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Self-determination

…………………………………

………………………………………………


Kamishirasawa’s side_


「まいった……。どこにいったのだろうか?」

 現在、朝の八時半。

 慧音は、的場 善路のことなどすっかり頭から抜け落ちている。

 それもそのはず。

 前日に用意したはずの数学の教範が見つからない。

 朝礼まであと十分弱。

 教師である自分が遅刻してはどうしようもない、と彼女なりに焦燥の渦に飲まれていた。

 それから二分間、自分の机を引っ掻き回し……。

「あぁ、あった……。あったぞ!!」

 ひきだしの裏に挟まっていた教範を見つけ、ホッと一息ついた。

 朝礼まであと七分半。

 茶でも飲もうかと思ったが、慧音はそのまま席を立つ。

 少し教室に行くには早いが、何となく『行かねばならない』気がした。

 その理由は釈然としないが、生徒たちとの無駄話もたまにはいいだろう、と教室に向かう。


 慧音がこの教職につくようになって暫く経つ。

 当初は人里の警備を生業にして来た慧音にとって、子供達との交流は一種の薬になった。

 上白沢 慧音は半妖である。

 寿命は他の人間に毛が生えた程度だが、彼女元来の『ある能力』は非常に強力で、人間には昔から頼りにされていた。

 だが、半妖と言う自身の生い立ちからか、両種から板挟みにされることも何度かあった。

 そんな彼女の心を癒してくれたのが、寺小屋の子供達だ。

 慧音は気真面目だが根は寛容で教職にも熱心だったので、寺小屋を卒業した後も親しい関係を持った元生徒も多い。

 顔には出しはしないが、心も足取りも軽い。

 

 ―――――しかし、慧音が教室に着き、扉を開ける手が止まった。

 軽い違和感。

 それは、教室から聞こえる子供たちの声が『(やかま)しすぎる』のだ。

 これまで慧音は朝礼きっかりに来ていた時は、どの子も大人しく席についていたはずだが……。

 だが、彼らはまだ子供だ。

 大人がいない時はこんなものだろうと深く考えず、むしろ微笑ましいくらいに思い、扉を開けた。


「おはようみんな。今日はなんだか元気が………………!!? おいお前たち! 何をしている!?」


 これまで子供を叱ったことは何度もある。

 だが、それは教師としての懇切公平で慈愛心に(のっと)った『指導』であった。

『こんなもの』を見せられては彼女も正気ではいられず、今回ばかりは本気の『怒声』を上げた。


 床に倒れている生徒に、一人の生徒が馬乗りになり、両手で首を締めあげていた。

 倒れている方は、首から上に酸素が行っていないのか、顔や唇が薄らと青白い。軽いチアノーゼ状態だ。

 そんな彼らを数人が取り囲み、無責任な野次を送っている。

 

