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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第二章 ゾンビとアカツメクサ
3/44

死霊王子

 ゾンビはフードを目深まぶかに被って、城の周りを見回していた。

 ふと城門近くで、立て札がかかっているのが見えた。門近くなので、兵士がいるのが厄介だ。


「ハンス、字は読めるか?」

「読めない」

 他に同じような立て札がないか、確認したら、すぐ他の立て札が見つかった。

 200年の間に少し、つづりに変化はあったようだ。隣国だから、少々綴りが違うのかもしれないが。文法自体は同じだ。


 いわく、

『王のお妃様になれる絶好のチャンス!容姿に自信のある方、奮って応募下さい。紹介者にも仲介料をお支払いします。』


「紹介者にも、仲介料……」

 えらく、軽いノリだが、やっていることは、人買いか。


「この国は、妃が二人以上いても良かったのか?」


 ――200年前の法律では、自分の国も隣国も一夫一妻制だったはずだが。


 この国も滅んだ自国も、元々は「レペンス」という一つの国だった。

 が、あるとき、庶子の兄と嫡子の弟の間に政争が起き、内乱寸前までに事態が発展した。

 内乱で国がぼろぼろになるよりかましと東西二つに分かれた。


 元々、小さな国が「ウエスト レペンス」と「イースト レペンス」に分かれて以来、どちらの国も、よほどのことがない限り、妻を二人持つようなことはないはずだが……。


(まあ、私が生きていた時代でも、かなり古い言い伝えだったから、廃れてしまったのかもしれないが)


「いや。お妃様は一人だったと思うけれど」


「アイリスは誰かに目を付けられて、ここに連れてこられたみたいだな。王の花嫁として」


 大事な恋人が王族にさらわれる。


 もうすでに溶けてなくなってしまった心臓が、氷の柱に閉じ込められたような感触。

 ゾンビは自分の物語の裏を見ているようで、恐ろしかった。


(いや、私とこの国の王とは違う。私は姫だけを愛していた)


 姫はその後、恋人と結婚し幸せな一生を終えた。


 この体で、永遠にさ迷う罰は受けよう。

 しかし、今さら、なぜ自分の罪をまざまざと見せ付けられねばならない!


