幻想卿の『弾幕』と自衛官が知ってる『弾幕』は違いすぎる
inspection of the Eshelon system
『Jエシュロンシステムの閲覧』
受信、陸上幕僚長『久箱義文』
送信、防衛省事務次官『河本裕也』
所在不明隊員の措置
前々日、陸上自衛隊結城演習場にて隊員一名が所在不明
またこの失踪について『※不鮮明な情報』が多い 30時間後、『脱冊』として『表面上』処理
「エシュロン?ってこれは…
紫さん、アメさんにもバレてるらしいね」
デスクを陣取っている男の声が響いく
ここは簡素……と言うより無機質な部屋だった
部屋の壁はコンクリートが剥き出しで家具も必要最低限の物しかなく、生活感が乏しい
しかし、デスクの上には数個のPCと無数の周辺機器に蹂躙されており異彩を放っていた
照明も付けず、PCの画面しか光源が無いためやや薄暗い
「も、申し訳ありません。座標、個体情報のみを捕捉してしまい…」
男の後ろに控えていた女が、額から一筋の冷や汗を垂らしながら謝罪の言葉を口にする
吐いた台詞のわりに飄々とした風情を崩さない男に反し、女は随分恐縮し、低頭している
「あぁ、いやゴメン。別に責めてる訳じゃ…」
男はどちらかと言えば世間話でもするつもりで話し掛けたが、本人にとっては痛烈な皮肉に聞こえたらしい……
「まぁ、まだ時間は有るから…
まずは的場君の実力を探ってみようじゃないか」
男は気まずい空気を壊そうと、先程『紫』と読んだ女に優しく声をかけた
紫はゆっくりと頭を上げると、幾分落ち着いた様子で男に返事を返した
「ありがとうございます。では……失礼いたします、『神主様』」
A.D.2010 5/17 09:32
MATOBA's side_
「チッ……」
俺、的場 善路は地面に俯せに倒れたまま、しかめっ面で舌打ちをかました
斜めにズレた鉄帽を直すと、辺りを見渡す
……草木しかないじゃん
あの独特に纏わり付く…しかし不快ではない草木の臭いが鼻につく
そして右手の甲にはよくわかんない虫が、不快な足音をたてて這いずり回ってやがる、畜生。
ゆっくり立ち上がり、防弾チョッキについた土と虫を払い除ける
何処ここ?
状況が変わる訳じゃないが、再び意味も無く辺りを見渡す
まだ混乱真っ最中の頭を無理矢理働かせ、記憶を引きずり出しながら腕時計を見る
OK.順番に思い出してみるぞ。
①昨日、演習場に来る
②今日の0900状況開始が告げられた
ここまでは覚えてる
③で、高機動車に揺られて爆睡しながら防御陣地に前進
④一瞬浮遊感の後、気が付いたら此処にいた
ぶっ飛んでやがる
③から④の間に何があった!
取り合えず、そのまま二分程何もせずに放心
ってか、ぶっ飛んでんのは俺の頭か? それとも物理法則か?
段々と苛立ちが焦燥に変わって行く
それを抑える様にタバコを取り出し火を付ける
ついでに携帯も取り出して画面を凝視するが、無情にも『圏外』の文字が俺の心をえぐる
ヤバイ…ヤバイよ
まさか寝てる間に車外へ放り出されたのか!?
むしろ頭も物理法則も正常だとすれば、やはり放り出されたと考えるのが妥当
ヒデーな畜生…
どうしろってんだ、俺演習場の地理なんて分かんねぇよ!
「厄日だ…」
俺は譫言の様に呟くと、ザッと装備と銃の点検を終える
そして近くに転がっていた背納と雑納等の鞄類を背負い歩き始めた
まぁ、未開の地じゃあるまいし、そのうちどっかの陣地に出るだろ
そしたら自分の部隊教えてもらおう
クソ恥いけど…
重い気分のまま歩き出す
フル装備に背納か…
重いのは気分だけでは無いようだ
change over
不可解な事は連続的に起こるのだろうか?
そんな事を考えながら空を見上げる
雲一つ無い快晴
何て気持ちの良い天気なのだろうか…
「おいコラ、聞いてんのかい? 人間さんよぉ!」
あぁ、全てを投げ出して街に繰り出したい
パチンコしたい
「はん、僕らを畏れて現実逃避してんじゃないか?」
……確かにお前らのせいで逃避してたが、怖いからじゃ無くてウザったいからだよ
「あぁ、成る程! 解ってるねぇ、人間君! 人は俺達ヨウカイを畏れ敬うもの…君の反応は正しいのだ」
ようかい? 何だそれは・・・
あぁ・・・溶解…容喙……ヨウカイ…妖怪?
『人は俺達妖怪を…』
まさか、とは思うが…
「あの、ヨウカイって……あの人外で、人を襲う…」
俺は半信半疑で問うと、彼等は胸を張りながら偉そうに頷いた
「はぁ? 当たり前だろ。そんな事もしらんのか、人間?」
「中二病かよ……」
俺は抑え切れずに、内心大爆笑しながらボソッと悪態を呟いた
「ん? 何か言ったか、人間?」
…聞こえていたらしい
俺は愛想笑いを浮かべながら、『何でも無いですよ』と言うしかなかった
さて、少し前に話を戻そう。
俺はほんの十数分前までこの演習場をさ迷っていた
整地もられておらず、不安定な山道を黙々と歩いていたんだ
すると人影を発見したんだよ
まぁ、対抗部隊だったら死亡扱いになるかもしれんが…このまま迷子の兵隊続けるよりずっとマシだろ。
近付いてみると正体はこの古めかしい着物を着た三人の民間人だった
で、俺はさっきからずっと絡まれている訳だ
つーか、何で演習場に民間人いんだよ?
「失礼しました。あの、自分は第54普通科連隊の『的場善路』士長と言う者です。ここは防衛省所有の演習場でして…民間の方の出入りは原則禁止されております」
分かるだろ
俺は『家に帰ってくれ』って言ってるんだ
俺は迷子なの
迷える子羊なの
あんたらの妖怪ごっこに付き合ってる心の余裕はないんだよぉぉぉ!
だが…
三人の民間人は互いに首を傾げ合うと、『何言ってんだ、こいつ?』とばかりに失笑し始める
「この人間…大丈夫か?」
「きっと毒茸でも食っておかしくなったんだろ?」
「あぁ、何か服もおかしいしな…」
すると今度は俺の服を指差して笑い出す
ラリってんのはお前らだろが……
「何が可笑しいんです?」
俺は苛立ちを隠さずにそう言った。
三人はぴたりと笑うのを止めると、露骨に嫌悪感を顔に出して睨んで来る
その表情が更に俺の神経を逆なでする
相手は民間人だ
勿論、本来は守るべき人達だがこれは酷いだろ
こっちが本気で頭下げてんのによ…
また怒鳴りたい衝動を何とか殺し、出来るだけ落ち着いて、しかし毅然とした態度を保ちながら再び口を開く
「……申し訳ありませんが、ここは演習場です。一応戦闘が行われている為、危険が無いとも言い切れませんし……」
ゆっくり…
言葉を選びながら、彼等に近付く
そして、移動を促す様に先頭にいた民間人の背中を軽くさわる
「…………………………るな」
すると彼は顔を伏せ 、まるで絞り出すような小さな声で言った
『触るな』…と
彼は両腕の血管が浮き出る程、力を込めて震えていた
「はいはい。力んでもダメ、早く家に戻って下さい」
そう言って促すと、彼は二、三歩ふらついたあと、まるで親の敵でも見るような目付きで睨んでくる
まぁ、体格も身長もえらく小柄な為、まったく怖くないがね
俺は残りの二人に向き合う
「さ、貴方達も早く帰って下さい」
ぶっちゃけこれで駄目なら力付くで連行しようと思っていた
さて、二人の口から出るのは罵倒か、それとも妖怪流(笑)の皮肉か…
取り合えず協力的な反応では無い事を予測していた
しかし
「あ~ぁ……大人しく消えていれば腕一本喰らうくらいで許してやったのに…」
「まったくだ、人間お前は本当に無知なのか?
はたまた、イカレているのか……それとも蛮勇か…」
『可哀相に…』
は?
二人は一様に頭を垂れると、何と言うか…同情?
してくれてる様な雰囲気を醸し出している
てゆーか、無知かイカレか蛮勇って何だ?
俺?
俺がその三択の中に当てはまるってのか?
うるせーわ。
もういいや
ストレス溜まるだけだし、実力行使だ
引きずってでも追い返してやる
俺は意を決して足を半歩前に踏み出す
あぁ、でも俺も迷子なんだよな…
仮に彼等を捕まえたとしてどうすればいいんだろうか…
一瞬そんな考えが頭をよぎる
故に俺の目は彼等を捕らえておらず、やや泳いでおり、一挙一動に迷いがある
要するに俺の動作は緩慢だった
だが…それを言い訳にするつもりは無い
また、仮に俺の心に余裕がある状態だったとしても俺は同じ様に吹っ飛ばされていただろう
……………
…………………
change over
ははっ、早速殺りやがった!
