愚者の策略
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「……はぁ。あー糞っ。よ、余計な体力を使わせやがって」
「ご、ゴメンねゼン君。まさか、あんなにムキになって追いかけてくるとは思わなくて」
あれから俺は、結構本気になって彼女等を追いかけ回したが、一向に捕まえられる気配もなく、ただ単に十五分サーキットトレーニングになった。
「……あなた結構いい年よね。少しは情緒っていうものを理解するべきだと思うのだけど?」
一方、十六夜にいたっては、涼しい顔で俺に毒を飛ばして来た。
「どの面下げて言ってやがる!」
「この面」
そういって、彼女は「はふぅん」と言う、盛大にイラッとするため息を吐き、顎をあげて俺を挑発した。
「A-OK.タイマンだ。表出ろや」
「はぁ? ここはもう外よ。若年性痴呆かしら?」
「ストップストップ! もう、咲夜も止めなって!! ゼン君も、私達が悪かったから……ゼン君?」
何が情緒不安定だ。
フランさん、めっちゃええ子やん。
だがな、さすがに俺もここまで言われて黙ってられるほど、温厚じゃねーんだ。
俺はフランさんの言葉を無視し、人里の方を向くと……。
「ご町内の皆様ぁ! 紅魔館メイド長、十六夜咲夜のパンツは、く、ブファ!?」
そこまで言って、俺の後頭部に鋭い衝撃が走る。
目線を下に向けると、そこにはゴツイスローイングナイフが転がっていた。
鉄帽にぶつかって、下に落ちたのだろう。
俺は真っ青になりながら、十六夜の方を向くと、彼女はナイフを投げた投擲姿勢のまま、顔を真っ赤にして固まっていた。
「ガキかっ!? 何てこといってんのよ、クソ兵士!!」
「お前こそ何すんだ、ボケメイド!! 」
「て言うか、いつの間に見たのよ!? とんでもない変態ね」
「フランさんが俺を落とした時だ。別に見たくて見たんじゃないわ。自意識過剰なんじゃないか?」
「……もう一発ほしいようね?」
氷のように鋭い眼光になった十六夜は、どこからともなく一本のナイフを取り出した。
「おぃぃぃぃぃぃぃ!!? ちょっとまて! マジで洒落にならないことは止めろって!」
その時、何となく興奮した様子のフランさんが声を上げた。
「心配しないで、ゼン君。ナイフ投げは咲夜の十八番。……その昔、二十間の距離から、リンゴを頭に乗っけた妖精に当てたの」
「すげぇ!! それは……、ん? 妖精に当てた? ……リンゴは??」
「うん? いや、『額』に」
「微妙にヘタクソじゃねぇか!? フランさん助けてくれ!」
「うーん。さっきのはゼン君が悪いと思うな。女の子にあんなことしちゃ駄目だよ」
……何だろう、この三人の中でフランさんが一番マトモだ。
「さぁ、的場。覚悟はいいかしら?」
そう言って、十六夜がナイフを振りかぶる。
「待て! ちょっと、あれだ。お腹痛くなってきたから……」
「知らないわ。用はあの世で足しなさい」
「あの世ってなんだ!? 完全にヤる気じゃねーか!」
その後も俺はやかましくギャーギャーわめいていたが……
「おい、お前達! 何を騒いでいる!?」
いきなり野太い怒声が俺達三人を包んだ。
予想もしない展開に俺はただ口をあけて、怒声を上げた男を見ていた。
いや、正確には『男達』か。
俺は一瞬、「恥ずかしいところをみられた」程度の感想しか出てこなかったが、彼らの姿を見て本能的に身を構えた。
計四名。年齢は周囲が暗いので識別できない。肩幅は狭く、身長も低い(百六十あるかどうか)。
服装はむさえに草履。
そして、全員武装している。
俺たちが遊んでいる間にもう辺りはだいぶ暗くなったのでシェルエットだけだが、日本刀が二人、槍一人に、……なんだあれは? フリントロックのピストル?
