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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第四章 トリス先生たちの日常
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トリス先生の日常8

 あれから、どれくらい経っただろうか?


 とりあえず顔を洗ったが、それでもはれぼったさは消えない。


 顔を冷やすために、夜風に当たろうか?

 明日、彼女に伝える言葉も考えなければならない。


 もうさすがに帰っているだろうと思って扉を開けたら、彼女は月を見ていた。


「いくら、村が安全だからって、夜中に女性が一人外に出たら駄目だよ。今の時期は寒いし」


 ☆


 私はもう一度光の玉をつつく。玉は五つに割れ中心を除く四つの小さな玉は四方に散る。


「夕飯作るけれど、食べていく?」

「いいの?」

 時間はもう夜の8時といったところか。

 今から食事を作って、食事をして、お茶を飲みながら話をしたら、9時を超えてしまう。

 村ではみんな寝ている時間だ。


「泊まりの許可もらっているんだろ?」

 “朝帰り”だろうが“泊まり”だろが、泊まるのは変わらないが、“泊まり”のほうがまだ意味合いがマシなような気がする。


 二人で、食事を作って、食事を始める。


 彼女が食事を作ってくれた時には、しゃべらないといっても食事の合間あいまに文字を教えていた。味見のために、二人で一緒に昼食を摂るようになってからは、私の料理の批評をしていた。


 彼女が一人で本を読めるようになって、食事中ほとんど会話をしないことがあったが、あの時に漂っていた空気は穏やかなものだった。


 今は、空気がひたすら重い。


 何をしゃべっていいのかわからない。

 一晩、考えてから、彼女と話すつもりだったのに、扉を開けたらいるんだものなぁ。


 彼女も、何か言いにくそうに口を開けたり閉じたり、ご飯と私の間で視線をさ迷わせている。


 はぁ。


 私のため息にロザリーが肩を震わせる。


「ご飯食べたら、明日の授業の計画立てるよ」

 ああ、言おうと思ったのに、逃げてしまった。


「は?」

 ロザリーが固まったまま、目だけまるに見開ける。


「その・・・明日、授業する内容決まっているの?書き取りは隣に張り付いてないといけないから、明日は読み聞かせだけに――」


 ロザリーの顔に絶望の色が浮かび、下を向く。何か激しく誤解しているようだ。


「ち……違うから」

 ちゃんと説明しないと、と思うが焦れば焦るほど頭が真っ白になっていく。


「は?」

 顔を上げた彼女の目は決壊寸前だ。


「いろいろ考えたんだけれど……読み書きはともかく、算数をロザリーに任せるのは不安が残るから……最近はここに通ってくる子どもは増えている。私一人でも大変なのに、ロザリーだけで子どもたちを教えるのは……」


 違う。こんなことを言いたいわけじゃないんだが、肝心の言葉を言おうとすると逃げてしまう。


 エリエールにあんなひどい死に方をさせておいて、私がこの道を選んでいいのか?

 また、同じことを繰り返さないか?


 決めたのに、まだ迷っている自分がいる。


 なんとか、自分の言葉を修正しないと……。


「その……一緒に授業を……」

 そこで、言葉を切って、一息に言い切る。


「私の奥さんになって、一緒に子どもたちに勉強を教えてください」


 頭を下げるが、彼女の反応は無い。

 急に言われて、頭が対応できていないのかもしれない。


 何も反応しない彼女に、私は慎重に一つ一つ質問を重ねていく。


「授業料……野菜ばっかりで、現金収入ほとんどないけれどいい?」

 彼女は不思議そうに頷く。


「料理ど下手だけれどいい?」

 彼女は頷く。


「君の前でぼろぼろ大泣きするかも知れないけれどいい?」

 彼女は三度頷く。


「鍬を持つの下手だけれどいい?」

 薬草園は自分で収穫しているが、野菜は子どもたちの方がよっぽど収穫時期を把握しているので、子どもたちに収穫を任せている。

 彼女は再び頷く。


 言いにくいが、最後にあのことを確認しないといけない。


「もしかしたら、子どもできないかもしれないけれどいいか?」


 200年人間をやめていたのだ。

 今でも自分は化け物のままじゃないか、ある日突然ゾンビに戻るんじゃないかと思うことがある。


 人間に戻ってから二年。いまだ、寝食を忘れてしまうことがある。

 人間として基本的な欲求はこの二年で少しはましになったが、やはり希薄なことには変わりは無い。


「はあぁー!?」

 今度は、頷きではなく、驚きの声だった。


「ちょっと、待って。いつ、そんな話になったの?」

 は?え?今まで頷いてくれていたじゃないか?