先程まで、珍妙な格好で馴れ馴れしく我々に意味不明な説教をたれて来た人間は、轟音と共に目の前の藪へ消えていた
あの人間……(マトバとか言ったか?)の耳障りな声は掻き消え、今は鳥の囀りと……
「はぁ、はぁ…あ、あの人間」
『人間』を殴り殺した俺の仲間の荒い呼吸音だけだ
そう…あの人間はこいつに殺されたのだ
人間と妖怪の腕力差は歴然
今頃、あの人間は臓物を撒き散らしながら挽き肉になっている事だろう
良い気味だ
最近、人間は調子に乗っている
我々への『畏怖』が薄れているばかりか、あの博麗の小娘が提案した『お遊び』に感化され我々と対等になった気でいる
気に入らない…
何とおこがましい事か…
…だから
ちゃんと身の程を弁えて貰わないと
……しかし、妙だな
こいつ、あの人間を殺してから微動だにしない
呼吸は更に荒くなり、顔色は真っ青だ
……博麗を恐れてるのだろうか?
確かに、これは人間からしてみれば立派な異変であり、事によっては博麗が動く事も有り得る
可哀相に…不安なのか
俺は一歩踏み出すと、背中を軽く叩いてやる
「大丈夫だって、人一人、俺達で食っちまえば証拠は……………………………………………な……に…?」
俺はこいつが右手…
つまり、あの人間の腹を殴った自分の右手をじっと見ている事に気が付く
俺の言葉を無視し、ずっと見ているのだ
無論、俺の目もそっちに向かう
すると、そこには…あ~、その、そこには……
何と言えば良いんだろうか?
いや、別にこいつの右手が分裂して30本になったとか…そう言う訳の解らない事態では無い
だが『有り得ない』
今までの流れで、一体何が起こればこの様な『惨事』になるのだろうか?
「……お、お前、その腕は、一体…!?」
半歩…また半歩
俺はタララを踏みながら後退する
「なぁ…痛てぇ、痛てぇよぉ…」
ついに、こいつは右手を庇いながら涙を流し始める
こいつが嗚咽で肩を振るわせる度に、血が地面にシミをつくる
こいつが痛みで右手を庇う度に、皮膚を突き破り折れた骨が露出する
俺ともう一人の連れは顔を見合わせると、我に帰りこいつに近寄った
「だ、大丈夫か!?」
取り合えず此処から離れよう…
そう思い、こいつの肩を抱いた…
その時
「 待 て 」
聞こえるハズの無い声がした
死んだはずの…殺したハズの人間の声がした
「ひっ!?」
その人間の姿を見た瞬間、こいつはへし折れた腕を必死に庇いながら後退りする
俺ともう一人の連れは、庇う様にこいつの前に立ち塞がった
人間はただ半身の体勢で突っ立っている
信じられ無いことだが……あの攻撃が効いた様には見えない
そして一番腑に落ちないのは、本当に『突っ立っているだけ』…と言う事
憤る訳でもなく、逃げるわけでも無く…反撃する様子も無い
人間の左目は眼帯がされており、右目のみでただひたすらに、俺達を睨んでいる
いや…俺達を見ている事すら疑わしい
反応が無い
感情が見えない
何を考えているか解らない
お前は何処を見ている……!?久しく感じていなかった、懐かしく…それでいて不快極まりない感覚
いや…その『不快』と言う感覚すらも消し去ってしまう、圧倒的な生存本能の波
ああ…これか
これが『恐怖』か!!
そう自分の感情を悟った瞬間
奴は動いた
いきなり手に持っている細長い機器を弄ると、咆哮を上げながら突進して来る
来るならこいよ…殺ってやる!!!
……………
…………………
change over
痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
ちょっ…タンマ
何がどうなってやがる!?
俺はズレた左目の眼帯を直しながら急いで起き上がると、薮の中からはい出る
邪魔な草木を必死に薙ぎ倒しながら前進するも、腹部に感じる受け所不明のダメージに顔をしかめた
クソ…落ち着け、俺
トレースだ!
記憶トレースで何故俺が薮の中で地面にキスしてたのか推理するんだ!
……等と内心テンパりまくりながら進んでいる内に薮から抜け出す
と、そこで何故か青い顔でうずくまっている、例の三人を発見した
……そうだ、そうだよ!!
俺は彼等を帰そうと説得していた所、腹にスゲェ衝撃を感じたんだ
それでそのまま薮へ吹っ飛ばされて行ったんだよ
ナルホド
そう言う訳だったのか……
どう言う訳だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?
俺は自分の思考に本気でツッコミをいれる
だって人一人…俺の場合は装具や武器含め100Kgはある質量が数メートルも吹っ飛ばされるか!?
飛ばねぇよ!
……と言うことは、あの三人が何かしたに違いない
俺は心の中で何度も悪態をつきながら、防弾チョッキを撫でる
そこは、若干だが確実に凹んていた
陸上自衛隊の防弾チョッキに入っているのはケプラーでは無く、強固で一枚約6Kgある鉄板
それが凹まされるとなると……410番口径の散弾銃でも食らったのかもしれない
俺は身を低くし、被弾を避けるため片膝をついて身構える
そして、例の三人に声をかけた
「待…ゲフッ…て…ゴフッ…」
ぁふ……腹が…
俺は『待って下さい』と懇願しようとしたが、ダメージを受けた腹のせいで何とも間の抜けた咳を台詞と共に吐き出した
あ~、ちゃんと聞き取ってくれたか若干不安だが、当の本人達には問題無く聴こえたらしく、スゲー勢いで俺の方に顔を向ける
しかし、気になるのは彼等の様子だ
まるで幽霊でも見たかの様に顔面蒼白、口をパクパクとさせている
更にそのうちの一人については尻餅をついて……ん?
「っ!」
俺は尻餅をついた方の右手に視線を奪われる
い、一体どうしたというのか!?
彼の右手は無惨にへし折れ、地面には突き出した骨から滴るどす黒い血で水溜まりを作っていた
グロッ!
酷い…一体何が!?
俺は彼等に向かい、駆け出そうと腰を浮かした
が、寸前で思い留まる
よく考えてみろ…
そう自分に言い聞かせながら防弾チョッキの凹みを指でなぞる
俺が吹き飛ばされたのと、彼が大怪我をした理由を考えてみろ…
俺は背中に垂れる嫌な冷や汗と、つま先から虫がはい上がって来る様な焦燥感を無理矢理押し殺し頭を働かせる
その間は、俺にとっては正に永遠
視線はたえず動き、全ての視覚情報はカットされ、ひたすらに『思考』に専念する
そして、俺は一つの結論にたどり着く
その間、わずか数秒
だが…想定外の事態に晒されながら頭を酷使した為、体感時間は数十分
そんな極限で生み出された答え
それは…
どこかに狙撃兵がいる!!
間違いない
目の前にいる彼等は俺を吹き飛ばせる程の装備を持っていなかった
犯人は彼等では無い
現に内一人は重傷を腕に負い、涙を流しながら怯えきっている
つまり彼は腕を『狙撃』されたのだ
しかし…何故陸上自衛隊の演習場に!?
いや待て…あぁもう! もう少し現実的な思考をしてくれ、俺の頭よ!!
こんな所にリアルエネミーが居るはずねぇだろ、馬鹿馬鹿しい!!
となると…やはり
流 れ 弾 だ!!!!
・・・・・・・・・・・・ん?
いやでも、俺が高機動車で移動していた時…
あそこの区域から小銃・対人狙撃銃射座まで約10Kmも離れている
狙撃銃でさえ有効射程が約700~1000mと言うことを考えると明らかに 射 程 範 囲 『外』である
その事を踏まえると……
その…えぇと……あぁ……
ん~・・・はて?
どうなるんだっけ?
「………………………あぁもう頭痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
change over
HAKUREI side_
「はぁ、やっと終わったわ…」
私、博麗霊夢は年季が入りすぎて枝が擦り切れた竹箒を杖代わりすると、軽く溜息をついた
この時期、桜はとうの昔に散りきっており、たかが境内の掃き掃除でうっすら汗をかく始末
霜月(11月)の終わり頃は寒さに震えながら枯れ葉をかき集めていたと言うのに…
「時間が過ぎるのは早いものね」
……等と愚痴りながら先程集めた落ち葉を見つめた
それにしても…暑い・・・
私は誰も居ないのを良い事に、膝丈よりやや短めの袴の端を掴むとパタパタとあおぐ
「あ゛~、涼しいこう言う時、女って便利よねぇ
ま、小便時の利便性を求めるなら引き分けかしら?」
汗が引くまでやろう…どうせ参拝客なんて来ないし
此処、博麗神社は客が来ない
全く来ない
全然来ない
マジ来ない
・・・畜生が
問題は人里との距離が離れており、おまけに道中には妖怪がかなりの頻度で出没する
おかげで賽銭箱は年中すっからかんだ
つか、初代博麗(ご先祖)よ
もうちょっと、良い立地条件はなかったの?
