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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第六章 願った春
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願った春

 夜、部屋に訪れたシャムロックに私は身を強張らせた。


 シャムロックは無言で私の手を取ると固まって動けないでいる私を無理やり立たせた。

 一応、女性に対する最低限の気遣いか私の肩にショールをかけるが、その後は引き摺るように外に連れ出す。


 夜の庭には、早咲きのバラが、ちらほら咲き始めていた。


「姫、頭を冷やされましたか?」


 彼の問いかけに答えず、私は拳を握りこんだ。ルビーの指輪が冷たく感じる。私は道を間違えていないはずだ。


「姫、いつになったら私の愛を受け入れてくれるのですか?」


 言葉には、祈るような、すがるような響きが混じっていたが、私はそれを無視した。

 自分は道を誤っておいて、私には正しい道に戻れと言うのか?


 今まで、吐き出しても吐き出しても心の奥に残っていた黒いものがシャムロックに向けられる。


「私には愛している人がいます。それはあなたではありません」


「あの青年は……いつまで経っても現れない」


 そう告げる王子様の顔は優しく冷たい笑みが浮かんでいた。

 青年の名を思わず口走った時も、シャムロックは青年のことを知っているようだったが、子どもだった青年と一緒に行ったときに一度会ったきりの青年の顔と名前を覚えていたとは思えない。


「なぜ、あなたがあの青年のことを知っているのです。あの青年に何かしたのですか?」


 こわばった、だが丁寧な口調で、シャムロックに詰め寄る。

 いつもなら、シャムロックと話すときにこんな丁寧な、どこかの姫君のような話し方はしない。

 年齢を重ねただけではない、心の距離が自然と言葉使いに表れていた。


 彼に詰め寄ったその時、信じられない存在ものが、庭に入り込んできた。肉が全部削げ落ちた骸骨がかたかた動いてゆっくり私に近づく。 私は悲鳴をあげて一歩後退あとじさり、がたがた震えた。


 スケルトンは歩みを止め、カチカチと歯を打ち鳴らす。


 シャムロックが守るように私の前に立つ。 

 私はシャムロックの背後からスケルトンを覗って、スケルトンの指にそれ(・・)が嵌っているのを発見した。


「あの指輪は……」


 私が贈った不揃いなシロツメクサの指輪!


 私はシャムロックが呪文を唱える横をすり抜け、スケルトンに走り寄って、骨の手を握った。


「姫!」


 その時にはシャムロックの手に紅蓮の炎が現れていたが、呪文が私に当たることを怖れてか、シャムロックは急いで炎をかき消す。


「あなたは……?」


 私の問いかけにも、スケルトンはやはりあごをカタカタ打ち鳴らすだけ。

 だけれど、先ほどは恐ろしかったその音も、今はなぜか悲しげに聞こえる。


 近くで、確認してみるとやはりシロツメクサの指輪は私が青年に贈ったものに間違いなかった。

 私が青年に贈った指輪を嵌めているだけでは、このスケルトンが青年だという決定的な証拠にはならない。違っていたら、この恐ろしいバケモノに食べられてしまうかもしれない。でも……


 私は意を決して、指輪に口付けた。


 その瞬間、シロツメクサの花弁が砕け、庭園に生えているシロツメクサの花弁も巻き込んで、スケルトンを包んだ。その花びらの包みを裂くように真っ黒な獣が数匹苦しそうに飛び出ていく。