「いつって……。私の告白に適当に頷いていたの?」

「ごめん。途中聞き逃した。もう一回言って」


 その言葉に、一気に脱力した。

 どこをどう聞き逃したら『もう一回言って』になるんだ。


「もう、言わない」

 かなりがんばったのに……すねていいか?


 私はため息をついて、ロザリーに告げた。


「ロザリーの前では泣いてもいい。泣くことを自分に許せる。誰かと一緒になるなら、ロザリーがいいと思ったんだよ」


 ――シャムロック様、涙を見せてもいいと思う相手を。みっともないくらい大泣おおなきをしてもいいと思う女性ひとを見つけてくださいませ――


「そんな、余り物をいやいや選択しましたって感じの言い方、無いと思う」


 ロザリーはそういうといきなり泣き出した。両手で目を押さえているが、押さえた端から、涙が滝のようにあふれ出す。


 どうやら『誰かと一緒にいるなら、ロザリーがいい』がかんにさわったらしい。


「そういうつもりじゃ……お互い泣いていたら、肩を貸せる関係になりたいと思っている」

「今、私は大泣きしているんですけれど」

「ご……ごめん」

 私は、急いで立ち上がると、彼女のそばに寄る。


 椅子から立ち上がった彼女の背におそおそる手を回し、子どもをあやすようにぽんぽん背を叩く。


「答えが遅くなってごめん」


 ロザリーが顔を上げ、潤んだ瞳が私の瞳と合う。

 私が次にどうしたら良いか迷っていると、彼女が背伸びして、私の唇に口付けた。


 ☆


「私のことを全部話したんだから、ロザリーの話を教えて」

 やっと、落ち着いたロザリーに私は今度は向かい合ってではなく、すぐ隣に座って話しかける。


「退屈な話ですよ?」

 散々、私の過去を聞いておいて、自分は話さないつもりか。


「嫌なら、このまま寝室へやへ、直行だけれど――朝帰りの許可もらっているんだろう?」

 一瞬で、ロザリーの顔が面白いくらいにこわばる。

 もちろん半分冗談だ。明日のことを考えるとさっさと寝たほうが良いに決まっている。


「退屈で代わり映えのしない日々の話がいいんだ」

 と言ったら、彼女は私に出会うまでの日々をおずおずと話し始めた。


 明日は、自己紹介だけにしておくか。


 小さな頃の虫取りの話。昔は毎年咲いていて、今は咲かなくなった花の話。妹たちと喧嘩したこと。栗拾いの話。雪合戦したこと。


 話が尽きてしまえば、本当に寝室へやに連れて行かれると思ったのか、必死に身の回りで起きた小さな事件を話す彼女の姿は・・・面白かった(いや、可愛らしかったよ。うん)。


 話しているうちに、彼女のまぶたは重たくなって、ついに船を漕いでしまった。

 完全に寝入ってしまった彼女をとりあえずベッドに横たえて、自分は居間に戻る。 


「この道を選ぶことを許してくれるか……?」

 私は永遠に答えの出ない問いを呟いた。


 ☆


 東の窓から、朝の光が入り込んでくる。


「もう、こんな時間か……」

 私も、結局は寝入ってしまったようだ。


 とりあえず、彼女が起きる前にあれを作っておこう。


 外に出た私はシロツメクサを眺める。

 どのシロツメクサがいいんだろう?そもそも作れるのか?


 自分のアカツメクサの指輪を外して、指輪の裏側というか内側を見て構造を確認する。

 何個か失敗して、やっとそれらしいものができた。


 前は、シロツメクサの指輪の話を聞くだけで、腹の底に熱が溜まったような違和感があったが、自分の作った指輪を見ても、違和感は小さくなっている。


 家に戻ると、ロザリーが薬の保管庫の扉をガチャガチャと引っ張ったり押したりしていた。


「扉を壊すつもり?」

 私が声をかけると彼女は振り返る。


「はい。これ」

 安堵の表情を向ける彼女に、先ほど作ったばかりの指輪を投げる。


 まさか、私からシロツメクサの指輪を渡されるとは思っていなかったのだろう。

 ロザリーは目を大きく見開いて指輪を見つめ、そっと自分の指にその指輪を嵌めた。

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