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屠殺される家畜は運命を呪うか?

………………

……………………


「いや、申しわけねぇ。だいぶ失礼なこと言っちまったな。許してくれよ、先生!」

 人里自警団第二班の竜二……さんは、俺の背中を無遠慮にバシバシぶったたいてきた。

 まぁ、不快ではないが……。

 本音を言うと、下手に余所余所しいより全然絡みやすい為、結構有難かったりする。

「いえ、とんでもありません。こちらこそご厄介になります」

「おうよ!! おっと、着いたぜ。先生!!」

 ……俺はアンタみたいなおっさんの教え子を持ったつもりはない。とは言えるはずもなく、適当な愛想笑いを送っておいた。


 さて、入り口の衛門から人里内に入った俺は大きく目を見張った。

 まるでタイムスリップでもしたかのような、奇妙な感覚に陥ったのだ。

 衛門から歩いてすぐの大通りには、いくつもの家屋が建ち並び、それは全て木造建築。

 道は現代のアスファルトや演習場の厳しい獣道ではなく、人の足によって踏み固められた土道。水はけは悪いだろうが、夏は涼しそうだ。

 道行く人々はほぼ全て着物。そして、一番驚いたのは、彼らの身長の低さだ。ざっと見た限り、この里の平均身長は男性で百六十無いのではないか? 

 百八十の俺は正に巨人状態で、場違いな格好(迷彩服)も相まって、行く先々で視線を感じた。

 文明レベルは江戸時代……ってのは言い過ぎか。

 明治初期ぐらいか?

 ……古き良き日本、と言えば聞こえは良いが、俺はバブルすらろくに経験していない、平成の人間だ。

 この幻想卿に来てまだ日は浅いが、都市から流れる車の排気音がいやに懐かしく思え、俺は所詮よそ者なんだなぁ、と少し寂しい気持ちになったり…………。

 まぁそれは兎に角、『スゲェど田舎ですね』って話だ。

 取り敢えず、あの道端でベーゴマをしている子供達に、ベイ〇レードを見せたらどんな反応をするのか気になった。


「俺はこれで自警団の仕事の方に戻らせてもらうぜ、先生。じゃあな、十六夜さんとお嬢ちゃんも」

「あ、はい。有難うございました。………さて、と」

 後ろでに右手をひらひらと振りながら去っていく竜二を見送り、俺は眼前を見やった。

 目の前には、素朴だが清潔感のある旅館があり、その前では従業員と思わしき人物が、のんびりと掃除に勤しんでいる。

 俺はその光景に何かのアクションをするでもなく、ただボーっと眺めていた。

 するとーー

「ちょっと、何してるの? ここに泊まるんでしょ。早く受付に行ったら?」

 俺の反応を怪訝に思った、十六夜からの催促。

 だが、俺は渋い顔をしたまま「あぁ……」とだけ言って、その場を動かない。

 

 ………少し話を戻すと、俺は竜二さんに旅館に連れてってもらうように頼んだ。

 彼は自警団の任務……いや、課業中にもかかわらず、快諾してくれたよ。二つ返事でね。

 だが、俺は失念していた。

 旅館に泊まるんだぞ。

 

 確か……旅館って高くね?

 

 どう考えても、一拍一万五千円前後はかかるだろ。近くにATMでもありゃ話は別だが、絶対ねーよ。

 現金で七千円チョイしか持ってない俺にはハードルが高すぎた。

 で、もっと安いところ……。ビジネスホテル、あわよくばカプセルホテル的な……もっと安い立ち位置の場所に向かうことも考えた。

 そこで俺はあることに気付く。

  

 俺の持っている日本銀行券(円貨幣)は使えるのか?


 見たところ、この人里は現代日本とは違う独自の環境によって栄えて来たようだ。

 そんなところで、俺の野口と樋口が通用するかは疑問。


「ちょっと聞いてるの、的場?」

「……なぁ、十六夜。実は折り入って頼みがある」

「な、何よ?」

 野宿? いやいや、山を舐めちゃいけない。虫で濃痂疹になったり、獣に襲われたり、とんでもない量の朝露で風引いたりするからな。しかも妖怪も出るし。

 人里で野宿? いやいやいや、単純に恥ずい。

 俺は鉄帽を取ると、十六夜に勢いよく頭を下げた。

 45度の敬礼。本来は戦死したものなどに送る最敬礼の一つ。

 そして、真摯で誠実な姿勢で一言。


「お金貸して下さい」



………………………

………………………………………


 妖怪と人間の格差。

 俺はこの幻想卿に来てそれを思い知らされた。

 レミリア・スカーレットとの戦闘やフランドールとのいざこざがいい例だ。

 一応、妖怪と三対一で殴り合ってみたりしたが、相手は下級の妖怪とやらだった。それも特別な訓練を積んでない『普通の妖怪』で、第一に防弾チョッキがなければ俺はこの世にいなかったっだろう。