 その顔の、何と楽しそうなことか。


 慧音は早急に馬乗りになっている生徒を引きはがし、『被害者』に駆け寄った。

「大丈夫か!?」

 懸命に介抱しようと身を起こすが、返事がない。

 代わりに、えらく小刻みに首を上下させている。

 心臓の鼓動が速くなり、脳に血流が開始されると同時に、視界が激しく揺れて見える。

 手っ取り早く言うと、彼は絞殺される直前であった。

 一方、他の生徒たちは、われ関せずといった様子で、気まずそうに視線をそらしている。

 その態度が再び慧音の逆鱗に触れた。


 だが、彼女が怒鳴る前に、一人の生徒が――――



……………………………………

…………………………………………………


Matoba's side_


「……もー、遅いよゼン君。どこ行ってたの?」

「妹様、放っときましょう。きっと、彼も疲れているのですよ。『運動』のし過ぎで……」

 ようやっと解放された俺が、件の旅館の前でタバコを吸っていると、フランさんと十六夜が入り口から出て来た。

 ……うん、十六夜め。

 どこに行くのかやっぱり察していたのか……。


 俺はタバコをもみ消し、吸殻を携帯灰皿に放り込むと二人に近づいた。

「おう、御両人。どうだった旅館は?」

「あ、楽しかったよ!! こーんな大きな露天風呂入って、すごいお料理食べたの。何だっけ、ヤツメウナギ? 美味しかったよ!」

 フランさんは実に楽しそうに、目を輝かせながら俺にそう語った。

 ……よっぽどこの里が珍しい様だ。

 よそ様のお家事情に口を挟む気はないが……、レミリア・スカーレットには相当長い間軟禁されていたと聞く。

 Fuckin cunt(和訳不可能)だな。

 つか、ヤツメウナギって、あのヒルみたいな気持ち悪い魚?

 ……え? あれ食えんの?

 その後も、フランさんは和やかに笑いながら十六夜と談笑している。

 十六夜は、彼女の話に時折相槌を打ち、俺には一生向けられないであろう優しい笑みを浮かべている。

 

 ……いやしい話だが、俺は当初フランさんを利用し、尚且つ疎ましく思っていた。

 だが、今は――――

 俺はおもむろにフランさんの頭の上に手を乗せ、髪を梳くように撫でた。

「楽しかったっスか?」

「……うんっ!!」

 俺の行動に暫くきょとんとしていたフランさんだったが、満面の笑みでそう答えた。

 


……………………

…………………………


 一旦、旅館の中に入った俺は、荷物を全て部屋に降ろす。

 念のため、八九式小銃と装具、銃剣。そしてリベレーターのみを持ち、その他はフランさんに見て貰っている。

「大分身軽になったわね」

「あぁ、ずっとアレを背負い続けると流石に肩が凝る」

「私としても有り難いわ。暑苦しいし、あの格好」

「だろうな。……あのぉ、タバコを……」

「吸っていいから、さっさと要件をいいなさい」

 俺は旅館のフロントに十六夜を呼び出した。

 彼女は椅子に座り、足を組み、体を斜にして机に頬杖をついている。

 ……フランさんといた時とは別人だな。

 こっちが素なのか、それとも俺が嫌われているだけか……。

 俺は苦笑いをしながら、タバコに火を付けた。

「……実は聞いてもらいたい話があってな」

「知ってる。だから呼び出したんでしょ? ……てか、部屋じゃダメだったの?」

「あぁ、少し言いづらい」

 勿論、あの夜の事だ。

 朝の、西村とのいざこざも含め、俺はある決断をした。

 ……十六夜は性格はきついが悪い奴ではない、と思う。

 ぶっちゃけ俺的には敵サイドの人間だが、彼女には言っておくのがケジメと言うやつだ。

「何? 早く言いなさい。妹様をお一人にしておけないわ」

 十六夜からの催促に俺は、やや混乱する。

 どうやって切り出そうか考えている最中だったので、頭の中で話がまとまらないまま反射的に口を開いた。

「い、いや。フランさんにはあまり聞かれたくない話で、昨日の夜の……遊郭での話なんだが……………って、おい!!」

 ふと目の前のを見ると、十六夜がいつの間にか出したナイフを逆手に握っている。

 彼女の目は完全に冷めきっており、何故かかなりご立腹な様子だ。

 俺は訳も分からずあたふたしていると、十六夜がボソッと口を開いた。


「やっぱり切り落としておくべきだったかしら? 玉ごと」


 俺は反射的に自分の玉をおさえた。

 今、俺の袋は……あれだ。冬場ってすごく縮むじゃん? 

 あんな感じになっている。

「な、何考えてんだ!? アホか!!」

「黙れ、変態野郎」

 ……変態野郎?

 こいつは何を勘違いして……………あ。

 俺は気付いた。

 そうだ、十六夜は俺が遊郭にいくことを察している様子だった。

 で、彼女はあの遊郭であった事件を知らない。

 それを踏まえて、俺がさっき言った言葉を振り返ってみよう。


『フランさん(小さい子)には聞かれたくない』

『遊郭での話なんだが』


 ダメだ、アウトだ!! 

