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8、いつか、君のところに行くから

「……ダメ、通じない」


 小林はため息をつく。


「全くどこにいってんだか」


 携帯電話をテーブルに放り投げた次の瞬間、最大音量で着信を知らせるメロディが流れる。


 慌てて番号を見ずに取り、後悔した。


「ご機嫌いかがかな」


1、

 懐かしいというよりそれは痛ましいものだった。拓真はため息を飲み込んだ。


 二度と訪れることはないと思い去った場所。


 地下の白い空も地上の荒野も受け入れないままに。


「変わらないね」


 記憶は少しも美化をしてくれなかったらしい。拓真はあたりを見渡し、記憶を頼りに歩き出した。昔のように隠れる必要もない。


 たった一つ違うだけで違う。


 目印代わりのアレがないだけで、誰も注意を払わなくなる。


 拓真は苦笑した。


 本当にそれ以外の価値はなかったのだと思い出して。


 いつもは歩かない道を選んだのは、その道は今の彼にとっては若干危険であったためだ。あからさまに治安が悪いところしか歩かなかったのだ。あのころは。


 大通りに抜ける前に広場が一つある。地上からの入り口が近いせいで、待ち合わせの場所として利用することも多い。


 詳細な時刻はわからないが、人通りの少なさから普通の人は仕事をしている時間だとわかる。ふと誰かに呼ばれた気がして、彼は立ち止まった。


 あたりを見回して、しばし、動きを止めた。


 視線の先にいるのは見たことのある人影。


 戸惑ったようにあたりを見回している。拓真はほんの少し、声をかけるのをためらった。彼はここにいるはずもなく、彼女もここに来ようとは思っていなかっただろう。


 それに大嫌いだといわれてしまった。どんな顔をして会えばいいのかさえわからない。


 しかし、ここで見なかったことにするには差し支えがある。覚悟を決めて一歩を踏み出す。


「璃……」


 名前を呼ぶ前に彼女は誰かを見つけたようだった。少し嬉しそうに笑ったのが、癪に障った。だが、すぐに不審に変わった。


 彼女がこの世界で誰か知り合いがいるとは思えない。


 それの答えは程なく出た。


「……最悪だ……」


 新しく現れた男は彼女をぎゅっと抱きしめた。彼女のほうはじたばたとしているように見える。


「……ってことは、あれ……?」


 余計なことに気がついてしまった。



2.


「拓真さんっ!」


「ちょっと待った」


 軽く捕まれたようだが、しっかりと彼女をつなぎとめる。璃亜はその手を振り払おうとしたが、無駄だった。


 碧は目を眇めてその方向を見る。既にその姿はない。


「よく見えなかったけど、アレがそうなのかい?」


「た、たぶんっ! 今、ちょっと行方不明で」


 焦ったような口調で璃亜が訴えても彼は全くその手を離しはしなかった。


 視界から既に消えていて、もう見つからなくなってしまうかもしれない。それは消息不明続行ということだ。彼女と違って彼は能力者ではなく、どこの異界にも時間にも移動できないはずだ。つまり、迎えでもなければ自力で帰れない。


「よく似た別人かもよ。聞こえたはずなのに止まらなかった」


「そ、そうかもしれないけどっ!」


「気がつかなかったのに?」


「邪魔してる?」


「なんのことだろうね。僕は僕の幸せを追求してもいいと思っているから」


 異彩の目は少しも笑っていなかった。


 璃亜は射すくめられたように動けない。そう、確かに彼はここにいて欲しいといっていたのだから邪魔くらいするだろう。それが、結婚相手と知ったらなおさら。


 璃亜は自分の発言に頭が痛くなる。少なくとも知り合いといえば一瞬くらいは信じてくれたかもしれない。


「そんなこと言われたって」


「俺は大人だから、聞くけどね。彼が好き?」


 責めるでもなく、ただ優しい声で尋ねる。


 璃亜は絶句した。よりにもよってそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。嫌いではない、と、好きの大いなる溝がどれほど埋まっているのか今でも自信がない。


 嘘をつくわけにもいかないだろう。璃亜はちらっと彼を見上げた。騙されてくれるとは思えない。


「たぶん」


「……そんな回答じゃ納得できない」


「見捨てがたい」


「もっと情に訴えておけばよかった」


 そっと腕は離れた。彼は戸惑ったような表情の璃亜の肩を押す。


「待っていて。いつか、君のところに行くから」


 それは宣戦布告に似ていた。



3.