 俺は弱い。


 流石にそこらへんの人間に負ける程ではないだだろうが、能力持ちなら人間の女子供にすら勝つことは厳しい。

 それこそ、この幻想卿では下から数えた方が早いだろう。

 ま、もっとも、外の世界の自衛隊内でも、そんなに輝かしい成績だったわけでもない。

 才能が無かった訳じゃないんだ……。だが、飛び抜けた才能でもなかった。

 自分で言うのもナンだが、普通に優秀な、一隊員だ。

 射撃も格闘も準特級徽章を常に毎年持ち、体力検定も二級。

『準』特級とか『二』級とか、ぱっとしないかも知れないが、これは結構自慢になる。『部隊』では希少な……トップクラスの人間だった。

 でも、それじゃダメなんだろうな。

 特殊作戦群や米軍のグリーンベレーの隊員と模擬戦をやったが、惨敗だった。

 シモ・ヘイへや船木弘には到底及ばなかったわけだ。

 だから、簡単だったよ。

 プライドを捨てるなんて。


 故に――――


「ふふっ、ねぇ的場。あなた、恥ずかしくないの?」

「……恥ずかしいです」


 こんな――――


「そうぉ。タダで……、他人(ひと)のお金で食べるご飯は美味しい?」

「……美味しいでしゅ」


 一回り年下の――――

 

「あら、妹様。お口が汚れておりますわ」

「あ、っと。ごめんね咲夜。ご飯ご馳走になっちゃって」

「お気になさらずに。まぁ、図体だけの無駄飯喰らいは別として」

「……ゴメンナサイ」


 小娘におごってもらってもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!

 心は揺るがねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!


 色々と吹っ切れた俺は居酒屋の店員に向かって振り返ると、

「すんません、芋焼酎十本。あ、全部一升瓶で」

「え? いや、……ちょっと、開き直るな!! 少しは遠慮しなさいよ! ってか、絶対飲みきれないでしょ!!」

「キープで、ボトルキープで」

「やかましい!!」

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。 咲夜ちゃんウェーイ。今日は飲みほッスか?」

「あ゛あ゛!?」

 俺と十六夜の掛け合いを見たフランさんは、特にリアクションも無くただ淡々と砂肝を口に運んでいた。



…………………………

………………………………………


「ごっそさんしたぁ。ふへへ」

 俺はアルコールで大分ヤられた脳みそを無理矢理起動させ、十六夜に向かって頭を下げた。

 勢いをつけすぎて、テーブルが額にぶつかり…………ん?

 …………。

 …………。

 …………?

 あぁ、違いますね。

 額がテーブルにぶつかったんですね。

 うん、……OKでふ。

 

