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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第三章 夢の中を散歩する親子
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王様とゾンビ

 さすがに他人の夢に入り続けるのはしんどいな。

 一旦、自分の夢に戻ってから、ラストだけ見たいけれど、娘は譲らないだろうな。


 娘は、今も、眠そうに目を擦りながら、王様っぽい人とハンスと美女がいる部屋を窓から覗いている。

 王様、明らかに俺より年上じゃないか。娘は絶対やらんからな!


「そんなに目をこすったら、目が悪くなるよ」


 夢の中のことは、実際の体にはあまり影響しないとしても、ついつい注意してしまう。

 いや、眠りながら、手は目を擦る動作をしているかもしれないから、やっぱり注意は必要か。

 ちなみに中世ヨーロッパ風の服装は夢が切り替わる時に元の現代の服装に戻っている。


「シャムと申します」


 現実では絶対聞こえない小さな声も、夢の中なら慣れたら聞き取れるから便利だ。

 でも、なんか声が妙に湿っぽかったって言うか、水っぽかったって言うか、違和感を覚えたのは何でだろう。


「パパ、なんて言ってるの?」

「あのお姉さんはシャムちゃんなんだって」


 王様がフードを取る。


 やっぱり、相当の美人さんだ。美人さんを見るとそれだけで得した気持ちになる。


 が、彼女の可愛らしい唇が「石神にこいねがう 我らを守りし城壁を」なんて叫んだ瞬間――


 美人さんの化けの皮がはがれ、ゾンビの姿になる。


 奥さん、すんません。夢の中と言えども、二度と他の女の人に目を移したりしません。


 天井や床から壁が突如現れて、王様とハンスとゾンビを護衛の兵から隔てる。


「ロボットアニメの緊急隔壁みたい」


 緊急隔壁って、秘密基地がピンチになったときにがちゃがちゃ閉まるあの壁か?隔壁って言葉よく知っているな。まあ、女の子アニメだけじゃなくって男の子向けの戦隊物も大好きだからか。


「化け物を使って、攻め入ってきたか?」


 王様が悲鳴を上げる。

 どっかの国の魔術士が送り込んだと思っているのだろう。

 いや、ゾンビを操るなら死霊術士ネクロマンサーか。

 ホラー好き母子おやこと生活していると余計な知識ばかりが増えてしまうな。はぁ。


「死霊王子の伝説は知っておろう。我はシャムロック・ラハード。ウエスト レペンス地方は元はラハード伯爵家の領地。所領を取られた恨みはいまなお忘れてはいないぞ」


 はじめて、王子様の名前を知った。そりゃ名前ぐらいあるよな。


「や……はり、やはり呪っているのか!」

 王様が、がたがた震えた声で怒鳴る。


 呪っている?

 たしかにグロいし、『お姫様とスケルトン』の時は、青年を呪ったが、今現在、彼(もしかしたら彼女?)は積極的に誰かを傷つけようとしていない。


 もし、相手の被害を考えないなら、狼に使った雷の玉を一発、王様に直接当てれば早い。


「伝説のゾンビが王家を呪っているせいで、この王家は男子が育ちにくいんだと……先々代は男の王子様が3人いらしたが、二人の兄は小さい時に食中毒と原因不明の病で死んだって、父さんが言ってた。

 ちなみに今の国王の子どもは、二歳になる王子様がひとり。ついでにいうと16歳を筆頭にお姫様が4人だったか。ゾンビが伝説のお姫様とそっくりな姫君を探し出すために王家に女子を生ませているとか何とか」


 長い説明ありがとうハンス。

 ん? 三人いた男の子が一人しかって、この世界の死亡率がどれくらいか知らないが、言い伝えがあるからにはもっと他にも例があるのだろう。お姫様が無事で王子様だけが死ぬって、呪いというよりも――


 少し窓から目をはずして、考えていると、

「ぐちゅり」と水を含んだ肌が潰れた音が耳元で聞こえた気がした。


 昔、夢の中でゾンビに腕をつかまれたときの腕にかかった握力と、振り払った時に服の袖に手形状こびり付いたついた汁と濡れた皮膚片を思い出した。


 窓に視線を戻すと王様の腕をゾンビが掴んでいる。


「わー、いいな。ゾンビさんに握手してもらえて」

 ぜんぜん良くない。

 以前、ゾンビに手足を掴まれた感触がよみがえってきて、吐き気が込み上げてきた。


「ごめん、パパ、吐きそう」


「たらいやトイレ以外に吐いちゃ駄目なんだよ」

 娘にそう言われても、吐き気は引っ込まない。


 木の陰で隠れてく俺に娘は背中を撫でることもせず、

「ねえ、私もゾンビさんに握手してもらっていい?」

 などと訊く。


「絶対駄目だ」

 娘の顔は思いっきり不満そうだ。

 許可を出したら、ボールを投げられた犬のごとく、ゾンビのところ行くだろうが!


