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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第四章 トリス先生たちの日常
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ロザリーの日常8

 先生は上着を一枚持ってきて、私の背にかけてくれた。


 それから、二人でご飯を作って、遅い夕食を食べた。


 お互い、何も言うことができずに、黙々と食事を口に流し込む作業。

 ご飯を半分以上、食べ終わったところで、やっと先生が口を開いた。


 先生は、明日からの授業の計画を立てようと言い出した。

 先生はさっさと引き継ぎを終わらせて、この村を出て行きたいのだと思うと散々泣いたはずなのにまた目の端に涙が溜まる。


「いろいろ考えたんだけれど……読み書きはともかく、算数をロザリーに任せるのは不安が残るから」


 確かに、算数は自信がないけれど……算数得意な子に声をかけて何とか。


「……最近はここに通ってくる子どもは増えている。私一人でも大変なのに、ロザリーだけで子どもたちを教えるのは……」


 先生がいい淀む。

 先生の指摘したとおり、「私に任せてください」って大見得おおみえ切ったのに明日からどうするか具体的には何も考えてなかった。

 月ばっかり眺めてて、馬の背を撫でている間に考えることあったでしょ!私の馬鹿!


「その……一緒に、授業を――。私の奥さんになって、一緒に子どもたちに勉強を教えてください」


 あげく、先生が、明日の授業計画を立てようって最後の親切で言ってくれたのに、先生が去る現実が悲しくて先生の前で泣き出してしまった。


 って、今、なんか言った?


 私は、先生が頭を下げている姿を見て、先生が言った言葉を思い出そうとする。

「授業を―」の後、なんて言った?


 先生は、慎重に質問を重ねていく。


「授業料……野菜ばっかりで、現金収入ほとんどないけれどいい?」

 わけのわからないまま、先生の次の言葉に頷く。

 そんなの覚悟の上で、授業を引き受けるって言ったのだ。全然かまわない。


「料理ど下手だけれどいい?」

 そんなの前から知っていることだ。大体、村を出て行くのに、今さら私に関係ないだろう。


「君の前でぼろぼろ大泣きするかも知れないけれどいい?」

 私の質問がよっぽど嫌だったのか。

 目の前でわーわーわめく先生なんて想像できないけれど、最後なのだ泣かれようが、罵倒されようが、甘んじて受けよう。


「鍬を持つの下手だけれどいい?」

 それこそ、今さらだ。先生の畑に植わっている野菜は、勝手に子どもたちが世話して、食べ頃になると勝手に収穫するだろう。


 でも、さっきから何の問答をしているのだろう。

 特に『料理』と『鍬』の話なんて、今さら確認して何の意味があるんだろう?


 首をかしげる私に先生はとっても言いにくそうに爆弾を投げる。


「もしかしたら、子どもできないかもしれないけれどいいか?」


「はあぁー!?」


 私の頭の中では100個ぐらい「?」マークが踊っている。


「ちょっと、待って。いつ、そんな話になったの?」


「いつって……。私の告白に適当に頷いていたの?」

 先生が、一気に不機嫌な顔をする。


「ごめん。途中聞き逃した。もう一回言って」

 私が、月とか馬とか考えていて、ぼんやりしていた時のこと?私の馬鹿!

 正直に謝って、もう一遍いっぺん聞き出すしかない。


「もう、言わない」

 先生、すねちゃったよ。


 先生はため息をつくと、頼りなげな声で、静かに言葉を紡いだ。


「ロザリーの前でなら泣いてもいい。泣くことを自分に許せる。誰かと一緒になるなら、ロザリーがいいと思ったんだよ」


 先生の告白に私はついにぼろぼろ泣き出してしまった。

「そんな、余り物をいやいや選択しましたって感じの言い方、無いと思う」

 私は、後から後から溢れてくる涙を手で何度もぬぐう。


「そういうつもりじゃ……お互い泣いていたら、肩を貸せる関係になりたいと思っている」


「今、私は大泣きしているんですけれど」

「ご……ごめん」

 先生は椅子から立ち上がって、私の横に来る。私も、立ち上がって、彼の胸にもたれかかる。


 彼は私の背に手を回しそっと叩いてくれた。


 ☆


 ――朝?


 天井が違う?


 私は起き上がり、部屋を見回した。私の部屋じゃない?


 えー。ちょっと待って。冷静に思い出すのよ。


 あの後、先生から強引にキスをもぎ取り……。


「私のことを全部話したんだから、ロザリーの話を教えて」

 と先生が言ってきた。


 やっぱり、自分のことを何から何まで話すのは気恥ずかしい。


「退屈な話ですよ?」と言って、やんわり断ろうとしたら、

「嫌なら、このまま寝室へやへ、直行だけれど――朝帰りの許可もらっているんだろう?」

 って、先生がいつもと変わらない穏やかな顔で言った。


 完全に固まっていると

「退屈で代わり映えのしない日々の話がいいんだ」

 という先生の声が優しく耳を撫でる。


 私は、仕方なく椅子に座りなおした。 


 先生みたいな人生と比べて、本当に退屈で、代わり映えのしない日々だ。

 とりあえず、話のネタを伸ばそうと先生に出会うまでの日々を私の周りで起きた小さな事件を一つ一つあげていった。

 先生は、私の退屈な話を飽きることなく穏やかな顔で聞いてくれて――


「って、そのあと、私はどーなったのよ!」

 先生はどこ?服を確認するが、昨日と同じ服着たままで、どこにも変なところが無い。

 ほっと肩をなでおろすが、あれだけ大きな声を出したのに、先生が姿を現さない。


 昨夜の求婚は全部夢で、先生ホントにどっかいっちゃった?


 私は青ざめ、部屋を出るとひとつひとつ扉を開け家の中を探し回ったが、どこにも先生はいなかった。


 最後の扉……薬の保管室兼研究室の扉は鍵がかかっていて、ガチャガチャと押したり引いたりしたがまったく開かない。


「扉を壊すつもり?」

 背後からかけられた声に振り返ると先生が立っていた。


「はい。これ」

 先生が何か小さい物を投げてよこした。両手でキャッチして、手を開けてみる。


 私の両手の中に入っていたのは、シロツメクサの指輪だった。

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