「博麗大結界云々より、子孫が餓死るわよ…」
私は誰に言うでもなく呟くと、再び袴で風を送る
その時…
「はぁ、はしたない…楽園の巫女の名が泣くわよ、霊夢?」
声が聴こえた。それも聞き慣れた声だ
私は『無駄』だと分かりつつも辺りを軽く見渡す
だが、声の主を見付ける事は出来ない
まぁ、おそらくまだ『スキマ』の中だからだろう
「はん? 妖怪が・・・、発汗の不快さを知らないからそんな悠長な事いってられんの。つか出て来なさいよ、紫」
私は何も無い空間に適当に声をかける
すると再び声が返ってきた
「いえ、遠慮させて貰うわ」
あら? …おかしいわね
いつもなら勝手に上がり込んで、お茶啜ってるのに
「あら、紫にしては殊勝じゃないてか、何しにきたのよ?」
私は皮肉混じりに、そう言い放つ
すると声は、幾分落ち込んだ様子で返事を返した
「はぁ、時間がないのよ。今回の『異変』は厄介なんだから」
「異変~?」
私は素っ頓狂な声と共に紫の言葉を反芻する
「そう、だから今回も宜しくね、霊夢」
変ね……別に異常は感じないけど…
まぁいいわ、異変の解決は貴重な収入源だもの
面倒だけど……
「…分かったわよ。で、今回は何処のどいつをシバキ上げるの?」
私が自信満々に答えると、紫は何とも言えない苦笑いを返してくる
「ん~、それ程単純な事柄でも無いんだけど…。とりあえず、『彼』を保護してもらいたいの。話しはそれからよ」
すると何の前触れも無く、目の前に一枚の紙がヒラヒラと舞い落ちて来る
私は乱暴にそれを掴んだ
と言うか、これは紙じゃ無い…
「写真? …てか、何こいつ??」
その写真に写っていたのは一人の男
「彼は『的場 善路』、外来人よ。私がスキマで拉致ったの」
因みに、この妖怪はタチの悪い事に結界外の人間をスキマを使ってこの隔絶された楽園…幻想卿へと連れ込む(勝手に)癖?…みたいなのがある
「『拉致ったの☆』じゃないわよ。酔狂も程々にしときなさい」
等と口先だけで文句を垂れてみる
が…しかし、私の視線は写真の人物に釘付けになった
…別に私がこの人物に色気づいているわけではない
顔立ちは端正な方だが、二枚目と言うには無理がある
佇まいに気品溢れると言うわけでもない
指を二本立てる変わりに中指を立ている事から、どちらかと言えば……下品な印象を受ける
私が気になったのはその格好…もとい服装
「何、こいつ…」
本日二回目の台詞
いや、マジで『誰』じゃなくて『何』だから
写真の人物は泥だらけ汗まみれで、見たこともない緑と黒を基調とした変な服を着て、左手に……あ~、『細長い何か』を掲げている
ちなみに、右手は前記した『中指』だ
「彼、的場君が今回の異変の……いわば『キーパーソン』かしら」
き、きーぱー……は?
「主要人物って意味よ。で、霊夢…貴方は彼をどう見るのかしら」
「どうと言われても…森に隠れたら見付けにくそうね。兵隊でもしてんの?」
特に考えて答えた訳でもない
ただ脊髄反射で答えただけだ
しかし、私のその適当な答えを聞いた紫は嬉しそうに笑っている
「ふふっ…半分正解。彼は『自衛官』だもの」
side・shift
scene
『陸上自衛隊第54普通科連隊駐屯地・第98号舎3階・警務隊執務室』
「お疲れ様でした、原田1曹」
「いえ……」
内開きの扉が開かれ迷彩姿の男が二人出てくる
此処が自衛隊駐屯地である事から分かるように彼等は自衛官である
彼等は互いに事務的な挨拶を交わすと、『原田』と呼ばれた男はそのまま回れ右をし、部屋から退出する
「やれやれ、参ったねこりゃ…」
もう一人の男は原田が完全に居なくなるのを確認すると、重い溜息をついた
そのまま自分のデスクに戻ると、数時間前に買った飲みかけの缶コーラを煽る
炭酸の抜けきったコーラは想像に違わずマズく、余計に彼を沈鬱な気持ちにさせた
「あ、お疲れ様です北村曹長!!」
聞き慣れた後輩の声…
男…北村はそれが自分に向けられているものだと察すると、緩慢な動作で声の方を向く
「あぁ、小森…。全く、ホントに疲れたよ」
「……ですよね~。あの原田1曹って人、けっこう参ってましたよ」
いや、俺がな
……疲れのせいか、反論する力がわかん
北村は適当に話を合わせる事にする
「無理も無い、演習でいきなり部下が消えたと思ったら、今度は尋問紛いのめにあったんだ」
そう言って北村は、さっき自分と原田が出てきた部屋……『取調室』に目を配る
何故そんなものが有るかと言うと…此処は『そう言う職種』だからだ
『警務隊』そう呼ばれている
いわば自衛隊の中の警察…と言った所だ
我々はとある失踪事件を捜査しており、つい先程最後の取調が終った所だった
その最後に取調べた人物が、失踪人物の分隊長『原田 信行』一等陸曹
「ったく、脱柵するなら分かりやすくしてくれよ『有名人』。『神隠し』だの…馬鹿馬鹿しい……」
俺は誰に言うでも無く愚痴を吐き出すと、その『脱柵者』に感する書類を睨み付けた
この脱柵者が実にファンタジックな逃げかたをしたせいで、捜査は混乱している
そのままじっと書類を睨んでいると、小森が口にタバコを加えながら書類を手に取る
「脱柵者『的場 善路』…階級『陸士長』年齢は26歳……ん? 一選抜で『3等陸曹』に昇進? ……翌年、陸士長降格って…何やらかしたんですか、この人?」
小森は信じられない、といった風に口をあけると北村をみる
それもそのはず。『降格』自体重く、厳しい処分だ
しかも、兵を指導する立場の下士官(陸曹)からただの兵卒(陸士)に落されるなど、相当重い罪を犯したのだろう
しかし、小森の表情と打って変わって北村はポーカーフェースのまま小森を見ると重い口を開いた
「あぁ? さっき言っ通り、こいつは…『有名人』なんだよ。勿論、悪い意味のな」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
change over
MATOBA 's side_
「…………………あぁもう頭痛ぇぇぇぇ!!!!」
めんどくせぇ!
俺は瞬時に思考を中断すると小銃をローレディに持ち替え、彼等に駆け寄る
まぁ、無策だし状況は何も改善して無い
ただそれは、あのまま長考を続けていても同じ事
まずは彼等を保護しようと目の前の一人に手をかけた
その時…
「くたばれっ!」
俺は急いでのばした手を引っ込める
それと同時に右足を極限まで踏ん張り、自分のスピードを殺す
俺が止まるとほぼ同時に、目の前を拳が通過する
俺は拳圧を頬にモロ受けながら、後退した
「ちっ!」
例の民間人は舌打ちすると、更に一歩踏み込み俺を追撃して来る
待て、何故俺が殴り掛かられなきゃならん!?
さっきから超展開ばかりでまったく事態が把握出来ない
「ちょっ、ちょっと待て!」
半ば懇願する様な形になった俺の言葉にもこの民間人は無視
目玉をひんむいて、俺に殴り掛かってくる
冗談じゃ無い!
こんな状況で民間人といざこざなんか停職何ヶ月だ!?
だが…まぁこのまま大人しくぶん殴られる謂れは無い
拘束してしばらく大人しくしていて貰おう
と、俺は本格的に戦闘体勢に入る
が…相手を捕らえきれない
どういう事だ? 俺は右手で相手のパンチを捌くと、そのせいで痺れた右手を撫でる
ぶっちゃけ、こいつは素人だ
さっきからテレフォンパンチ連続している辺り間違いない
だが『抜けられる』
手首返し、首捻り、更にはタックルで転がした後の腕ひしぎも……
全て『力ずく』で回避された
第一、『パンチを捌いた手が痺れる』と言うのもおかしな話だ
・・・つまり総じて考えると、この男、凄まじく力が強い様だ
見た目こそ中肉中背の青年なのだが…
しかし本気こそ出してないが、ほぼ完璧に決まっていた関節技を力のみで解除されたのは事実
それが何かの間違いじゃなければ、彼と俺には大人と子供程の力の差が有ることになる
………………マジか?
