観光
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Matoba,s side_
「だからぁ、あれは銀の弾丸じゃないんだよ。名前こそシルバーチップなんて名称だし、弾頭は白銀色してるが、これはアルミニッケル合金で吸血鬼を殺す力はないって」
「ほんとうかしら? いまいち信用できないわ」
「いや、だから全部フランさんとの演技だったんだよ。第一な、いつまでたっても紅魔館に押し込めるなんて、ちょっと良心が痛まないわけ? 俺には無理だね」
……しつこい十六夜からの詰問をのらりくらりとかわす。
まぁ、自分でもこのセリフは白々しいとは思うが……。
「もう、二人ともいい加減にしなよ」
いつまでも相容れない俺と十六夜に、流石に辟易したのか、フランさんは幾分呆れた様子でため息をついた。
「……妹様、お言葉ですが、お嬢様も私目もあなた様のことを第一に考えております。私はともかく、あまりお嬢様を不安にーー」
「アー、キコエナーイ」
フランさんは十六夜の言葉を強引に切ると、頭をふって、右耳を片手でふさいだ。
……十六夜が俺たちを追って来たのは、別にフランさんを連れ戻しに来たのは訳ではないようだ。
理由は不明だが、俺を妖怪から助けたし、人里にまで案内してくれている。
また、その事については「知らないわ。私はお嬢様の意向にそっているだけ」、とのこと。
レミリア・スカーレットが紅魔館の主なら、彼女はマネージャーと言ったところか。……大変だな、中間管理職も。
とにかく、彼女がいるのは、俺にとっても悪いことではない。
正直、人里についてからのフランドールの対処については、若干考えあぐねていたところだ。
適当に観光してもらって、あとは十六夜に押し返すか……。
……などと打算していると、
「あっ! 咲夜、ゼン君、なんか家がいっぱい見えてきたよ!! あれが人里かなぁ!?」
頭上から、フランさんの嬉しそうな声が響いた。
それにつられて俺も前方に目を向ける。
するとそこにはいくつもの木造住宅がところ狭しとならんでいる……って、要はクソ田舎じゃねぇか!!
とても平成の世とは思えない。
例えるなら……そうだな……。
学生のころ、修学旅行で行った京都の映画村がこんな感じだった。
「そうですわ、妹様。さて、そろそろ降下しましょう」
「はーい」
そう言って、彼女らは高度を下げ始めた。
「えー、里の中まで行ってから降りようぜ。あと、数百メートルあるし」
「……あんたね、私と妹様はスカート穿いているのよ」
「は?」
「だからっ、人里のど真ん中で降りたら……見えちゃうじゃない………………下の人から」
「知らん、だりぃ」
十六夜は無言で俺の後頭部をはたくと、高度を落とした。
それに習って、フランさんと俺も地面に近づいて行く。
……まいったな。
ダルいのは本当で、体がまだ重い。
まだ、キノコの毒が効いているらしい。
「……お? ととと、ドゥブッ!?」
何を勘違いしたのか、フランさんは俺を地上五メートルあたりの、微妙に高い位置から突然手を離した。
その結果、俺は空中で軽くきりもみし、背中から地面にぶちあたった。
「あ、あれ? ゼン君、大丈夫?」
「……妹様、人間は壊れやすいので取り扱いにはご注意ください」
「え? えぇ!? ご注意もなにも、全然高くなかったよ! そっからそこまでだよ!?」
「いえ、我々人間にとって、今の高さはギリギリセーフくらいですよ。最悪、骨折しているかもしれません」
「うそぉ!? ちょ、ちょっと、ゼン君大丈夫!?」
十六夜の話に、フランさんは目を丸くし、慌てて俺のほうに近寄ってきた。
正直、ちょっとチビリそうだったが、無言で頷いておいた。
「しかし、ホントよく分からないとこだな、幻想卿は」
数分ほど寝っころがって回復した俺は、あらためて人里の入り口に向け歩きだした。
日はかなり落ちており、となりを歩く十六夜とフランさんの顔も視認しずらくなっている。
「初めはね。私もここに着たばかりのころは、色々苦労したわ」
そう言って十六夜は感慨深そうに顎に手をあてがった。
「お前も外来人だったのか。時止めはここに着てから備わった能力なのか?」
「……どうして私の能力を知っているのかしら?」
あ、やべぇ。
口が滑った。
「……俺も情報無しでここまで来これるほど、勇敢じゃないさ。それに、気になるだろ。かなり、強力な能力じゃないか」
森近の名は伏せておいた。……『万が一』のためだ。
