あのね、妹様は吸血鬼なの、忘れてない?」
「…………忘れてた」
参った。早々に最高戦力がダウンだ。
なんだったか……、日光を浴び続けると灰になるんだっけ?
「……ちょっと、さっきから何を焦っているの?」
流石に異常を察したのか、十六夜は怪訝そうに俺の顔を覗き込んできた。
「妖怪が出た。村人を襲撃しているらしい」
「……何ですって!? 場所は? 早く行くわよ!!」
彼女はそう言って、両手にナイフを握り、俺に先を促した。
……十六夜は、スカーレットの手先だ。
しかし、彼女は戦ってくれると言う。
見ず知らずの人間を守る為に、武器を持ってくれると言う。
彼女を信用してはいない。だが、信頼できる人間だと、俺は確信した。
……それが分かっただけで、とても肩が軽くなった。
「あ…………、いや、君はここに残ってくれ。フランさんを残してはいけない」
一瞬、意味も無く『ありがとう』と言いかけて俺は口を噤んだ。
一方、十六夜は顔を不満げに歪ませ、俺を睨んでくる。
「あんた一人で何ができるって言うの? それに、妹様はそんなに簡単に………」
「そうじゃない、心の問題だ。失礼を承知で言うが、彼女はまだ子供だ。目覚めた時に安心できる存在は必要なんだ。フランさんには君が必要だよ、『咲夜』」
咲夜は少し間が悪そうに歯噛みすると、ナイフを太もものホルダーにしまった。
「………好きにすればいいわ。妹様を悲しませないでね。人里、まだ案内してくれてないでしょ。Got it?(分かった?)」
「Yes.I got it.(あぁ。俺に任せろ)」
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人里東部 村落。
そこには三人の人型妖怪達がたむろしていた。
男女一人づつ。更に女の子供型が一人。
周りには幾重にも折り重なった人間の死体で溢れ、むせ返る程の血の匂いが漂っている。
彼ら(死体)たちの表情は皆、苦悶の表情を浮かべている。
理不尽な暴力への憎悪と恐怖で、凄惨な最期を迎えたモノ特有の表情。
そんなことはつゆ知らず、妖怪達は皆幸せそうに人間を咀嚼している。
「あ、お父さん。そのお婆さんの足取って!」
少女の姿をした妖怪が、老婆の死骸を指し、もう一人の妖怪がその足を丁重に切り取って彼女に手渡す。
「ほらよ。しかし、……悪食だなお前。新鮮な子供や乳飲み子だって、いくらでも転がっているだろ」
「何言ってんの。この枯れた食感がいいのよ。第一、好き嫌いは駄目だよ。人間さんにも命があったんだし、人を食べることが出来ない妖怪だっているんだよ。……ちゃんと感謝して食べて」
その言葉に女の妖怪が、感慨深そうに同意を示した。
「そうね。ホントにこの子は慈悲深い子ね。あなたも見習ったら?」
そう言って彼女は優しい笑顔で子供型の妖怪の頭を撫でた。
「えへへ。ありがとう、お母さん!」
その様子を見ながら、男型の妖怪は苦笑いしつつも、内心では大きな充足を感じていた。
「あー、分かった分かった。そうだな人間さんにも感謝しないとな」
「うんっ! お父さんよくできました。……それにしても、お兄ちゃん遅いね」
「ウンコだな」
「ちょっと、あなた食事中よ。きっとあの子、『合わない人間』を食べたんだわ。その内戻って来るわよ」
体中を人間の血で汚しつつ、宴は続く。
ただ、そんな彼らを物陰で観察する不審な影があったことは、当人たちは気付いていなかった。
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Matoba's side_
なんて事だ。
三人の妖怪……? いや、妖怪だ。間違いない。
人間の死体を悠々と食している姿から、俺は奴らを妖怪と断定した。
しかも、先程からの会話から察するに……。
「家族……か」
彼らの表情、団欒を見ていると『決意』が揺らぐ。
特にあの子供の妖怪は、人間で言う十代にも満たない外見だ。
だが、彼らの周りの――――殺された人間たち。
その中には、まだ本当に幼い子供……、いや乳児だっているのだ!
母親らしき人物の亡骸の腕の中に納まりながら、目を半眼に開いて、泣いていない。身じろぎ一つしない。恐らく、息さえしていない!!
何が『人間さんに感謝』だ! 気持ち悪いんだよクソ野郎!!
よし、まずは友釣り戦法だ。
兄貴がどうこう言っていたから、確かどこかにまだ奴らの子供がいるはずだ。
会話から察するにどうやら腹を下したらしい。どこぞでクソでもしているのだろう。
いくら奴らが社会に属さないからと言って、野グソをまき散らす事はないだろう。
と、なれば家の便所を使うと思いたい。
妖怪にも人間と同等の感性がある事は大体分かって来た(種にもよるだろうが……)。
近場に家はあるが……。
まぁ、クソごときでわざわざ遠くの家まで行かないだろう。
俺は適当に、奴らの近場にある家を見て回る事にした。
二件目、三件目と素早く、用心深く奴らの子供を探す。
……しかし、発見できず。
時間と焦燥だけが募る。
この世界の文明基準から水洗式のトイレは無く、すべて屋外にある汲み取り式。
言い方は古いが、ボットン便所ってやつか?
いちいち家に入る手間は省けるが、必然的に屋外を徘徊する頻度が増え、奴らに見つかる可能性も高まる。
三件目を捜索し終えた時点で、一瞬奴らに目を向ける。
幸いにもまだ『お食事』の真っ最中だ。
……いつまで持つか?