俺は一気に距離をとると大声を出して牽制する
「待て!! 何故自分を攻撃するんです!? てか、その人の怪我を何とかしないと!!」
俺は一瞬だけ、複雑骨折を負った民間人チラ見する
彼はもう一人の民間人に介抱されながら目を閉じている
気絶? いや意識低下か。まずいな…視線を戻すと、俺と対峙している民間人は吐き捨てる様に俺に食ってかかる
「は? 貴様のせいだろうが!! どんな妖術を使ったか知らんが……ありゃ妖怪(俺達)でも三日は治らんぜ!」
「いや、三日じゃ治んねぇよ」
……しまった
つい地で突っこんじまった
ほら、何かすげぇ睨まれてるし
しかし…『妖怪』、か
その時、彼等の放った・・・俺が中二病だと馬鹿にしていた単語が掠める
「ちっ…」
馬鹿馬鹿しい、ナンセンスだ
俺は小さく舌打ちをすると、今まで遊ばせていた左手を構える
いいだろう
大人しく拘束出来ないなら、…制圧させてもらう!!
……………
…………………
change over
クソがっ!!
何が『三日じゃ治んねぇよ』だ
調子に乗りやがって!!!
俺はマトバに全力で肉薄すると、有りったけの力を込めて腕を振りかぶる
それに伴い発生する、空気を切る爆音
その速度、十分
威力は十二分
この拳が当たれば、人間どころか鎧さえも粉々になり、自身のラストスペルをも超える必殺の一撃
『妖怪』と言う優等性を全面に押し出した、単純にして最も合理的な物理の暴力
俺の腕は正に凶器となり、マトバの体を射ぬかんとする
だが……
「ふっ!」
俺の拳は遥かに脆弱なはずのマトバの腕によってあらぬ方向へと軌道を反らされる
同じ物を5~6撃マトバに放っているが、その全てを回避、防御されている
……俺とて人食いの妖怪
人里から迷い込んだ人間を同じ方法で殺った事は何度もある
だがこんな奴一人もいなかった
何故、何故だ!!
俺は内心愚痴りながら振り切った拳を戻そうとする
……が
「逃がすか!」
マトバは俺の腕を一瞬で掴む
それは酷く流麗な動作
これだ、この体術が一番厄介だ
これではまるで、『あの館の門番』の相手をしている様な……
等と思っていたその時
「オラァッ!!」
マトバのドスの効いた気合いと共に腹部に強烈な痛みを感じる
俺は驚愕のまま視線を自分の腹に向けると、そこにはマトバの膝が深く食い込んでいた
急いで距離をとろうと足掻こうとするも、マトバは前のめりになった俺の襟を掴む
奴はそのまま反転して俺を引きずり倒すと、俺の顔面に目の覚める様な突きを叩きこんで来た
これは・・・まずい!
こうしている間にも俺の体はマトバによって不自然な体勢に固定されかけ、自由は確実に奪われつつ有る
俺は必死に手をバタつかせる
すると何とかマトバの手首を握る事が出来た
俺はしめたとばかりに全力をもってマトバの手首を握る
「つ、潰れろ……」
……………
……………………
change over
MATOBA 's side_
「ぐっ、ぁ……!」
それは突然の出来事
驚愕と理不尽な事態に混乱しつつも、腕を襲う激痛に軽い悲鳴を漏らす
先程まで、間違いなく俺が有利だった
若干の罪悪感を感じつつも、この妖怪君(今、命名)の腹に膝蹴りを叩き込み引きずり倒す
そのあと、速攻で腕絡みを決めた
……までは良かった
そのあと、妖怪君がいきなり手首を握ってきたのだ
いや、『握る』とか生易しいもんじゃない
俺の手首は早くも鬱血し指先の感覚が鈍くなり、骨はメキメキと不穏な音を立てている
いや、ビビったね
邪眼使いやどこぞの喧嘩士もビックリの握力
だがな……
「ギッ…が……さっさと離しやがれ、人間っ!!」
それに伴い俺の腕絡みの締めも強烈になって行くんだがね
……ってか、マジで何なんだコイツ!!
俺、普通なら健が切れる位の力で締めてんだけど!?
「ウギギギギギ」
「アガガガガガ」
二人揃って変な声が出た
何か、もうただの我慢大会になっている気がする
何やってんだ、俺?
だが、遂にその妙な均衡状態が破られた
無論、悪い方へ
「っ! 人間ごときに何てこずってんだ!?」
側方から声が聞こえた
俺はその声に青ざめると、あることに気が付く
(そう言えばこいつら、三人いたんだよ!)
ヤバイ…クッソヤバイ!!
一人でも一杯だってのに、二人なんて無理だって!!
俺の処理能力のファッキンキャパを軽く凌駕してやがる
だが、『タンマ』っても聞いてくれないだろうし……このままボーッとしてても普通にぶん殴られるのは確定
クソ……
俺は彼等から一旦距離を置こうと、腕絡みを緩める
……が
「……っ、くくっ、逃がすかよ、人間風情…」
この野郎!!
俺を逃がさない為にわざと決められた腕に力こめやがった!
「しょ、正気かよアンタ!?」
コイツの行動で確かに俺の技は更にきつく決まり、更にさっきまでの握力による痛みはほぼ無い
でもな!
「動け無かったら意味ねーんだよ」
体からネバネバした汗が吹き出る
この事態を何とかしようと、ただがむしゃらに力を振るう
俺に有りったけの敵意を向けている二人を交互に睨みつける
今まさに俺に殴り付けようと予備動作を取った妖怪君
俺の技を受け、顔を苦痛と歓喜に歪ませる妖怪君
極限状態
そんな中、俺の頭に過ぎる走馬灯
それは俺の生誕から今までの事柄……ではない
俺の頭に過ぎったのは一人の兵士の姿
その兵士は、叫んでいた
武器は奪われ…
四肢を折られ…
装具は剥がされ…
器官を潰され…
数多の民兵に蹂躙されていた
その姿が、一瞬……俺に重なる
嫌だ………
そう思った瞬間、俺の頭は凄まじい打撃音と共に……不自然に横を向いた
痛い…
鉄帽が無ければ頭が陥没していただろう
防弾チョッキの首のプロテクターが無ければ首の骨が折れていただろう
「痛っ……固ってぇ! クソ、人間が…何て被り物してやがる!?」
「何やってんだ…ばかが…う、腕が…!げ、限か…」
俺は奴らのやり取りを無視し自分の右腰に目をやった
(銃剣……)
忘れていた
もとい、視野に入れて無かった
当たり前だ
俺は彼等に大人しくして貰いたかったが、×すつもりは無かったのだから
銃剣の存在を認識すると同時に頭を掠める暗い感情
人、それを『殺意』と呼ぶ
そうだ……喧嘩売ってきたのは奴らだし、俺はどうせ『自衛隊には置いて貰えない身』なんだ
処分が何だ…刑務所がどうした!!
何で俺ばかりこんな目にあってる!?
さっきの鉄帽への衝撃…尋常じゃ無かった
死ぬ、死んじまうよ!!
あんなん何発もくらったらぁ!!!
これはもう鎮圧活動じゃない、『戦闘』だ!!
殺られる前に…………!!!
そう悟った後の行動は速かった
俺は自分の腕を持っている奴に向き直ると、そいつの鼻っ柱に全力で頭突きを食らわせる
「ぶっ!?」
アラミド繊維で出来た鉄帽を被っての一撃
奴は盛大に鼻血を吹き出すと腕を緩める
その隙に、俺は全力で距離を取ると一瞬で銃剣を引き抜き、奴らに突き付ける
時間がえらくゆっくりと流れている様に感じる
互いに声を発しない
奴らは剣先を……
俺は奴ら自体を……ひたすら凝視する
OK OK
分かった、お前らが妖怪云々は置いといて、強いのは理解した
身に染みた
俺に向けているのが『敵意』じゃなく『殺意』だってのも……
鉄帽を本気で殴る頭の悪さも……全部理解した
だから…来いよ
相手してやる
来ないのか?
うん、良くわかってるな
武器持ち相手に先制は厳禁だって言うこと
そうか、そうか
じゃ、セオリーに当て嵌められるように……俺から行ってやる!!
俺は全力で走り出す、銃剣は右手のセイバーグリップに持つ
「っ、来るぞ!?速い!!」
一歩、また一歩
奴らの間合いに侵入していき、俺は瞬く間に一足一刀の間合いへ
その際、挟まれないように……
奴らが一直線になる位置取りを忘れない
一足、そして……半歩
間合いに…完全に入り込む
「っ、ウぉぉっ!!」
奴の声、焦っているのか
何て無用心な攻撃だろう
俺は奴の突きに合わせ銃剣を振るう
狙うは手の甲。完璧な『スネークバイト』
銃剣には刃がついて無いが、骨位、折れるだろ
俺は何の感慨も抱かぬまま銃剣を振るった
視界の端にうつる奴の顔が、一瞬後悔に歪む
はっ、目は無駄に良い様だ
が、遅い
俺は容赦無く銃剣を振り下ろそうとして……
「上出来です、的場士長……剣を…納めなさい」
……その何だ、結果的に言えば振り下ろせなかったのだが…
何と言えば良いのだろうか?
