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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第二章 ゾンビとアカツメクサ
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ゾンビと少女

ここから『ゾンビとアカツメクサ』です。


 私、(つきやま しろくさ・ペンネーム)は、自分の書いた絵本にはじめて送られてきたファンレターを読んでいた。


 絵本の内容は『お姫様と相思相愛になった青年が、隣の国の王子様に呪いを受けてスケルトンになってしまうけれど、お姫様との愛の力で元の姿を取り戻し、悪い王子様は呪いが跳ね返ってゾンビになる』というものだ。


 大概が、『スケルトンの呪いが解けてよかった』とか、『お姫様と青年が幸せになってよかった』などというものだった。


 私は、人生初のファンレターをにまにましながら読んでいたが、その中で、一つだけ違った感想が書かれているファンレターが混じっていた。

 最初見た時は、崩れた文字だか絵だかが書いてあって途方に暮れたけれど、二枚目にはありがたいことに親の訳文が付いていた。


「はじめまして。『お姫様とスケルトン』、娘とともに読ませていただきました。娘は物語に出てくるシロツメクサの指輪がお気に入りで、公園に行くたびに『指輪作って』とせがんできます。娘の手紙を代書します。

『『お姫様とスケルトン』の王子様を助けてあげて』だそうです。私の個人的なお願いですが、次回作はゾンビやスケルトンが登場しない作品をお願いします」


 うーん。あのゾンビのその後か……


☆☆☆


 王子が魔女から恐ろしい呪いを受けてゾンビになり、結婚の決まっていた隣国の姫を食べて逃げたという伝説が残る村。

 跡取りを失くした国は王の姉が嫁いだ隣国に統合されていった。


 国の名が変わってもこの村は変わらずある。

 隣接した森には、今もゾンビが次の姫を探してさ迷っているという伝説がある。


「……だいじょうぶ……えっぐっ……ぜったい……ひっぐ……かぇれるもん」


 かつて、王子と呼ばれていた“それ”は一人の女の子の声を聞いた。

 金髪で深い緑色の瞳の女の子。

 かつて愛し、手に入れられなかった姫にとても似ている。

 少女は怯えて震えている。

 この森には狼がいるのだ。おまけに夜だ。


 いつもどおり村へ導くしかない。といっても、村まで追い立てるだけなのだが。

 元王子は彼女の前に立った。


 少女はびっくりして立ち止まった。


「ひっぐ……おじさん……誰?」

「私はゾンビだ」

 くちゃくちゃと湿った声で答える。二百年も経って、滅びた国の最後の王子の名など名乗ったとしても小さな子どもにはわかない。


「……ぞんび……たべちゃうの?」

 子どもは目の前にいる者がやっと恐ろしい伝説のゾンビだと言うことに思い至ったようで、泣くのをやめて一歩うしろに下がる。


「早く逃げねば、食べてしまうぞ」


 うぉーん


 狼が吼える。


 近くだ。

 元王子が闇を見つめる。闇に慣れきってしまった目には、いくつもの光が瞬いて見える。


 魔法で身を滅ぼしたものとしてはできれば再び魔法を使いたくなかったが……


「目を瞑るんだ」


「えっ……」

 そして、少女も狼に気づく。普通なら逃げ切れる距離ではない。


「我 雷帝にこいねがう 強き雷玉を」


 ゾンビの手に雷を集めたような光の玉が現れ、一瞬の後にはじける。

 狼たちは光に目をやらればらばらに逃げていくが、数匹がゾンビに襲いかかる。


「我 光神にこいねがう 光の道を」

 今度は、柔らかい光が大地に一本の線を描く。


「目を開けて光に沿って逃げなさい」


 魔法で作られた道を少女は走り出す。

 一度だけ振り返ると、ゾンビは狼に引き倒されていた。


 ―翌日


「昼間の光の差す場所なら、狼も襲ってこないんでしょ?」

 昨日泣きじゃくっていたところを見たので、大きさのわりに幼いのかと思ったが、今日はけろりとして、しっかりした口調で話している。


「絶対とは言い切れないが……」

 多少かじられても、腐った動物の肉を寄せ集めて、勝手に身体は再生される。


「なんで君はここに来ているんだ?」

 久しく忘れていた頭痛に頭を抑えてゾンビが娘に問いかける。


「お母さんが、助けてくれた人にお礼を言いなさいって」


 母親がどういう説明をしたか知らないが普通に考えれば、危険な森に娘を入れることはしばらくはしないだろう。


「その人はアイリスを救うために生命を落としたんだから、二度と森に入ったら駄目よって。森のゾンビさんなのに、森に行かなきゃどうやってお礼言うんだろうね?」


 それは、「心の中で助けてくれた人の冥福を祈りなさい」と言うことだろう。

 母親もまさか伝説のゾンビに助けてもらったと言う話は信じていまい。


「お礼は聞いたから早く帰りなさい。ここまで深く入ってきてはまた道に迷うよ」

 今回はたまたま助けてやれたが、次回もそうだとは限らない。


 森は人に恵みをもたらすが、人を簡単に死に追いやる。

 彼の身体は動物の肉も混ざっているが、森で死んだ人間がいた場合、その肉が優先的に補充される。

 次の材料に、この娘が加わるのは避けたい。


 その後、しつこく警告しても、少女は何度も森に訪れたので、ゾンビは仕方なく森の泉へ道を作った。

 彼女が通る時だけ光るその道には、獣よけの薬をいた。


 

