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4、休日

 今日の占いのカウントダウンッ!


 今日とっても運がいいのは山羊座の貴方ッ!


 山羊座の貴方は今日も絶好調ッ! 思わぬ再会に恋の予感。ラッキーアイテムはホットミルク。助けになるのは年下の子だッ!



 無駄にテンションの高い占いを見てからの出社が璃亜の日課だった。そのころにようやく拓真は起き出してくる。大画面上に映る占い師の胡散臭いトークに彼は片眉をあげてみせた。


「……君も占いは気になるんだね」


 それより今日は代休じゃなかった? そう続けて彼女の隣に座る。ごく当たり前のようにされることに璃亜はちょっと眉を寄せた。


「朝食、冷めますよ?」


「そうだね」


 そう言いつつもソファの上を動こうともしない。璃亜は仕方なしに立ち上がった。一週間ほど、一緒に住んでいて気が付いたことがある。璃亜が一人でいると必ず側に寄ってくる。なにかを言うでもなく隣で本を読んだり、テレビを見たり、お茶を飲んだり。大きな犬みたいだ。


「ホットミルク飲みますか?」


「いる」


 振り返れば蠍座の男はテレビの占いに釘付けだった。肩をすくめて奥の厨房に向かう。お手伝いさんが、何人かいるせいか璃亜は一切家事をしなくて済んでいる。元々実家暮らしで家事自体あまりやっていないこともあり家事がしたい発作はない。ただし、身内と違ってそれほど我が儘を言えない。


「奥様?」


「おはようございます」


 厨房ではお手伝いさんの朝食が開始しているところだった。何事かと慌てる彼女たち少し頭を下げて冷蔵庫に向かった。


「ホットミルクもらおうかと思って。大丈夫ですから、続けてください。……えっと、鍋はどこに?」


 牛乳は冷蔵庫にある。しかし璃亜にはその他の場所が全くわからない。


「電子レンジはあそこですよ?」


 上から降ってきた声。決まり悪そうに璃亜はその人を見上げた。いつでも三つ揃いをぴしっと着込んでいるこの屋敷の実質的管理者だ。少し困ったような顔が特徴的な青年だった。


「どうぞ」


 彼はいつものマグカップを一つ寄こす。一人分で鍋を使うと洗い物が増えるから駄目、ということだろうか。璃亜はマグカップを受け取る。


「えっともう一つ欲しいんですけど」


「仲がよろしいのですね」


「伊藤さんっ!」


 からかうような口調に璃亜の顔が熱くなる。一言口を開けばとらえどころのない人だ。伊藤と言う人は。本気かどうかはしらないが、初めてあったときに執事ですので、セバスチャンでもいいですよと真顔で言ったことは記憶に新しい。


「新婚の初々しさという感じですか」


「…………あのですねー」


 真っ当な恋愛をすっとばして結婚になったのでそれはないです。


 璃亜はそう言いかけて、妙に静まりかえった厨房に気が付いた。先ほどまで楽しそうに話をしていたお手伝いさんが黙り込んでいる。


 ……いや、聞き耳を立てている。


 璃亜は元凶を睨みつけると目的遂行のために黙々と動くことにした。


「あの人があんなに嬉しそうなのは久しぶりですよ」


「……そうでしょうか」


 思い返してみれば、好きとも言われたことがない。璃亜はマグカップを二つ電子レンジに放り込む。


 結婚の理由さえも聞いていない。


「少しは信じてください」


 伊藤がしまったと言いたげな表情でお手伝いさんたちを見ていることにも璃亜は気が付かなかった。奥様をいじめているわ、と言いたげな視線の串刺しにあい慌てたように彼女たちに背を向けた。


「…………でないと俺が怒られます」


 電子レンジはチンと軽快な音を立ててホットミルクの出来上がりを告げた。



2.

 扉の前で璃亜は立ち止まっていた。慌てて厨房を出てきたもののこれが自動ドアでもない限り、璃亜はそのままでは室内に入れない。彼女の両手にはマグカップがあった。


 マグカップで軽く扉を叩こうとも思ったが、それは中身がこぼれる可能性が高い。彼女は視線を床に落とす。磨き上げられた木の床を掃除するのは大変そうだ。床に置いてあけるのが一番面倒がなさそうに思える。


 しかし、床に食べ物を置くのは家訓に抵触する。


 石井家家訓。


 食べ物を粗末に扱うと将来的に食べるものに困るようになる、未来のために大事に扱うべし。


 誰が見ているわけでもなく、守らなくてもいいことだが、なんとなく気になる。


「別に飲まないわけじゃないし」


 言い訳を口にしつつ璃亜は顔を上げて左右を見回す。誰もいない。床にマグカップを置くと扉を開けた。


 室内が暗かった。ぱちぱちとなにかがはぜる音が聞こえる。


 璃亜は瞬きをした。もしかして、部屋を間違えただろうか。ミルクを温めるだけで日が暮れるほどの時間が必要とも思えない。もちろん天気予報も今日は一日中晴れと言っていた。だから、曇ってきて室内も薄暗くなっているというわけでもない。