 吐き終わった俺が次に部屋の中を覗えば、ハンスとゾンビはおらず、王様は、ゾンビの手形がべっとりついている服を慌てて脱いでいた。


 美人をかき集めていた王様とはいえ、ゾンビに腕を掴まれたことだけは同情しておこう。 


 ☆


 なんか、向こうの茂みのほうから、ガチャガチャと金属のぶつかり合う音が……


「パパどうしよう?」

 甲冑の音に娘はぎゅっと俺の脚にしがみつく。

「大丈夫だ」

 こういうのは大抵――


 兵士が来ている方向とは逆方向に壁の周り歩いていき、角を曲がると“都合よく”城の壁に扉が付いているのを発見した。

 こんな王様の謁見の間の近くにまるで、裏口のような。

 深く考えずに、こういうときは、ありがたくこの流れに乗っておく。


 娘が、心配そうに入ってきた扉を見る。

「入ってこないよ。向こうは王様救出に忙しいだろうから、こっちには来ないよ」

 扉をはさんで、場面が転換したと言っていい。


 娘が、扉から目を離し、俺がその扉をもう一度見たときには、扉はすっかり消えていた。


「ゾンビさんどこ?」

「パパも別の方向で、物語を楽しみたいから、ちょっと待ってて」

 まだ、ホラーと思うより、毒々しい陰謀劇として、見たほうが良い。

 ここは、俺が望んだとおりの書庫だ。

 他にも埃の被った剣やら、甲冑やらが置いてあるところを見ると倉庫の類かもしれないが。


 甲冑が不気味なのか、娘は俺の足にへばりついている。

「動くの?」

「あれは、動くリビングメイルだから、大丈夫だよ」

 もちろん普通の鎧だが、こう言っとけば娘は怯えないだろう。 


「リビングメイル?」

「恐ろしい悪霊が鎧に取り憑いていて夜になったら動き出すんだ」

「動かないの?」

 次は早く動いているところを見たいと言わんばかりに、鎧をつついている。

 ただの鎧が動き出したら怖いが、幽霊が入っている鎧が動くところは見たいってどうことなんだ?


 とりあえず「あまり触るなよ」と注意しといて、本棚から本を一冊取り出す。

「ビンゴ」

 本の題名は『系譜録』。

 夢って、こういうところ、ご都合主義で助かるよ。

 内容は、家系図・名前・生没年・享年・死亡原因――。


 まず、系譜の一番下は今の王子の代なんだろう。女子が4人。男子が2人?

 王子様は一人って言っていたよな。


 ――第一王女キャリー 第二王女エイミー 第三王女ミリー 第四王女リリー 第一王子ウィル(享年1歳・解熱剤を服用後死去)第二王子アル――


 短く書かれている死因に半分予想していたとはいえ、眉間に皺が寄る。

 夢の中とはいえ、八ヶ月の赤ん坊が毒殺か。生年をよくよく見ると、第一王子と第二王子は三日違いで生まれている。普通に考えて、三日もお産が続くとは考えにくい。異母兄弟か。


 俺は、一度ため息をつき、その前の代を読む。


 ――第一王子リアル(享年8歳・菓子の食中毒) 第二王子ライル (享年3歳・解熱剤を服用後死去) 第三……――


 これ以上は、見なくてもわかる。

「ゾンビは呪ってなんかない」

 もう、9割がた陰謀だと思うのだが。


「それは、200年前。死霊王子に食べられたとされる王女の肖像画よ」

 本を元の位置に戻していると声が聞こえてきて、入ってきたほうとは、反対側の壁に扉があることに気づく。

 本を読み終わったから、扉が出てきたかもしれない。


 娘と二人、そっと扉を開ける。


「アイリスちゃん。とっても綺麗――」

 声を出した娘の口をふさいで、「しー」っと人差し指を口の前に立てる。

 娘がうなづいたのを確認して手を離す。


 隣の部屋には、絵画がたくさん置かれていて、一つの絵の前に綺麗なドレスを着飾ったアイリスとアイリスと同じくらいの年の女性が立っていた。


 昔語りに違和感を感じる。絵本の中では王子はただ、ゾンビになって逃げただけで、お姫様を食べていない。お姫様は食べられるどころか青年と幸せに暮らしたはずだ。

 まあ、そんな細かいことはこの際どうでもいい。


 ――問題は彼女たちの前に飾られている絵だ。


「脱出しようとしなくても、希望者はちゃんと故郷に帰すわ。いくらなんでも妾妃を5人も6人も急に置いたら国民がどんな反応を示すかわからないもの」


 まあ、ドレス一着にどれくらいかかるか知らないが、お妃様候補の人たちがすべて自費で出すわけではないだろう。ドレス代やら宝飾代やらの分、急に増税されたら国民も怒るということだろうか。