「王を呪ってやろうか?」


 いまさら、呪いが跳ね返ってきても、これ以上ひどくはなりはしないだろう。

 この国の王も、自分と同じ罰を受ければいい。

 半分は本気で、半分は冗談でゾンビは口を開いた。


 くちゃくちゃと口を動かしながら、ゾンビがハンスに問いかける。


 呪いなどとても信じれるものではないが、昔語りのゾンビが目の前にいるのだ。

 ハンスは苦しそうに答える。

「いや、人を呪って幸せになんかなれはしない。お前は……いい奴だけれど、やっぱりそんな姿でずっと生きているのは……苦しいだろ」

 ゾンビは魔女の呪いで、今も死体のまま、この世をさ迷っているという。

 同じような呪いを王に与えて、アイリスを救出しても、そんなのは嬉しくない。苦しいだけだ。


「……そうだな。人を呪っては、手に持っている他の幸せも逃してしまう」

 安易な方法に走ろうとしたゾンビをハンスは諌めた。

 ならば、ハンスの望む形で、アイリスを救出しなければ……。


 他国の兵士とはいえ、派手な呪文で大怪我させるのもはばかれる。

 元をたどれば・・・あのまま、国が滅んでなければ、自国の国民だったのかもしれないのだから。


 ゾンビとしても、自分の誇りを傷つけるから、したくはないのだが……。

 ゾンビは深くため息を吐くとハンスに言った。

「よし。美女を連れて中に入るぞ」

「美女って、そこらに転がっているわけないだろう!」


「心配するな。私が美女役になる」

「無理。顔が半分崩れた美女なんていねぇ。大体、あんた男だろう」


 振り返った、ゾンビは美しい黒髪、黒目の美女になっていた。

 黒髪、黒目なんてここいらでは珍しい。

「うまくいったか?って、頬を赤らめるな!アイリス一筋じゃないのか!」


「おまえ……女だったのか?」

「生まれてから死ぬまで22年間、一度も女だったことはない」

 声は、相変わらず男だか、女だかわからない、くちゃくちゃと湿り気を帯びたものなのだが、不機嫌さだけはしっかり伝わる。


 まだ、頬を赤らめているハンスに“彼女”は、目を吊り上げ怒る。怒った顔も綺麗だ。

「目を覚まさせてやる。腕を掴め」


 手も、細くて綺麗だななんて思って“彼女”の腕を触ってみる。

 くちゃりと水気を含んだ何かが、潰れる感触が布を通して伝わってくる。


「うわっ!」

 ハンスは一気に現実に引き戻され、赤かった顔は真っ青に変った。


「体を変えたのではなくて、視えない魔法の仮面を顔と肌が露出しているところにかけているだけだ。油断しているとすぐにほころびが出る」

「よく、そんな美人の顔、すぐに出てきたな」

 ハンスが見るにどこにも綻びらしきものが見受けられない。


「この姿は……私に仕えていた侍女の姿だ」

 彼女はハンスからそっと顔を背けた。その横顔は苦しげだった。



「声質まで、変えている余裕はない」ということで、基本しゃべるのはハンスの役目になった。


 城に入る直前「嘘は、なるべくつくな。ばれた後、取り繕うのが大変になる。謁見の間には護衛の兵士がいるから、王と兵士をなるべく引き離せ。王を私に近づけさせろ」と“彼女”がハンスに言う。


 謁見の間に二人とも無事に通され、王の前で“彼女”は優雅な手つきで、そっと服の裾をつまみ礼をする。


 肩口で切りそろえてある漆黒の髪がフードの隙間からさらさらとこぼれる。


「元はどこかの国の貴族か?」

 王のその問いに、“彼女”がハンスを見る。

「どっかの王族の流れを汲むってことで、礼儀を知っていたんじゃないですか?」

 亡国の王子だから間違ってはいない。


「名前はなんと申す?」


 ゾンビは少し考える。自分の名前を使うか、侍女の名前を使うか。

 姿を勝手に使った上に、名前まで、無断借用したらあの世で会った時に怒られるどころではすまない。

 この体に、本当の死が訪れるのかはわからないが、できれば殴られる危険は避けたい。


「シャムと申します」

 ゾンビが隣のハンスには十分届くけれど、王には届かないほどの声で囁く。


「おい。声が聞こえないぞ。顔もいつまでフードで隠してる?」と王の声。


 “彼女”がさらに声を細めてハンスに小さく囁きかける。

「顔はシャム猫のような気品があるから、こっち来て自分でフードをはずせと言え」

 くちゃくちゃと湿った音がハンスの耳元で聞こえる。あんな美女の口からこの声が出ていると思うと、ゾンビの姿でいた頃よりも、恐ろしいと思うのは自分だけなのだろうか。


 それよりも、シャム猫って、猫に種類があるのか?

 猫といったら鼠をくわえている姿しか思い浮かばない。あの姿のどこに気品があるのだろう。


「何かしゃべったか?」王が不審そうにこちらを見る。


「名前はシャムです。名前の通り、シャム猫のような気品のある顔立ちしていますが、そんな遠くから見たんじゃ、よくわかりませんよ。こっち来て、自分でフードをはずしたらどうですか?」


 ハンスは平静を装い、自分の知る限りの敬語を駆使して何とか言葉を繋げた。

 でも、態度がよろしくなかったのか、兵士が一歩こちらに近づく。


「よい」

 王は、兵を手を上げて制すると、ハンスの言うとおりに歩みを進めて、近づいてくる。


 “彼女”の目の前に立った王が“彼女”のフードを取る。


 同時に、“彼女”の薄紅色の唇から呪文がこぼれる。

「石神にこいねがう 我らを守りし城壁を」

 正確には自分たちと王を囲む壁が欲しかっただけだが、城の壁を拝借して、兵士と王を隔てる壁を作った。

 今頃、城のどこかの部屋では、壁が二、三枚消失しているだろう。


 もう変装している理由がないので、元のゾンビの姿になる。王が腰を抜かして、数メートル後退あとずさる。

 横で「もうちょっと美人の姿でも――」とため息をいている奴がいたが、ぎろっと睨みつけるだけにしておいた。


「化け物を使って、攻め入ってきたか?」


 王が恐怖と怒りが入り混じった顔をゾンビとハンスに向ける。


 (あの時の私はあんなに恐ろしく、醜い顔をしていたのだろうか。今の姿よりずっと……)


