花束
侍女が扉を開けた瞬間、甘い香りが部屋の中に広がる。
「姫様、王子様から花束が届きましたよ」
赤・白・ピンク・黄、両手で抱えるのがやっとの色とりどりのバラの花束が手渡される。
「……シャムロックから」
春にシャムロックの城で見たときより全体的に鮮やかでより甘い香りだ。
『秋のバラ庭園もお薦めですよ。花の数は減りますが、良い香りと鮮やかな色合いは春バラに劣りません』
エリエールの言葉が心の中でこだまし、城の庭での記憶を引き寄せる。
――あの侍女が、好きな秋バラ。
『シャムロック様どうするつもりでしょうね』
エリエールの好きなものを私に贈りつけて……正妃よりも侍女を優先するという彼からの隠れた宣言なのだろうか?
『毎夜毎夜結婚して欲しいって言ってるんでしょ?』
それとも、エリエールが王子に花を贈るように言ったのだろうか? 私への牽制のために。
――シャムロックとエリエールが二人、バラの園に立っている幻影が脳裏に浮かぶ。
「…姫様?」
花束を見つめたまま微動だにしない私を見て、侍女が不安そうに声をかける。
『エリエールが『王子様の子ども欲しい』って言っていたのを聞いちゃったことがあるのよ。実はもう……』
――エリエールはわずかに膨れたおなかにそっと手を触れ、シャムロックに微笑む。
シャムロックも微笑み、彼女の身体を労わるように支える。
「え…え、ご苦労様。下がって良いわよ」
私は、何とか笑顔を作り侍女を退散させた。
誰もいない部屋で、私は花束を見つめる。
花束の間に挟まっている手紙を手にとって読む気にはとてもなれない。
かといって、意識の外には追いやれない。
目を離すには鮮やか過ぎ、香りを気にせずにいるには、甘い香りは強すぎる。
私は、バラの……エリエールの気配をこの部屋から一掃したくて、すべての窓を開け……
昨日火が付いたばかりの暖炉に、手紙ごとバラの花束を投げ入れた。
花束がすべて灰になった頃には、バラの香りは風に消えていた。
嬉しい贈り物のはずなのに……人間、一度疑い出したらキリがありません。