 一瞬、断頭台に上がったマリーアントワネットを思い出した。


「しょうひ?」

「それは、王様のお妃様がたくさんってことだ」

「ふーん」

 娘はそれ以上、深くは疑問に持たずに、扉の隙間から、二人の様子を覗っている。

 お願いだから、5歳児に余計な単語を聞かせないでくれ。


「じゃあ、私も帰してくれるのね?」

「それは駄目」

「い……今、帰すって――」

「死霊王子は次の花嫁を求めているっていう話、知っているかしら?」


 さっきから気になっていた。彼女たちの前に飾られている絵。

 死霊王子に食べられたとされる姫の姿は、アイリスと瓜二つだ。

 その上、アイリスは、絵の中のお姫様と同じドレスを着せられていた。


「本当にあなたには伝説のお姫様とそっくり。悪いけれど、あなたには呪われた森の狼の餌になってもらうわ」

「そ……そんな」

 悪役のお姉さん(気位が高そうなことからして四人いるお姫様のうち誰かだとは思うけれど)の言葉に愕然とするアイリス。


「パパ。アイリスちゃん、狼に食べられちゃうの?」

「きっとハンスとゾンビさんが助けに来てくれるよ。もし、森に連れて行かれても、森はゾンビさんのおうちだ。狼に食べられたりしないよ」

 しかし、今、ゾンビは森にいない。ゾンビがこの城をうろついている間に、アイリスが森に連れて行かれたら、危ないかもしれない。


 ここで、俺がアイリスを助けて逃げることは可能だろうが、そんなことをすれば、作者の思い描く結末とは大きくかけ離れてしまうだろう。


『狼に食べられたアイリスは自分もゾンビになって、ゾンビのお嫁さんになりました』なんて、結末はできれば避けて欲しい。


「この国の民は、今も、いもしないゾンビを信じている」


「ゾンビさんいるもん!」

「こら。向こうに声が聞こえたらどうする。それに悪役のお姉さんの口上は最後まで黙って聞くのが礼儀だよ」

 その悪意が自分の方に向かってきたら、逃げるが勝ちだが、自分に被害が無い限りは悪役の口上は黙って聞いていたほうが、情報収集になる。


「この国では男子が育ちにくい。民がゾンビの呪いだって信じているうちは、利用できるものは、ゾンビでも何でも利用しなきゃね。花嫁を迎えたゾンビは祟っているどころか、この国を守護しているから王家は大丈夫ってね」


えー。変事を全部ゾンビのせいにして、まつったから、厄災は全部祓われたよ。はっはっはって、それって、どこの――

「菅原道真?」

「すがわらの――」

「喧嘩に負けて、都から遠くに追いやられて、死んじゃったけれど、その人が死んだ後、いろんな悪いことが起きて、その人の祟りだって言われたんだ。祟りを怖がった人たちから、神様にするからこれ以上祟らないでねってお願いされた人だよ」

 まあ、うろ覚えの知識だから、ところどころ違うかもしれないが……。

 濡れ衣着せといて、神様になって国を守ってっていうのは、いくらなんでも身勝手なんじゃないか?

 いや、ゾンビの味方をする気はまったくないけれどな。


「その人、神様になったの?」

「お勉強の神様になっているよ。ミクももう少し大きくなったらお世話になるからな」


 でも……アイリスを生贄にしても、暗殺をしているのがゾンビじゃなくて、人間なんだから変事は続くんじゃないのか?毒を盛った犯人を突き止めるとかしないと問題解決にならないと思うが……怪しい人がいっぱいいすぎとか?犯人の目星はついているけれど、これといった証拠が無いとか?


「また、王子が亡くなったらどうするの?」

「そのときは、またそっくりな女の子を見つけ出してきて、花嫁にするんじゃないかしら。あなたも運が無いわね。たまたまお妃募集に引っかかって、ゾンビの花嫁にされるなんて」

 アイリスの問いにそう答えると、悪役のお姉さんは、アイリスの金色の髪の束をつまみもてあそぶ。


 丁度その時、俺たちは再び強い眠気に襲われる。


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