今の現状を語るとしたら……女が、出て来た
いや、訳分からない事言ってるのは重々承知だ
でも……やっぱり…訳が分からん
つまり自分で現状が理解出来ていないから、然るに説明も出来ないと、言うことだ
「ほら、そこにいる妖怪諸氏もいつまでもカリカリしないで」
女はため息混じりに、そう言うと『九本の尻尾』をフワリと翻す
…………………ん?
コ、コスプレ???
俺は銃剣を握ったまま暫しボケーッと突っ立つと今度は服装に着目する
尻尾……?
そして着物……にしては、その何と言うか、うん、あれだ。大分、サイケデリックだ
てゆーか、何あの変な帽子
女と妖怪君が何かを話している
とりあえず俺は尻尾にくぎ付けであった
……………
…………………
「ほら、そこにいる妖怪諸氏もいつまでもカリカリしないで」
「っ!」
一瞬何が起こったのか理解できなかった
つい数分前、俺はマトバの攻撃を受けようとしていたのに……
…何故、貴女様がこんな所に?!
マトバに不用意な攻撃を仕掛け、手首を切られそうになった先程とはまた別の意味の汗が吹き出て来る
後ろの連れ二人も、呆然とその方をみている
「や、『八雲 藍』様……」
俺は無意識の内に目の前の方の名を呼んでいた
すると八雲様は俺の方を向くと、苦笑いを浮かべる
「ははっ、硬いね君
私の周りには無遠慮な奴らが多くてね
別に『様』付けで呼ぶ必要は無いんだけどなぁ…」
「なっ!? そんな事できるはずありません!!」
あの大妖怪『八雲 紫』の式にしてご自身もあの『九尾の狐』
この俺など足元にも及ばない…
俺は無礼と思いながらも、物凄い流し目で八雲様の尻尾を凝視する
何と美しい事か……
あえて不満を言うならば、あのクッソ目障りなマトバの野郎が重なって見える………
ん?
一言で言うならば違和感
「………?」
ああ、そうか
マトバの野郎が八雲様の後に近付いていたからか……
てゆーか、近くね?
近すぎね?
俺は『消えろ、カス』と言う意図を込めてマトバを全力で睨んだ
が、どうも気付いていない
奴の視線は八雲様の尻尾に移っている
おい、見とれるのは分かるがそんな見かたが有るか!
失礼過ぎるだろう!!
俺は絶えずガンを飛ばすがマトバ全く気付かず、しばらく何か考え込むと…
『マトバは…』
え?
『右手を…』
ん?
『延ばし…』
お、おい…
『八雲様の…』
まさか…
『尻尾を…』
「や、止めろっ!!!!!!!!!!!」
『全力で掴み上げた』
………………
……………………
失礼だ、と言うことは百も承知だ
例え、俺の目の前でなびいている九本の尻尾が作り物だったとしても……
いきなり触れたらこのレイヤーさんも気分を害するだろう
ふむ、しかしこれは何のキャラクターのコスプレなのだろうか?
俺自身、『そっち系のサブカルチャー』にはあまり興味が無………………………かったのは昔の話
ここだけの話し、自衛隊はオタクがヤバイ程多い
最も、ミリオタ軍オタの割合は結構低め
大半がアニオタだ
更に自衛隊が閉鎖的かつ女性が少ないってのも手伝って、俺自身あまり抵抗は無い
今では営内のゴツい体格の後輩達と一緒に見る深夜アニメは一つの楽しみとなっている
と言う訳で、ちょっと失礼
俺はまず腰を落とし膝を曲げ、踵から地面に足を着ける
こうする事で体全体をバネにして足音を最小限に抑えると共に被弾率と射撃の精度を上げる
これは現代における近接戦闘術『CQB』の移動技術『MIDDLE』
それを最大限に駆使し、レイヤーさんに接近する
気分的には完全に蛇の人だ
まぁこの程度、夜の斥候に比べれば容易い……
ぶっちゃけ楽勝であった
むぎゅ☆………と言った擬音が聞こえた気がした
「おー、本物みたいだ
すごいっスね、この尻尾……何か暖かいし」
何の素材ですか?
…とレイヤーさんの顔を伺おうとするが……
はて?
何故だ、彼女は顔を伏せて俺が尻尾を握る度にビクビクと身を震わせている
怪訝に思いながら尻尾を掴むのを止め立ち上がろうとした
その時…
「「このアホがぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
は?
彼女が現れた為、完全に忘れていた
あの三人の事……
「っ!?
レイヤーさん、下がって下さ……って、ん?」
どういう事だ、先程の二人は腕が折れたもう一人を抱えると、チャリ並のスピードでこの場を離れて行った
「ちょっ、待てゴラァ!!」
一応、あいつらは罪人である
演習場に入った程度なら、割とガチで笑って許せるのだ
が、奴らは俺に殴りかかって来た……いや、明らかに『殺意』があった
危険だ、放ってはおけない
俺は腰に下げた銃剣を一瞥すると、レイヤーに話し掛ける
「あいつら知り合いですか?」
「…………」
無視かい
「…まぁいいや、とにかく何でこんなとこでコスプレしてるのか知りませんが、演習場から出て下さい。道が分からないなら『助けて』と叫びながら太陽を背にして前進してください。他の自衛官が発見してくれるはずです」
俺はあの三人を追うため走り出そうとする
(何者なんだあいつら…一人は意味不明な重傷だし、めんどくせぇな!)
俺が一歩踏み出したその時…
「おい、待て貴様」
「おぁ!?」
走り出す事が出来ず後ろ向きにぶっ倒れそうになる
転倒は避けるが……何だ、掴まれたのか、襟首!?
あのレイヤーか!!?
「何のつもりです、放せって!」
さっきの三人も馬鹿げた力をもってたが……
(ちっ、コイツも大概だな! 本当に女か!?)
「君は……」
ん?
俺はどうにか逃れようと四苦八苦していたが、唐突に女が口を開いた
「君は、一体何処を触っていたのかな?」
そう言って女は顔を上げた
頬は僅かに紅潮しており、若干涙目になっている
「何って小道具の尻尾……………………………ん?」
そうだ、良く考えてみればおかしな話だ
彼女は俺が尻尾を握る度に体を震わせていた
これはつまり体の感覚が尻尾と連動していたのだ
尚且つ彼女の今の表情
これから推測出来る事は一つ
「す、すみません!
不作法に触ったりして……」
「はぁ、いや私こそ…
敵意や殺意も無く私の後ろにしゃがんだ時は何をするかと思ったが…」
彼女はため息をつくと俺の襟首を放す
「さて、尻尾の件で君はわかったと思うが…」
「まぁ、一応」
尻尾に対する彼女の反応つまり……
「その尻尾の根本は尻の穴に突っこまれている。
要はア○ナルプ」…………
………………
俺、『的場 善路』は夢を見ている様だ
いや、比喩とかじゃ無くてマジの寝てる時に見るヤツね
その証拠に、俺視点で今までの記憶やら妄想の屑が無秩序に映像となっている
自覚して見る夢…『白昼夢』
別に白昼夢自体、俺的には珍しくない
と言うのも、俺はある日を境に白昼夢を良く見る様になった
ま、今となってはどうでもいい事だ
(問題は何故俺が呑気に夢なんて見ているのか……だ)
……等と思案していると、目の前(?)の風景が何の脈絡も無く切り変わる
『いや、三日じゃ治んねぇよ』
これは……あぁ、妖怪君とのイザコザね
俺はその後、妖怪君と取っ組み合いをし、レイヤーさんに襟首を掴まれている
ははっ、今回の『映像』はやけに鮮明だな
余程、印象的だった様だ
そして、シーンは流れて……
(おい、マジかよ!?)
俺は久々に白昼夢で衝撃を受ける
例のア○ルプラグのレイヤーだ
顔を真っ赤にして肩を震わせる彼女の周囲
そこには幾つもの『光弾』が浮遊していた
手品……?
いや、違う!
記憶の中の俺は何か必死に謝罪していると、その光が俺を襲い……そこで目の前は真っ暗になる
記憶の再生が終ったのだ俺は何をされたんだ?
こうやって呑気に夢を見ている事から、最低『脳』と『臓器類』は無事なはずだ
ちっ、情報が乏しい
さっさと起きて周辺の状況を確認したい
しかし不便な事にいくら夢の中で意識があっても、強制的に起床する事はできない
俺は若干煩わしい、と思いながら『暗闇』を見続けていた
……はずだ
ゴシャ!
「ウゲッ!!」
い、痛い
畜生、夢じゃねぇ
マジで痛い
いきなり全身を叩き付けられた様な衝撃が俺を襲う
目はまだ開けず軽く手足を動かす
どうやら俯せになって倒れている様だ
……デジャヴュを感じる
「ちょっと、藍!?
