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9、理由

「回収できた?」


 電話の声は不機嫌そうで、彼は苦笑した。


 魔王をフライパンで撃退したときより、遥かに嫌な顔をしていることが想像できた。


 彼は目を細めてそのビルの中を見る。ガラス張りのせいで中の様子がよく見える。電話相手が嫌がる相手の姿ともう一人。


「……どうかしたの?」


 返答のなさにいぶかしげな声が聞こえた。


 彼は言葉に詰まったように視線を泳がせた。


「予定外の場所に出たようですが、戻ってきてますね」


「あっそ。協会に報告を入れておいて。それと釘も刺しておくこと。うちの妹に、何かしたら……」


「承知しました。では」


 そのまま続きそうな言葉を彼は遮って通話を切ろうとした。


「ねぇ、あの子は……、なんでもないわ」


 一方的に通話の切れた携帯電話を見て彼は苦笑した。


「可愛い人だ」




 それはひどく、長い物語のようで。


1、

「ならばもうお終いでしょう」


 優希の言葉に璃亜は嫌な予感がした。どこか、安心したような声は、何を終わりにしたいのか。


「足に自信は?」


 小声できかれて璃亜は目を瞬かせる。いたずらでもたくらむような笑みが口の端にあった。


「逃げてしまおう」


 彼は返答を聞かずに手を握った。璃亜は返答の代わりに手を握り返した。


 どうにもありがたくない人たちが集まってきているようだった。取り残されるのは勘弁してもらいたい。


「隠居することにしましょう。やるべきことは、終わってしまったのだから」


 楽しげに彼は宣言した。璃亜が見上げた顔はみたことのないほどの笑顔だった。ああ、清々した。そんな副音声が聞こえそうな気がするほどに。


 それとは対照的にしんと静まりかえる周囲。ここはB&Rカンパニーの本社入り口である。社員はここを通って行き来するはずだ。そこでの爆弾発言はまずいのではないだろうか。璃亜がうっすら思い至るのを待っていたように拓真は小さく言った。


「いくよ」


 そこから先は璃亜はここ数年ないくらい走ったという記憶しか残っていない。


「……大丈夫?」


 木陰に座り込んでうなだれる璃亜におそるおそる声がかかる。見上げれば拓真がペットボトルの水を持って立っていた。大丈夫と伝える気もなく、何となく手をひらひらと振ってみる。年寄りとは思えない体力だとひっそり失礼なことを考えながら。


 彼は苦笑して隣に座る。息の乱れはあるが大して疲れていそうにない。


 璃亜は渡された水を飲み、一息つく。


「ここはどこですか?」


 一見すると公園のようだが、それにしては外灯ひとつない。


「まだ、敷地内だね。まあ、外に出る手段は息子にがんばってもらうことにするよ」


「どれだけ広いので?」


「異界門の設置箇所からは周囲最低2キロは一般建造物と離れていること、という条例があってね」


「はあ、それで」


 なに? と言い返した顔があまりに無防備に見えて璃亜は沈黙した。記憶に引っかかる誰かに似ている気がした。


 その誰かを記憶をひっくり返して探している璃亜は反応が遅れた。


「なんですか、これは?」


「したかったから?」


 璃亜の左手は拓真の右手とがっちりとつながれていた。手に持っていたはずのペットボトルを取り上げられて。どことなくご満悦という雰囲気を感じる。


 違和感というレベルではなく、明らかにおかしい。


「なにか全体から開放感を味わってます、的雰囲気を感じます」


 としか璃亜には説明しようがない。


「開放はされたからね。過去の清算は済んだから隠居するし」


「なぜ、今なんです?」


 拓真がなぜか取り繕ったように笑った。


2、


「ところで、異界の話を先に聞かせてもらおうかな」


「はい?」


「ずいぶんと親しそうだったじゃないか」


 意地の悪い質問である。拓真はそう自覚している。今となっては聞いておかねばならない質問なのだから仕方ない。


「い、いや、あれは知り会いというかなんか腐れ縁的な、可愛いなぁと思いはすれど異性とは思わず好き嫌いで言えば好きな方ですが、なんか違う?」


 璃亜の返答は慌てたおかしな解答だった。少なくとも彼にとっては好ましく馬鹿馬鹿しい。自覚なく笑いがこぼれる。


「……それで、何で笑うの」


「そうだな。それをあの時聞いたら、絶対何があっても返しなんかしなかったのに」


 そして、今は亡き世界で死んでいたかもしれない。異界門など生まれもしなかっただろう。彼女の不在が時間の跳躍と異界を求め、結果ここに至るのだから。


 よくわからないという顔をした璃亜を抱き寄せる。


「だけど、いいことにしよう。五度目にようやく君にたどり着いたのだから」


「ええと?」


「やっと、言える。幽霊のような初恋の君。君に会うために、僕はここまで来た」


 諦めようとも忘れようとも思った。けれど、ダメだった。執念深いこの気持ちは人に押しつけるモノではないと拓真は思っている。だから、会えただけでよいと幸せを願おうと考えてはいた。だが、どこまで自制できるか自信はさっぱりない。


