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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第三章 夢の中を散歩する親子
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手紙と夢

『ゾンビとアカツメクサ』のミクパパ視点です。


 それは、娘の「手紙を書く!」の一言から始まった。


 「パパがミクの代わりに手紙を書くよ」と言うも、しつこく「手紙を自分で書く」と言い張った娘から、なんとか宛名を書く権利をもぎ取る。


  もちろん5歳児に日本語が書けるわけもなく(英才教育とやらを受けてたらどうか知らないが)、

「パパも面白かったから、パパの感想も入れていいかな?」と言って、封筒に娘の手紙の翻訳文を入れるのを忘れなかった。


 いや、ホラー嫌いの俺としては「スケルトン」の題名がついているだけで、遠慮したいが。


 せっかく、書いた手紙が届かなかったら悲しいだろうと思って、宛名と訳文を書いたのだが、「名前書く」とまた、無理難題を押し付ける娘。


 娘の名前は「美しい空」で「ミク」というのだが、うーんどうやって書かせようかな。漢字は論外。

 とりあえず、画数が少ないほうがいいよな。カーブとかもないほうがいいだろうし。


 少々おかしいが「ミく」と書かせるしかないか?


「よーし、ミク。パパの書いたとおりに書くんだぞ。まず、こう斜めに三本の線を引いて―」


 何度か練習をさせて、それでも不安だった俺は100均に置いている中では一番軟らかい鉛筆の「4B」を買ってきて、封筒の裏に名前を書かせた。鉛筆だったら、失敗しても書き直せるしな。