 慌てて広場を抜けてみるがその先の大通りは人が多く誰も見つけられそうにない。


 璃亜は壁際によりため息をついた。見間違いだったのだろうか。いや、そもそも能力者でもないのにこんなところにいるはずはない。


 ああ、もう帰りたい。


「もうやだ」


 疫病神にでも好かれたのだろうか。璃亜は再びため息をつく。今までずっと平穏といえる生活をしてきた。それが壊れたのは、彼に会ってからだ。


「やあ」


 不意の声は記憶にあるとおりだった。


「こんなところで会うなんて奇遇だね」


「……奇遇?」


 にっこりと笑った拓真に思わず不審の目を向ける。奇遇の一言で済ませられる事態だろうか。


 それとも済ませたい理由があるのだろうか。


 璃亜が問いただす前に彼は視線を広場へ向けた。


「僕も落ちるなんて思っていなかったよ。それから、あれは誰?」


「……し、知り合い……」


 見ていたのだろうか。どこから、どこまで? 璃亜は慌てて別の話題を探そうとしたがなにも思い至らない。


「ふぅん。ここに残るのかい? それもいいかもね」


 冷ややかな声が穏やかな怒りを伝えてくる。


「ひ、人の声も無視した癖にっ!」


「聞こえなかったな。大嫌いなんていわれてしまったし」


 根に持っている。璃亜は情けないような気持ちでため息をついた。


 ここで言い争いをしてもぜんぜん進展しなそうな気がしてくる。なぜも、どうしても、言い訳も、帰ってからだ。


 璃亜は拓真の手を取った。


「帰りましょう?」


 拓真のため息が聞こえた。


「それで……」


 言葉が何かの音に邪魔された。耳鳴りのように聞こえる音と共にあたりの景色が歪む。


 璃亜がその感触に小さく悲鳴を上げた。


「見つけたみたいだ。少々強引だがね」


 異界門が開いた。耳元で言われた言葉確かに聞こえた。しかし、握り返された手だけでは不安で璃亜はその腕に抱きついた。


「ちょ、璃亜さん」


 慌てたような声が聞こえたような気がしたが璃亜は聞こえなかった振りをした。ぎゅっと目を閉じて何かがねじれるような感触に耐える。


 それは絶叫マシーンの一番上から落下する瞬間に似ている。


「璃亜さん、もう大丈夫だと思うんですが……」


 困ったような声に促されてリアが目を開けるとそこには人が一杯いた。不意に現れた人に驚いたように見ていたのもほんの少しのことで後は何事もなかったように通り過ぎていく。


「……えっと」


「本社の入り口だと思います。歩けますか?」


 璃亜はとっさに首を横に振った。歩けるといえばここに放り出されそうな気がする。ますますしがみついてくる璃亜を困ったように見ると拓真はため息をついた。


「璃亜さんがいるとややこしくなるんですけどね」


「おじい様っ!」


 拓真は声の主に視線を向けた。ひどく嬉しそうな孫娘の様子とは裏腹に彼の表情は困ったような顔のままだった。


「優希、なんだってこんな目立つ場所に出すんです?」


「座標にズレがあったようで……なるほど」


 優希の声が一段と低くなったのは璃亜の気のせいではないだろう。拓真がややこしくなるといったのはこのことか。しかし、今更気がついても遅い。出来ることといえば、大人しくしていることくらいだろう。


「あれはどうなりました?」


「データが損失しました」


「手を出すなといったのに」


「なぜですか」


 優希の問い詰める口調に拓真は苦く笑った。


「今に至る礎の為に」


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