 今も抱き寄せてしまった。しかも無自覚に。


「碧?」


「うん」


 その、うん、はひどく嬉しそうで、子供っぽかった。


「……目の色が」


「カラーコンタクトって便利だよね」


「そうですね」


 簡単な解答に納得がいったのか身を離し、まじまじと顔をながめ納得がいったのか彼女は笑った。


「そう、確かに、あなたでした」


 これを手放すのは骨が折れそうだ。拓真はため息を押し殺した。



3、


 不思議と懐かしい気持ちがした。


「でも、どうして?」


「何がどうなって今になるのか、というのはご両親の方がわかっていると思うから聞いてごらん」


 そこで言葉を切り拓真は遠くへと視線を向けた。


「名残惜しいけれど、まあ、時間のようだ。保護者がおいでのようだね」


 璃亜が視線を向けると姉が遠くに立っているのが見えた。どうしてここに入ってきたかは不明だが、最低限セキュリティのかかっているところのはずだと思うのだが。


 謎の特技の多い姉のこと璃亜はそんなに驚いてはいない。


 逆に現在の体勢というものに思いたるくらいには冷静になった。


 うきゃと小さく悲鳴をあげた璃亜を拓真はちょっと嫌そうに手放した。


「大事なことだから、思い出してね?」


 近づいてきた姉を視界の端に感じつつ璃亜は続きの言葉を待った。


「婚姻届を記載した記憶は?」


「はい? 勝手に出したんじゃないですか?」


 何を聞かれているのか全く、わからなかった。璃亜は自己認識をそのまま返答とする。


 確かになにがしかの書類を書いた記憶も公式な書類の書き換えなども行っていない。たとえば銀行や会社への届け出なんかも必要なのでは。


 今更ながら何もしていないことに璃亜は頭痛がした。自分のうかつっぷりというよりは結婚したという自覚のなさが如実に表れている。未だに意識は独身のままで、新しい肩書きがなじんでもいない。


「未だに君は独身で、公式には僕の奥さんではないね」


 なんということでしょう。璃亜は言う言葉が見あたらなかった。


 彼は何とも言えない表情でそれを見守る。


「そちらの家との約束でそうなった。期間が過ぎれば出来るだけ元通りにとね」


 そうでしょう? と璃亜とは別の方に向けて拓真は同意を求める。


「は?」


 思い切り姉を睨んでも仕方ないのは璃亜も承知している。しかし、ここに現れたということは何かしら知っていたということだろう。


「うん。まあ、大体そんな感じ。別に璃亜が気に入れば、正式にコトを運べばいいとお姉さんは思うのですよ」


 しれっと姉が言うのを聞き璃亜はがっくり肩を落とした。すべて知らないのは自分だけのようだ。おそらく、知らない状態でなければならなかったのだろう。知っていて親しくなどわざとらしくなるだけだ。


 誰の考えかは知らないが実に手際の良い。


「私は何をしていたのでしょう」


「世界貢献」


 力強く即答が姉から返ってきた。璃亜は眉を下げて少し情けない顔で拓真を見上げた。


「僕はそう言うつもりじゃなかったんだけどね。一度、家に帰って冷静に考えればいいよ」


「ええ、連れ帰ります。璃亜がだだこねても無駄なので抵抗はやめるように」


 半分は拓真に後半は璃亜に向けて言う。しかし、璃亜は気力体力がそがれてふらふらしている。抵抗する気はまだない。


 拓真は気にくわないと言いたげに眉を上げたが、それについては何も言わなかった。


 姉に腕をつかまれ歩かされている璃亜はダウン寸前といったところだ。


「ところで、ひとつ聞いて良いかな」


「なんですか?」


 しっかりと拓真の顔を見ながら、璃亜は答えた。


「僕は良い夫であっただろうか」


「それは……」


「ダメですよ。誘惑禁止です」


 璃亜の口は姉の手でふさがれ答えることを許さなかった。


 彼女たちは白い光に包まれその場からは姿を消した。


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