しかし、十六夜の能力には本当に驚いた。
『時止め』。漫画やゲームじゃ、チープな能力だが……ほんとにいたとはね。
「あなたには関係ないでしょ」
「そうだな、すまなかった。ちなみに、フランさんはどんな能力を?」
「ん? 私はねー、『ありとあらゆるものを破壊する程度』の能力だよ」
「い、妹様。あまりご自分の能力を無闇に……」
「あ、あぁ。いや、俺が悪かった。すまん立ち入りすぎだったよ」
……当たり前だが、十六夜は相当警戒しているな。まぁ、『お互い様』だが。
それは兎に角、今のところ森近の情報に相違はみられない。フランドールの能力も合っていた。
あの男が俺に嘘の情報を教えたとは思っていないが、情報は生き物だ。経年変化する。
実際のところ、俺自身が情報の真偽を確認し、取捨選択するしかない。
「やけに突っ込んで聞いてくるわね」
「能力にか?」
「もしかして欲しいのかしら?」
「んー、まぁ興味はある」
十六夜からの問いに、そう答えたが、……まぁ、本心だ。
いやほら、カッコいいじゃん、純粋に。
「『能力』とは言うけど、これは自己申告なのよ」
「そうなのか? なんか生まれ持ったスーパーパワー的なのじゃないのか?」
「そういう人もいるにはいるけど、殆どは後付よ」
「後付……って言うと?」
「そうね、例えばとある薬を摂取して不老不死になったり、魔術を学んで魔女になったり。……他にも、色んな外的要因が散見されるけど、方法は多種多様よ」
……不老不死まで出てきたか。
ちょっと、気になるな。
「えーと、つまり頑張れば俺もなんらかの能力が付くことがあるのか?」
「否定はしないけど難しいわ。人間自体が幻想よりの生物ではないからね。何かの能力を欲するなら、人生を捨てるつもりで、能力の習得に励まなければいけない場合が多いわよ」
「……そこまで熱心になる気はねーわ。ちょっと、がっかりだ」
「ん? 言っとくけど、一度能力を取得したら、幻想卿から出ることはできないわよ。本当なら、人里なんか寄らずに、さっさと帰ることをお勧めしたいのだけど」
「え? そんなに簡単にかえれるのかよ?」
「えぇ。博麗神社からね。あそこにいる巫女に頼めば一発よ」
「はぁ!?」
嘘だろ。
どうやって外の世界に帰るか知らなかったが……まさかあそこかよ。
灯台下暗しってやつだ。
いや、そう言えば森近も言ってたような……。
「一番重要なことは知らなかったようね」
「あぁ。……でもなぁ、あそこには近づきたくねぇんだよ」
「……博麗神社は知っている様だけど……。なんでよ? 霊夢に嫌われたのかしら」
「それ『も』ある」
どこか悪戯っぽい笑顔を向けてきた十六夜だったが、俺の返答に笑みを凍りつかせた。
「何をやらかしたのかしら? ……彼女はぶっきらぼうなところはあるけど、根は温厚な子よ。 ……それに、『それも』って、どういうこと?」
……パンツ見たことは黙っておこう。
「いや、あそこでイブキ スイカと戦闘になってな……」
「………………はい?」
「いやまいったよ。それまでに妖怪と尻尾の生えた女に襲われるし。で、最後はお宅のご主人様だ。……なにかしらの能力があれば、これから先の対抗手段になると思ったんだがな。残念だ」
「いや、残念なのはあんたよ」
「どう言う意味だ!?」
「ねぇ、ちょっといいかなゼン君?」
これまで俺達の会話を黙って聞いていたフランさんが、ものすごく気の毒そうな笑みを顔に張り付かせ、唐突に話しかけてきた。
「何スか、その顔は?」
「えーとね。ゼン君、この幻想卿に来てどのくらい?」
「……まぁ、五時間くらいですが、何か?」
俺の言葉を聴いた二人は、とても深いため息をつくと、額に手を当てた。
「咲夜、これは『持ってる』ね……」
「そうですね。もう、私は何も言えません」
「ん? おい、何の話だ?」
あからさまに怪訝そうな顔をする俺を捨て置いて、フランさんは何となく優しい笑みを俺に向けた。
「何でもないよ。ただ、ゼン君は持ってるよ、能力」
「え? どう言う意味っすか?」
一瞬、鼓動が早まる。
俺に、隠された謎の力が--
「ゼン君はね、『ありとあらゆる者をキレさせる』能力なんだよ」
「的場様、ちょっと気持ち悪いんで、こっち来ないでくれますか?」
フランさんと、何故か慇懃無礼な態度の十六夜は、それだけ言うと俺からダッシュで逃げていった。
無論、二人を追いかけようと俺も走るが、能力者と吸血鬼相手では追いつきそうになかった。