 一発で、今までで一番マシな字を書いた娘に「めちゃくちゃ綺麗な字だな。白石先生も喜んでくれるよ」って言ったら「パパ、つきやま先生だよ」と返された。


「次は『パパ』って練習しようか?」

「え~。疲れた~」


 はあ。娘が「パパ」って書けるようになる日はいつのことやら。


 ファンレターがいつ頃、届くかわからない。

 チャンスは、おそらく作者がミクの手紙を読んだ夜の一回きりだろう。しばらくは睡眠不足か・・・。


 ☆


「ミク、おいで」


 夢の中の公園で、おばあちゃん(俺の母)にシロツメクサの編み方を教えてもらって花をくちゃくちゃにしていた娘に声をかけた。


『お姫様とスケルトン』だか『スケルトンとお姫様』だかの作者がミクの望む続きを書くとは限らない。

「パパ?」

 娘が小さな頭を傾げる。

 ああ、また髪のせいでろくに父と判別してもらえない。力を使う夢の中では、なぜか髪の毛が真っ黄色になるんだよな。


「白石先生の夢にお邪魔しようか」

「しらやま先生だよ。パパそう言っていつも連れて行ってくれないよ」

 後で確認したら「月山先生」だった。


 娘の夢に入り込むのは簡単だが、顔も見たことのない人間の夢に不法侵入するのは容易ではない。

 普通は相手にお伺いを立てて夢に「訪問」するのだ。

 娘の熱意があれば、家の中には入れなくても、庭で少しの間、遊ばせてくれるかと思ったんだが・・・

 それとも、ここ数日作者の見ている夢が娘が望んでいるものとまったく違ったか・・・


「魔法が飛んできたり怖いお化けが出てきて危ないかもしれないから絶対離れちゃ駄目だよ」

 念のため、そう言い聞かせて、娘の手を引いて歩き始める。


 夢の法則は、人それぞれ違う。

 現実にはできない空を飛ぶという動作も、ある人はボールのように跳ねて空高く飛んだり、背中に生えた翼で飛んだり、雲の上を歩いたり・・・


 楽しいことばかりならいいのだが、たまに落とし穴がある。

 ある夢では膝までの浅くて穏やかな流れの“河”に入った瞬間、息ができなくなり、夜中に飛び起きたことがある。


 実際には、大怪我を負わないにしても、怖い思いをさせるわけにはいかない。


 どんどん進むとやがて―


 “世界”の空気が変わった。


 ☆


「……な……なんで、実写化しているんだよぉ」

「パパ、お顔真っ青だよ」

 森の中で、ゾンビが女の子と出会っている。

 コミカルだった絵本に比べ、“こちら”のゾンビのあまりのリアルさに気分が悪くなる。

 ゾンビを直視しないように気をつけながら、女の子の方だけに目を向ける。

 なんか、女の子の方は、あの絵本に登場したお姫様に似ているぞ。

 ほどなく、ゾンビと少女が数匹の狼の群れに囲まれる。


 視界の端で、雷みたいな玉がゾンビの手の中で光ったのが見えた。

「いたっ!」思いっきり目を見開いて、ゾンビたちを眺めていた娘は光をもろに浴びてしまったようだ。

「大丈夫か?」

 閉じた目の端からは、涙が零れている。ぐずぐず泣いている娘の頭を撫でようとしたとき、光でばらばらに逃げていた狼の一匹がこちらに迫ってきた。


 この世界は、魔法ありの世界のようだが、法則がわからない。

 この世界になじんでいたら使用もできるのだが。


(仕方ない。飛ぶか)