 これでは、知り合って間もない女性に自分のプレイを暴露しようとしている様にしか聞こえない。

 

「ちょっと待て、お前は激しい誤解をしている!!」

 周りの客から白い目で見られつつ、十六夜を説得するには三十分ほどかかった。


…………………………………

………………………………………


「……悪かったわ。まさか、この人里がそんな事に……」

 俺は遊郭での出来事を十六夜に話した。

 彼女は気まずそうに眼を伏せる。

「……十六夜、君は以前から人里との交流があったんだろ? 何か……こう前兆のようなものは?」

「いえ、分からないわ。買い出しに来ると言っても一月以上間隔が空くし、そもそも積極的に人と関わろうとは思っていなかった。……霊夢に言うべきかしら?」

 ……霊夢?

 博麗の事か。

「……異変の解決は博麗の仕事だと聞いたが、大丈夫か? 彼女が特別な存在だとは聞いたが、まだ子供だろ」

 自分一人で解決できるとは到底思えないし、『子供が戦うのは可愛そうだ』と言う主観を押し付ける気はないが、どうも気おくれする。

 これは、西村も言っていたことだ。

「どちらにせよ、物事には順序があるわ。あなたも、いきなり連隊長とかに報告せずに、まず直属の上司を通すでしょ? この幻想卿では、まずは博麗を通すのが筋ってわけ」

「……それは、まぁそうだが。その間に何人死ぬか………。まず、人里の状況がマジでよくない」

「だから、それは自警団と霊夢を――――」

「違う、物理的な防護策の話じゃない。もっとこう……、政治が絡む」

「政治? 人里の?」

 俺は十六夜からの問いに頷いた。

「そうだ。……俺の帰りが遅かった理由と直結するんだが、俺は人里のお偉いさん方と話し合いがあってな。なんつったかな? 解放協議?」

 俺の言葉に、十六夜は僅かに目を見張る。

 足組と頬杖を解くと、俺に顔を寄せて来た。

「解放協議って、……簡単に言えば人里の役員会みたいなものじゃない」

「……株式会社かな?」

「うるさい。簡単にって言ったでしょ。で? 何で外来人のあなたが……」

「あー……色々とあった。あんまり聞かんでくれ」

「信用されてないわねぇ」

 十六夜の声に俺は困り顔を浮かべると、彼女は気まずそうに苦笑いを浮かべた。

「ごめんなさい、茶化す場面でもなかったわね。……それで?」

「あぁ。……そこから色々と見えて来たんだが、あ――」

 俺は残り五ミリを切ったタバコをもみ消すと、天を仰いだ。

 協議の内容を思い出す。

 と、言っても、内容が強烈すぎてとても忘れられなかったが……。

「話せることだけでいいわよ」

「勿論だ、が……。いやこの世界って、結構ガバガバだよな」


 議題に上がったのは人里の保護案だ。

 これから見えたのは日米安保条約も霞むほど、人間は妖怪に依存してるってことだ。

 まぁ、力量関係上仕方ないかもしれないが、経済、治安、政治に至るまで相当長い間妖怪の干渉を受けて来たようだ。

 言うなれば、『お前らには極力手は出さない、だから従え』と言わんばかりに。

 妖怪と言う管理者の下、人間は統制される。

 故に、人里は基本的に共産主義に近い。

 資本がないから、競争心が生まれない。

 だから文明レベルも、何代経っても現状維持。

 皮肉な話だが、インターネットも人工衛星もロケットも、全て人間の死体を踏み越えて――――つまり、戦争から出来たものだ。 

 戦争を肯定するわけではない。

 しかし、みんなお手々繋いで仲良くゴールってか? そんなの気持ち悪いね。

 他人に負けたくないのは当たり前。不平等は当たり前。

 敗者がいるから、勝者がいる。

 だが、妖怪と言う強力な上位種が人類同士の競争を阻害する限り、この現状からは抜け出せない。

 で、数は不明だが、現状に納得できない人間も出て来る訳で。

 外来人がこの幻想卿に一定数きているなら、外の話を聞いて羨望の念を持つ奴もいるだろう。

 