 年を経るごとに少女は森の泉に訪れることは少なくなった。


 ここ一年ほど姿を見せていなかったが、久しぶりに森の泉に現れた。華やかな笑顔で。

「シロツメクサの花を贈られたの」

 そう言った彼女の左手の薬指には鮮やかな白が柔らかい光を放っていた。

「もうそういう年か。幸せにな」


 シロツメクサの指輪には、いい思い出はないが、アイリスの幸せは素直に祝福したい。

 ある意味、顔は崩れているので、表情を読まれないのが救いだ。



 彼女が訪れたその日の夜。人の気配がした。


 また、迷い込んだ人間か。


「ひっ」

 赤い髪に青い瞳の男だ。

 ゾンビがいつも通り姿を現すと、腰を抜かした男は手近にあった木の枝を振り回す。森に入るなら、せめて弓矢ぐらいは持ってきて欲しい。


「おまえが……食ったのか。アイリスを」

 男の指にはまだ真新しいシロツメクサの指輪がある。


「アイリス……金髪で緑の瞳の女か」

 男はかくかく頷く。


「アイリスがいなくなったのはいつだ?」


「昼に見かけたっきり」

 じゃあ、その後、この森に来たんだろう。


「少し限定しないと無理か」

 行きと帰りの足跡が入り混じっていたら、わかりにくい。


「なにを……するんですか?」

 とりあえず、がくがく震えている青年を放っておいて、唱える呪文ことばを考える。

 ゾンビから姫君を奪った青年に少し似ているのが気に食わなかったが、力を貸さないわけにはいくまい。


「名はアイリス。 時は日が傾きし時より没する時まで 大地と光の神に希う 光の足跡そくせきを」


 大地に光の靴跡が刻まれる。


 無事に森は抜けられたようだが、森を抜けたところで、光の靴跡が途切れている。

「馬の足跡に……轍……四頭立ての馬車か……」


「ゾンビの友達がいるって言っていたけれど……」

 アイリスの婚約者、ハンスは当然信じてなかった。


「私にできるのはここまでだ……夜が明ける」


「太陽に弱いとか?」

「別にそんなことはないが」

「た……助けてくれないのか?」


「夜の闇の中ならまだしも、太陽の下ではこの姿は目立ちすぎるだろう。どうしてもというならー」


 昔、ゾンビが姫に渡した指輪。どうしても捨てられなかったが、この指輪を人に贈るときは永遠に訪れない。

 ここで、人の役に立つのなら、長年、持ち続けていた意味もあるだろう。


 ゾンビがハンスに指輪を渡す。

「なんで、そんな宝石を持っているのですか?」

 粒は大きくないが鮮やかな赤い宝石がついている指輪だ。

「子どもの頃に聞かなかったのか。動く屍は王子様だったと。これで顔を隠せる服と馬を一頭買ってこい」


 ゾンビが、優しい手つきでハンスが買ってきた馬を撫でる。

「馬は乗ったことはあるか?」

「って、あんた馬に乗ったことあるのかよ」

「口の利き方に注意しろ。小僧。乗馬は魔法の次に得意だったさ」

「小僧って、あんたいくつなんだよ!」

「享年22だったか」

 死んだ後もプラスすると軽く200は越える。

「ちっ。一歳足りない」

 ハンスの舌打ちをよそにゾンビは呪文を組み立てる。


「大地の精霊にこいねがう 黄花の足跡を」


 ゾンビの呪文ことばにタンポポの花が舞い、道を作る。


「なんで、さっきみたいに馬の足跡を光らせないんだよ」

「さすがに道に光の轍が付けられていたら目立つだろう」

 ゾンビは馬の手綱をピシリと打つとタンポポの花びらを舞い散らせて馬は夜明けの世界を駆け抜けた。


 たどり着いたのは昔、ゾンビが姫をさらっていったあの城だった。


◇登場人物◇


ゾンビ……本名シャムロック・ラハード。元はお姫様の隣の国の王子様。


アイリス……『お姫様とスケルトン』に出てくるお姫様と青年の子孫。姿はお姫様とそっくり。金髪に緑の髪。背は少し小さめで可愛らしい。


ハンス……アイリスの幼馴染。婚約者。


◇年代◇


フロース歴 1670年代

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