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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第四章 トリス先生たちの日常
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トリス先生の日常6

 食器を片付けて、食後のお茶を飲んでいたとき、ロザリーが居住まいを正して、こちらを見る……というか睨む。


「ここに来るのも最後なのでいろいろ質問していいですか?」

「い……いいよ」

「私の質問にできる限り正確に、答えてください。いつまでも待ちますから」

「いつまでもって……」

 今日は午後の授業はないから、もう少しくらいなら彼女の話に付き合ってもいいが、せっかくできた午後の休みだ。有効活用して、新しい薬の開発をしたい。


「親に朝帰りの許可は取っています」

「そんなの取らなくていい」


 親がどういうつもりで、許可を出したか知らないが、夜まで居座られたら、明日の授業の準備に支障が出る。最近は授業を受ける子どもの数が増えているのだ。一人一人、勉強の進み具合が違うから、前日にしっかり教える内容を確認しているのに。


「なんで、結婚しないんですか?」

「結婚するかしないかは個人の自由だ」

 なんとか、自分の面倒くらいは自分で見れている。食事の問題もクリアできた。


「エリエールって誰ですか?」


 いつ、聞かれた?


 エリエールが生きていた時代から200年経っている。

 私が話していなければ、この世に知る者は誰もいないはずだ。

 だが、ロザリーに話した覚えはない。


「……私の古い知り合いだ」

「シロツメクサの指輪の伝説が嫌いなのはシロツメクサの指輪を贈った恋人と死に別れたからじゃないですか?」


「違う」

 私が婚約者に贈ったのは赤いルビーの指輪で、その婚約者はシロツメクサの指輪を贈った別の男と幸せな結婚をしたよ。


「エリエールさんが死に別れた……恋人ですか?」


 は? 何を言っている? 私とエリエールが恋人?

 思わず噴き出してしまう。


「彼女は私の家に仕えていた侍女だ」

 不思議そうに首を傾げるロザリーを見て、腹を抱えて笑いそうになるがこらえる。


「エリエール=恋人という発想から離れてくれないか?こっちもお腹苦しいし、エリエールに失礼だ」


 私の中からさっと笑いの波が引く。

 もともとあるじと侍女の関係を逸脱したことはなかったし(ある方面では逸脱していたかもしれないが)、彼女の忠誠と死に対して私がおこなった仕打ちは許されざることだった。


 あんなことをした私と恋人に間違われることはエリエールにとって迷惑でしかないだろう。


「えっと……? エリエールさんは金髪に緑の瞳だったりは……?」


 昔、ロザリーに私の好みを聞かれた時に、姫を思い浮かべて『金髪に緑の瞳』と答えたことがあった。

 それで、勘違いしているのかも知れない。


「いや。目も髪も黒だったけれど。君はいったい私の過去をどんなふうに想像しているんだ」


 呆れた声で聞くと、ロザリーは少しの間、頭の中を整理するように中空を見上げると、一気に自分の想像を話した。


「シロツメクサの伝説がある町の高名な薬師の家系で、『エリエール』って言う恋人か婚約者がいたけれど、死霊王子みたいな恐ろしい形相の男に、恋人を殺され、恋人のことと血に染まったシロツメクサの指輪を忘れないように、いつもアカツメクサの指輪を嵌めていて、今後、女性を好きにならないと心に誓っている?でも、アイリスさんが恋人そっくりだったから――」


 まあ、限られた情報の中から、よく話をでっち上げたものだ。

 人の過去を穿ほじくり返して、勝手に想像して、なにが楽しいんだ?