いきなり扱いが雑すぎじゃない!?」
ん?
女の声……?
まぁ、声色から察するに大分若いようだが…
「はん、良いんだよ霊夢
コイツ人間にしちゃ相当頑丈みたいだし」
あ、さっきのレイヤーの声だ
てか、『レイム』ってのがもう一人の方の名前か…?
漢字でどう書くんだ?
想像つかねぇよ
「何で分かんのよ?」
そうだ、俺はデリケートなんだぞ
「この男、森で下級の妖怪三人と殴り合いしてたからね」
下級?
……妖怪君には階級が有るのか?
「はぁ!?妖怪相手に殴り合い!!?
ブッ飛んだ外来人ねこの人……」
……あ、ヤベ
駐屯地にチクられたらめんどくせぇな
「そんだけ丈夫なら、もう起こしても良いわよね…」
足音が一つ近付いて来る
そして、一度、二度と体が揺すぶられる
「起きて、藍の弾幕で死んじゃた訳でもないでしょ?」
その声は俺の頭上から聞こえた
俺は少し目を開く
と……
(!!!!!!!!!!!!!!)
「ど、どうしたの?」
(み、巫女さん!?)
見馴れないタイプの巫女服だが……
だがそんなことは関係ない
何故なら彼女は…『俯せになってる俺の顔の横に膝を屈伸した状態で屈んでいる』から
……ぶっちゃけ、ご馳走様状態
俺は体の痛みを無視して右親指を立てて一言
「巫女さん……ナイス…ホワイト」
……………
…………………
「はぁ、ここが…その幻想卿ぉ?…ですか…」
俺は頬杖をついてお茶をすすると、目の前の巫女の『格好』をした少女の話にテキトーな相槌をうつ
「そうよ…外界との接触を断ち、現代世界では幻想となった魑魅魍魎が遍在する世界……
って……
ゴラァ、エロ兵士!
ちゃんと聞いてんの!?」
……聞いてたよ、飛ばし飛ばしだが
「ん~?
はぁ、まぁ……ってか博麗さん、『エロ兵士』って何とかならんスか?」
俺は不名誉な二つ名に文句を言うが、彼女はニッコリ笑うと、こめかみの青筋をピクピクさせながら一言…
「ナイスホワイト」
「……スンマセン」
俺は額から一筋の汗を垂らすと、あからさまに博霊さんから目をそらした
炬燵の中で足を組み変えると、さりげなく少女をみる
目の前の少女は俺に『博霊 麗夢』と名乗った
何やらこの幻想卿…とやらの『なんちゃら結界』を管理している巫女さん……らしい
全く馬鹿げた話だが……当の説明者本人はガチで言っている気がある
で、彼女は俺を神社の中に引きずりこんだ後、その事(幻想卿云々)を実に15分にもわたり説明しやがった
有り体言って彼女は『本物』だった
ここまで徹底した中ニ病(残念)を発現した子を見るのははじめてだ
しかし…もったいない
「何見てんのよ…いやらしい」
「え、いや……ゴメン」
彼女は鼻で笑うと、プイッ、とそっぽを向いた
その動きに伴い、彼女の豊な黒髪が揺れ、見事な輝きを放っていた
「………………………………………………ちっっっくしょうっ!!!」
「わ!?
な、何よ、いきなり……?」
もったいなねぇんだよ!!
そう、彼女はそこいらのアイドルなんて目じゃ無いほどの美少女なのだ
(まだ十代半ば位だろうに………いや、だからか
とにかく、一体どこでどう道を間違えたのか……くっ!)
…………だが、三年だ
お兄さん、君の三年後がとっても楽しみだよ、グヘへ
……って、ゲスな思考をしている暇は無い
第一、演習場にこんな神社が有るなんて初耳だ
てか、危ぇし
さっきの妖怪から始まって、レイヤー(帰ってしまったらしいが…)やら神社やら…
管理の幹部は何処に目ぇ付けていたんだ
俺は少し温くなったお茶を飲み干すと、背伸びをして立ち上がった
「えーと、博麗さん
お世話になりました
じゃ、自分はこれで……」
そう言うと、俺は銃と装備を身につける
そんな俺の様子に彼女はキョトンとしていたが……
「ちょっ、待ちなさいよエロ兵士!
何処に行こうっての!?」
何故か彼女は焦燥をあらわにして俺に詰め寄って来る
……………なんで?
彼女の意図が全くもって理解出来ない俺としては、引き攣った笑みを浮かべるしかない
「え?それは……自分は状況下(仕事中)ですし、あんまりご厄介になるのも失礼かと思いまして」
「何言ってんのアンタ!?
そこら辺ウロウロされて、勝手に死なれたら紫に怒られんの私なんだから!!」
「…………………はい?」
死ぬ訳ねーよ
そこら辺ウロウロして死ぬ要因を教えてくれ
メキシコか
つか、由香利(漢字あってる?)って誰……俺は再び愛想笑いを浮かべると、さりげなく腕時計を見る
1423(ヒト、ヨン、ニ、サン)……やっべ、余裕で正午過ぎてやがる
飯も食ってねぇよ
俺は溜め息をつきたいのを我慢しつつ、この数十分でかなりスキルアップした愛想笑いを浮かべながら彼女を諭す
「大丈夫ですよ、博麗さん
例え妖怪が襲って来ても…ほら、自分はこの通り自衛官です」
……やっべぇ
何か自分で言ってて爆笑しそうになったんだけど
彼女にはばれて無い…よな?
俺が博麗さんの表情を窺うと、彼女は『あ~、分かって無いんだから』…とでも言うように頭を左右に振った
可愛いけど…なん……か
…………ムカつく☆
何故か知らんが彼女呆れた様な表情を作ると口を開いた
「いい?
エロ兵士
貴方は確かに強いんでしょうね
この世界の人間の水準を大きく上回る体格
生身で妖怪と格闘する技術
発達しすぎた兵器……
まぁ、実際たいしたものよ
でも、この『幻想郷』を嘗めすぎよ、あんた」
……いや、参った
この娘、勝手にエンジン全開になっちまったんだが……
もういいや
相手しないでおこう
って言うか、彼女……中二病云々よりガチでヤバイんじゃないか?
「あぁ、ありがとう
じゃ、自分は帰りますんで…お茶ご馳走に………っ!?」
俺は恐縮しながらも彼女の目を見て礼を言おうとした
でも、言えなかった
彼女は俺を見ている
その瞳の奥は年端もいかぬ少女には不釣り合いに濁っていた
しかしその眼光は異常に鋭く、ある種の生命力に満ちている
「………………へぇ」
知らず知らずの内にそんな言葉が俺の口から漏れていた俺は愛想笑いを完全に止め能面に戻ると、彼女に何も言わずに背を向け部屋の外に出る
そのまま、廊下の縁に腰かけて半長靴を履き、速やかに境内まで『撤退』する
……知っている
俺はあの目を知っている
間違いない、あれは『少年兵』と同じ目だ……
彼女は一体、何者何だ?
まさか、本当にここは『幻想郷』なのか?
だとしたら彼女はそんなイカレタ世界を管理・維持して行くだけの力をもつ化け物だってのか?
俺は足を止め、もう一度神社を見遣る
「……………はっ、アホくさ」
……ちっとあの娘に感化されちまったのか?
俺は苦笑しながらも神社から目を離し、前進しようと……
「何処にいくの?」
「!?」
俺は足を止めると、全力で『神社の方向』にバックステップを踏む
一瞬、何が起こっのか理解できなかった
いや、今も理解していない
俺が神社に背を向けた刹那、俺の目の前に立っていた人物……それは…
「博麗…霊夢……!」
全く気付かなかった
彼女……このガキが一体何時、どうやって俺の前に現れていたのか……
「言わなかった?
勝手にウロつかないで」
……ホラー…だなオイ
「邪魔だ、ガキ……
退 け
」
俺は得体の知れぬ不安を拭い去ろうと、必要以上にドスの効いた声を吐いた
だが、博麗は臆した風も無く……むしろ口を歪めている
「随分と横柄ね…ま、やっと本性が出たって感じ?」
HAKUREI・Side_
(はぁ、厄介な奴…)
私は目の前のエロ兵士から目を離さずに心の中で溜め息と悪態を着いた
エロ兵士…もとい『的場 善路』は今にも私に飛び掛って来そうな物腰で私を凝視している
その表情も硬く…と言うか、完全に能面
的場の思考が分からない所か『感情』すらもサッパリだ
怖がっているのか、ただ単に牽制しているだけか、或は…………………楽しんでいるのか
分からない
(……まったく、多少驚いてくれる程度で良かったのに)
私は再び心中で愚痴ると共に自分の行動を悔いた
元来、私は外来人がどうなろうとあまり興味が無い
とは言え、そりゃ目の前で殺されかけてたりしてりゃ流石に放ってはいないけど……
何にせよ、私がこの野郎に何度も忠告をしているのは単なる老婆心では無い
妖怪の賢者『八雲 紫』からの要請であり、今もなお起こっている『らしい』見えざる異変の鍵?…だからだ
つまり、私は自分の状況を理解して無い阿保野郎(的場)にしっかりと現実を見てもらうために、ここまで回りくどい引き止め方をしたのに……
「俺の言葉は理解出来るだろ?