 すべての花びらが散った後にはスケルトンから人間に戻った青年が立っていた。

 ぼろぼろと涙を流しながら青年と抱きしめあった私は、王子のほうを振り返ってしまった。 


「いやっぁああ――」


 青年が、私の悲鳴を途中でさえぎる。

 獣がシャムロックに襲い掛かり、彼の身体の肉を一片一片剥いでいく光景を目の当たりにして、駆け寄るどころか一歩も動けない。


 獣はシャムロックを噛み散らかした後、夜闇に溶けた。


 起き上がったシャムロックは腐って肉がぐずぐずぼたぼた落ちている自分の両腕をじっと見つめ……


「これが、私の姿……」


 そう呟き、私と目が合った途端、悲鳴をあげて、庭から逃げていった。

 私は森に走り去る彼を呆然と見つめることしかできなかった。


 私が彼をあんな姿にしてしまったんだ。

 どうすればよかったのかわからない。どれが偽りでどれが真実だったのかも。


 泣き崩れる私を青年が強く抱き寄せる。


「あなたからもらった大事な指輪を失くしてしまったわ」


 そしてこの指輪を嵌める資格もない。私はルビーの指輪をはずした。


「俺もなくしてしまった。でも、何度でも君に指輪を贈る。君の気持ちに区切りが付いたときに、また俺に指輪を作ってくれたらうれしい」


 ☆


「うわっ!」

 誰かの悲鳴が聞こえる。


「王子の服を着たバケモノが!」

「そんなものがいるはずないだろう!」

「念のため王子の所在を確認しろ!」


 城の衛兵が、王子のあの姿を目撃したのだろう。カンテラの光がちらちらと見える。


「ここからすぐ離れないと」


 青年の声に私は涙を拭いて立ち上がった。


「あっちに厩があるわ」


 この人生を選んだなら、この人生を精一杯生きなければならない。

 いつか罰が下ろうとも、その時までこの道を歩き続けるしかないのだから……





 夜明け前に青年と共に村に到着した私は、髪をばっさり切り落とした。

 三日後、村の村長宅に私の国の衛兵が訪れたようだが、金髪の長い髪の女性はいるか尋ねただけだったそうだ。


 そして、それっきり捜索の手が伸びることはなかった。 





 ――十年後 春


 数日前、息子が行方不明になった。


 他の家の子に森に行って見つけた木の実を自慢されて、つい一人で森の中に入ってしまったらしい。

 森から無事戻れた息子は「魔法みたいな光の道で帰ってこれた」と言って泣いていた。


 『魔法』と言う言葉で思い浮かぶのはただ一人。 彼の魔法は一度しか見たことは無い。

 彼が“道を光らせる”魔法を持っていたとしても不思議ではないが、私たちの子どもだけは絶対助けないだろう。

 草に付いた雨粒がたまたま光って見えたとか、猟師や樵の目印を見つけたとか……


 ここ数年忘れ去ろうとし、事実忘れていた人の姿を思い出す。


 最初は人間の姿の笑顔。そして……


 思い出しかけたところで、いつもの通り意識の外に追い出そうとする。

 どこまでもひどい女だ。


 きっとどちらの運命を選択しても後悔はしていただろう。


 でも、引き返すことができたとしても私はきっと同じ道を選ぶだろう。

 もう、この子達と出会ってしまったから、他の道を選ぶことはできない。


「お母様の手いつも綺麗だね」

「枯れたら何度でも指輪を作ってはめてくれるお父様がいるからよ。わたしも何度も何度もお父様に指輪を贈るの」


 家事で荒れた手を見てにこにこ笑う娘に微笑みで返す。


 夫と寄り添って、子どもたちに囲まれて……。これが私が願った未来。


 ふと振り向くと森の木々の隙間に“彼”がいた。呪われた姿のままで。


 息を詰めて、見つめる。


 涙が溢れる。


「お母様どうしたの?」


 許してなどと口が裂けてもいえない。


 涙で視界がぼやけてまたたきしている間に、彼の姿は森の奥に消えた。


 私は彼の後姿を追って、森に駆ける。


「母さん、森は危ないよ」


 身にしみて森の怖さを体験した息子が私の腕を掴んで止めた。

 私は息子の手をはずすとあの日から一度も嵌めていなかった赤い宝石の指輪を家から取って来る。


 早くしないと……


「母さん!」


 私が再び森に向かう姿を見て息子が止めに入る。私が「三歩だけだから」と言うと息子は不承不承納得してくれた。


「シャムロック。これをあなたに返したかったの」


 私は、シャムロックが立っていたその場所に指輪を置いた。


 ☆


 数日の間、彼がまた姿を現してくれないかと家事の合間に彼が立っていた付近を見つめた。

 だが、彼はその後、姿を見せてくれなかった。


 罪悪感が生んだ幻影だろうか。


 どうしても彼の姿を確かめたくて、森に足を踏み入れた。


 皆同じに見える木々と脛の半ばまで伸びた草。たしかこの付近の木の根元に…

 赤い石の指輪を置いたはずの場所には、草が生えるのみで指輪はなかった。 


 あれから数日経っている。 別の木と勘違いしてしまったかもしれない、森にいたずらで入ってしまったどこかの子どもが持っていったのかもしれない、あるいは鳥に持っていかれたのかもしれない。 でも、彼に返せたと信じよう。


 彼が立っていた場所から、村を眺める。私たち親子を見つめていたあの時、彼は何を想ったのだろう。






 私は村に向かって歩き出した。そこには私の願った春の光景がある。


 彼を裏切ってまで手に入れた未来だ。彼に世界一ひどい女と思われてもいい。


 今はまだ彼に言う言葉を持たないけれど、選んだこの道を精一杯歩いて……


 もし神様がもう一度会う機会を下さったときには、彼に胸を張って『幸せだった』と報告するのだ。


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