「…………ゼン君、お酒臭い、キモい。あっち行って」

「ちょっと、大丈夫? 残念だけど、倒れても介抱するつもりはないわよ」

「まぁ、待って!!」

 俺がフランさんの袖を引っ張ると、彼女は大変嫌そうに顔を向けた。

「………なに?」

「世界がね……、世界が……」

「?」


「降ってくる!! あっひゃっひゃっひゃっ(笑)」


「………咲夜、ヤっていい?」

「気持ちは分かりますが、人目があるので駄目です」

 十六夜は白い眼を俺に向けると席を立ち、伝票を手に取って苦い顔をした。

「くっ………。一円七十二銭五厘八毛……。痛い出費だわ」

「一円……? 『毛』? ははっ」

 伝票の金額を読んだであろう十六夜の声に、俺はついつい頬を緩めた。

 十六夜はそんな俺を睨んで――――

「何が面白いのかしら? 大体、あなたがお酒を何杯も頼むからこんな値段になってるのよ……。しかも原液(きじ)で! 一回くらいお湯か何かで割りなさいよ」

 レベルの低い冗談だな。

 少し付き合ってやるか。

「おう、悪かったよ。十六夜、君は俺の恩人だ。よって、ここは俺が持とう」

「はぁ? 的場、あなたお金持ってないんでしょう? だからわたしに……っ!?」

 俺は十六夜の言葉を無視し、おもむろに財布を取り出すと、中から千円札を抜き取り、机に静かに置いた。

「なんてな。随分とつまんねージョークだな、十六夜。でもまぁ、助かったのは本当だ。改めて礼を…………ってどうした?」

 十六夜の反応に、少し酔いが覚めた。

 彼女は口を半開きにし、食い入る様に千円札を見つめている。

 心なしか、口元が軽く痙攣している様な……。

「な、なんだよおい」

 俺は彼女の意外すぎる反応に若干狼狽しながら、タバコをくわえ――――それを床に落とした。

 目だ。

 この居酒屋にいる多くの、いや、殆どの客、店員の視線が一点……千円札に向けられている。

 俺は訳も分からず固まる中、フランさんが千円札を手に取り、目を輝かせた。

「うわっ、すっごい大金!! これくれるの?」



……………………

……………………………………


「うぉぉぉぉぉぉぉ!! 大金じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 多分今、俺は人生で一番楽しい。

 両手に持った『一円札』の百枚束を大仰に振り回すと、心からの歓声を上げた。

「何が『お金貸して』よ。一番持ってるのあなたじゃない……」

 いちいち十六夜が突っかかって来るのはウザイが、今はそんな事はどうでもいい。

 今はとても気分が良いのだ。軽口くらい蚊羽の音とでも思って寛大に聞き流してやろう。

 

 ……あぁ、そうだ。大金を手にしたら一回やってみようと思ったことがある。

 俺は小走りに十六夜に走り寄ると、右手に持っていた札束を十六夜に差し出した。

「なぁ、十六夜。ちょっとこれで俺の頬をはたいてくれない?」

「はぁ? 調子に……………………。……良いわよ」

 一瞬、額に青筋が走った十六夜だったが、どういう心変わりかすんなりと札束を受け取ってくれた。

「おう、そんじゃ頼むぞ」

 そう言って俺は右の頬を差し出して…………。


「そいやぁっ!!」

「ぶふぁ!?」


 威勢のいい掛け声と同時に頬に鋭い衝撃が走り、俺の体はそのまま後方に吹っ飛んで行った。

 自分に何が起こったのかすぐさま察すると、体を起こして十六夜に詰め寄った。

「馬鹿か貴様は!!」

 懸命に頬を撫でながら抗議する俺とは正反対に、十六夜は無表情ながらどこか晴れやかな雰囲気だった。

 すごいイラッとする。 

「あら……、私は言われた通りにしたまでよ。文句を言うのはお門違いじゃなくて?」

「いやアスぺかよ!? 俺は『札束で頬をはたいて』っつったの! 誰が『頬に札束を押し付けてぶん殴れ』って言ったよ!? あ゛!!?」

「Sorry. Diffcult japanese do not know.(ゴメン。難しい日本語は分からないわ)」

「Hey Dumb broad!! Do not you give a fuck with me!!(おい、×××!! お前×××××××!!)」


 まぁいい。

 今はこんな女よりも、とんでもない事実が分かった。

 まずこの世界の貨幣価値だが、ほぼ明治時代と同じだと思っていいらしい。だが、俺の持っている外の世界の通貨はそのままの価値として扱われる。

 つまりだ、外の世界に置き換えて説明すると……、百万持ってどっかの途上国に行って、その国の貨幣に変えたら? 