これ以上しょうも無い戯れ事吐くならガキとは言え、処分の対象にするが?」
……なんか闘るきである
やれやれ、ここまで警戒させるとは…
でも現実問題どうしようかしら?
エロ兵士の力量は分からないけど私が負ける程の力を持ってるとは思え無い
もし闘りあうとしたら接近戦は駄目ね
妖怪と生身で殴り合うキチ×イだし
かと言って、遠距離…『弾幕』は……?
いや、相手は『銃』とやらを保有している
あれの弾速は桁外れだ、目視は無理だろう
なら霊力で防ぐか?
『香林堂』で前に見せて貰った『ふろんとろっく式なんちゃら』とか言う銃の弾は比較的楽に弾けた
エロ兵士が持ってる『銃』と見た目がだいぶ違ったけど、大丈夫よね?………………
………………………
(やべぇ…どうしよう……?)
俺は焦燥を博麗に悟られないように精一杯の無表情を装う
確かに彼女…博麗 霊夢には得体の知れないモノを感じる
それは言うなれば、『実包を装填した銃を突き付けられている様な感覚』
…………と言うのは言い過ぎか
その、まぁ正しくはあれだ…
『そこら辺のチンピラに点火したロケット花火を突き付けられてる』
……位の危険度を感じる
別に彼女から殺意的なモンは感じ取れない
ただ、言動と思考は爆笑モノであるがね
一番の問題は俺が彼女の行動に過剰反応してしまった事だ
彼女の気迫に呑まれ、『嫌な事』を思い出したせいだが…
『邪魔だ、ガキ』とか……
スゲー自己嫌悪だよ
彼女は得に気にしていない様だが……恥ずかしい
彼女と俺は相変わらず睨みあったまま微動だにしない
……いい度胸してるぜ
なんか、ノリ的に一戦有りそうな感じてある
やだなぁ
(どうしよう、この空気……もう適当に謝っちまうか?
てへぺろ…とか言って……)
等とこの場の収拾方法を考えていると……
「ヤッホー!
れいむぅ~いるぅ?」
怪しい滑舌の女の声
それは博麗の後方
つまり、階段の下から聞こえて来た
博麗は何故か溜め息をつくと、何やら階段の下の方にいる人物に向かって話かけている
どうやら博麗の知人らしい
………つーか
また、パンピーかよ
どうなってんだこの演習場…
……………
…………………
「ヤッホー!
れいむぅ~いるぅ?」
階段を踏む軽快な足音と舌ったらずな……と言うか、単に滑舌の悪い聞き慣れたロリ声が耳には入り、私の集中は盛大に四散した
私はエロ兵士に警戒しつつ振り返ると、眼下の幼女に声をかけた
「翠香……あんたねぇ
タイミングを考えなさいよタイミングを…」
私が呆れ半分に返答すると、彼女は(現状を理解しているのか、いないのかは知らん)屈託無い笑顔を私によこした
そのまま、20段は有ろうかと言う階段を一歩で登りきると、左手に持った一升瓶を景気良く煽る
「ぷは~っ!
いやぁ美味いっ!!
こいつはあのメガネの店から買った外界の逸品だよ!
霊夢もどう?」
とても私より頭一つ以上低い少女の台詞とは思えないが……まぁ、『いつもの事』だ
もっとも私自体、外の世界のお酒に興味はあるが……
「遠慮しとく」
私は出来るだけ未練を隠して答えると、翠香は不満げに頬を膨らました
「えー……何でぇ~?」
翠香の質問に私は無言でエロ兵士に指を向けた
「外来人よ
色々と、紆余曲折が有りまくって険悪………
って、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」
翠香はこれまた私の話を聞いてたのか、聞いて無かったかは知らないが、フラフラした足取りでエロ兵士に接近している
全く、これだから『鬼』って奴は…!!
……………
…………………
「……………」
俺はいきなりなの来訪者に注目しつつ、博麗を警戒していた
するといきなり、何の前フリ無く少女が現れたのだ
歳は多めに見積もっても11.2才といった所だ
やや明るめに染められた長い髪と側頭部の少し上から生えた『角』が印象的な美少女だ
彼女は一升瓶をラッパ飲みし、博麗と一言二言交わす
その後、ふらふらとした千鳥足でこちらに接近して来る
少女の両手首には厳つい鉄球付きの鎖がついており、歩く度に『ゴリゴリ』と鉄球が地面をえぐりあげていた
「あんたぁ、れいむに迷惑かけてんじゃないよぉ
一緒に飲めないじゃん」
少女は焦点が定まっていない目で俺に文句を垂れた
その時に、この『少女』の口から濃いアルコールの香が……
俺はあえて少女を無視し、左手に豪快に捕まれた一升瓶のラベルを見た
そこには……
『土○鶴』
……これはあれか
毎回、金賞を掻っ攫っていく、あの……
俺はとりあえず、少女と○佐鶴を交互見る
「……………」
「……………」
両者、無言
進展が欲しい、そう思った俺は半分テンパった状態で……
とりあえず……
角を掴んだ「ひゃんっ!!
ちょっとぉ…いきなりな何すんのさ?」
少女は元から赤かった顔を更に朱に染めると、俺の手を払い除けた
ちなみにその時、俺の手から出た効果音を表すならこんな音だ
『ゴキャ』
俺は手を必死にさすりながら、油汗まみれの顔で笑顔を作る
「あぁ、ゴメン
立派な角だったからつい…」
「もぉ、れでぃーの角を勝手に触るなんてびっくりしたんだからね~
あ、手ぇ大丈夫ぅ?」
「あぁ、大丈夫ですよ
多少ゴキャっただけですから」
「ゴメンゴメン
あ、あんたも飲む?
土佐○」
「え?
いや、自分は自衛官ながらお酒弱くて……」
「なにそれ~?
私なんか一日で酒の二斗や三斗余裕だからね
お酒飲まないと力でないよ~」
……一斗って18リットルくらいあったよな?
少女はそう言って鎖に付いた鉄球を軽く振り回して地面に叩きつける
因みにその時の衝撃音はこんな感じだ
『ドッッゴォォォォン!!!!!』
「いや、凄いっスね
」
「ま、鬼の私にとっちゃ楽勝よラクショー」
と、無い胸を張った
「なるほど、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ………………………………………………………………………………………………………………………………………………早う突っ込めアホ巫女がぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」
俺は完全に傍観していた博麗に全力を持って突っ掛かる
しかし当の彼女は『え~…あたし?』とばかりに顔をしかめる
ちっ……最近のガキャァ……
お前の方が年上だろうが…
何で止めない!?
「君っ!
よこしなさい!!」
「あっ!
何すんの!?」
俺は一瞬で角のアクセサリーをした少女から焼酎(←土○鶴)を引ったくる
涙目になって抗議して来る角少女には若干良心が揺らいだが……
急性アル中になって死なれたらもっと後味が悪いだろう
別に俺は警官じゃない
未成年が飲酒した所でそこまでとやかく言うつもりはない
現に自分も高校からタバコを吸っていた
飲酒している未成年を見ても、『飲み過ぎんなよ』と思いながら苦笑いするだけだ
だが…それを許すのは『ある程度体が成熟して来たら』の話
こんな小学生高学年クラスの小さな女の子が20度以上の酒を飲んで酔っ払っているなんて……
俺は心を鬼にして角少女を睨むと声を荒げて一喝する
「馬鹿か君はっ!
いますぐ便所で胃の中のもん全部ブチまけてこいっ!!」
「エロ兵士、返してあげなさいよ
大人げ無い…」
博麗はと言うと、何やら苦笑いしながら俺と角少女のやり取りを眺めている
……糞ガキが
「あぁ!!?
ゴラァ博麗っ!
年長者ならそれらしく振る舞えやぁ!!
この子を見殺しにするつもりか、てめぇ!!?」
俺は人を食った様な態度の博麗にマジギレし、大声を張り上げる
だが博麗は得に臆した風も無く、両耳に人差し指をつっこみ、相変わらず斜に構えている
もう一度気合い入れてやろうと、肺に空気を溜め込む
しかし……
「いや、あのねエロ兵士
そろそろガチで返して」
博麗の口から出たのは俺を嘲笑する台詞では無かった
その声色の節々に焦燥と緊張の影が見え隠れしており、彼女自身も額に一筋の汗を垂らしている
そんな博麗の態度に俺は、一瞬状況が理解出来ず困惑する
「おい…博麗
一体ど」
返 せ
俺が『一体どうした?』と言いきるより早く、声が聞こえた
それもその声色はあらゆる負のオーラが濃縮還元されており、殺意すら伺わせる
(だ、誰だ!?)
