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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第四章 トリス先生たちの日常
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アイリスとハンスの日常2

 ☆☆アイリスの日常2☆☆


「試験は今日だったみたいだけれど、どうなったかしら?私はロザリーちゃんに押し倒されるほうに一票」

「押し倒されるって……せめて、押し切られるくらいにしとけよ」

 旦那は、苦笑いで答えた。


 他の可能性も、ちらりと頭の中に浮かんだが、私もハンスもその可能性は口には出さなかった。


 ☆


 私は、子どもたちに、先生の指にシロツメクサの指輪がはまっているか確認するようにしっかり言いつけて送り出した。


 長男のシャムローが、帰ってくるなり、一枚の紙切れを渡した。

「先生が、父さんか母さんに渡せって」

 先生の家に行ってみたら、先生がどっか消えているという事態にならなくて良かったが、はて?

「わたしら、こんなの渡されても読めないわ。あんた読みなさい」

 シャムロックが来る前の村では、文字を知っている人もわざわざ習おうなんて人もほとんどいなかった。私もハンスも字は読めない。


「『ロザリーのことうまくいったから、おやしろに来てくれ』って」

 おやしろなんて、新年の祈願や豊作祈願などの願掛けか出産の報告か葬式か――

「今から?」

「『できるだけすぐ』って。ああ、それと先生の指輪二つになっていたよ。シロツメクサとアカツメクサ。それとロザリー先生の指にも――」


 ロザリー先生?息子にいろいろ聞きたいが本人たちに聞いたほうが早いだろう。

 思いっきりがいいのかぐずなのか。はあ。


「あんたら、今すぐ一等いっとういい服に着替えなさい。で、早く着替えたほうが、父さん呼び戻して」

 長女と長男に指示を出すと私は末っ子のおむつ替えと自分の着替えに取り掛かかった。


 ☆☆ハンスの日常2☆☆


「シャムロック、おめでとう!」


 アイリスは先生を見つけるなり走っていって彼にぎゅっと抱きつくと彼の頬に口づけた。


「私だって、キス一回しかしてないのに……」

 俺の隣で取り残された花嫁はぽつりと呟く。


 その声がどれくらい聞こえたのか知らないが、アイリスは俺たちのほうを振り返る。

「花嫁さんと浮気したらダメよ」


 おい!俺ら並んで立っているだけだぞ。

「その台詞せりふ、俺はお前に言いたい」


 10年前は、美女の姿の上、中身はゾンビだって知っていたから、アイリスが抱きつこうがなんとも思わなかったが、今は男のうえ、美形だ。

 いくら嬉しいからって、旦那の前で抱きつくな!(俺の知らないところで抱き合っても困るが)


「ア、アイリス……。とりあえず離れてくれないか?」

 先生が、ちらちら、こちら――というよりか花嫁を気にしながら言う。


 アイリスは先生の言葉に頷くとぱっと離れて、今度は花嫁の前に来た。

「ごめんね。嬉しくて、つい。でも、唇は残してるから」


「あの……シャムロックって?」

 ロザリーちゃんが不安そうにたずねる。

 ああ、先生、なんにも話していないのか?