 そう、百万は国によっては何倍にも化けるだろう。

 つまり、俺にも同じことが起こっているのだ。

 で、この幻想卿の一円は現代の二万円程度だと聞く。

 つまり俺の持ってる七千円は二万倍。一億四千万円に化ける。

 無論、いきなり一億を生現で貰う勇気はなく、取り敢えず村の役場?……銀行?……みたいなとこで百円だけ変えてもらった。

 ……てか、俺はあの居酒屋で二千万円を机の上に放り投げたのか……。

 ……なんか、興奮して来た。


「しかし、十六夜。お前なんで知ってたんだ? いや、まぁフランさんとかこの人里連中もそうだが……」

「何がよ?」

「外の世界の金」

「あぁ。外来人は別に珍しくないのよ。その中の何人かがここで使ったり、落としたり……。そんなとこよ」

「……つまんねーオチだな。その外来人は?」

「……私が知ってる限り今はいないわ。あなたを除き、ね」

「何故だ? すげーぞここは、物価の違いが。一生遊んで暮らせる」

「は? アナタは今までこの幻想卿で何を体験してきたの? 『脳みそお花畑』っていう言葉が似合う人はアナタ以上にいないわね」

「Fuckin'A!!(あざっす!!)」

「……一応馬鹿にしたんだけど」

「ねぇ、二人とも。がめつい話してないで旅館いこーよ! お金出来たんでしょ?」

「ん? あぁ、失敬。忘れてたっス」 

 割って入って来たフランさんによって現実に引き込まれた俺は両手を叩いた。

「……でぇ、悪いんだけど十六夜さぁ。フランさんと先に行っててくれないか? ……これ、宿泊代と、ラ……紅魔館の窓代。足りる?」

 俺はそう言って十六夜に五十円を手渡した。

「十分すぎるわ。あまりは領収貰って返すから後で……」

「あー、迷惑かけたしな。やるよ」

「いやいや。というか、こんな時間にどこに行くのよ?」

「……散歩だよ、散歩。観光ついでに」

「へぇ? …………………………………あ、そ」

 なんだ?

 いきなり十六夜の目が異様に冷たくなった。

 え?

 まさか、『バレてない』だろうな……。 

 気まずくなった俺は、さっさと彼女たちから離れ、『目的を遂行』することにした。

「じゃ、じゃあな!! フランさんもゆっくり休んでくれ!」



………………………

………………………………………


 Izayoi's side_


「あ……、行っちゃった」

 金髪の幼い吸血鬼は名残惜しそうに、そう呟いた。

 彼女の瞳の奥には、武骨な迷彩服を着込んだ男が、背嚢を揺らしながら足早に去って行く様が写り込んでいる。

「そうですね。さぁ、妹様、向かいましょう。少しお休みになられたほうがよろしいかと」

 本来吸血鬼は想像にもれず、夜行性である。

 だが、今日は色々と面倒ごとが重なり、フランドールも疲労が溜まっているであろう、という咲夜の計らいだった。

「うん、分かった」

 フランドールは大人しく咲夜の提案を飲んだ。

 だが、依然として善路の行く先は気になるようで、絶えず後方を振り返ってはため息をついていた。

「ねぇ、咲夜。ゼン君どこに行ったのかな?」

「本人の言葉道理、散歩でしょう。彼も珍しいのですよ、ここが」

「何で一人で行っちゃったの? 私、邪魔だった?」

「い、いえ。そのような事は……」

 咲夜に善路に気持ちなど分かるはずも無く、言葉を濁した。

 

 ただ、咲夜には善路の行き先に一つ、思い当たる節があった。


 それは、居酒屋に来るまでの話だ。

 本来、食事を取るだけなら定食屋でも良かったが、時間は遅く空いている店も少なかったのと、ツレの某自衛官が『酒飲みてぇ』とのたまったのが事の発端だ。

 で、その居酒屋に向かう過程でどうしても『いかがわしい街路』の横を通過せねばならなかった。

 フランドールの教育にしこたま悪いので、足早にそのゾーンを通り抜けようとした咲夜。

 

 しかし、奴が。


 件の某自衛官が、あろうことか立ち止まって、『そこ』をガン見。

 いやもう、ガッツリ見ていた。

 そんで、『あっち』のおねーさんにヘラヘラしながら手ぇ振っていた。


 その場は、咲夜が某自衛官の股間にナイフをあてがい、野郎の耳元で『ちょん切るわよ』と囁くことで  説  得  には成功した。


 それはそれとして、咲夜は的場 善路と言う人間をつかめずにいた。

 悪人ではない。

 人間性は腐りかけてはいるし、汚言症かと思う程口が悪いが、陰湿さはなく、性格は悪くない。

 だが、決して善人でもない。

 時折見せる、狡猾さ、卑劣さ、残忍さ。

 見た目幼い少女の額を打ち抜き、その妹を躊躇(ためら)い無く盾とする。

 いくら兵士とは言え、そんな事を実際に行動できる者は多くいるのか?

 尤も、解がどうあれ、咲夜には主人の命に従うしかなかった。


 ただ一組織に属する、一介の監視者(Surveillant)として……。 








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