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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第六章 願った春
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もう一つの出会い

14の春は王子様はとても遠乗りに行くどころではなかった。


 いや、馬には乗ったが、王子様といろいろなところに出かけたくてせっかく乗馬を覚えたのに、いつものように王子様の馬に二人乗りして湖に連れて行ってくれただけで、後は侍女に私の相手を押し付けて仕事に戻っていった。


「せっかく練習したのに!」

「すみません。どうしてもはずせないお仕事が入っておりまして」


 ぷりぷり怒っている私をシャムロック付きの侍女はなだめてくれた。


 あーあ、王子様と遠乗りしたかったな。

 雪解けの山の景色も魚が泳いでる川も一緒に行って見たかったのに。


「あなた馬乗れる?」

「馬は少々でしたら……」

「じゃあ――」

「でも本当に乗れる程度でお姫様の考えているような遠乗りには連れて行けませんよ。もし、行きたいのでしたらほかに馬の得意な者を手配するか、馬車を手配するか致しますが?」


 馬車は乗り飽きた。本当は馬車になんか乗らずに一人でここに来たかったぐらいだ。


 遠乗りに出かけるなんて、王子様とこの侍女以外の人に連れて行ってもらっても気詰まりするだけだ。かといって私の城から連れてきた従者に頼むわけにはいかない。母の意向で「お怪我をしたらどうするんです」と言われるに決まっている。一人で遠乗りなどもってのほかだろう。


 結局、その年の春はたった数日の滞在期間の間、湖に行った時と食事の時、お茶の時以外ほとんどシャムロックと顔を合わすことはなかった。


 ☆


 14の秋


 私は城をこっそり抜け出して、森に来ていた。


 どうしても来年が待てなかったのだ。

 春の彼との時間が短すぎたからかもしれない。秋の初めの頃から彼のことがちらちら頭をよぎる。

 最初の出会い、馬で森の湖に連れて行ってもらったこと、小さな花をくれたこと、今何をしているのか、将来のこと。


 私たちも結婚したら父と母のようになるのだろうか?


 いつものように湖面に足を浸し、湖面を蹴るが、独りでバシャバシャ音を立ててもむなしいだけだ。

 春に二人で訪れた時のほうがずっと楽しかった。


「シャムロック」


 誰もいない湖で独りため息を零す。


 今から会いに行ったら彼は喜ぶだろうか?「勝手に抜け出して」と怒るだろうか?


 ここからなら、昼過ぎには、彼の城に着ける。まあ、彼の城に行ってしまったら、今日中には帰れないだろう。


 城の者を心配させるわけにはいかない。だったらせめて……


 少し湖を外れて、あの花を探す。前に彼が摘んでくれた花はその場所には生えていなかった。辺りを見回すがやはりあの花は咲いていない。あまり湖から離れてしまうと道がわからなくなってしまう。