 俺は妻と顔を見合わせる。

 ずっと隠しおおせるとは先生も思っていないだろうが、俺らが勝手に彼の過去を暴露していいはずがない。


 妻はきっと先生に視線を向ける。


 ――あんた。奥さんになる人に何も言ってないの?――

 ――ごめん。説明漏れ。他は大体言ったから――


 二人のアイコンタクトは大体こんなところだろう。


 が、アイリスがロザリーちゃんの知らない先生の過去を知っているような発言をした上、目線での会話をおこなったせいで、ロザリーちゃんの機嫌はさらに急降下。


 アイリスはロザリーちゃんの不安を取り払うように、にっこり微笑む。

「先生のことで疑問があったら後でいくらでも答えてあげるわ。でも、ここじゃあちょっとまずいわね」

 お社には、ロザリーちゃんの両親も来ているのだ。


 さっきから、ロザリーちゃんの両親が――特に父親が険しい目でこちらを見ている。

 そりゃ、娘の結婚式で新郎が他の女性に抱きつかれた上、キスされていたら怒るわな。


 花嫁さんは「先生。せっかく求婚してもらって悪いですけれど、考え直していいですか?」などと言い出す始末。


 呼ばれて、急いで来たから、昼飯を食べてないのに。

 ああ、早く終わらせて、昼飯ひるめし食いてぇ。


◇アイリスの日常3◇


式は、30分もかからずに終了した。


 立会人を二人以上集めて、神様の前で決まり文句を言って、口付けを交わして終わりだから早いものだ。


 ロザリーちゃんの父親がおいおい泣いてどうしようもないので、母親とともに家に帰っていった。

 別に近隣の村に嫁ぐわけじゃないのに、どうして男親ってこんなにぼろぼろ泣くの?


 私の結婚の時も、涙を見せたことのない父がぼろぼろ泣いしまって、あの時は感動するよりも先に驚いてこっちの涙が引っ込んじゃった。


 ロザリーちゃんにシャムロックのことを話すと約束してしまったので、上の子二人も帰す。


「さすがにお腹すいた。家でご飯食べていく?」

 シャムロックが元気なさげな声で私たちに聞いてくる。


 聞けば、今朝、朝食を軽く摂ると朝イチでロザリーちゃんの両親に許可を取って、それからいつもよりか少し遅めの授業を開始して、授業が終わるや否や、結婚式を執り行ったということらしいので、さすがのシャムロックもダウンしたようだ。



「料理、上手じゃないの」

 シャムロックが作った料理がどんなものか、ちょっと興味があったのだが出てきたスープは具沢山ぐだくさんでおいしそうな湯気を立てている。


「先生が作ったのはこれ」

 ロザリーちゃんが次に出してくれたのは、なんかミルクっぽい・・・これ何?


「結婚して正解だったわ」

 私は恐る恐るジャガとチーズの浮いているミルクスープを半口分だけすくって飲むと、端的に感想を述べた。


「うるさい」


「で、結局、正式な結婚式するの?」


 一応、森に面したところに小さなやしろがあるが神職はこの村に常駐していない。

 祭りの時と一ヶ月に一度の訪問以外はやしろはほとんど無人だ。


 村の人は自分たちで、結婚式や葬式を行って、人によっては神職の訪問時に追加で祝福や祈りを捧げてもらう。私とハンスは簡易結婚式だけで済ませたクチだ。


「一応、その予定だけれど」

 今月分はつい先日終わってしまったから、次に神職がこの村を訪れるのは一ヵ月後だ。

「じゃあ、一ヵ月後の結婚式にも私たちを呼んでね」


「その、先生が……ゾ……」

 シャムロックと仲良く話しているとロザリーちゃんが言いにくそうに口を開く。

 最後の「ゾ」はほとんどささやき声だ。ちらちらシャムロックの方を気にしている。

 大好きな人の言ったことを疑いたくないんだろうけれど……


 そりゃ、実物見なければ信じられないよね。

 私の親に『森でゾンビに会った』って言った時も作り話だと思って信じてくれなかったし。


 私は確認のため、シャムロックに視線を向ける。

 シャムロックはそれに答えて、小さく頷いた。


「知っているわよ。ゾンビだったって。『シャムロック』はずっと昔の先生の名前」


 ロザリーちゃんは望んだ答えを手に入れられたのにしゅんとしている。

 先生の話を信じ切れなかった罪悪感と先生から名前を直接教えてもらえなかったことに不満を感じているのだろう。


「私が直接聞いたわけじゃないのよ。うちの旦那が最初に聞いて、旦那から聞いただけだから、完全な又聞きなのよ。うーんと小さい時に出会ってから、16歳になるまで、10年近く名前知らなくって『ゾンビさん』って呼んでたの」


 好きな人のこと全部知りたいって思う気持ちわかるわ。

 私もこんな時があった……かな。ふふ。


 今は旦那のへそくりの場所以外興味ないけれど。


「小さい時からの知り合い……」

 また、ロザリーちゃんの声は、ずんと落ち込んだ声になる。


「その当時の先生なんて手の甲から鼠の尻尾が生えてたりして本当にグロかったから、遊び相手として友達として好きだっただけよ。小さかったから、ゾンビだってよくわからなかっただけで、もう少し大きくなってから、彼と出会っていたら、きっと全速力で逃げ出していたわよ」