兎に角、四件目に向かおう。それ以上見つからないのであれば、他の方法を探すしかない。
だが、『他の方法』とやらが見つからないのが現状だ。
俺は祈るような気持ちで四件目に足を運んだ。
だが、それがまずかった。
「あれ? おじさん……誰?」
俺が便所を探しに四件目の民家に入った瞬間、目の前に見知らぬ男の子と鉢合わせた。
男の子と言っても、十代半ば程だろうか?
彼は少し顔を歪めて腹部を抑えており、口や服には大量の肉片が――――
こいつだ!!
「やぁ。お腹を下したんだよね? 私は君のお母さんの知り合いなんだが、君の調子を見て来る様に言われてね」
……相変わらず、頭の悪い言い訳だと思ったが、こういうのは内容より、瞬発力が重要だ。
『本当かよ?』と思う内容でも、能面で淡白によどみなく口から出してしまえば、相手は一瞬思案してしまう。
ウソは迷わず堂々と、だ。
「え? ……母さんの?」
『お前は誰だ?』と言う疑問よりも、家族の情報を俺に出され、案の定奴は家族がいる方向を盗み見た。
その隙を逃さず、俺は奴の背後を取り……、首を一気に締め上げた。
「……、!? っ…………っいっ、ぎ……ぁ!」
裸絞め。
人間なら、ものの十数秒で無力化できる。
だが、奴の顔が小さく、俺の方が圧倒的に体格が良かったことも相まったのか?
こいつの顎が邪魔して、完全に裸絞めが決まらない。
……こいつ、想像していた以上のパワーだ。少なくとも、俺と同等とそれ以上の腕力。
まぁ、この状況で押し負けることは無いだろうが、時間も無い。
一気に決めるか。
俺は一旦、腕の締めを緩める。
それに安堵したのか、奴の体から一瞬力が抜ける。
「馬鹿か? 逃がすわけないだろ」
俺は耳元でそう囁くと、今度は首を絞めていた奴の鼻に回し…………一気にヘシ折る。
「い? いぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
声にならない悲鳴と共に、顎が突きだされ、奴の首が完全にあらわになる。
そこで再び完全な裸絞めを喰らわせる。
「なぁ、妖怪のガキ。詫びる必要は無い。お前は生きる為に……食べる為に人を殺した。そうだろ?」
俺は奴の耳元で再び囁く。
段々と力は無くなり、多分俺の声は聞こえていない。
「ぁ———―———————―……」
「お前は運が悪かっただけだ。……まぁ、次は頑張って生きろよ。――――来世でな」
俺は完全に脈がなくなってからも、強く、全力で、しっかり五分間首を絞め続けた。
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Kmishirasawa's sade_
活気のある人里中部に慧音が教師を務める寺小屋はあった。
今日は週の初めの正午。昼食時を少し過ぎた頃か……。
いつもなら、『食休み』と言う概念のない元気で無邪気な子供たちの声で溢れているはずの教室はシンと静まり、重苦しい沈黙だけが辺りを支配していた。
その教室の教卓に座り、慧音は一人虚空を見上げる。
『教卓』に座るなど、子供たちの前では絶対にしない。
だが残念ながら、模範を示すべき生徒がいなければ、その立派な道徳も形無しか……。
現在、寺小屋は休校中だ。
妖怪による治安の悪化に加え、自身が預かる生徒が『あんな事件』を起こしたのだ。
この時期の休校措置は、陳腐だが、妥当かつ正当な手段だと言えるだろう。
「……クソ」
つい、慧音の口からそんな悪態が出るが、誰に向けたものでもない。
この怒りと不安を向ける捌け口が見つからない。
自分に向け、安直な自虐に走るほど落ちぶれてもいない。
この数時間、首を絞めていた生徒の言葉が気になって仕方がなかった。
これがあの外来人……、的場の言っていた『歪』なのだろうか?
被害にあった生徒はおとなしい人柄ではあったが、いじめられる程陰湿でもなく、時たま他の生徒とも遊んでいた。
では、首を絞めていた生徒は?
彼は元々自我が強い子供だったが、……あんなことをするなど……。
だが頭で否定するも、現に慧音はその現場を見たのだ。
狡猾に、大人の目を掻い潜る、ずる賢い様を。
加害者の生徒の『ある言い分』ならばやはり、妖怪による襲撃が大きいだろう。
それにより疑心暗鬼になっている。
……だが、対策は困難。
いくら人里の警備を厳重にしても、妖怪は忍び込んで来る。
村を封鎖しようにも、『賢者達』の合意を得られない。
手詰まりなのだろうか?
もう時間がない。
これでは、『共存』などできるはずが―――――
「慧音さん!! どこです!?」
「っ!?」
思考に押し殺されそうになっていた慧音は、自分を呼ぶ声に我に返った。
寺小屋内からではない。
……誰だろうか?
少し思案すると、もう一度自分を呼ぶ声が聞こえ、そこで思い当たった。
恐らくつい先日、知り合ったばかりの人物だ。
「わ、分かったからあまり声を出さんでくれ、的場君!」
慧音は窓に近寄り、声が聞こえた方の窓を急いで開ける。
すると、そこには思惑道理、『森色の外来人』がいた。
彼は息を切らしながら顔を上げると、背中の銃を気だるそうに担ぎ直した。