Those who explore the truth
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scene
陸上自衛隊第54普通科連隊 98号舎三階警務隊執務室
「ですからね、って……北村三尉聞いてます?」
「ふぁ~あ……あ? うっさい」
自衛隊警務隊長の北村は、部下である小森二曹の不満げな声を突っぱねると、椅子に座ったまま大きく伸びをした。
時刻は丁度1250時を回ったところだ。
あと十分もせずに、昼休み終了。
昼休みが終わると嘆くか、終業が近付くと気合入るか。
色んな気持ちが入り混じる複雑な時間帯だが、北村は前者である。
そんな貴重な昼休みにつまらない話をぶっこんで来る小森を若干うっとおしく思いながらも、一応耳は傾けてあげている北村だった。
「……流さないで下さいよ。ですから、あれですよ。日本の体積と質量が、実際より大きいし、ずっと重いって話です」
「……はぁ、あっそう。また、しょうもないネットの噂話に影響されたのか?」
小森は優秀な男だが、こういった根も葉もないゴシップが大好きだった。
それを他人に擦り付けてくるため、時折めんどくさい奴になる。
実際北村の反応は悪く、ほぼ会話一方通行の不毛な時間が過ぎてゆく。
そんな上司の反応に小森は不満そうに腕を組み、首をすくめてみせた。
「北村三尉、どうしたんです? これが真実なら大ニュースですよ」
「だからなんだってんだ。証拠もねーのに……」
北村が何気なく放った一言に、小森は目を輝かせながら、自分のスマートフォンを取り出した。
「証拠ですか!? それならこれを見てくださいよ!!」
会話を終わらせたかっただけの北村は、小森にばれない様に軽い舌打ちをすると、嫌々スマホの画面をのぞき込んだ。
どこかのブログだろうか?
その飾り気の無いページには、よく分からない数字の羅列が映し出されている。
一応説明文みたいなものもあるが、読むのも億劫なので北村は直接小森に問うた。
「あー……、何だこれ?」
「これがその『証拠』ですよ」
「……内容を説明してくれ。手早くな」
「はいはい。……え~っとですね。まずこの37万8千K㎡が日本の面積。で、こっちの395mが日本の平均的な陸地の標高です」
「お、おう。……この話、長くなるか?」
残りの昼休みが潰されるかもしれない、と言う危機感を覚えた北村だったが、小森は聞いていない。
完全にゾーンに入っている。
「と、言う事は日本の体積は、3.78×10の五乗×0.395です。計算すると、あー……約15万K㎥ですね」
小森は、さも自分で考えたかの様にどや顔で言っているが、全てページを呼んでいるだけである。
その事に北村は呆れつつも先を促した。
「日本の体積は15万K㎥ね。……で?」
「はぁい! ここからが面白いんですよ。それで、改めて今の技術でこの日本を計測してみると、なんと! 体積にして2805K㎥も足らない事が分かりました!」
「なんじゃそりゃ? どうやって計ったんだ?」
「ん~。なんか、『3Dプリンター』ってあるでしょ? その技術を応用して人工衛星に乗っけて日本をスキャンして、そっから全都道府県の面積を引いたら、2805K㎥足らずだったらしいですよ」
「15万と2800……。大した誤差じゃない様に思えるが?」
「確かに数字ならそうかもしれませんが、逆算すると面積は7100K㎡。これは高知県丸々一個分の大きさですよ」
「……高知県? 確かにデカいな」
謎の2805K㎥の立地。
とりたてホラーと言う話題でもなかったが、もう季節は春だと言うのに北村は薄ら寒い気配を感じた。
「ね? ヤバくないっすか?」
目をキラキラさせ、顔を覗き込んで来る小森を押しのけ、腕時計をみる。
時刻は1301。
とっくに昼休みは終わっている。