 矢が飛んでくる。その矢は狼の鼻先を掠めて地面に落ちる。


 狼は私のドレスを踏んでいた前足をはずした。逃げるのかと思いきや、狙いを少年にえ向かっていく。


 少年も狼は逃げてくれるものだと思っていたのだろう。慌てて次の矢を矢筒から取り出す。


 少年は次の矢を番える間も無く、狼ともみ合いになる。 


 少年と狼が一塊になって、草の中を転げる。


 起き上がったのは少年のほうだった。


 ただ、狼に噛み付かれたのと、地面に身体を擦ったせいで、土と草と血でまだらになっていた。


「ありがとう」


 私は混乱する心をなんとか落ち着け、礼を言う。


「ああ」


 少年は私から目を背けぶっきらぼうに答える。顔が真っ赤だ。怒っているのだろう。


「すみません。せめて傷の手当てだけはさせてください」


 そうは言ってみたものの自分には治療の知識が無い。


 少年は頷くだけだった。やはりそっぽを向いたまま。


 以前、シャムロックの侍女が『この城にある薬の種類は世界一ですよ』と言ったのを思い出す。

 『まあ、大半がなんに使うのかわからない物ですけれど』と呟いていたのはこの際忘れておこう。


 距離も自国の城に向かうよりもシャムロックの城のほうが近い。


 私は、馬に彼を乗せて、シャムロックの城に向かった。



 半年振りに会うシャムロックは私をほうけたように見つめていた。

 まあ、驚くのも仕方が無い。少年よりかは幾分かましとはいえドレスには草の汁やら、土やらがついているのだから。


 しばらく私を見つめていたシャムロックは隣の少年を見ると少年の肩に手を回して侍医の所に少年を運んでくれた。


 叱られるかと思ったが、彼は侍医に言われて医務室を出るとどこからか薬を持って来た。それどころか、侍医と一言二言話しながら、植物の葉やら謎の粉やらをすり潰して混ぜている。


 これでは王子がまるで使い走りではないか。


 侍医が男の子の傷口を綺麗に洗って消毒すると、王子が調合した薬を傷口にすり込む。


 その様子を壁の隅っこで見学していたら、真剣に薬を調合していた王子が葉っぱを追加するついでに顔を上げた。


 王子と目が合った。私は身をすくめる。


「で、なんでこんな事態になったんだ?」


 声はいつもの優しい声音だけれど、目が怖い。


「森に行ったら狼に襲われた」

「何で森に行ったの?」

「湖で花を・・・」


 私が消え入るような声で言うと・・・


「あの花は春にしか咲かないよ」


 彼はため息をついた。


「今度からは絶対一人で森に入ってはいけない。迷ったら大変だし―」

「一人でちゃんと湖に行けたわ」


 口の中でもごもご反論したが、彼にしっかり聞こえてしまったようだ。彼は目を吊り上げて言った。


「護衛が付いていないなんて論外だ」


 自分だって護衛をつけずに森に行っているじゃない。

 私が泣きそうになりながら心の中で反論していると、いつの間にか侍女が部屋に入ってきていた。


「今日はどうされます?」


「今日はここに泊まって――」


 彼が言い切る前に、私は短く「帰ります」と返答した。これ以上、彼の顔を見たらうっかり泣いてしまいそうだ。そりゃ、森に勝手に入ったのはちょっとまずかったかなって思っているけれど、久々に会ったのにそんなに叱り付けなくてもいいじゃない。


「じゃあ、護衛を――」

「二人で大丈夫」

「二人?」


 侍女が眉をひそめる。


「護衛ならこの人がいるわ。彼を村に送らなければならないから、あまり仰々しくしたくないの」


 少年が国境の村の住民だと言うことは聞いていた。たくさん傷があったから慌ててここに連れて来たけれど、どれも小さい傷だったようだ。薬が沁みるのか、たまに顔をしかめるが、さほど痛がっているようにはみえない。


 シャムロックはしばらくの間、薬を作る手を止めて考えていたが、最終的には許可を出してくれた。


「わかった。森には近寄らないなら。でもその前にせめて、その泥を落としてから帰りなさい」


 そう言った後には、見慣れた穏やかな顔をしていた。

 ほっとした気分とほんの少し寂しい気分になった。

 一番見たかった彼の温かな笑顔をまた半年の間見れないと思うと少しもったいないような気がする。


 侍女が「ご案内いたします」と言って歩き出す。扉を開ける直前、王子のほうを振り返り軽くお辞儀をする。もう一度顔を上げた瞬間に見えた横顔は何か言いたげな顔だった。


☆☆☆


「服が気持ち悪い。」


 肌触りがざらりとした庶民の服を着せられ私は侍女に向かってつい口を尖らせてしまった。


「泥がいっぱいついたドレスよりかましです。これでも、上等なほうですよ。だいたい仰々しくしたくないとおっしゃったのは姫様ではございませんか?」


 いつもの朗らかな笑いはほとんど見せず、どこか冷たい。彼の説教に割って入ってくれた時は助けてくれたと思ったんだけれど・・・。


「あの少年は・・・」

「え?」


 あの少年のことが心配なのだろうか?