 ゾンビは服の下に隠していた剣を王に突きつける。

 城門をくぐる際、にっこり兵士に微笑んだら、身体検査もろくにされずに、持ち込めたものだ。


「死霊王子の伝説は知っておろう。我はシャムロック・ラハード。ウエスト レペンス地方は元はラハード家の領地。所領を取られた恨みはいまなお忘れてはいないぞ」

 自分が死んで二百年も経って、自分の土地だと主張するのは遅すぎるだろう。まあ、脅しが効かなければ、別の手を考えよう。


「や……はり、やはり呪っているのか!」


 ありがたいことに、はったりに引っかかってくれた。が、予想以上の怯えように逆に戸惑う。


「呪いってなんだ?」


 ゾンビは錆びた剣を王に突きつけたまま、横にいるハンスに聞く。

 姫の子孫は気にかけていたが、王国を継ぎ、ラハード伯爵領を接収した姫の兄の家系まで、いちいち気にかけていなかった。

 領民が圧政を強いられているという噂が流れてきていたなら、何らかの対応を取っていたのだろうが、村の様子を見る限り、悪いということはなさそうだったので、今の今まで放っておいた。


「伝説のゾンビが王家を呪っているせいで、この王家は男子が育ちにくいんだと・・・先々代は男の王子様が3人いらしたが、二人の兄は小さい時に食中毒と原因不明の病で死んだって、父さんが言ってた。ちなみに今の国王の子どもは、二歳になる王子様がひとり。ついでにいうと16歳を筆頭にお姫様が4人だったか。ゾンビが伝説のお姫様とそっくりな姫君を探し出すために王家に女子を生ませているとか何とか」


 そんな、呪いをかけた覚えなどまったくない。誰も、姫の代わりになれるはずがないのも、彼女がすでにこの世にいないのも、自分が良く知っている。

 150年前の夜、危険を冒して村へ行き、彼女を見取った。


 その上、食中毒やら原因不明の病って、限りなく暗殺やら陰謀やらの臭いしかしないのだが……。まあ、二人くらいなら偶然かもしれないが。


 で、男子がなかなかできず、焦った王は昔の慣習を破って、妾妃だか第二王妃だかを迎えようとしたのか。

 2歳の王子に何かあっても、4人も娘がいたら、婿養子を迎えたらすむと思うんだが……。

 この際、人の家の家庭事情など放っておこう。


「安心しろ。国から追われた私は新たな所領を得た」

 実際は、勝手に逃げただけなのだが、細かいことはこの際置いておく。


 ゾンビが、王の腕を掴む。


 ぐちゅりと妙な音がした。皮膚が剥がれ、べっとり、皮膚片と汁が王の袖に張り付く。

 王の腕を引っ張るように、王に顔を近づけて耳元でささやく。

「呪われた森の領民だ。その森近くの村の娘との間に子を成せば、汝は我と同じ姿になるだろう。その娘だけではない。我が領民は一人たりとも譲れぬぞ」


 ゾンビが口を動かすたびに、ねちゃねちゃと湿った空気が王の耳をかすめる。


「呪われよ。呪われよ」


 ゾンビの言葉と共に、黒い炎が次々と現れ、ゾンビと王を囲む。

「ひっ……ひぃい――」


「集めた女性たちはどこだ?」

 がたがた震える王から場所を聞き出したゾンビは、また、石壁を組み替えて、道を作る。


「ああ……最後に言っておく。呪われた村を間違っても焼き討ちしようなどと考えるなよ。もし、そのようなまねをすれば、百の炎の玉が王都を焼き尽くすであろう」


 大丈夫だとは思うが、アイリスたちの村が死霊王子の不吉な村として焼かれでもしたら大変なので、念を押しておく。


 謁見の間を去るとき、ハンスが振り返ってみると、王はがたがた震えながら、上着を脱いでいた。

◇登場人物◇


王様……レペンス王国の王様。後にとんでもない事件を引き起こすことに……。

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