「俺が見た限り、人間同士の意図がバラバラだ。リベラル、保守やリバタリアン。右派に左派。タカにハト。あと、よく分かんねぇ日和見。色々衝突しすぎだ」

「……それは外も同じでしょうに」

「まぁな。だが問題なのは、この里の政治屋の意向が、同種の志を持ってない。意思決定にとんでもなく時間がかかるし、妥協に妥協で意志薄弱だ」 

 言うなれば、総理大臣以下の大臣達の党が、全員バラバラ。

 総理は自民党、防衛大臣は共産党、外務大臣は民主党……みたいな?

 国が亡ぶわ。

「それは、酷い状況ね……」

「だろ? で、……ここの自警団のお偉いさんに、力を貸せって言われた」

 十六夜は形の良い眉を僅かに痙攣させる。

「貴方に? 自警団の人が直接? 何を頼まれたのか大体想像はつくけど……。なに? エルネスト・ゲバラの真似でもする気?」

「……何だって? 誰だそれ?」

「チェ・ゲバラよ」

 彼女の口から、キューバ革命の英雄の名が出て来た。

「何で知って……。いや、それも外来人から?」

「えぇ。圧政を狩らんと奮闘する英雄的ゲリラ。今の貴方の立ち位置に丁度いいんじゃない?」

「やめろ。俺はあんなバイタリティ溢れる超人じゃない。……三十九歳で銃殺されたくないしな」

 俺の言葉に十六夜は『意外』とでも言いたげに顔をしかめた。

「もしかして、断ったの?」

「……あぁ。一旦、外界に帰る。笑いたきゃ笑え」

「あははははっ!! 腰抜ねぇ」

「…………おい」

 乾いた、わざとらしさを前面に押し出した作り笑いだったが、それでも俺には効いた。

 ……俺は自衛官だ。

 災害派遣や海外貢献も任務だが、日本を直接侵略から守るのが『主たる』任務だ。

 だが、西村の懇願を蹴ったのは、無論理由がある。

 人里の人間は税金払ってないとか、妖怪も日本国民だから手ぇ出せないとか、……ましては尻込みしてるとか、そんなんじゃない。

 単純に『俺では勝てない』。

 この里には何もない。十分な武器、強力な指導組織、知識豊富な人材。それらが全て欠如している。

 まず、里の組織を再編成し、軍備を現代レベルまで押し上げ、人材を育てるまで、何十年かかる?

 いや、年月以前に、俺にこれらが実行可能か? 

 不可能とは言わんが、確率は果てしなく低い。


『全部、全部アンタのせいだ。……くたばれ、的場三曹!!』


 ふと、脳裏に響く忌まわしい記憶。

 それと同時に、潰された左目が熱を持った様に疼く。

 そうだ、人を育成するってのは並大抵のことじゃない。

 ましてや、俺には『前科』がある。


「……兎に角。俺じゃどうにもなんねーよ。博麗神社から外に出られるんだろ? 俺が何とか上司連中に掛け合ってみる」

「ちょっと。ガチの軍隊をこの幻想卿に投入しようっての?」

 どこか焦った様な十六夜の声。 

「あぁ。いくら妖怪が強力とは言え、一個旅団ぶち込めば何とかなるだろ。この幻想卿の存在を確かめさせるには、博麗に外界とここに通じる道を開けっ放しに……」

「違う、そう言う意味じゃないの」

「さっきから何が言いたい!? 妖怪のケツ持ってるお前にとやかく言われる筋合いは……」

 多分、俺の疲労も手伝ってか、十六夜に輪を掛けてヒートアップする。

 これは長くなりそうだなと、たかをくくって窓に目を向ける。

 すると―――――


「ん?」

「何よ? いきなり黙り込んで?」

「すまん、話を切るぞ。フランさんを呼んで来い。俺の荷物はいらん。部屋に鍵を掛けとけ」

「ちょっ――――」

 俺は十六夜の返答を聞かず、外へ飛び出した。







 

 







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