 室内を見回しても記憶にある部屋の様子とは違っている。この部屋は広く暖炉がある。ちょうど大型のテレビが置いてある位置と同じだ。


 確実に部屋を間違えている。厨房から慌てて出てきたときに逆に歩いていってしまったのかもしれない。


 璃亜は苦笑しつつ部屋を出ようとした。


「誰?」


 しかし、幼さを残した声に引き止められた。


 璃亜が視線を向けると影が見えた。ぱっとそれが大きくなる。暗闇の中の白さに彼女は半歩下がってしまった。


「幽霊の真似事?」


「幽霊が幽霊を怖がるの?」


 からかうような声は璃亜の記憶にあった。ただ、もう少し甲高い声だったような気がする。白い布からにゅっと顔を出している少年は微かに怯えていた。


「あたしは幽霊なんかじゃないんだけど」


「じゃ、不法侵入者」


「難しい言葉を知っているのね」


「二度目はお祖父ちゃんに言うから」


「……やっぱり二度目でいいんだ」


 少年の顔をまじまじと見て璃亜はため息をついた。ほんの一ヶ月前に庭で昼寝をしていたら、気がつけば夜で、屋敷に戻ろうとしたところ別のところに出てしまうという失態を演じてしまった。そこでこの少年にあった。ついでに事情説明をしたら彼は思いっきりバカにしてくれたことも思い出す。


 少年はじっと璃亜を見つめていた。


「で、君はこの家の子?」


「そうだよ」

 こいつはなに言っているんだ? そう言いたげな口調が誰かにそっくりだった。


 優しげな面差しを思い出した途端に璃亜の眉間にしわが寄った。優希と言う名前の似合わない彼の孫とそっくりだ。ということは、この子も彼の孫、なのではないだろうか?


「もしかして、お祖父ちゃんのお客さん?」


「知り合い、かな」


 少年は胡散臭そうに璃亜を見ると近づいてきた。意外に小柄だ。年は12、3くらいに見えるが、まだ璃亜より小さい。思わず璃亜は手に持ったマグカップを差しだしてしまった。


「飲む?」


「子供扱いして」


「身長が欲しかったらカルシウムを取るのがいいんだよ?」


「いる」


 ひったくるように璃亜の手からマグカップを奪う。


「お客さんはこんなことしないから、新しい使用人?」


 あんまりな発想に璃亜は脱力した。正直に言った方がいいに違いない。しかし、質問責めは勘弁して欲しい。どうにもこの少年は好奇心が強いということを前回の接触で知っている。


 扉に手をかけてあくまで軽く言葉を放り投げる。


「お祖父ちゃんのお嫁さんだよ」


 少年の表情を見ずに彼女は扉を閉めた。



3.


 蠍座の貴方は嫉妬に注意。無意味に明るい声がそう宣言し、天気予報に内容が変わる。


 笑えない。拓真は口を引き結んだ。おそらく、外では独身を通しているであろう彼女に悪い虫がついたらと思うと邪な計画を立てたくなる。


 拓真はソファに背をあずけると天井を見上げた。天井がやたらと高いのがこの家の特徴とも言える。部屋もかなり広めになっていた。このリビングと続くダイニングも元は一つの部屋だったはずだ。リフォーム時に形を変えてしまった。家族用だから厨房には少し近い。


 ダイニングの年代物のテーブルの上には朝食が用意されているだろう。彼女が戻るまでに手をつけていなければ、怒られそうな気がする。


 拓真は苦笑しつつ立ち上がる。扉に視線を向けて微かに眉を寄せた。


「揺らぎ」


 無意識にこぼれた言葉の意味を理解した瞬間、彼は部屋の外へ飛び出した。


 目の前にきょとんとした表情の璃亜が立っていた。辺りを見回し首を傾げる。そして思い出したかのようにかがみ込んだ。


 拓真が視線を落とすとマグカップを一つ手にしている。


「一つだけ?」


「二つ作ったんだけど……。この家に誰かいるの? 12、3くらいの」


「会ったんだ」


「孫?」


「違うよ。あれで15だったんだけどね。紹介はしないよ。僕には捕まえられないのだから」


「へ?」


「幽霊のようなものかな」


 その言葉に璃亜が泣きそうな顔で見上げてくる。


「怖い?」


 からかうような声に璃亜はまなじりをつり上げた。


「子供だって思っているんでしょう」


 それには意味ありげに笑って答えなかった。


「僕にだって、子供の頃はあったんだよ」


 幽霊を怖がって祖父の側を離れなかったことが。


 拓真は彼女の手からマグカップを奪った。


「ごちそうさま。もう一回行ってらっしゃい」


「嫌。断固拒否。今日休み?」


 幽霊がいるならこの家にいたくない。どっか連れて行って。でも、駄目かな?


 彼女の表情からはそんな考えが見え隠れしているようだった。拓真はあまり彼女と屋敷の外には出たくない。先日の外で夕食だって後で怒られた。自覚症状がないようだからと前置きをされてどこら辺が有名なのかをちくちくと二日。


 B&Rカンパニーはこの世界唯一の技術を扱っている。それは一般的な使用は出来ず、だがそれ故に興味を持たれる。会長である彼さえも目立ってしまうのは仕方がなかった。だから他の誰かが、彼女の存在を知ったら彼女の平穏な生活などどこにもなくなる。


 遅かれ早かればれる話ではあるのだが。


 拓真はホットミルクをすすった。


「夜は外出だけど、昼間は空いているよ。会社見学でもしてみる?」


 今まで一切聞いてこなかったのだから、興味などないのだろうと拓真は思っていた。それに人前に出ればどうなるかくらい彼女だって想像できるだろう。外では黙っているのだから。


 だから了承などしない。他の行き先を考えた方が良さそうだ。


 しかし、彼女の返答は全く違っていた。


「いいの? 異界門見てみたい」


「落ちたりしないように気をつけてくれればね」


 拓真はある予感を胸に了承を告げた。

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