出会いと魔法
ここから『エリエールの回顧録』です。
侍女エリエールが過去を語る形式。
ゾンビ王子の伝説について真実を知りたいですって。
そんなことを知るためにわざわざ、この森に?よく無事でここまでたどり着けましたね。
いまさら知って、どうするのか知りませんけれど、今朝方、懐かしい方に会えて、気分がいいんです。
かの王子と姫をめぐる物語、私の主観でよろしければお話します。
人と話すのは、200年ぶりくらいですから、少々、地が出てしまって、お聞き苦しいところがあるかもしれませんが……
まず、私と王子の出会いから―
あれは、私が十歳の頃……
って、何で、止めるんです。えっ。もう少しはしょって?王子と姫の出会いからでいい?
私、王子様に「暴言娘」と「おしゃべり魔」の称号を頂いたんですよ。
「おしゃべり魔」と言っても、人の噂を吹聴するようなことは、極力避けていましたよ。
侍女仲間では「情報通」で通っていましたけれど、政治のこととかはあまりわかりませんでしたね。
二百年ぶりなんですから、もう少ししゃべらせてくださいな。
「あなたと王子様との出会いからでいいです」って、お話の「お」の時も始まっていないのに、なぜそんなに疲れた顔してらっしゃるのかしら……ほら、ここにマフィンがお供えしてあります。どうぞお食べください。
「いえ、結構です」って、人の親切は素直に受け取るものですわ。まあ続きをお話いたしましょう。
私は十の時、この森に捨てられたんです。
私の黒い瞳と黒い髪はここら辺では、たいそう珍しいでしょう?
今の法律ではどうなっているか知りませんが、当然、あの王子様のお父上様の治世の時は、人身売買は厳しく処罰されていました。見つかった場合、奴隷商人は死刑もあったそうです。実際、処刑されたのは他国で奴隷を仕入れ、この国で高く売りさばこうとした悪質な商人くらいだそうですけれど。
一方、助け出された奴隷は国の保護を受けます。本当にあの方々は、民が傷つかないようにしていらっしゃたのに……。思い出すたび、悔しくてたまりません。
申し訳ありません。話がそれました。
私は父によって奴隷商人に売られましたが、長らく買い手が付かず、あまり長く「商品」を持ち歩いていると、捕まってしまうと言うことで、森に捨てられました。もうそれは簡単にぽいっと。
実際、ここに来たあなたらならわかると思いますが、いまだ、この森はほとんど人の手が入っていません。
一度道を失えば、よほど慣れた猟師さんでない限り、生きていようが死んでいようが森を出ることはかなわないでしょう。
森に置き去りにされてから二日目。私はついに狼に囲まれました。
食べられてしまうかと思ったとき、空は晴れ渡っていたのに雷が落ちてきました。
狼が四方に散ったあと、後ろから、子どもの声が聞こえてきました。
☆
「どうして、こんなところにいるの? 君、迷子?」
小奇麗な服装を着た、見るからにお坊ちゃんな感じの男の子です。
私は、無言で森の中をすたすた歩き出しました。
少年はいつまでも、私の後を付いてきます。
たまに、瓶から変な色の付いた水を地面に落としながら……。
「あんた、狼に食べられたいの?」
「君は食べられたいの? こんなところにいたら、お父さんとお母さんが心配するよ?もし、迷子なら――」
男の子はのんびりと聞き返します。
「誰も心配していない!」
男の子の声に苛立った私は、ついに我慢しきれず怒って事情を話しました。わめき散らしたというほうが正確でしょうか。
「ごめん、僕達のせいで……」
「いえ、父が悪いんです」珍しく、相手の服装に合わせて、綺麗な言葉を考えて話しました。
「本当に僕のお父さんの力が及ばず申し訳ない」
この男の子のお父さんなんて関係ない。慣れない言葉遣いで意味が伝わらなかったのか……。私はなにか、妙な同情をされるのだと思い腹が立ちました。
「飲んだくれてた私の馬鹿親父が悪いんだ」
私の言葉遣いに、少年はびっくりしていましたが、穏やかな顔になると「とりあえず、狼に食べられたくなかったら、僕の家に来ない?」と言いました。
不思議なことに、帰りは一匹も狼に襲われることはありませんでした。
一時間ほどで、あっさり森を抜けると、その日は森の近隣の村に止まり、翌日、馬に乗せられ王都に連れられていきました。城門前に着く少年は馬を置き去りにして私の手を引いて王城の中に入っていきます。
「あんなところ置いていたら、誰かに盗られる!」
「ちゃんと誰かが厩に連れて行くし、あとで様子見に行くから大丈夫」
「あとでって……」
城の怖そうな兵士は少年に「お帰りなさいませ」って頭を下げるし、馬は置きっぱなしだし……私は混乱したまま、あの城の門を越えました。
まさかとは思っていましたが、彼は本当にこの国の王子だったのです。
城に着いたら、黒く丈の短いドレスを着た年配の女性が、私に同じような新しい服を渡しました。
城の中を見渡すと他にも同じような服を着ている人がいました。
「ちょっと、僕の手の足りないところを手伝ってくれるだけで、三食昼寝つきだけれどどうする?」
さっきまで、いいとこのお坊ちゃんと思っていた少年が、この国の王子だったと知って、私はがくがく震えてしまいました。
どうしよう。王子様に無礼な口をきいてしまった、と。
さっきまで、狼に殺されてもいいとさえ思っていたのに、おかしな話ですよね。
私の震えを了承と考えたのでしょう。
王子様が頷いて、黒エプロンドレス軍団の一番年長の女性『侍女頭』に耳打ちなさいました。
私は無言の侍女頭に更衣室に引き摺られて行き、瞬く間にエプロンドレスに着替えさせられました。
それこそ、断りを入れる間も無くです。
「お……お主人様……精一杯、仕えます。なんでも、命令した……ら?」
私のがたがた震えた、みっともない最初の挨拶に侍女頭は遠くを見るような表情になってしまいました。
「う……ん。いろいろ、突っ込みたいところあるけれど、とりあえず「お主人様」じゃなくて「ご主人様」だからね。他の人の話し方を聞いていたら、それっぽい言い回し覚えられるから。しばらくは見習い扱いで、一年後には正式採用になって、お客人の応対もしてもらうから」
半年後、突然、王子様のお部屋を訪問された宰相……その当時は経産大臣でしたか。その方にうっかりお茶をこぼしてしまったことで、さらに半年、正式侍女デビューは遅れてしまいましたが……。
☆
その頃から王子様は、変な魔法やら薬やらに傾倒しており、わたしは一度だけ魔法について尋ねてみたことがありました。
☆
「魔法はどんなものなんですか?」
「説明は難しいな。自然の力を少し借りるってことかな。雷・光・火・水、それぞれの神にお願いして力を借りる感じかな」
「他はどんなことができるのですか?」
炎を出して喜んでいるんだったら、火遊びしている子どもと変わりません。
王子様はきょとんとして、しばし考えると急ににやりと意地の悪い笑みを浮かべて言いました。
「あとは……人を呪ったりかな」
「シャムロック様には似合いません」
「そうだね。僕もそっちは興味ないな。でも、薬を作る時には、小さな雷とか一瞬でお湯を沸騰させる火とか便利なんだよ。人に役立つ薬ができれば、少しは財源の足しになるかなって」
その時の王子様は、呪いの魔法とは無縁の優しい笑顔をされていました。
エリエール……『お姫様とスケルトン』ではまったく出番なし。『ゾンビとアカツメクサ』でゾンビが姿を借りる。王子様から「暴言娘」と「おしゃべり魔」の栄誉をいただく。