 私が不思議そうな目で見つめると彼女ははっと一拍置いてこちらを見返し私の頭を撫でた。


「本当にご無事でよかった。二度と一人で森に行ってはいけませんよ」


「そんなに何度も言わなくてもわかっているわ」


 風呂から上がると少年の治療は終わっていた。

 ただ、こっちを見る少年の顔が赤い。傷が熱を持ったのだろうか?

 やはり一日ここに泊めてもらおうか?


「大丈夫?」

「大丈夫だ」


 ただ傷の具合を確認しただけなのにぶっきらぼうな声でそっぽを向かれてしまった。嫌われたのかな?



「悪化するようならまた見せに来なさい。それと帰りに彼女が森に向かわないように見張って欲しい」


 シャムロックの言葉に真面目に頷く少年を「早く行くわよ!」と姫にはあるまじき大声で急き立てた。


 馬に乗ろうとする私にシャムロックは慌てて駆け寄り、

「村の村長宅に泊まりなさい」そう言って私に手紙を渡す。


 私はこの国に来る時や、城に帰る時に利用するだけで、詳しくは知らないが、シャムロックと村長は顔見知りで、これさえ村長に渡せば、一夜の宿ぐらいなら提供してもらえるだろうと言うことだった。


 ☆


「あんなに口うるさく言わなくても小さな子どもじゃないんだからわかっているわ」

 すると後ろから笑いがこぼれた。

「それだけお姫様が大事なんだよ」

 少年は笑いを含んだ穏やかな声で言う。その言葉に身体の中に小さな炎を放り込まれたように、胸が熱くなる。

「しゃべってると舌を噛むわよ」 

 馬のたずなを一つ打つと馬の速度がぐんと速くなる。

「うわっ」


 ☆ 


 少年とは村長宅まで案内してもらって、そこで別れた。


「助けてくれて、ありがとう」


 自然と彼のほうに手が伸びる。


 伸ばした直後「しまった」と思ったけれど、その時には少年も手を伸ばし私の手を掴んでくれていた。

 シャムロック以外の殿方の手を掴むなんて本当は良くないのだろう。だが助けてくれた人への礼は惜しんではいけない。

 まだシャムロックよりかは小さいけれど、私の手を十分包み込める手は、秋の夕方の涼しい風が時折吹く中、じんわり温かく、自然と穏やかな気持ちになる。


 黄金色こがねいろの世界の中、急に目を逸らした彼の横顔は太陽に照らされて赤く染まっていた。


「じゃあ」


 短く別れの言葉を告げた彼は走って帰っていった。


 ☆


 早朝、村長宅に侍女が現れた。


「王子様の城から早馬が来てまして」


 ぴきぴきと音が聞こえてきそうなほど青筋が立ってて、もう非常に怒っているのがわかる。


「厳しく叱っておくように書かれていましたよ」


「う……裏切り者」


 用意された馬車に乗る。馬は衛兵が連れて帰るそうだ。


 馬車に乗って落ち着いてみると、シャムロックのことが心に浮かぶ。

 一度こちらをじーっと見たあとは私を叱り付けて、怒っている以外はほとんど目をあわそうとしなかった。


 会いたかったのに実際会ってみるとなんてそっけない言い方をしてしまうんだろう。


 結婚した途端、お父様とお母様のように会話も無い顔もろくにあわせない夫婦になってしまったらどうしよう。傍から見ているだけでも、胸がつかえるような気分になるのに……。


 落ち込みかけて外をぼんやり眺めていると、門の入り口に少年が立っているのが見えた。


(こんな早朝から? いつここを通るかわからないのにずっと待っていてくれていたの?)


「また、遊びに来るわー!」「ひっ姫様!?」


 侍女の眉が跳ね上がるのを無視して私は窓から身を乗り出し、少年に手を振った。


 大声を出したおかげで、ほんの少し胸がすっきりした気分になる。


 昨日少年が励ましてくれた言葉が心に甦る。


 ――それだけお姫様が大事なんだよ――


 あと半年待てばまたシャムロックに会える。そしたら彼とたくさん将来の話をしよう。

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