彼らに能力があるか不明だが、制圧は可能だろう。
こっちの戦力には吸血鬼と時止め人間がいる。
本気の彼女たちには到底敵わないが、俺にもリベレーターがあるし、八九式に着剣すれば刀や槍にもある程度は対応できるだろう。
始めは緊張したが、『何とかなる』ことが分かると、心理的な余裕が出てきた。
俺はさり気なく十六夜に近づくと、小声で耳打ちした。
「誰、こいつら?」
「人里自警団。あんたの所属する組織の劣化版よ」
……劣化とか言うなよ。
「ヤバイ連中なのか?」
「いいえ、名前は大層なモンだけど結局はボランティアなの。用は武装した普通の人間。普通に対応すれば普通に対処してくれるんじゃない?」
「……なんで、そんなドライなんだ?」
「メンドクサイのよ。私が対応するから……あなたは引っこんでてくれる?」
「何で?」
「ご自分の能力をお忘れですか、的場様? ここで彼らの怒りを買ったら、人里に買い物に行きずらくなるじゃない」
「……おい」
こいつの俺への認識は、誰でもかんでも喧嘩を売るキ〇ガイらしい。
だが、確かに俺がズカズカと出しゃばっても、話がまとまらない感じはする。
しばらく様子を見て……ん?
ふと視線を自警団員達に戻すと、四人は一様に下を向いている。
つられて視線を落とすと、彼らの前にフランさんの姿があった。
「ねぇ、貴方達は誰? フランと遊んでくれるの?」
「ん? なんだいお嬢ちゃん。遊んでほしいのかい?」
「うん!! 遊んでくれる?」
「ははっ、ごめんよ。お兄さん達はお仕事中だから、また今度ね」
なんだ、十六夜が言ったとおり、普通にいい人だ。
俺と十六夜の諍いのせいで若干ピリピリしていた空気は、フランさんの介入によって、一気に弛緩した。
「ヤバイわね……」
そこで十六夜が焦燥を押し殺したような声で呟いた。
「何でだ? 俺には微笑ましいくらいだが」
「妹様、彼らを殺す気よ」
「…………?」
意味が分からなかった。
俺にはただの掛け合いにみえるが……。
いや、そう言えばフランさんは急に子供っぽくなったような……。
気のせいだろうか?
「嫌だ!!」
何の脈略もなく、フランさんが叫んだ。
もう、愚図る子供だ。
残虐で純粋な吸血鬼は、だだを捏ねる普通の幼女の様に喚きだした。
「ねぇ、何で? なんでフランから逃げようとするの? 悪い子だから? でも、フランは言うこと聞いてたよ。毎日毎日一人で……。Elinorはフランとあそんでくれたよ。それなのに束縛されたViceroyはλとParticle dynamicsが邪魔をするからいけないんだ! 残念でしたぁ!! Seize Between horizon,ことを駄犬質に襲われるんだ!! 恥を知れ!!!!!!!」
……エリナって誰?
えぇと、束縛された『副王』?? ラムダと素粒子……dynamicsが邪魔をする??? 地平線の狭間に……Seize? ……『抑圧する』、いや……『抑圧された』か????
つまり……………………………何言ってんの?
「十六夜。これヤバイいんじゃないか? フランさん、なんか変なモードに入ってんぞ」
「さっき言ったでしょ、私が。」
「おいおい、止めようぜ。このままじゃ……」
「うるさい分かってる! 私も無闇に人間(同胞)が殺されるのは本意じゃないわよ!! でも、私は所詮従者なの。妹様の行動を抑制する発言権はないのよ。……分かって」
「あぁ、そうかい。ったく……」
まぁ、当たり前の事だが、自警団員達も異常を察したようで、一歩二歩とフランさんから距離を取って行く。
そんな中、一人の団員が声を荒げた。
「おい、見ろ。あの子、背中に翼が生えている。……妖怪だ!!」
その声を矢切に、団員達は各々の武器を構えた。
白刃が鞘の中を走り、柄が妖艶にしなり、撃鉄をフルコックポジションに上げる音が、闇夜に一斉に響き渡った。
「あぁよかった。遊んでくれるんだね?」
対するフランさんは、歯に浮くような不愉快な笑い声を上げている。
相対する五人。
俺はそんな彼らを――――
「ハイちょっとゴメンナサイね」
全力で無視すると、フランさんの首根っこを掴み、自警団員達から距離を取った。
「な、何だ君は? お、おい!!」
十メートル程離れた所で、団員の一人が声を上げたが無視を決め込む。
「何? やだぁ、ゼン君、放して!」
フランさんはしばらく目を点にしながら大人しく俺に連れさられていたが、我に返ると手をやたらめったらに振り回してきた。
その手が肩やら腕に当たり、俺は顔をしかめた。
地面にフランさんの足は着いていない。故に、その小さな拳には体重を乗せる事は出来ない。腰を捻られないから遠心力と交換作用の恩恵も受けていない。
だが、四肢に伝わる衝撃は、並みの自衛官の逆突き(ストレート)以上。
……もういいだろう。マジで痛い。
俺はフランさんを放り投げるようにじめんに降ろすと、額に軽いデコピンを入れてやった。
「あぅ。なにすんの、ゼン君?」
涙目で講義する彼女を尻目に、俺は大仰な仕草でため息を吐いた。
「そりゃこっちの台詞ですわ。変にトラブル起こすの止めてくれませんか……」
「ち、違うよ! 私はただ遊んでもらおうと……」
「どうせまた弾幕でしょ? 十六夜に言われませんでした? 人間は脆いんです。貴女のペースに合わせてりゃ、数十秒で天に召されちまう。と言う訳で、人間に弾幕ごっこ仕掛けるの禁止」
「えぇ!? でも魔理沙と霊夢は……」
「いや、本人がやる気ならいいですよそりゃ。でも、誰でも間でも仕掛けるのは止めて下さい。もはやテロっス」
「そ、そんなぁ……」
「ここで騒ぎを起こせば、人里には入れないし、十六夜だって買い物にはこれない。第一、ここに来た目的を忘れないでください。……人里、見たかったんでしょ?」
「……分かった」
「ほら、きっとここには弾幕勝負より楽しいことがあるから。元気出してください」
フランさんは小さく頷くと、肩を落として十六夜の元へ歩いて行った。
めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
俺は保父さんかよ!