「残念ながら、九割がた外れているよ。というか5パーセントも当たってないよ」


 今、私は穏やかな顔で、穏やかな声で、ロザリーの話に答えている。

 しかし、心の中は波が引いたあとのざらざらした砂が私を苛立たせている。


「あってる部分って?」

「エリエールも死霊王子もいた」


 ついでに言うと今後女性を好きにならないこともアイリスが婚約者とそっくりなことも当たっているが……。


 私は天井を見上げ、大きくため息をつく。


 これ以上、中途半端に情報を与えて、質問されるたびにまた心がえぐられるような思いをするなら、いっそ全部言ってしまおう。


 そして、この村を――


「いいよ。教えても。私の言うことを信じなくてもいいから、最後まで聞いてくれたら」

 今まで、話を渋っていた私が急に答えを渡すことに急に不安になったのだろう。

 ロザリーは戸惑ったように視線をさ迷わせ、いいあぐねるように口を小さく開けたり閉じたりした。


 もう遅い。聞きたいと言ったのは君だ。


「私が死霊王子だ」


 ☆


 私が『死霊王子』だと告げるとロザリーは疑わしげな目を向けてきた。

 今の私の身体は普通の人間の身体と何一つ変わらず、かつて『死霊王子』だった痕跡は何もない。

 証拠となるような物も何も持っていない。 


 私はロザリーにアカツメクサの指輪を渡し、指輪が壊れないことを確認させるとアカツメクサの指輪を自分の指に嵌め直し、自分の過去を語り始めた。


 私の生い立ちから、エリエールとの出会い、隣国の姫との出会と婚約、婚約者の心変わり、スケルトンになる呪いを婚約者の恋人にかけたこと、呪いが跳ね返って私がゾンビになり、それが元になって『死霊王子』『シロツメクサの指輪』二つの伝説を誕生したこと、呪われた身体の維持方法と侍女エリエールの死、国の終焉を語った。


 ロザリーはエリエールが死んだくだりあたりから、ぽろぽろと涙を流し始めた。


 エリエールのことは、ゾンビの時代から合わせて10年近くの付き合いになるアイリスにも一度も話したことはない。(一度、どうしてゾンビになったのか聞かれたが、罰を受けたと言ったらそれで納得したらしくそれ以上は聞かれなかった)


 こっちも、聞いた相手が不快な思いをするのをわかってて、話を進めていたので、かまわず話し続けた。

 私の過去を暴いたのだから、これくらいのいやな思いは味わってもかまわないだろうという意地の悪い気持ちもあった。


 その後、私が復活した経緯はかなり端折はしょらざるえなかった。

 なぜ、自分が人間の姿に戻れたのかよくわかっていなかったし、アイリスたちのことを話して、ハンス夫妻に根掘り葉掘り聞きに行かれても困る。

 私はアイリス達のことに関しては名を出さず『一組の恋人たちを助けた』と説明するにとどめた。


 私が、死霊王子だったことに最初は疑わしげな目を向けていたロザリーだったが、アカツメクサの指輪が壊れないことと光の玉を見たことで少しは信じたようだ。


 夜の冷気が床を這い始めたので、光の玉に新たな呪文を追加する。


「私は、あの時の嫉妬の炎が熾火おきびのように自分の心の底で残っていることを知っているし、同じようなことがあったら、また同じ呪いを相手にかけることができることも知っている」


 姫とあの青年のことを思い出すと、今でもその熾火おきびがぱちりと音を立てて爆ぜる。

 光の玉が、意図せずに黒い炎に変化したのには背筋が冷える思いがした。


「呪いが跳ね返って、私がまたあの姿になるのは自業自得だからかまわない。あの姿になる可能性をわかってて呪いをかけるんだから。だが、あの時、呪いの波紋は思わぬところに広がった。他の者が被害を被るようなことはあってはならない。私は……もう一人のエリエールを見るつもりはない」


 次の恋が同じ結末になるとは決まっていないし、恋をして幸せを手に入れる者は多いだろう。

 だけれど、恋が、熱く黒い炎に、恐ろしい呪いに、煮えたぎる嫉妬に変わる可能性があることを知っていて、手を伸ばすことはできない。


 あの時、私の愚かな嫉妬で危うく自国の民を路頭に迷わすところだった。


 あんな恐ろしい賭けをしなくとも、私の望む幸せは十分揃っている。


 私は、天井を見上げて、目を瞑った。

 生前のエリエールの笑顔と最後に見たエリエールの姿が脳裏に浮かぶ。


 私は、彼女の幻影を心の隅に押しやり、ゆっくり目を開ける。

 目を開ける直前に浮かんだ最後の幻影は侍女の怒った姿だった。 


「死霊王子とシロツメクサの話はこれで本当にしまいだ。他に聞きたいことは?」


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