「はいはい、ヤバイな。分かったから、手ぇ動かせ。仕事だ、仕事」
ブツブツと文句を言っている小森を追い払うと、北村は業務用PCのマウスを握った。
スリープを解き、作りかけの資料に目を落し、『はぁ、あと四時間か』と脳内で愚痴を放った時、入り口の扉をノックする音が聞こえた。
「ん? はい! どうぞ、開いてますよ!!」
北村はPCから目を放さずに応答する。
「第三中隊野上一士、入ります!」
威勢のいい声と共にドアが静かに開かれ、一人の隊員が入って来た。
一等陸士の階級を付けた彼は、北村に整体する。
「敬礼省略。……何かな?」
北村は一端、業務を止める。
「はい、面会されたい方がいるので北村三尉をお呼びするように、と……。二課長からです」
「二課長? ……矢間三佐か。場所は?」
「本部隊舎の一階会議室です。ご案内します」
「すまんね。しかし、わざわざ来なくとも内線でよかったのに」
「あ、いえ。直接お呼びする様にいわれまして……」
「ん? そうか……。ところで、面会……とは、誰かな」
北村からの質問に野上は、一瞬困った様に視線を彷徨わせる。
「……自分もよく分からないのですが、公安調査庁の方だと」
その言葉に、『北村三尉、ついにやっちゃったっすか?』と部屋の隅から小森の茶々が入るが無視を決め込む。
公安調査庁。
国内外の危険思想、テロ組織を調査、分析する治安・情報機関だ。
「小森、あとは任せる」
「分かりました! 北村三尉、豚箱の中でも気を落さず、強く――――」
違う、そうじゃない。
――――と、反論する気力が無かったので、取り敢えず小森の頭を一発ぶん殴り、北村は部屋を後にした。
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野上に案内され、北村が会議室に到着する。
尤も、この場所は会議室とは名ばかりで現在はあまり使用されておらず、年に二回の陸曹候補生選抜課程二次面接で使われるくらいか。
北村自身、この場所に入るのは初めてのことだった。
「北村三尉、自分はこれで失礼します」
「おぉ、ありがとう」
野上は一礼すると、元来た道を歩き出した。
「さて……。失礼します!」
北村はドアを三度叩き、返事を待たず中へと入る。
何もない部屋だった。
奥のパーテーションで仕切られた一角から、無数のパイプ椅子が顔を覗かせている。
故に、部屋の中央にスーツに身を包んだ二人の女性が椅子に座っているのは嫌でも気が付いた。
若干気おくれ気味な北村を捨て置いて、二人の女性は椅子から立つと、揃って頭を下げる。
「お忙しい所申し訳ありませんわ、北村三尉。私は公安調査官、調査第一部六課の『八坂 紫』と申します」
「同じく、『洩矢 藍』です」
「いえ、どうもお疲れ様です。……いや、深い意味はありませんが、女性でしたとは……」
「ふふっ、よく言われます。あ、どうぞおかけ下さい」
気難しい人物ならセクハラと取られてもおかしくない発言だったが、彼女――――八坂はにこやかな笑顔で笑うと、北村に席を勧めた。
北村は彼女らに頭を下げ、席に座ると洩矢が鞄からいくつかの書類を取り出した。
そして、鞄を再び床に降ろすと同時に北村は口を開いた。
「……本日はどういったご用件で?」
「はい。えーっと、……まずはこちらを」
その問いに、洩矢が手に持った書類を数部、北村に手渡した。
「……ん? これは……脱柵者の資料ですか?」
北村は手早く内容を確認する。
名前は『的場 善路』、26歳。当駐屯地に勤務していた陸士長。
資料には、部隊、入隊するまでの略歴や章罰、勤務成績、更には知能検査、職種適性検査の結果までもが事細かに記載されており、最後には彼の写真がデカデカと映し出されていた。
凄まじい個人情報の羅列に、『俺が見ていいの?』と困惑する北村に八坂がにこやかに問うた。
「この彼、的場 善路さんについて少し質問させて下さい」