 なんで私がこんなに必死になって言い訳しなければならないのよ。

 それもこれもシャムロックがちゃんと説明していないのが悪い。


「本人を前にしてそこまで言わなくてもいいだろ」

 シャムロックが渋い顔で言う。


「シャムロックは黙ってて!じゃあ、こうしましょう。私の知っていること全部しゃべるから、ロザリーちゃんが知っているシャムロック・・・じゃなかったトリス先生のことを全部しゃべって。それでおあいこでしょ?」


 いつもは『トリス先生』って呼ぶように気をつけているんだけれど、私たち夫婦を幸せに導いてくれたあのシャムロックが、ついに安らげる場所を手に入れたんだと思うと、ついつい『シャムロック』と呼んでしまう。

 ロザリーちゃんは私が『シャムロック』って呼ぶたびに、シャムロックの過去を知らないんだって思って、負けた気持ちになるんだろう。


 このまま、シャムロックのことを聞かれるままぽつぽつ受け答えしていたら、私が答えを渡すたびにロザリーちゃん落ち込んでしまう。知っていることを一気にしゃべってしまおう。


 もっとも、親しく遊んでいたのは子供の頃で、その頃にシャムロックのことをいろいろ聞いていたかもしれないけれど、今はほとんど覚えていない。


「えっと・・・」


 旦那の過去を暴露しあうことに、躊躇ためらいがあったのだろう。

 ロザリーちゃんが、不安そうに先生に向ける。


 ロザリーちゃんの視線に先生は微笑んで穏やかに、というか眠たそうに答える。


「君を信じて私の秘密を渡しているのだから、君が話してもいいって思う人には話していいよ。私は寝るから、好きなだけおしゃべり大会でも、井戸端……はちょっと困るけれど台所会議でもして。自分の分のお皿くらいは起きたら洗うから置いておいて……お休み」

 言うだけ言うと、あくびをかみ殺してさっさと居間から出て行ってしまった。


 「君を信じて~」のくだりは、ロザリーちゃんのことを信頼しているんだなって安心したのに、寝るから後は適当にって……説明責任放棄したな。


 じゃがグラタンというかじゃがとチーズがぷかぷか浮いている冷めた薄いミルクスープには一切、手をつけずにあらかたの料理を食べ終わったウチの旦那は話が長くなると判断したのか、それともまったく興味がなかったのか「仕事に戻る」と言ってさっさと帰った。


「本当は……先生の過去を無理やり聞き出したんです……。先生は全部話したら……出て行くつもりだったんです……わたし、先生の秘密を預かってていいんでしょうか?」


 先生の人様ひとさまには知られたくない過去をいきなり渡されて、自分がいつしゃべってしまわないか、自分が先生の信頼に一生答え続けられるか不安なのだろう。


「あなたに口止めするどころか全部をあなたに任せてくれたってことは……話し始めたときはそりゃ無理やりだったかもしれないけれど、今はあなたのことを信頼しているってことよ。まあ、うっかり漏れたとしても、法螺話にしか思えないから、大きな秘密を背負ったとか考え込まなくてもいいよ。重たくなったら、いくらでも話聞いてあげるから」


 秘密を一生抱え込むなんてことは難しい。

 先生も自分の秘密を、過去を一人で抱え続けることに限界が来ていたのかもしれない。


 私が、この村に住みついたシャムロックとほとんど接触しなかったのは、うっかりシャムロックの過去が漏れてしまう可能性を少しでも防ぐためだ。

 シャムロックの話は子どもたちにも一切していないし、子どもたちの『トリス先生』の話も「へ~」と返事する程度で、こちらから積極的に話を持ちかけることはしなかった。

 子どもたちの会話を聞いている時、何度、シャムロックの秘密が喉から出かかったかわからない。


 私は、ロザリーちゃんの背をぽんぽん叩くと、私の持っている秘密を打ち明けた。


「じゃあ、私から先生の面白い話教えてあげる。私が先生と会ったのはね――」


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