 この世界に自分の世界の法則を無理やり引き入れる。

 自分の背中に羽が生え、力強く羽ばたき空に舞う。散った羽根は大地にたどり着く前に光になって消える。


 これで、明日は頭痛確定だ。


 急に、眠気が押し寄せる。白山 月草先生が完全に脳を休める睡眠に入ったのだ。

 娘の目がとろんとする。

「寝たほうがいい」

「いや、眠くないもん」

「もんじゃなくて。今、寝とかないと肝心なところ見れないぞ」

 って、言ったときには、もう娘は目をつぶって、頭をこてりと俺の腕に預けていた。


 自分も一旦寝よう。


 ――そして、世界が眠りに入る。



「おい。見ないのか?」


「パパ、頭いたい」

 作者とミクの睡眠の周期がまったく合っていないのだ。

 いきなり、夜中に目覚まし時計10個鳴らされた不快感があるだろう。

「もうちょっと、眠るか?それとも、自分のいえに帰るか?」

「いや、見る!」


 次に目覚めた時も、森の中。湖のほとりでゾンビと少女は話をしている。

 かすかに聞き取れる会話で少女の名前がわかった。『アイリス』だそうだ。

 話をしているうちに、少女はどんどん成長していき、ある時、突然消える。


「ゾンビさん、とてもさびしそう」

「そうか?」

 俺には、さっきと何一つ変わらないグロいゾンビにしか見えない。


 そこに、美しい娘さんに成長した少女が現れる。


「シロツメクサの指輪だ!」

「しー!声が大きい」

 不用意に、この世界に入り込んでは危ない。夢の中で、ゾンビに追われる経験は一度で十分だ。


 幸い、向こうには聞こえていないのか、向こうがこっちを認識できないのか、ゾンビたちがこちらを振り向くことはなかった。


 せっかく、娘の望む夢を見せてやれたんだ。このままでは、会話が良く聞こえない。

 少し、近づいて会話に集中する。

「もう少し近づかないと良く聞こえないよ」娘が文句を言うが、これ以上近くで、ゾンビの顔を眺めるのは嫌だ。


「どうやら、アイリスは結婚するみたいだな」

「アイリスちゃん、ゾンビさんのお嫁さんになるの?」

「いや、違うだろ」

 ゾンビのお嫁さんになるのかうらやましそうに聞く娘の将来が今から心配だ。


 七夕の願いに『ゾンビのお嫁さんになりたい』なんて書かないだろうな。


 少女は光の道を辿って帰り、世界が夜になる。

 遠くから男の声が聞こえる。よく聴くと「アイリス」と言っているみたいだ。


 ハンスと名乗る男がゾンビの前に現れ、協力をう。

 どうやら、アイリスが行方不明になったようだ。


「アイリスちゃん、どこ行ったの?」

「どこ行ったんだろうな」


 ハンスとゾンビは森の外に出るようだ。俺は娘を抱き上げて翼を広げた。


 森の上を低空飛行しながら、下を見る。木々の隙間から、白い一本の線が見えていた。

 森の外を出たハンスとゾンビは、どこからかフードつきの足元まですっぽり覆う服と馬を調達する。

 ゾンビが服を着てフードを目深に被り、ハンスを馬の上に押し上げ、自らも馬に乗る。


 早朝から駆けて、昼前には目的の場所についたようだ。結構大きな町で城がでーんと建っている。


 俺たちは、人気ひとけのない路地裏に降り立ち、彼らの様子をうかがう。


 ゾンビとハンスは城の前の立て札を気にしているようだったが、すぐにどっかに行ってしまう。


 中世ヨーロッパ風の世界だ。このままの姿ではまずい。

 幸い、魔法を使うのと違って、その世界の服装に着替えるのは割りと簡単だ。

 行きかう人間の服の中から、まあ、商人風の服と小さな子ども用の服をイメージする。

 途端、俺と娘の服が中世ヨーロッパ風に変わる。

 相変わらず、髪はどうしようもないのだが。


 俺は、こちらをちらちら見てくる城の門番さんに軽く会釈をして、ミクを抱っこしながら、立て札を見上げる。

 まあ、いきなり襲われたら、空に逃げれば済むことだし……。でも、魔法をばんばん飛ばされたら、やっかいだなぁって思っていたら……


「まさか、あんな小さな子を……」などというひそひそ声が、耳に届いた。


 とりあえず気にしないことにして、立て札を見上げる。

 最初は見たことも無い文字だったが集中していると夢の世界の文字が薄れ、代わりに日本語が浮かび上がってきた。


 曰く、

『王のお妃様になれる絶好のチャンス!容姿に自信のある方、奮ってご応募下さい。紹介者にも仲介料をお支払いします』


「なんて書いてあるの?」

「お妃様になる人を探しているんだって」


「シンデレラ?」

 これで玉の輿に乗れれば、確かにシンデレラストーリーだよなぁ。

 謝礼がどうのこうのと書いてあるのが胡散臭いが、

「まあ、そんなところかな?」

 と答えておく。


「ミクも、お妃様になれるの?」

 お妃様になったら、シンデレラみたいな綺麗なドレスが着れると勘違いしているんだろうな。

 また門番がひそひそ話している。


 ああ、こんな小さな子を嫁に出す親だと思われていたのか?

 うちの娘は確かに世界一可愛いよ。でも、たとえ夢の中だって、嫁に出す気は一切いっさい無い。  

「アラブの石油が求婚してきたって、絶対ミクをお嫁さんにやったりしないからな」


「えー?」

 娘よ。何で、不満そうなんだ。


「あー。ゾンビさん!」

「こら、ミク。人を指差したらいけないよ」

 そう娘に注意しながら、門の方を見ると、ハンスとゾンビが門番と話しているのが見える。


「え?」

 俺は自分の目を疑った。“ゾンビ”が目深まぶかに被っているフードの隙間から、さらさらの黒髪と娘と同じくらいつややかな唇が覗いていた。

 うちの娘には負けるが、うちの奥さんには確実に勝っているな。


「ゾンビさん、女の人だったの?」

 娘が、目をまん丸にして俺に問いかける。

 美女の隣の人物はハンスで間違いないし、美女さんが着ているのはさっきまでゾンビが着ていた服と同じに見える。


 確か、ゾンビは王子だったんだよな。えー?ここまで来て、実は違うゾンビさんだった?

 それとも、本物の美人が、ゾンビの着た服を着ているのか?

「とりあえず、ゾンビさんはゾンビさんなんだから、ほら、二人が中に入るよ」


 ハンスと美女(ゾンビ?)がお城に入っていくと同時に強い眠気に襲われる。


 世界に、黒の紗がかかっていく。

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