俺は必死に視線をさまよわせる
結果は…
敵参兵不明(分かりません)
……待てよ
よく考えれば…いや考えなくとも、この場にいる人物なんて俺を含め三名しかいないのだ
博麗は相変わらず眉間にシワと汗を浮かせているだけだし、例の声の主とは到底思えない
俺は……問題外だ
乖離性同一性障害(多重人格)になった覚えは無い
と、なれば消去法で
……俺は恐る恐る自分の下方
つまり『翠香』とか呼ばれていた少女に目を向ける
その時……
「うぉっ……!?」
俺の右頬ギリギリを無機質な鉄の塊が猛烈な速度で通過する
(投げたのか、この少女が…!?
避けれたのは完全にマグレだ…糞)
鉄球は鎖の長さ分延びきると、角少女が鎖を引き鉄球を手元に戻す
角少女はその鉄球を無造作に地面に投げる
その後に俺を見据え、形容しがたい……はっきり言えば吐き気を催す笑みを俺によこした
「エロ兵士!?
糞…、止めろ翠香っ!!」
続いて博麗の怒声
(何なんだよっ!)
完全に事態が飲み込めないが…
ここ数時間、状況から何度も何度もおいてけぼりを喰らっていれば、流石にその後の対処には慣れる
89式小銃のヒ筒と床尾をしっかり握る
そのまま角少女に向かうと……
「せぁっ!!」
気合いと共に全力の『銃床打撃』を角少女の頭部に叩き付ける
角少女はタララを踏んで後退したが……倒れない
俺の記憶が正しければ、この技を喰らった奴は、例え屈強な兵士でも盛大に顎の骨を砕かれながら気絶する筈だ
(やっぱり、この角……妖怪か!)
その時角と一瞬目が合い……淡々と俺は思った
俺は殺される
俺に一瞬、そんな思考が過ぎる
その思考に何かが吹っ切れたのか、俺に『容赦する』つもりは一切無かった
銃床打撃から床尾盤打撃、前蹴り
更に角少女の頭部を掴み反転して後頭部に膝蹴り
そのまま遠心力と重力、更には体中から使える筋肉をフルに使い角少女の後頭部を地面に叩き付ける
留めに、顔面を殴りつけると……
「……っ!!」
普通の靴より重量と頑丈さが何倍もある半長靴で顔面を思いっきり踏み付ける
突き以外、全て頭部狙い
普通の人間なら初手の銃床打撃で重傷、後頭部への膝蹴りで意識は無く、最後の踏み付けで頭蓋骨は砕けているだろう
だが……
この角少女、死んでいない
俺によって仰向けに倒されたままぴくりともうごかないが……頭蓋骨を踏み抜いた感触などなかったし、何より角少女を攻撃した拳や膝が痛む
(硬すぎる……)
俺は銃剣を抜こうと、右手を柄を握る
しかし……
「エロ兵士!
あんたもいい加減にしなさい!!
そんなに殺されたいの!?」
博麗はかなり強い口調で一括すると、俺の右手を抑える
「へぇ……誰に殺されるって?」
さっきまで飄々とした博麗がここまで態度を一変させるのには驚いた
しかし、俺もかなり興奮している為か、売り言葉に買い言葉だ
俺は大人げ無くも、自分より頭一つ分以上背の低い少女にマジになるという醜態を晒している訳だ
しばらく二人で睨みあいが続くが……そんなロマンチックな場面も終りがやってくる
「……止めときなよ
私でさえ満足に殺しきれないあんたが…霊夢に敵うわけないだろ」
「ちっ……全然効いてないじゃねーか」
「翠香……」
角少女……いや、もういい認めよう
『妖怪』はのそりと起き上がると、例の『吐き気を催す笑み』を俺に向けた
HAKUREI side_
なんつー醜悪な笑みだろう。 さっきまでの酔いどれフェイスが愛おしいく思える。
私はエロ兵士の腕から手を退け、『鬼』を見つめた。
その鬼は元来大人しい性格だが、何時も酒に脳をヤられているため、マイペース。
そんな彼女のお陰で姦しくも、愉快な時間が更に増えた。
その事を私は口には出さないが、感謝している。
だから……そんな笑みを浮かべて欲しく無かった。
「あ~もうっ! 萃香、酒取られたくらいでマジギレしないで!」
「…………」
一応、萃香に話かけてみるが反応は無い
何か、戦闘スイッチ?……みたいなのが入っている様だ
相変わらず、目玉をひん剥いてエロ兵士に殺気を飛ばしている
やばいな……
エロ兵士は紫の『大切な鍵』だ。 エロ兵士に手を下させて、萃香が紫に何されるか……
「エロ兵士、あんたは逃げて。 萃香はわたしが何とかする。」
「………何?」
「どうせ、萃香の殺気で軽く恐慌起こしかけてんでしょ!? いいから速く行け!!」
今の萃香の『殺気』は異常だ。
辺り一面負の念が漂い、 一般人には到底耐えられ無いだろう。
あまつえさえ、エロ兵士は外来人だ
普段から『幻想に慣れて無い』為、気絶してても可笑しく無い。
私は喝を入れる様にエロ兵士の顔を睨もうと振り返ろうとする。
……だがその動作より速く
「Motherfucker!!(ざけんな!!)」
「っ!?」
その言葉の意味は分からない。勘だが、恐らくとても汚い意味なのだろう。
重要なのは、エロ兵士の放った怒声で辺りの『負の念』が一気に消し飛んだ。
空に…大地に…、その場に生きる動物全ての本能にたたき付ける『言魂』
私、そして萃香すらも目を見開いてエロ兵……いや、『的場 善路』を見つめた。
善路は徐にタバコに火を付けると、萃香を睨み付ける
「おい、白パン脇巫女。」
そして、私を顎で指すと、深々と紫煙を吐き出した。
「な、何………………ん? おい、『白パン脇巫女』って私か貴様?」
「その通りだ、パン脇。」
「略すな、セクハラ兵士!!」
私は顔を真っ赤にして声を張り上げた
善路…………エロ兵士(←決っ定!)は一体何が面白いのか、いきなりニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべた。
不快である。
「いやぁ、普通のガキみたいな反応も出来るんだな、と思ってな。 本性出て来たじゃないか、博麗。」
エロ兵士はそう言って顎を撫でると、『そうかそうか博麗は下ネタが弱いか、良いぞぉ!………グヘへへ。』等と小声でぶつくさ言ってやがる。
………大変不快である。
私はエロ兵士の言動に鳥肌が立った為、自分の体を抱いていたが、一つ腑に落ちない事があるのに気付く。
「てか、エロ兵士!! あんた、大丈夫なの!?」
「グヘへへへへへへ……へ?」
まだ言ってやがったよこいつ!!
しかも、本当に何の事か分かって無い辺りが更にムカつく。
「グヘグヘやかましいわ! じゃなくて、あれだけ翠香の殺気浴びといて何でそんなに……」
「何が殺気だ。 サ○ヤ人かオメー……」
……何故私が引かれる。
「仮にも兵士でしょ? 『殺気』を知らないなんて、戦場とかどうするつもり!?」
私は詰問にも似た口調でエロ兵士に問いただすも、奴は相変わらず『何言ってんの?』と 言う姿勢を崩さない。
「殺気殺気うるせぇ! 人間五感しかないんだから、そんなしょーも無い感覚知るか!!」
「嘘でしょう!? 夜の歩哨とかどーすんの!!?」
「いや普通にV8(夜間照準具)使うから。
んで、足音したら『誰何(※【すいか】 敵味方の識別をする)』して、怪しかったら刺・射殺だろ常識的に考えて。」
『翠香して、怪しかったら……』って何!?
MATOBA side_
「いいか、博霊? 俺は別にドンパチするつもりはないが、あの妖怪はなにやらご立腹で、ヤル気満々だ。場合によっては俺も反撃せざるを得ない。OK ? 」
「やめて。 あんたが翠香に敵うわけないし、あんたをむざむざ死なせる訳にはいかないの」
「えらい評価低いな。一応、俺の本業は『直接侵略からの国防』なんだがね。まぁいいや。……で、俺を見殺しにできない理由は?」
「ただのお節介よ」
「嘘つくな。お前、どう考えても個人主義だろうが」
俺の言葉に博霊は不機嫌そうに口を閉ざした。
今は言えないとでも言うのだろうか?
「エロ兵士、目の前のことに集中して。 知らないかもしれないけど、翠香の種族は『鬼』。妖怪の中でも上位なの。気を引き締めて」
「でも、俺は戦うなってんだろ? どうしろってんだ?」