キ〇ガイに刃物……とは言わんが、コミュニケーション能力が幼すぎる。
容姿はいい。多分、地頭もいいと思う。
だが、心がちょっと『アレ』だ。もったいない。
まぁいいさ、知ったことではない。
余計な思考を打ち切って、俺は自警団員達に近づいた。
「どうも、失礼しました。……いやはや、彼女は普段は大人しいのですが、いかんせんヤンチャな年頃でして……」
笑みを絶やさず勤めて低姿勢で、あくまで無知で善良な態度で、不快感を感じさせない程度の猫撫で声で、俺は後頭部を無造作にかきながら彼らに接する。
相手は人間とはいえ、見知らぬ環境で育った赤の他人だったが、酔っ払った上曹(一等陸曹、陸曹長)連中の相手をするより百倍気が楽だった。
「き、君は? ……と言うより、あの妖怪は?」
彼らの内の一人が話しかけて来た。
未だに武器を持ったまま、警戒を解かずに俺に舐めるような視線を送ってくる。
「私はしがない外来人です。……彼女は、妖精ですよ」
そう言って、俺はフランさんを顎で指した。
「妖精? ……だが」
「妖精です」
「いや、しかし……」
ウゼェ! しつこいな、こいつ!!
俺は数秒思案すると、団員が次の言葉を発する前に、適当な理由を並べ立てた。
「いやぁ、ほら。妖精ってもともと好奇心が強いじゃないですか。それで、誰も彼もに構ってくれってしつこくて」
「そう……なのか?」
そういって団員は懐疑的な目をフランさんに向け、ハッとしたように顔を上げた。
「そこの貴女……、十六夜さん? ……ですか!?」
いきなり団員が十六夜の名を呼んだ。
ってか、こんな暗いのによく顔見えるな……。
それまで若干蚊帳の外気味だった十六夜は、一瞬肩を震わせると、「わ、私?」とでも言いたげに自分の顔を指した。
……顔見知り?
いや、十六夜のあの反応は、相手の顔憶えていないな。
失礼な話だが、俺も身に覚えが何度かあるため、非難はできんが……。
「おぉ、やはり十六夜さんでしたか。どうもいつも当店を贔屓にしていただきありがとうございます」
「? え、えぇ。その節はどうも……」
……一体『どの節』なのか尋問してやりたかったが、まぁいい。
これは好機だ。
「あぁ、十六夜さんとお知り合いでしたか! ちょうどよかった。彼女には、私がこの幻想卿に迷い込んで着てから世話になりっぱなしでして」
「ん? おぉ、そう言えばあんたは外来人だって言っていたな!! よく無事だったな。ようこそ人里へ」
そう言うと、彼は日本刀を鞘に納める。
残りの団員たちも、彼にならって各々の得物の構えを解いた。
「ありがとうございます。私は的場 善路です。よろしくお願いします」
「おう。人里自警団第二班の竜二だ。……しかし、あんた妙に汚らしい服着てるな。……あ、分かった。浮浪者か?」
…………………あ゛?
「ち、違いますよ。私は日本国陸上自衛官です。……えーと、物凄く噛み砕いた言い方をすれば、軍人です。……これを」
俺は弾帯を外し、防弾チョッキの前を開け、迷彩服の胸ポケットから自衛官身分証明書を取り出し、彼に見せた。